第46話 最後の晩餐?

 カナメが最後の計測をした翌日の地震後、村人たちの避難が始まった。必要な荷物を持ち、山を下り、城の用意した何台もの馬車で城の避難所へ向かった。


 社には仙女様、アヤメとカナメ、そして村長の4人が残った。


「あの、本当に残って良かったのですか?」


 アヤメが村長を心配し声をかける。


「もちろんですよ! 私には、戦いの様子を記録し後世に残す責務があるのです。そのための村長なのです」


 村長の役割を初めて知り、アヤメとカナメは感心した。


「お2人こそ、この州の王女殿下と王子殿下でしょう? 御身を守らなくてよろしいのですか?」


 その問いに2人は笑う。そしてカナメが答えた。


「我々は仙女様の弟子ですから。ここで最後までお供するつもりです」


「そうですか。それでは、我々も責務を全う出来ますよう、頑張りましょう!」


 村長は拳を握りしめて、2人に突き出した。

 2人も同じように突き出し、3人で拳を突き合わせた。



 すると、また地震が起こった。

 仙女様はドラゴンの様子を見に行っている。

 3人が心配していると、仙女様が戻ってきた。


「「「おかえりなさい!」」」


3人で仙女様を出迎える。


「おやまぁ、弟子が3人になったようだねぇ」


 仙女様はそれはおかしそうにコロコロと笑った。



 カナメはドラゴンの様子が気になって、仙女様に話しかけた。


「師匠、ドラゴンの様子はいかがでしたか?」


「そうねぇ、最近のいつも通りって感じでしょうか。さっきも地震があったでしょう? でも、マグマの水位はそこまで下がってなかったし、気温もそんなに下がってなかったのですよ。やはり、カナメの推測が当たっているようですね」


「そうですか。こればっかりは喜んでいいのかどうなのか……」


 カナメは微妙な顔をした。


「ふふ。とりあえずは喜んでおきなさい」


 仙女様はカナメの頭を撫でた。



 翌日、予期せぬことが起こった。

 地震がピタリと止んだのだ。

 おかしいと思いつつも、4人は念のため様子を見ることにした。

 さらに翌日、昼を過ぎても地震が起こらなかった。

 仙女様は1人でドラゴンの様子を見に行ったが、浮かない顔をして帰ってきた。


 そして、カナメに話しかける。


「カナメ、一度一緒に火口に来てもらえますか? 私の計測方法が悪いのか、気温や水位に変化がないように思うのです」


「承知しました」


 カナメは神妙に頷いた。


「そして、アヤメ。私について来てください。村長さんとカナメは夕食の準備をお願いします」



 そう言い残し、仙女様はアヤメを連れて裏庭に向かった。



 裏庭に向かう途中、仙女様は自分の部屋に立ち寄る。そしてすぐに出て来て、裏庭に向かった。



 裏庭に着くと、仙女様が真剣な面持ちで話し出した。


「アヤメ。今から話すことは、時が来るまで、貴女と私の2人だけの秘密です。守れますね?」


 仙女様のただならぬ雰囲気にアヤメも真剣に応える。


「はい、もちろんです。それで、どういったことでしょうか?」


「途轍もなく嫌な予感がします。もし、もしです。私がドラゴンと戦い、何か事故があった場合、私が2日経っても戻らなければ、カナメを旅に出させなさい」


「え?カナメを……ですか?」


「そうです。カナメはこんな所で燻っていてはいけません。今のままでは、カナメは中途半端な人生を歩んでしまうでしょう。ですから、何でも良いので理由を付けて、カナメを外の世界へ出してあげてほしいのです」


 仙女様の想いを知り、アヤメはその気持ちを深く胸に刻む。


「そして、その時、この手紙をカナメに渡してください」


 アヤメは仙女様から手紙を受け取る。


「そして、ここからがさらに大事なことです。心して聞いてください」


 アヤメはしっかりと頷く。


「もし、私が4日しても社に帰ってこなかったら、貴女はこの手紙を読んでください」


 仙女様からアヤメにもう一通の手紙が手渡される。

 アヤメはもしものことを考えてしまい、目が潤み出した。




「大丈夫です。恐らくそんな事態にはなりません」


 仙女様はアヤメを優しく抱きしめる。

 アヤメは堪えていた涙をとうとう堪え切れなくなり、声を殺して涙を流した。



 アヤメが落ち着いた後、仙女様はこう付け加えた。

「それで、2日と言いましたね?」

「はい」


「もし、私が無傷であったとしても、私は2日間は帰りません」

「え!? それって、つまり……」


「ええ、そういうことです。何が何でも、カナメを放り出しなさい」

「わかり……ました」


 アヤメは覚悟を決めなければと俯く。

 その様子に仙女様が声をかけた。


「カナメがいないと寂しいですか?」


「寂しくないといえば嘘になります。私は、私は、ずっと、ずっとカナメのお姉ちゃんでした。……いつも危なっかしいカナメを側で、見守って、見守っ……うっ……」


 カナメとの思い出が勝手に溢れ出し、それに呼応するように涙もポロポロと溢れる。


「そうですね。だから、統一大会も一緒に出たんですものね」


 アヤメは言葉にできず、頷くことだけで返事をする。


「貴女も、カナメも姉弟離れする時です。……もう。あなた達は親離れはできてるくせに、なんで、そんな双子みたいにいつでも一緒なんでしょうね」


 仙女様はクスクスと笑った。

 アヤメは涙を拭いながら、


「わかりません。昔から、そうだったんです」


と笑った。


「どうですか。カナメの顔を見ても普通にできそうですか?」

「はい、もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」


「いえ、そんなの良いのですよ。では、戻りましょうか?」

「はい!」




 2人は揃って、居間に戻った。


「2人ともおかえりー。……?」


 カナメは2人の、特に姉の様子に訝しむ。


「師匠。姉上何かあったんですか?」

「いいえ、ちょっと次期仙女としての心構えを伝えただけですよ」


「そうなんですか? なんかそれにしては……」

「それより、カナメ。明日のことで話があります。アヤメも、村長も集まってください」


 

 仙女様は皆を集めながらも


 本当にこういう時の勘は鋭い子だね。


と、カナメの勘の鋭さに舌を巻いていた。



「皆、集まりましたね。では、明日の話をします。まず、明日、カナメは私と共に火口に来て下さい。念のためにアヤメも一緒に行きましょう。そして、カナメは気温の確認などをお願いします。何事もなければ、そのまま社に戻ります」


 カナメは、仙女様の言葉に頷く。そして仙女様は続けた。


「もし、何事かがあった時です。例えば、ドラゴンが暴れ出した、とかね。その時は、カナメとアヤメは全速力で社に戻り、村長と共に社からこの霊山の様子を観察してください。で、もし、噴火の兆候が見られたら、3人は州都へ行き、住民の避難など、州王様の指示にしたがって誘導してください」


 村長が頷き、アヤメとカナメは黙り込んだ。


「何か不満がありますか?」


 その言葉にカナメが渋々返事をした。


「不満という訳ではないのですが……いくらなんでも仙女様お一人を残して山を下りるのはちょっと……」


 その言葉に仙女様が一息吐いて言葉を返す。


「前にも言いましたね? まず、私自身ドラゴンの相手で手一杯です。厳しいことを言いますが、あなたたちは足手まといになります。そして、何より王族としてあなた方には民を守って欲しいと思います」


 仙女様の王族という言葉に2人は口を引き結ぶ。


「ここが噴火したとして、馬車では通達が遅過ぎるのです。州都を守るためにもあなた方の足の速さが必要なのです」


「それなら、どちらか1人が行けばいいのでは無いですか?」


 カナメは諦めきれず言葉を返した。


「正直に言いましょう。ドラゴンが暴れ出すというのは、未曾有の大災害です。あなた方のどちらかが地震や噴火に巻き込まれ亡くなってしまうかもしれません。2人でというのは、どちらかが動けなくなった時の保険です」


 村長も含めた3人が仙女様の言葉に青くなった。



「非情なことを言っているのは分かっています。でもそれくらい今回のドラゴンは危険度が高いと理解してください」

「わかり……ました」


 仙女様の言葉に、事の重大さを認識し、カナメは仙女様の提案を受け入れた。


「アヤメはどうですか?」

「私も、師匠の言う通りにします」



 重たい沈黙が流れた。



 仙女様はパンッと手を叩き


「それでは、皆揃っての夕食にしましょう!」


と張り切った声を上げた。




 食事をしながらも暗い2人に仙女様が声をかける。


「あなた達、そんな暗い顔してないで、気持ちを強く持ちなさい。私は、あなた達が笑顔でご飯を食べている姿が好きですよ」


 その言葉を聞いたカナメが突然大粒の涙をボロボロと流し出した。


「だって、だって……今日で……。まるで今日が最後の食事みたいじゃないですか」


 カナメはとうとう声をあげて泣き出した。


「カナメ! 何もそんなに泣くことないじゃない」


 アヤメは言葉を詰まらせながらカナメをたしなめる。しかし、カナメを旅立たせることを思い、詰まらせるだけでは堪え切れなくなっていた。


「姉上だって、泣いてるじゃないですかぁ!」


「な! これは違う! 涙なんかじゃないんだからぁ!」


 そう言いながらアヤメはボロボロと涙を流していた。

 そしてとうとう、2人でわんわん泣き出しでしまった。


 子供のように泣きじゃくる2人に村長はオロオロとして仙女様を見た。

 仙女様はやれやれと2人を見て声をかけた。


「2人とも、私はそんなに弱いですか?」


 仙女様の言葉に2人が黙る。


「どうですか? カナメ。私は弱いですか?」


 名指しされ、カナメは仕方なく涙を止めて答える。


「いえ、オレなんかじゃ到底敵わないレベルで強いです」


「そうですよね? アヤメ、私の強さはそんなに信用できないですか?」


「いえ、師匠の強さには絶対的な信頼があります」


「では、2人とも、もっと自分の師匠を信じなさい。私がドラゴンに負けることは基本的にあり得ません。もしもの事に憂いて、気持ちを沈めている暇があるなら、明日以降の任務をしっかり真っ当できるよう、気持ちを持っていきなさい」


「「はい」」


 2人は涙を止め、気持ちを切り替えようと返事をした。



 その後、村長の機転もあり、4人で楽しく夕食を囲むことができた。





 そして翌朝、社に村長を残し、3人は火口へと向かった。


 ドラゴンの巣を前にして、3人は緊張していた。なぜなら、いまだに地震が一度も起きていなかったからである。


 恐る恐る扉を開けると、ドラゴンが気持ちよさそうに眠っていた。何か不調があるのかと、ドラゴンの気を確認するが特に異常もない。


 カナメは、そっと火口に近付き計測を始めた。

 計測を終え、洞窟へと続く扉を潜ろうとした時、突如地鳴りが響き出した。今までに聞いたことのない響きだった。


 カナメが慌ててドラゴンを振り返ると、ドラゴンは先程と同じように眠っている。

 しかし、先程とは異なる景色が広がっていた。


 カナメはその景色に圧倒される。その景色に飲まれ、自分の心臓の鼓動の音しか聞こえない。



 火口のマグマの水位があり得ない程、下がっていたのだ。


 急に冷えた空気にドラゴンが目を覚ました。

 それを見た仙女様がカナメを急いで洞窟側へ

引っ張り込んだ。そしてすぐにドアを閉める。



 ドラゴンは予想通り、大きくマグマの地面を踏み鳴らした。

 普段ならそれで落ち着くはずである。

 しかし、ドラゴンは幾度となく地面を踏みつける。

 その度に洞窟を揺れが襲った。

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【第1章完結】3つの星に住むそれぞれの勇者の物語 @HALKAIRO

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