( side M age:11 )
今日は4年に一度の初聖水拝領の日。
初聖水拝領は8歳から11歳の子供達が主役のお祭りです。11歳の私は下ろしたての白いワンピースを着て、近所の教会で初聖水拝領をするのです。
1歳年上のお姉ちゃんは4年前に8歳で初聖水拝領をしたので、11歳の私にはその時のワンピースは着れません。下の子の宿命としていつもお姉ちゃんのお下がりばかりだった私は、自分のために買って貰えた白いワンピースが嬉しくて、楽しみで、ドキドキして昨日は眠れませんでした。
近所の子供達で一斉に女神様に祈りを捧げた時は、教会が皆から出てきた小さな光で溢れ、とても幻想的で綺麗でした。隣で一緒に祈っていたアハトの光はみんなより大きくりんご位の大きさで、顔が良くて足が速くて勉強もできるだけじゃなくて魔力量まで多いなんて、女神像の前なのに『天は二物を与えず』という言葉は嘘だなと少し悔しくなりました。
そんな、私たちの通う王都の平民学校で1番モテるアハトは、両親の友達の息子で、おしめが取れない頃からの付き合いの幼馴染。皆と同じ質素な白シャツに白ズボンなのに、背が高くて足が長いスタイルの良さが目立つ、ずるいやつなのです。
アハトの髪色は母親と同じ金髪で、瞳は平民には珍しい淡い水色です。親戚にいない水色の瞳で、平凡な顔の両親から生まれたのにとても綺麗な顔をしているアハトは、貴族の落とし胤ではないかと疑われることもあります。
それでも、アハトの父親を見た人は皆、親子で間違い無いと納得してくれます。アハトとアハトのお父さんの顔は不思議と似ていて、お姉ちゃんは「あの父親の顔を最大限に整えた顔」と言って笑っていました。
今は司祭様の長いお話中ですが、隣のアハトが小声で話しかけてきます。
「この後一緒に大聖堂に行かない?ミルカと遊びなさいって母さんから小遣いもらったんだ」
「私もアハトと使いなさいってお小遣いもらったよ」
「じゃぁ2人で4人分遊べるね」
初聖水拝領の日は、大聖堂の広い庭の一部が解放されて沢山の屋台が出るのです。
今年は王様の子供の王子4人と、王弟の子供のお姫様1人が初聖水拝領の年で、かつて無いほどに盛り上がっているために、庭園の屋台もいつもの2倍の広さになっていると聞きます。
王様の子供の王子様達は、私とアハトと同い年の第一王子、1つ年下の第二王子、2つ年下で双子の第三王子と第四王子です。しかも、その下に2歳の第五王子までいます。
お姉ちゃんと私を年子で産んだお母さんは「年子の女の子2人でも死にそうだったのに、3年連続で男の子を産んでしかも最後は双子だなんて、王妃様は大変だ」と言っていました。私は自然と「子供を産む体力さえあれば、産んだ後は乳母や使用人が助けてくれるから大丈夫だよ」と言いましたが、今思うと乳母ってなんだろうって自分で自分の言葉を不思議に思います。
その5人の王子様のうちの1番年上の第一王子の名前は「アハト」殿下です。そのアハト殿下が生まれる直前に亡くなった王様の名前も「アハト」でした。今の王アルベルト様は生まれた息子に父親の名前をつけたのです。そして幼馴染のアハトはそんなアハト殿下の名前をもらったのです。
貴族の間では王族の名前をつけるなんてと遠慮するらしいのですが、平民はそんな遠慮はしません。憧れの王族の名前を自分の子供に名付けちゃうような軽薄で流行り物好きの人がいるのです。
そんな流行り物大好きなアハトの両親と仲良しの私の両親は、当時の王女様「ミルカ」殿下から名前をもらって、私にミルカと名付けました。お姉ちゃんの名前は王妃様と同じ「メルヴィ」です。
どうせならミルカじゃなくて王妃様と同じメルヴィがよかったなと思っていしまいます。
なぜなら、メルヴィと名付けられたお姉ちゃんは茶髪だけど瞳はお母さんと同じ緑色で、ミルカと名付けられた私は王妃様と同じオレンジ色の瞳で茶髪だからです。それに、5人の子持ちとは思えないほどの美しさなのに、3年前の建国祭で隣国の刺客に襲われた王様を剣で守った王妃様は、私の憧れなのです。
安易な名付けの両親達には呆れますが、世の中にはそんな親が多いらしく、私もアハトもお姉ちゃんも同じ名前の子が学校に2〜3人もいます。
私やお姉ちゃんはいいのですが「父さんと同じ騎士になるんだ!」と言っているアハトは、第一王子と同じ名前でいいのだろうかと心配です。まぁ、平民がお城務めの騎士になるなんて相当優秀でないと叶わないので取らぬ狸の皮算用かもしれませんが、あのアハトならお城勤めの騎士になれちゃいそうな気がしてしまうのです。
アハトは騎士になるために頑張っています。そんなアハトを見ると、私は何になりたいんだろうって悩んでしまいますが、不思議と、その悩みを嬉しく感じてしまいます。
私はまだまだ11歳。今からたくさん悩んで、夢に向かってがんばれるんです。大好きなチョコレート屋さん、お花屋さん、本屋さん、何にでもなれちゃうんだって思い、ワクワクするのです。
教会から家に帰り、今からアハトの家に行こうとした私にお姉ちゃんが声をかけてきました。
「白いワンピースは汚れやすいから、このカーディガン着なよ。お姉ちゃんのお気に入り貸してあげる!」
そう言って手渡してきたのはアハトの瞳の色にそっくりな水色のカーディガン。ニヤニヤと笑っているお姉ちゃんの目的は明らかです。
「ありがとう。じゃぁ私のリボン貸してあげる」
去年の誕生日におばあちゃんからもらったお気に入りの真っ赤なリボン。赤い瞳の彼氏と大聖堂の屋台に行くと言っていたお姉ちゃんの目的はこのリボンでしょう。
お姉ちゃんに赤いリボンを渡すと、素早く付け、私より先に家を出て駆け足で行ってしまいました。私が教会から帰ってくるのを待っていたみたいです。
「あのリボンをくれたおばあちゃんの気持ちを考えるとあげたくなかったんだけど、1年は使ったし、もうお姉ちゃんにあげてもいいかな」
「じゃぁ今日はミルカの欲しいリボンを探しに行こうか」
リボンの話をアハトにすると、アハトは屋台に繰り出そうと私に手を差し出します。
「何色のリボンがいいの?」
「んー、ないしょ」
アハトはただの幼馴染。別に水色のリボンじゃなくてもいいのです。
とは言いつつも、結局、水色のリボンを選んでしまいそうな予感には目を瞑り、私はアハトの手をとりました。
安らかにお眠りください くびのほきょう @kubinohokyou
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