第43話 墨人州の仙女様と精獣様

 重い沈黙が流れる中、声を振り絞りアヤメが声を発した。


「そ、それでは、初代州王様は我々のような考えだった、ということでしょうか?」


「ふむ。銀狼族はそのような考えなのか?」


「はい。我々王族は、民のために生きる。民を守るために尽力する。それが銀狼族の基本の考えです。民を守るためには力が必要です。ですので、自身を鍛えますが、その力は民のために振るうのです」


「ふむ、初代州王様のような考えだな。白虎族の中にはな、この考えを軸に生きている者も数多くおるのだ。我もその1人だ。しかし、そうでない者が大多数でな、我が息子達もそうであろう? なぜ、そうなっていくのかが、分からんのだ。なぜ初代州王様の言葉がこんなにも伝わらないのか」



 国王は明らかに疲れているように見えた。

 国王の様子に心を痛めたアヤメが


「我々に何かお手伝いできることはありますか?」


と尋ねた。


「有難い申し出だが、残念ながら、ないのだ。人はな、楽な方に流される。一度流されてしまえば、もう元にはそう簡単には戻れんのだ。力に溺れるのは簡単で気分が良いものだ。もう我が領地の民はダメなのだろう」


 国王の言葉に2人は俯き拳を握り締めた。


 カナメは何か方法はないかと必死に頭を回転させる。そしてとある事に思い至った。


「陛下、あの、精獣様のお力では何ともできないのでしょうか? 各州の精獣様は民を守るために存在します。ここの精獣様はお力添えいただけないのでしょうか?」


「精獣様……。我が州の精獣様は白虎様である。白虎様はな、我々の力の元なのだ。ゴウの秘術を知っておろう? あの秘術は白虎様の力をお借りしたものなのだ」


 カナメは驚き聞き返す。


「あの、禍々しい気が精獣様の気……なのですか?」


「いや、正確には異なる。白虎様の力はただ、純粋な力なのだ。対象の気を増幅させる力があるだけだ。禍々しくなるかどうかはその気を受け取った人間によって変わる。白虎様はな、侵略により白虎族に危機が陥った時、民を国を守るため、白虎族の力を増幅させてくれるものなのだ」


「では、ゴウ殿下の使い方は正しく禁忌の使い方だったということだったのですか?」


「そういうことじゃ、本当にすまんかったな、カナメ殿。そなたが生きていてくれて本当に良かったと思っておる」


 国王はカナメに頭を下げた。


「陛下! 頭を下げる必要はございません!」


 カナメは慌てて断った。


「しかし、子の罪は親の責任である。我の力が及ばなかったことが原因である。この領地の状態も指を咥えて見ているだけしかできん自分が情けないのだ」


 国王は今にも潰れてしまいそうだった。

 アヤメとカナメは同じ王族として何とか力になりたいと思った。

 アヤメはせめてもと思い、国王に尋ねた。


「陛下……。あの、銀狼州に帰ったら、父上に相談してみてもよろしいでしょうか?」


「ナツメ殿か? こんな話、迷惑でしかないだろう」


「いえ! 父は同じ志を持つ者の力になることに迷惑などと考えるような人ではありません。必ず答えを出せる訳ではございません。しかし、同じように悩み、案を出し合うことはできると思います」


 アヤメの必死の言葉に国王は気持ちが揺れる。

 国王の瞳の揺れを見たカナメが言葉を繋いだ。


「陛下、私からもお願いいたします。我々も陛下のお力になりたく存じます」


と頭を下げた。


「ナツメ殿は本当に良い子供たちを家族を持ったのだな」


 国王は寂しそうに、しかし、温かく2人を見つめた。そして


「では、ナツメ殿によろしく頼む」


 そう2人に告げた。




 結局、精獣様のことに関して大した収穫がないまま、2人は白虎州を後にした。





 墨人州との境には金獅子州との境と違って町があった。

 関所の人にもそこまで嫌われているようではなかった。


 2人は墨人州に入り、州都を目指した。

 走りながらアヤメが話しかけてきた。


「なんかさ、白虎州の見方、変わっちゃったよね?」


「そうですね姉上。なんか白虎州の人って、皆がああいう激しい人たちばっかりと思ってたんですが、違うもんなんですね」


「ええ、まさか国王様があんな方だとは思わなかったわ」


「なんか凄く心配になりますよね。今にも折れてしまいそうで見ていられませんでした」


「早く帰って、父上に相談しましょ!」

「そうですね!」


 2人はより急ごうとスピードを上げた。


 太陽が南中を過ぎた頃、2人は墨人州の州都へ到着した。

 街へ入り、2人は唖然とする。

 あちこちに『レーキ様はこちら!』と書かれた看板が立ててある。

 なんだか有名な観光地に来たかのようだ。


 2人は州王の城へと向かったが、州王は留守とのことだった。

 人族の王族と会わずに済むとなって、アヤメは内心ホッとした。


 2人は精獣様のことについて、近くの店で聞き込みを開始することにした。


「精獣様? ああ! レーキ様ね! レーキ様はあの看板に沿って歩いて行けば出会えるわ! レーキ様は吉兆の象徴。レーキ様に触れるとたちまち幸運にあやかれますよ!」


 店のおばちゃんは、調子よく精獣様について教えてくれた。


 2人は看板に沿って歩いて行く。


「姉上、ここの精獣様って、もしかして金儲けに使われてます?」

「カナメ、言い方が悪いですよ。でも、敷居は低いみたいね」


 アヤメもレーキ様の扱いに困惑していた。


 看板通りに歩いていくと、道沿いにひたすら店が建ち並ぶ。土産物屋、食事処、ちょっとした休憩所、様々な店が所狭しと並んでいた。


 そのまま歩くと、道が階段状になっていた。

 一段ずつ道なりに階段を進んで行く。

 すると目の前に大きな鳥居が現れた。


 カナメは鳥居を眺めながら


「ここは、もしかして仙女様の社……でしょうか?」


とアヤメに尋ねる。


「きっと、そうね。なんかとてつもなく規模が大きいわね」


 2人は再び歩みを進める。

 しばらくするとチケット販売所が現れた。

 どうやら、そこから先に入るにはチケットが必要なようだ。


 仕方がないので2人はチケット販売の列に並んだ。

 2人の番になり、声を掛けようとすると

 受付の人に


「おや、カップルかい? もし今日、レーキ様に触れると2人はずっと一緒にいられるよ! ぜひ挑戦してね! ってことで、2人で2000キッドだよ!」


と勢いに任せてお金を払わせられそうになった。



 アヤメは慌てて


「いえ! あの、私達、銀狼州の仙女様の遣いで参りました。仙女様にお会いしたいのですが、お会いできませんか?」


と伝える。


「おや? 仙女かい? それはアタイだよ? どんな用だい?」


「あの、銀狼州のタキ様から手紙を預かって参りまして……」


「あー! あ! OK! ちょっと傍で待ってて!」


 仙女様はそう言うと、奥の人と窓口係を交代し、建物から出てきた。

 恰幅の良いおばさんが小走りで寄ってくる。


「はいはい! お待たせ! ごめんねー! どれだい? 手紙っていうのは?」


 仙女様は軽く、ハイ! と手を差し出す。

 アヤメは仙女様の勢いに気圧されながらも手紙を手渡した。


 仙女様は手紙を読む。


「なるほどねー。それは確かに気になるよね。ところでお2人さん、他の州はもう回ったの?」


 仙女様の問いにアヤメが答える。


「はい、こちらが終われば銀狼州に戻る予定です」


「そうかい。それで、他の州ではどうだったんだい?何かあったかい? 異変とか?」


「はい、魔物の影響でそれぞれに今までと違ったことが起きているようです」


「そうなのかい。いや、実はね、ウチでは何も変化がないんだよ。ちょっと見て行くかい?」


「良いのですか?」


「もちろんだよ。だって、一般公開されてるんだよ? 誰でも見に来てOKだよ! ついといで」


 仙女様は2人をレーキ様の所へ連れて行く。


 レーキ様がいる場所には受付からまだしばらく歩くらしい。

 緩い階段を登り、坂道を登っていく。

 坂道を登り切るとそこには、大きな庭園が広がっていた。


 庭園の周りは絶壁に囲まれている。その1箇所から滝が流れ、滝壺が大きな池となっていた。そして、その池の先がさらに滝になり崖を下っていた。

 水しぶきの音が響き渡り、空気が少し冷んやりとして気持ちが良い。


 レーキはその池の下に続く滝の手前に鎮座していた。

 レーキの側まで桟橋がかけられ、観光客が列をなしている。



 アヤメたちもレーキの元までやってきた。


「レーキ様も大きいのですね」


 レーキを見上げてアヤメが声を発する。


「そりゃ精獣様だからね」


 仙女様は自慢げに答えた。そして続ける。


「レーキ様はね、ああやって、あそこに何百年もずっといるんだよ? 少し身体を動かすことはあっても、あの場所から移動することはない。そのおかげで、あの滝に流れる水量が調整されて、下に住む我々は安全に生活できるのさ」


 カナメはそこで尋ねる。


「では、もしレーキ様が動いてしまわれたら……」

「動いてしまわれたら、もちろん、州都は大洪水に見舞われて、水没だね」


 あっけらかんと仙女様は答えた。

 仙女様の軽さに若干引きつつカナメが聞き返す。


「州都の場所を移動しようとは思われないのですか?」


「さあね? それは州王様に言っておくれよ。でもね、このレーキ様の横を通過した水が下の滝壺に落ちるだろ? その落ちた水がなぜか凄い気力回復効果があるんだよ。その水の利権とか絡んでここから動けないとか、あるんじゃないかな?あ! そうそう! その水、下で買えるから、買って帰ると良いよ!」


 仙女様はちゃっかり商売上手であった。


 仙女様と共に下の受付の詰所に帰ってきた。


「で、アンタ達、返事がいるんだろ? ちょっと待ってな!」


 仙女様はそう言うと、颯爽と詰所に消えて行った。

 数分後、仙女様が戻ってきた。


「はい、これ! アンタ達の所、大変みたいだけど、頑張るんだよ!」


 そう言うとアヤメに返事を渡し、詰所に帰っていった。



「では姉上、帰りますか?」

「そうね!」


 2人は、互いに頷き合い、全速力で銀狼州に走った。


 その日の夕方、州境の町に到着する。

 そしてその翌日、2人は仙女様の元へと戻った。


「「ただいま戻りましたー!」」


 2人は元気良く社に駆け込んだ。


「おやおや、おかえり。無事で何よりだよ」


 仙女様がにこやかに迎えてくれた。


 アヤメは仙女様に受け取った手紙を全て渡した。そして、カナメと共に、各州であったことを話した。


「なるほど。では、やはり魔物の影響を受けている場所もあるということなんですね。我々もその筋で原因を探った方が良さそうですね」


 仙女様はしばらく考え込んだ後、2人に話しかける。


「明日から私は、山に入ります。ドラゴンのこともあるし、しばらく忙しくしてるから、2人は城へ帰り、お父上に白虎州のことを報告しに行きなさい。こちらに戻って来るのは急がなくて良いですよ。お父上とのことが落ち着いてから戻ってきなさい」


「師匠のお手伝いは不要でしょうか?」


 アヤメが気になって尋ねる。


「今回は、私1人の方が動きやすいから、1人が助かります。また少し進展したらお手伝いを頼むと思います」


「そうですか……」



 師匠のお手伝いができないと知り、アヤメはしょんぼりとなった。


「アヤメ、人は皆、それぞれにしなければいけない仕事があります。今回、私はドラゴンの調査、アヤメは白虎州のことの解決です。自分のすべきことを見誤らないようにするのですよ」


 仙女様は落ち込むアヤメの頭を優しく撫でた。

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