第44話 久々の里帰り

 翌朝、2人は城へと向かうため下山した。


 城に戻った2人は、父の執務室へ向かった。

 扉をノックし、部屋へ入る。


「おお! 2人とも久しぶりだな! 仙女様も元気にしておられるか?」


 父ナツメは2人を見てニコニコと上機嫌に話し始めた。

 父は2人をソファに座らせ、侍従にお茶を持って来させる。


 アヤメは正面に座った父を真っ直ぐと見つめると


「父上、今回、父上に折り入ってご相談があります」


と伝えた。

 カナメもアヤメの横で真剣に父を見つめる。


「どうしたのだ? 2人ともそんな改まって」


 ナツメは2人の様子に驚きながらも、真剣に話を聞く姿勢を取ってくれた。


 アヤメは


「実は、白虎州のことなのですが……」


と話し始めた。



 アヤメの話を聞き、ナツメは両手で握り合う拳を額に持っていった。そして


「それはまた、難しい問題だな」


と押し黙った。



 黙り込む父を見てカナメは、無理な頼み事だったのかと落ち込み、父に話しかけた。


「やはり、我々では国王陛下のお力にはなれないのでしょうか?」


「うむ。これはな、本当に難しい問題なんだ。我々はそれぞれに独自の法律・ルールで州を治めている。他州の州王が政治に口を出すのは内政干渉となるのだ。また、特別に懇意にするのも各州の均衡を破ってしまうのだ」


 州王である父の言葉に絶望する2人。


 アヤメはそれでも諦め切れず言い募った。


「でも、でも! このままでは陛下が折れてしまわれます」


 カナメも引き下がらず、喰らいつく。


「陛下は、どうしようもできない状況に憔悴されておりました。我々に心の内を話してしまう程に、疲れ切っていらっしゃるんです」



 父ナツメはカナメの言葉に驚いた。


「カナメ……。お前。『男子3日会わざれば刮目して見よ』か」


 ナツメはカナメの心の成長に目を見張った。

 同時に自分では成長させることができなかった、父親として力が足りなかったことに、少し寂しさを覚えた。



「2人の気持ちは良く分かった。州王としては前述した通りだが、私個人としては、とても気にかかることではある。私から話を聞いておこう」


 ナツメは国王と話をすると約束してくれた。



「それで、お前たちは何日城に居るんだ? せっかくだから、ミドリとも時間を過ごしたらどうだ?」


 ナツメの言葉に、困ったような顔をする2人。どうしたのだ、と父親が2人の顔を見ていると、カナメが先に口を開いた。


「実は、先日、地震が起きました。その後、数日間は我々は仙女様の命で銀狼州を離れていたのでわかりませんが、その地震の原因を現在仙女様が究明中です。他地方の精獣様のことからも、魔物がドラゴンの動きに起因しているのではと考えられます」


「カナメ、お前、ドラゴンと地震の関係を知っておるのか?」


「はい、私だけでなく、姉上も仙女様から聞いております」


「それはまことか? アヤメ」


「はい。ですので、できるだけ早く霊山に戻り、仙女様のお手伝いがしたいのです」


「そうか。……地震だが、それはいつだ? そして規模はどれくらいだった? 実はこちらでは揺れておらんのだ」


「えっと、仙女様の命で発つ前日なので……あれ? 姉上、何日前でしたっけ?」


「えっと、昨日霊峰に戻ったから……で、州境で一泊して、金獅子州で一泊して、えっと、紅鳥州の境の町で一泊して、紅鳥州まで行くのに2日かかったから……7日ほど前です!」


 子供の計算問題かのように考えるアヤメに父ナツメは閉口した。


「……。お前たち、カレンダーは確認しなかったのか?」


 父ナツメの問いにカナメが、あ! と思い至る。


「カレンダー!! そういえば、仙女様の社にはカレンダーがありませんでした!」


「仙女様は太陽や星の動きで暦を把握されているそうだわ。前に聞いたのよ」


「……。そうか。次霊峰に向かう時は城から一つ持って行きなさい。記録に使え」


 ナツメは軽く頭痛を覚え、こめかみを押さえた。そして気を取り直し話を続ける。


「で、その7日前の地震の規模は?」


「えっと、ゴゴゴゴゴと音がした後、5秒程揺れました。棚の食器が揺れましたが、食器が軽く揺れ、落ちる程ではありませんでした」


 今度はカナメが正確に答えた。


「カナメ、お前数えたのか?」


「はい、雷の音を数えるのが好きで、その癖で揺れの時間を数えてました」


「え? 雷の音を数えるって何?」


 アヤメが意味がわからないと聞き返す。


「うむ、私も気になるな」


 ナツメも便乗する。


「え? 皆しないんですか? ピカッと稲光が光るでしょ? そこから何秒後に雷の音が聞こえるかで、雷の音が変わるんですよ。だぶんですが、光から音までの時間が短いと近くで雷が鳴っているんだと思います」


「そうなのか。いや、私は知らなかった。もし今度、イコウの人間と顔を合わせる時があったら聞いてみると良い。彼らなら何か答えを知っているかもしれん」


 イコウという言葉が突然出てきてカナメはキョトンとした。


「イコウの人ですか?」


「ああ、イコウの人間は自然現象のほとんどを数字や記号で表すことが出来ると聞いた。雷のことも何か知っているかもしれない」


「そうなんですね! もし機会があれば聞いてみます!」


 カナメは長年の不思議が解明できるかもと、心が弾み、まだ見ぬイコウに思いを馳せた。


「それはそうと、地震だな」


 ナツメが話を戻し、2人に説明を始めた。


「確かに、仙女様のおっしゃる通り、地震の周期がおかしい。前回は15年前だ。この州都でも大きな揺れを何度か感じた」


 ナツメの言葉にアヤメがアレ? となって尋ねる。


「あの、父上。15年前なら私は記憶にあるはずなんですが、なぜ覚えていないのでしょう?」


「地震は全てたまたま夜に起こってな、アヤメはグッスリ寝ていたぞ? あの揺れの中寝るとは、この子は将来大物になるなとミドリと笑ったものだ」


 ナツメの言葉にアヤメは顔を赤くした。


「わ、私、寝てたんですか!?」

「さすが姉上ですね」


 カナメがニヤニヤとアヤメを見た。


「な! カナメだって同じじゃないの?」


「カナメはな、幼過ぎてなにが起こっていたのか分かっていなかったっぽいぞ?」


「そんなぁー!!」


 アヤメは幼い頃の恥ずかしい過去を白日の元に晒されて、顔を覆った。



「まあ、話が逸れたな。とりあえず、まだその規模なら放っといても大丈夫だ。それに、無理に仙女様にくっ付いて、足手まといになっても嫌だろう? ミドリが2人に会いたがっておる。しばらく、親孝行してくれんか?」


 父にそこまで言われて断れる2人ではなかった。

 2人はしばらく城で過ごすこととなった。

 子供たちを溺愛する母ミドリは、それはそれは喜んで、2人と共に幸せな時間を過ごした。


 城に滞在して1週間後、父ナツメに2人は呼び出された。


「急に呼び出してすまんな。以前、仙女様に頼んでいた薬草だが、その在庫が減ってきてしまってな、また、仙女様の元へと行って欲しいのだ」

「「承知しました!」」


 2人は大喜びで賛成し、急ぎ足で霊峰へ向かった。

 城にいる間、一度も地震が起きなかったが、霊峰でどうだったかは分からないのだ。


 2人は飛び込むように社に入った。


 しかし、仙女様の姿はなかった。


「まだ、山を見て回ってらっしゃるのかしら?」

「そうかもしれませんね」


 2人は仙女様を待ちつつ、父の書信にあった薬草を集めていく。

 薬草を集めながらカナメがポツリと言った。


「城の薬草庫の薬草っていつも仙女様がご用意してくれてたんですね」

「そうね。城の兵士の怪我も私たちの病気も、仙女様の薬草に助けられていたのね」



 2人は自分の知らない所で、ずっと仙女様と関わっていたことに嬉しくなった。


 薬草を集め終わった2人は、机に置いてあった薬草の仕分けを始めた。


「カナメ、薬草の目利きが上手くなったわね」

「そういやそうですね。初めはどれがどれかサッパリでしたよ」


「今はどうやって分けてるの?」

「見た目と匂いです」


「なるほど。それも良いわね」

「姉上は? どうやってるんですか?」


「見た目と気の気配」

「気の気配? 本当だ。それぞれ微妙に違うんですね」


 2人がそれぞれのやり方を試していると、仙女様が帰ってきた。



「「おかえりなさい!」」


 2人の顔がパァっと明るくなる。



「おや、2人とも戻っていたのかい?」

「はい! と言っても、父上に頼まれて薬草を受取りに来たのですが」


 アヤメが少し残念そうに答えた。


「城への納品かい? どれ、見せてごらん」


 仙女様が2人が集めた薬草を確認する。


「へぇ。全部合ってますね。良く覚えていましたね。感心です」


 仙女様に褒められて、エヘヘと2人は喜んだ。


 そしてカナメがあることを思い出し、尋ねる。


「そうだ! 父上が気にされてたんですが、地震ってその後いかがですか?」


「地震はね、その後一回、一昨日の昼間に起こりましたよ。大きさは前より少し大きいくらいでしょうか?」


 その言葉にカナメはうーんと顎に手を当てる。


「また昼間なんですね。以前は15年前は夜だったと聞きました」


「そういえば、そうですね。確かに、その前の記録でも地震は夜に多かった気がします。今回は、本当に魔物の影響かもしれませんね」


 仙女様も同じように考え込む。そこへアヤメが声をかけた。


「あの、師匠。まだ原因は分かっていないのですか?」


「そうなんです。山肌をくまなく探しましたが、これといった異変は見つからなかったのです。一ヶ所、洞窟のような物が増えていたので中に入ってみたのですが、中はもぬけの殻でした」


「そうですか……」


 アヤメも芳しくない結果に黙り込んだ。


 そこで、カナメを声をあげた。


「師匠、もう一度ドラゴンの巣へ行くことはできますか?」


「ドラゴンの巣ですか? 構いませんよ。しかし、ドラゴンの気が立っている可能性があります。慎重に行きましょう」



 3人はドラゴンのいる火口へ向かった。

 仙女様がドラゴンのいる部屋の扉を開ける。


 部屋から溢れ出す熱気を浴び、カナメが異変に気付いた。


「あれ? 何か温度下がってません?」

「本当だ。前より息苦しさが少しマシです」


 アヤメもカナメの言葉に賛同する。


「気付きたましたか? そうなんです。少しずつですが、気温が下がっているようなのです」



 3人はそろそろと火口に近付いた。


「その気温の影響なのか、ドラゴンもこの通りなんです」


 2人は仙女様に促され、ドラゴンを見た。


 ドラゴンは以前よりも深くマグマに浸かっていた。マグマも以前より量が減っているようにも見える。


「……寒いのかしら?」


「なるほど、マグマが暖房器具ってことなんですね」


「そうみたいですね。今までの記録にこういうことはなかったんですよ」



 3人はドラゴンの様子をしばらく眺めた。

 そのついでにカナメはドラゴンの気を確認するが、特に異常は見つけられない。


「ドラゴンの気も普通ですね」


 カナメがその事を伝えると


「そうなんです。なので報告にあった麒麟様のようではないということなんです」


 仙女様も困ったように答えた。

 そこにアヤメが言葉をかける。


「気温低下の原因が分かれば良いのに……」


「そこなんですよ。せめて、気温を上げることができれば、少しは落ち着くと思うのですが」



3人がうーんと唸っていると、ドラゴンが動き出した。

 仙女様が2人を連れて、急いで火口から離れ、洞窟へ逃れ、扉を閉めた。


 その途端、ドラゴンから

 ガーッ!! と鳴き声が聞こえ、ドシンドシンと足を踏みしめているような音と共に、地面が揺れた。


 さすが震源地である。3人は何度も身体が地面から跳び上がった。


 何度か地面が揺れた後、静かになったので、3人はそっと扉を開けて中の様子を伺った。


 扉を開けた瞬間、中からモワッと熱い空気が流れてくる。

 以前のように肺が焼け付くようだった。


「空気が戻っていますね……」


 仙女様が不思議そうに中に入った。


 火口では、マグマが以前のような量に戻っていた。


「どうやら、マグマに原因がありそうですね」


 仙女様がふむ、と呟いた。

 それにアヤメが答える。


「でも、それなら私たちではどうすることもできませんよね?」


「そうですね。自然のことはどうもできませんからね。ましてやマグマですしね」


 仙女様も困った様子であった。


 その後、社に戻った仙女様は州王様への手紙をしたため、アヤメに手渡した。


「州王様へこれを渡し、すぐに州王様とこちらに来てください」



 2人は強く頷くと、大急ぎで城へ帰った。



「「父上!」」


 2人は執務室の扉を開ける。


「なんだ2人とも? そんなに慌てて」


 仕事中の父ナツメは書類から顔を上げた。


「こちらを! 仙女様から預かりました」


 アヤメが仙女様に預かった手紙を渡す。


「あと、これがご所望の薬草です」


 次いでカナメがまとめていた薬草を机の上に置いた。


「おお、2人ともご苦労だった」


 父ナツメはそう告げると、仙女様からの手紙を読んだ。


 手紙を読み進めるうちにどんどんと父ナツメの表情が険しくなる。

 手紙を読み終え、ナツメが唸るように呟いた。


「緊急事態だな。2人とも、仙女様の所へ向かおう」


 父ナツメは、次々と侍従たちへ指示を出す。

 そして、2人に声を掛けた。


「準備をしたらすぐに霊山へ向かう。2人は準備が出来次第、玄関で待っていてくれ」

「「はい!」」


 2人は特に準備する物もなかったので、玄関で父ナツメを待っていた。


 しばらく待つと父が数人の侍従とともにやって来た。


「待たせたな」


 ナツメは2人に声をかけた後、振り返り宰相へ声を掛ける。


「では、後のことは頼んだぞ。もしもの時はミドリの言葉に従うように」

「はっ! お任せください」


 宰相は頭を恭しく下げた。


 そこへ、ミドリがやって来る。


「あなた、気を付けて」

「ああ、後のことは頼んだぞ。もし、地震が起きた場合、分かっているな?」


「ええ、もちろんですよ。民を1番に、ですわよね?」

「そうだ、よろしく頼む」



 2人は会話の後、軽く抱き合った。

 母ミドリはアヤメとカナメに振り返り、2人を軽く抱きしめる。


「あなた達も気をつけるのですよ」

「はい、行って参ります、母上」

「行って参ります」


 2人も母に挨拶をする。


 3人は馬車に乗り、霊山へ向かった。

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