自殺未遂
零下冷
自殺未遂
別に、大した理由なんてなかった。
――――家族関係が悪かったから?
――――気の許せる友人が一人もいないから?
――――将来への漠然とした不安があるから?
かも、しれないし、そうではないかもしれない。
でも、これだけは言える。
生きていても楽しくなんかなかった。
頼んでもないのに生を受け。
何だか皆がやっているからという理由で、笑顔で会話をして、学校では一生懸命勉強をして。
がむしゃらに頑張っている「友達」に質問をしたくなる。
「どうしてそんなに頑張れるの?」と。
人間、どうせ最後は死ぬんだ。最後は何にも無くなって、お金も、地位も名誉も、全部失う。
結果は同じなのに。どんな屑でも、どんな聖人でも。辿り着く結末は同じ。
あるいは。その「友達」だって分かっているのかもしれない。分かっていて、私と同じように道化を演じているのかもしれない。
……そんなことは考えても無駄か。
私は、きっとこのままでは、この最悪な人生というモノを最後まで送ってしまうだろう。
私は、私が面倒くさがりなことをよく知っているし、同じことをズルズルとやり続けてしまう人間だということも知っている。
だから、今日ここで終止符を打とうと思う。
既に凶器は用意してあった。
と言っても、ちゃちな物だが。
百均で買ってきたカッターナイフ。
一番仰々しいものを選んだ。
包丁でも良かったのだが、もし万が一持ち物を誰かに見られたとき、こちらの方がまだ言い訳しやすいと思ったのだ。
私は、リストカットもしたことがない。空っぽな人生、空っぽな心だったから。あるいは、それくらい人生に情熱を込められる人に憧れすら抱いているかもしれない。
だから、自分の体に傷をつけるというのは初めてで、少し緊張した。
どこを切るか迷ったが、無難(?)に腹を切ることにした。
武士のハラキリ、みたいな。
自室で、早速カッターをパッケージから出す。
黒いボディに金色の刃だった。
……かっこいいじゃん。
これで自分の人生を終わらせるのも悪くない。
そう思わせてくれるナイフだ。
よくよく見るとパッケージには、
「注意 本来の用途以外での使用はしないでください
刃を一メモリ以上出さないでください 」
などなど、若干罪悪感を感じることが書いてあったが、無視してカチリカチリカチリカチリ……と刃を出す。
試しにお腹に当ててみた。が、大して切れない……というか痛くもない。
最近は安全に関して厳しくなってるのかね、とか思いつつ、ぐっと力を籠める。
それでも切れる様子はなかった。ドラマとか漫画でカッターナイフで人を殺している人を良く見るが、どんだけ力入れてんだよ、と思った。
一度深呼吸。
意を決して、垂直気味に腹に一気にぶっ刺す。
「ーーーーーーーーッ!!!!」
うわ、痛っ。思っていた百倍くらい痛い。いや、それ以上かも。
それでも、中途半端に生き残りたくない。
頭がおかしくなってくる中、それでも私はなおカッターに力を込めて切り続ける。
あ、そろそろやばいかも。
それが自分で分かる。
自分の腹を見た。
どす黒かった。
気持ち悪いなあ、と思った。
そうして私は、意識を落とした。
目が覚めると、病室のベッドの上だった。
一瞬、何が起こったのか分からなかったが。
ああ、私は生き残ってしまったんだ。
腹に違和感がある。仮にこれから生きていくとしても、きっとこの傷を抱えたまま生きていくのだろう。
やっぱり死んだほうがいい。どうして一回で死ねなかったんだろう。もう一回あんな痛い思いしたくない。でも生きていたくない。でも死ぬのがちょっと怖くなった。でもこんな世界に居たくない。でも――――――――。
数日入院することになった。
母親がお見舞いに来た。
「ごめんね、貴女がそんなに思い詰めてるなんて気が付かなくて。退院したら何か美味しいものでも食べようか」
父親がお見舞いに来た。
「お前がどうしてそういうことをしたのか、言いたくなければ言わなくてもいい。だが、もし相談してくれたら俺はお前の力になろう」
「友達」が何人か、お見舞いに来た。
「大丈夫??ごめんね、気が付かなくて。ほら、いつも元気にしてるからさ、あんま悩み事とか無さそーだなって思ってて」
「私に分かるかどうかは分からないけど、もし悩みがあったら相談してくれていいから!」
「まあ確かに最近ちょっと疲れてた感じだったよね。ゆっくり休んでね」
先生がお見舞いに来た。
「はい、これが配布物で、こっちが宿題。疲れてたらいいけど、元気になったら勉強しろよ?大学受験まであと一年もないんだから」
……ああ、そうか。そうだった。
むしろ良かった。一度で死ななくて。
この自殺未遂は無駄ではなかった。
これで私は、本当に何の未練もなく死ねる。
退院して家に帰り自室に入る。
カッターナイフを探したが見つからなかったので、机の上にあったハサミを手に取る。切れ味は悪いだろうが、今はどうでもいい。
大きく口を開き刃が剝き出しになったハサミを、迷いなく自分の腹に振り下ろす。
痛さが心地良い。前はあれほど辛かったのに。
ハサミで腹を搔きまわす。今度こそ、これで、終わらせる。
もともと体はそれなりに傷ついているから、流石にこれで私は死ぬだろう。
黒い持ち手に銀の刃のハサミを見て、あのカッターナイフほどかっこよくはないな、と思った。
だが、それくらいがきっと、私の最後には似合っているのだろう。
腹を見ると、真っ赤な血が溢れていた。
これは、創作とかで使い古された言い回しかもしれないけれど。
奇麗な血の海に沈んでいくようで。とても安らかな気分になっていく。
きっと、私の死に顔は笑顔だろう、そう確信して、私は最期を迎えた。
自殺未遂 零下冷 @reikarei
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