僕の住む街をきみと歩く

南川 佐久

第1話 初夏ときみ

 僕の住む街には、大きな観覧車がある。

 その天辺から夕陽に染まる街を見下ろすのが好きだった。


 紅いレンガの倉庫街。

 橙や黄色の街灯で照らされた街並み。

 緑豊かな街路樹に、

 沈みゆく陽を反射する港の蒼。

 そして、紫に染まる雲――


 この街には、様々な色が溢れている。


 つらいことや悲しいことがあったとき、僕は何度でも観覧車に乗った。


 ゆらゆらと、蒼に映る橙を眺めて、きらきらの光を目に焼き付けて。

 そうして、願う。


 この想いを、向かい側に座る誰かと共有したい。

 一緒に夕陽を眺めたい。


 それはどんな心地なんだろう。

 きっと、ひとりじゃ感じきれない何かを、彼女が教えてくれるのだろう。


 そう。僕が観覧車に乗るときは――


 いつも、ぼっちだ。


 ◇


 月日は流れ、僕には女の子の友達ができた。

 これはいわゆる高校デビューの賜物というやつか。

 彼女と呼ぶにはまだ拙い、「なんだか気が合うなぁ」程度の交流。


 僕も彼女も読書が好きで、いわゆる本の虫だった。

 だからかな。


 夕陽に染まる図書館で、彼女は言ったんだ。


悠陽ゆうひくんが好きだっていうその観覧車、今度乗ってみたいなぁ』


 ちら、と伺う上目遣い。長い睫毛に陽が反射して、きらきら輝いて見えた。

 色素の薄い彼女の髪は、陽が落ちかけると橙色に染まってしまう。

 それが綺麗で、とても綺麗で……僕は、呼吸を忘れた。


 数秒か、いや、下手をすると一分以上経っていたかもしれない。

 我に返って、僕は声を絞り出す。


『いいよ。行こう』


 ◇


 七月二十日。夏休みも始まったばかりのこの日、僕は生まれて初めて、女の子とふたりきりででかけることになったんだ。


 街では各所で夏休みキャンペーンと称した催し物やバーゲン、ピカチュウの大行進が行われるらしく、駅は人で溢れかえっていた。


高波たかなみさん、こっち!」


 待ち合わせの改札前で手を振ると、普段よりも少し化粧っけのある目元が細められ、高波さんが笑った。


「もう~。悠陽くんてば、声が大きいよぉ。あと、手の振りもね」


 口元をおさえてくすくすされると、頬がかぁっと熱くなる。

 ふわりと揺れる白のワンピース。

 しぼりのきいたウエストが清楚で、可憐で……


 思わず、観覧車の乗り方を忘れそうになった。

 何度も乗っているはずなのに。おかしいな。


 おかしいな……


 見慣れたはずの景色が、まったく違って見えてくる。


 この日の為に、幾度も脳内で再生していた音声が、かろうじて僕に会話をさせる。


「観覧車に乗る前に、倉庫街のアジアンフェスに行かない?」

「わ! アジアンフェス!? 私、パクチーとか大好き!」

「バスに乗ればすぐだけど、橋を渡って歩いても行けるよ。今日は晴れているから、潮風がちょうどよくて気持ちいいと思う」

「じゃあ、歩いていこ!」


 僕のすぐ隣を、高波さんの白い手が揺れている。

 心なしか楽しそうに、腕が浮足立っているっていうか……

 何を言ってんだ、僕は。腕が浮足立つわけないだろ。でも、そう見えたんだ。


 ぷらんぷらんと揺れる腕同様に、高波さんも、楽しそうに――


「街路樹の緑が綺麗で、気持ちいいね~! 都会とは思えない」

「うん」


 何度も通った道。何度も思い描いた景色。

 この橋を、僕は、誰かと手を繋いで歩――


「――え?」


 右手の熱に振り返ると、高波さんが、僕の手を握っていた。

 熱くなった二人分の頬を、夏の風が撫でて。


(……夢、か?)


 そうだ。夢に違いない。

 倉庫街までのあの道を、僕が、女の子と手を繋いで歩くなんて――


「えへへ。ちょっと、ぬるいね」

「!!!!」


 くそかわ!!!!


 それまで必死に平静を装っていた僕の語彙は死んだ。


 んああああ……!


 高波さん! 可愛い! 可愛い! めちゃくちゃ可愛い!

 何だ今の!? はにかんだのか!?

 手を繋いで? 照れたのか!?


 んああああ!!


 僕は! 高波さんが! 好きだ!!!!


 ――決めた。


 観覧車がてっぺんまで来たら、高波さんに、告ろう。

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