第45話 カナメの意外な才能
馬車が霊山へ向かって走る。
カナメはボーッと窓の外を見ていた視線を中へ戻し、アヤメに話しかけた。
「姉上、オレたち走った方が良くないですか?」
「何言ってるのよ。父上の護衛でもあるんだから、一緒の馬車に乗ってるのよ」
「え? そうだったんですか?」
「そうよ」
「ハハハ! カナメは成長したと思っていたが、そういう所はまだまだカナメなんだな」
「いや、だって一応護衛いるじゃないですか?」
カナメは窓の外を指差した。
馬車の両サイドを馬に乗った騎士が馬車と並走している。
「そうだけど、それでも父上に何かあったらどうするのよ? もし、先に行っていたとして、何かあった時カナメは一緒に移動しとけば良かった。って後悔しないの?」
「それは……します」
カナメはしょぼんと項垂れた。
「まあまあ、アヤメ。心配してくれてありがとう。カナメ、私自身、2人が先に行ってくれててもかまわんよ。だが、たまにはお前たちとこうやって外出出来るのも楽しみではある。まぁ、緊急事態だがな」
と父ナツメは苦笑いした。
カナメは父の思いを知り、心がムズムズとし少し気恥ずかしくなり、窓の方へ顔を向けた。
「あれ? カナメ思春期してんの?」
カナメの様子にアヤメがニヤつきながらカナメを揶揄う。
「な! 違います!」
カナメは気持ちを誤魔化すように、アヤメに言い返す。
「ふーん。まぁ良いけどねぇ」
アヤメはニヤニヤし続ける。
「アヤメ、やめなさい。難しい年頃の弟を揶揄うんじゃない」
「はーい」
カナメは、父に
アヤメはカナメにムッとして、カナメの脛を蹴った。
カナメはあまりの痛さに足を手で押さえ、アヤメを睨みつけると
「2人ともやめなさい!」
父からの叱咤が飛んできた。父ナツメは
「はぁ、先日から2人の成長ぶりに感動していたというのに、何でお前達はこうなんだ。まさか仙女様にもこんな風にご迷惑をおかけしている訳ではあるまいな」
と頭を抱えた。
父親のその言葉にアヤメが姿勢を正し
「仙女様の所ではこんなことしません! 今のはカナメが私をバカにしたからです!」
と主張する。
それを聞いてナツメがカナメをジロリと睨む。
「な! オレだって、してません! 今のは姉上がしつこく揶揄ってきたからです!」
とカナメは答えた。
2人の言葉にナツメは溜息をつきながら
「2人とも、もう子供じゃないんだ。しつこく絡んだり、相手のせいにしたり、言い訳するのはやめない」
と言った。
2人は
「「はい……」」
と大人しくなった。
その後は、また和やかな空気に戻り、和気あいあいと馬車の旅を楽しんだ。
そして夕方、馬車は霊山の麓へ到着した。
ここからは、全員が馬か歩きになる。
護衛の騎士や付いてきた侍従たちは、慣れない山道に四苦八苦しながらも何とか山を登り切り、社のある村に到着した。
日は完全に沈み、空には黄色い月が浮かんでいた。
村人には既に伝えられていのか、一行は歓待され、泊まる場所などに案内された。
社には州王とアヤメとカナメが向かった。
「「師匠ー! ただいま戻りました!」」
2人が声を揃えて呼びかける。
「はいはい、お帰りなさい。州王殿下、ようこそお越しくださいました」
仙女様は3人を出迎える。
「州王殿下お疲れでしょう? お茶を飲みながらお話しましょう。アヤメ、カナメ、お茶を頼めますか?」
「「はい!」」
2人はテキパキとお茶の用意をしていく。
お茶を淹れる上で、
その2人の様子にナツメは目を丸くし、仙女様に話しかける。
「仙女様、あの2人、ここでご迷惑をお掛けしておりませんか? 実はここに来る途中も馬車内で喧嘩をしまして……。2人があんな風に働くのを初めて見ました」
「ふふ。2人はとても仲が良いですよね。姉弟ですから、そりゃ喧嘩することもあるでしょう。けど、ここにいる間は、お互いに協力し合って頑張っておりますよ」
と仙女様はニコニコして答えた。ナツメは
「そうなのですか。私の知る2人からは想像も出来ない姿です。本日の私への報告も2人とは思えないものでした。私では出来なかった教育を、仙女様、どうもありがとうございました」
と頭を下げた。
「私は特に何もしておりませんよ。2人がちょうど成長する時だっただけでしょう」
「いや、本当にかたじけない」
仙女様とナツメが話していると
「お待たせしました」
とアヤメがお茶を置いてくれた。カナメはお茶請けとしてドライフルーツを置いていく。
「お前たち、本当に立派になったなぁ」
ナツメは瞳を潤ませた。
4人はゆっくりとお茶をいただく。
「さて、では、ドラゴンのことを話し合いましょうか」
仙女様が話を切り出した。
「よろしくお願いします」
とナツメが改まる。
仙女様は、こちらこそ、と一言添え、説明を始めた。
「今回、お知らせしたようにドラゴンが動き出す周期が早いです。そして、原因が分かっていませんが、ドラゴンのいる火口のマグマの量が減っているようです」
「なんと……! マグマの量が減る……! そのような事例は今までにはないのですか?」
「ええ、過去、記録されている分には一つも記載がありませんでした」
「そうですか。マグマの動きが関係しているとすると、我々はどうにも出来ませんね」
「そうなんです。せめてマグマの量や火口の温度を調整出来れば、ドラゴンの動きも沈静化させれると思うのですが」
「ううむ。マグマの温度と量ですか……。それはなかなか難しい。……。そういえばですが、ドラゴンの様子はいかがなのですか? いつもは眠りから目が覚めて身体を解すために動き回るのですよね?」
「今回は、マグマの温度が下がったことへの不快感で目を覚ましているようです。アヤメとカナメも一緒におりましたが、ドラゴンが火口の底を踏みつけ底を割ったのか、マグマの量が少し戻り、また落ち着いて眠りにつくという事がありました」
「なるほど。不快感ですか。それは少し厄介ですな」
「ええ、寝惚けてるドラゴンを相手にするのではなく、ストレスでイラついているドラゴンを相手にするのですから、勝手は異なるでしょう」
「仙女様はそれでも、ドラゴンを沈静化できそうでしょうか?」
「できるできない、というよりは、せざるを得ないという感じですね。今のあのドラゴンを野放しにすることはできませんから」
「アヤメやカナメの補助があっても難しいのでしょうか?」
「手伝おうとしてくれるのは有り難いですが、今回はストレスの溜まったドラゴンを相手にしますし、私1人の方が良いでしょう。私が2人を守り切れる自信がありません」
仙女様の言葉にアヤメとカナメは悔しさで唇を噛み締め俯いた。
そんな2人を見て仙女様が言葉を続ける。
「アヤメ、カナメ、もし、今回がいつものドラゴンの沈静化であったなら、あなた達と共に戦います。しかし、今回ばかりは勝手が違う。私も無傷での沈静化は難しいと考えています。あなた達には、私にもしものことがあった時のフォローをしてもらいたいのです」
仙女様の言葉に2人は勢いよく顔を上げた。
アヤメが驚愕にわななきながら言葉を発する。
「そんな……師匠でも厳しいのですか?」
「ええ、相手はドラゴンですから。気を抜けません」
仙女様の真剣な様子に言葉を失うアヤメとカナメ。
そんな2人を見て父ナツメが声をかけた。
「では、アヤメとカナメはどうすれば良いと思う?」
「「どうすれば……」」
2人は同時に声を上げ、同時に押し黙った。
「自分で出来ることを見つけ、それを一生懸命にやりなさい。それが仙女様への一番の手助けとなる」
2人は黙って頷き、そのままその日は押し黙ったまま過ごした。
「少し、厳しいことを言い過ぎたでしょうか?」
ナツメが2人を心配し仙女様に話しかけた。
「いえ、もうそれくらい出来て当然の年です。いつでも指示待ちしかできないようでは困ります。ちょうど良い機会だったと思いますよ」
仙女様はお茶をすすりながら、ナツメに笑いかけた。
アヤメとカナメは自分にできることをひたすら考え続けていた。
そして翌日、アヤメは仙女様に、仙女様の仕事一式を教えてもらうよう懇願した。
もしもの時に備え、仙女様の仕事を引き継ぐためであった。アヤメは次期仙女になる覚悟を決めたのだった。
カナメは1人でドラゴンの巣へ行くことの許可を求めた。
ドラゴンの巣のマグマと気温の変化、地震の間隔を調べるためだった。
カナメは決してドラゴンを刺激しない、不用意に近づかないことを絶対条件として許可を受けた。
そこから毎日、2人はそれぞれ自分に出来ることを続けていく。
アヤメは仙女としての知識、考え方などを学んでいった。
カナメは毎日決まった時間にドラゴンの巣へ赴き、ドラゴンの巣内の気温とマグマの水位を計測、そして地震前後の様子の違いを書き留め、グラフにしてまとめていった。
そして、カナメはドラゴンが目を覚ます一定の基準値があることに気が付いた。そして、その基準値が徐々に変化していることも併せて気が付いた。
カナメはその事実に覚悟を決め、3人に話をすることにした。
まず、父ナツメが声を発した。
「カナメ、ドラゴンの事で話があるとのことだが、何かわかったのか?」
「はい。まずは地震の頻度です。地震の頻度ですが、最近、3日に一度で安定しているように感じますよね?」
「ああ、そうだな」
「でも実は、3日に一度ではないんです。数時間程度ですが、徐々に間隔が狭くなってきているのです」
「そう……なのか?」
「はい、もしこの短くなる間隔でいけば、明日の夕方頃、地震が起こるはずです。そして、注目して欲しいのが、ドラゴンが地震を起こす気温とマグマの関係についてです。こちらのグラフをご覧ください」
カナメは毎日つけていた記録を元に作ったグラフを見せる。
「横軸が日付です。縦軸がマグマの水位や気温になります。マグマの水位は地面から測った深さですので、数字が大きい方がマグマの水位が下がったと考えてください」
3人はカナメの作ったグラフを覗き込む。
カナメはそんな3人を確認し、グラフの説明を続けた。
「で、どちらもなんですが、徐々に変化していっていると思いませんか? そして、ドラゴンが地震を起こした日を合わせて考えてみて分かったのですが……」
カナメがグラフに指を滑らせる。
「ある一定まで、マグマの水位が下がり、気温が下がった時、ドラゴンは地震を起こし、マグマを補充します。しかし、ドラゴンのストレスが溜まっていっているせいか、ドラゴンが地震を起こす水位が少しずつ高くなっていて、気温も始めほど下がっていないのに、地震を起こすようになっていっているのです」
「なんと。では、地震の頻度がさらに早まるということか?」
「はい、ですので、その関係を落とし込んで考えると、マグマの量や気温が復活しても、ドラゴンがそれに満足出来なくなる頃、もしくは、毎日のようにマグマの水位を調整しなければいけなくなり、イライラが限界に達する時、つまりここ10日前後にドラゴンが暴れ出す可能性が高いのです」
カナメの説明に全員開いた口が塞がらなかった。
「カナメ、よくそんなこと気付いたな」
「カナメ、ごめん。お姉ちゃんカナメのこと勘違いしてたみたい」
「カナメ、これは凄い発見ですよ」
と三者三様の言葉を口にした。
その3人の様子が、自分の想像していたものと違い、逆にカナメは居心地が悪くなった。
「と、とにかく、今から10日後あたり、注意しませんか?」
苦し紛れに声を発するカナメ。
そこに仙女様が力強く、賛同してくれた。
「カナメ、もしかしたら、ドラゴンの機嫌でイレギュラーが起こるかもしれません。もうしばらく、計測をお願い出来ますか?」
「はい! もちろんです!」
「もし、ドラゴンの起きている時間が増え始め、計測が難しくなったら、そこで計測はストップして構いません。自分の命を一番に大切にしてください」
「承知しました!」
その日、カナメの話を聞き今後の対策を立てるため、父ナツメは急いで城へと戻っていった。
カナメは、その後も計測を続けた。
そしてカナメの予想通り、翌日の夕方、地震が起こった。
そして、3人にグラフを見せてから8日後、とうとう計測が難しくなりだした。
9日目の朝、仙女様はカナメの計測に付き添うことにした。念のためで、アヤメも同行することとなった。
山を登りながら、カナメは少し浮かれていた。
「3人で行動するの久しぶりですね!」
「確かに、最近は皆バラバラだったもんね」
「そうですねぇ。こうやって動くのは久しぶりですねぇ」
アヤメと仙女様も楽しそうであった。
「それにしても、最近、本当に地震の頻度が上がったわね。本当にほぼ毎日よね」
「はい、なんか、ここまで地震が起こると慣れますよね」
アヤメとカナメが話し出す。そこに仙女様が加わった。
「それは、まだドラゴンが本気で暴れていないから、この程度で済んでいるのです。ドラゴンが暴れ出した時に起きる地震はこんなものではありません」
仙女様の言葉にアヤメが問いを返した。
「やはり、相当の被害を覚悟しといた方が良いですか?」
「ええ。特に今回は気が立っているドラゴン相手ですからね。下手したら火山が噴火、もしくは地震被害により、州都が壊滅するかもしれません」
「そうなのですね。その辺り、父が対策を講じてくれていると思うのですが……」
「そうだとしても、人は思うようには動かせません。必ず被害は起こるでしょう。その後、立て直しをどうするかは、為政者の力量にかかっているのでしょうね」
「なんとか被害を最小限に留めたいですね」
アヤメは州都の住民の顔を思い浮かべた。
「さて、そろそろ、地震が起こりそうな時間だね?」
ドラゴンが近付き、戦闘モードに入った仙女様がカナメに問いかける。
「ええ。って言っても、数時間の誤差はあります。どうしますか? 地震を待ちますか?」
カナメが返事を返した時、ドラゴンの叫び声が聞こえ、地面が揺れ出した。
「おやおや、ナイスタイミングだねぇ」
3人は地震の揺れに耐え、地震が収まるのを待った。
「とりあえず、先に進もうか」
仙女様の言葉を皮切りに3人は洞窟に入った。仙女様がそっと扉を開く。
中からいつもの肺を焼くような熱気が襲いかかる。
ドラゴンはさっき起きたとは思えない位、気持ち良さそうに眠っていた。
カナメはそうっと火口に近付き、いつもの計測を始めた。
記録を付け、出口に向かう時、ドラゴンが寝惚けて腕を振り上げた。
「カナメ!」
アヤメは声にならない声で叫ぶ。
仙女様がカナメの元に行こうとした瞬間、カナメが本気で洞窟のドアまで走ってきてドアを閉めた。
直後、ドーン! ともバシャーン! とも聞こえる音がして、静かになった。
恐る恐る扉を開けて中を確認すると、火口を取り囲む陸地部分のあちこちにマグマが飛び散っていた。もちろん、カナメがいた場所にも、である。
3人はホッと胸を撫で下ろし、帰路についた。
社に戻り仙女様がカナメを呼びつけた。
「もし、明日昼までに地震が起これば、カナメは計測に行くのをやめて下さい。そろそろ危険な気がします」
「わかりました」
カナメは、自身もそろそろ限界かと思っていたので、素直にその指示に従った。
翌日、やはりというべきか、昼前に地震が起こった。
そろそろ時が来ると、各々は準備をしっかりと整えることとなった。
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