第42話 白虎州の成り立ちとは

 麒麟は水の浄化と州王・仙女様の決意を見届けるように佇んだ後、静かに森へと消えていった。


 その麒麟を見送った州王がアヤメとカナメに振り返り


「それはそうと、お2人共、今日はかなりお疲れでしょう。英気を養う食事をご用意しますから、今日のところはウチでお休みください」


と2人を誘った。


「お誘いは有難いのですが、急いでおりますし……」


とカナメが断ろうとすると、今度は仙女様が声をかけてきた。


「本日、このまま進みますと、下手すれば白虎州、うまくいっても墨人州で夜を明かすことになります。それでしたら、今夜ウチでしっかりと身体をご回復して、明日、1日で両方の州を回った方が良いと思うのですが」


 カナメは、あ! と思い、アヤメを見る。

 アヤメもうん! うん! と大きく頭を縦に振った。


「そ、それでは、お言葉に甘えて、今日はお世話になります」

「よろしくお願いいたします」


 2人は揃って頭を下げた。


「お、お、お、お二人が城へお泊まりに……!」


 急に仙女様があわあわし出した。


 2人が、え? と思っていると


「ハハハ! 仙女殿もご一緒に食事をどうですか?」


と州王が仙女様に声をかけた。


「よ、よろしいのですか!?」


「ああ、今日頑張った4人で打ち上げでもしようじゃないか!!」


 州王はそれは楽しみだという風に答えた。


「あああああ! アヤメ様、カナメ様とお食事……! お風呂!!」


 仙女様が身悶えし出した。




 え? お風呂? 一緒に入るの!?


 アヤメとカナメが内心、怯えていると


「なーにを言ってるんだ、仙女殿! さすがに風呂はダメでしょう。お二人の入浴中は仙女殿は部屋に監禁ですからな! 変態行為はお控えください!」


と豪快に笑いながら、仙女様をたしなめた。


「そんなー! いや、それもまた有りかもしれません!」


 仙女様は訳の分からないことを言い出し独り納得していた。


 2人は一抹の不安を覚えながらも、その夜は美味しい食事に舌鼓をうち、楽しい時間を過ごした。


 もちろん、仙女様は2人の食事の所作の美しさにメロメロになった。


 途中、州王の


「マナーなど気にせず楽しく食べましょう!」


の言葉に気を緩めたカナメが口周りを汚し、アヤメに


「もう、これじゃあ、ただの子供じゃない」


と呆れられながら口周りを拭かれたり、ソースが指に付き、それを軽く舐めとるカナメの仕草などに、仙女様は本当に大丈夫かというくらい、昇天していた。


 それを楽しそうに見物しながら気付薬で仙女様を起こし続ける州王はさすが、大物であった。





 翌日、2人は州王に見送られ金獅子州を後にした。

 2人が金獅子州を旅立った次の日、金獅子州の朝刊に『仙女様、州王殿下、アヤメ殿下、カナメ殿下 奇跡のチームで麒麟様を救出!!』という見出しのニュースが一面に載った。


 それにより、州王様、仙女様だけでなく、アヤメとカナメがより崇拝されることとなった。



 アヤメとカナメは金獅子州と白虎州の州境の町にいた。

 が、町はどことなく重たい空気に包まれていて、他の州境の町のように交易が盛んなようには見えなかった。


 2人は金獅子州から白虎州に入る手続きを済ませる。

 すると金獅子州の受付で


「あの、私がこう言うのは差し出がましいことなのですが、お2人は白虎州には入らない方が良いと思うのですが……」


と止められた。


 それでも仙女様の遣いで行かなければならない旨を伝えると、仕方なしに処理をしてくれた。



 2人は金獅子州の関所を出て、白虎州に入った。

 途端、白虎州の関所の兵に止められる。


「銀狼州の王族のお二人が我が白虎州に何用でございますか?」


 言葉遣いは丁寧だが、明らかに敵意丸出しである。

 アヤメは仙女様の遣いで、白虎州の仙女様に会いにきた旨を説明した。すると


「チッ! 仙女様の遣いじゃしょうがない。どうぞ。ま、うちの州で何があってもご自身で責任をお取りくださいね」


と舌打ちして2人を通した。


 関所を抜けると、そこには町はおろか、宿屋1つなかった。

 それだけで白虎州が金獅子州をどう思っているのかが、見て取れる。


「姉上、これはなかなかですね」

「そうね。かなり覚悟して挑んだ方が良いかもしれないわね」


 2人は気合いを入れ直し、街道をひたすら進んだ。




 街道をある程度進むと一つの町が現れた。


 町の住人は2人を見て、目を丸くすると、慌てて逃げ出す者、代わりに睨み付けてくる者、あからさまに威嚇をしてくる者など、全く歓迎されていない空気だった。


 カナメが1人の住人を呼び止めて、州都の場所を尋ねると


「そんくらい、自分で考えて行けよ! そんなこともできないなら群の仲間に助けてもらえよ! 王子様、王女様! ウヒャヒャヒャヒャ!」


と笑われた。合わせて周りの人たちも大笑いであった。



 カナメとアヤメは仕方がないと町を素通りして、先を急いだ。


 道中、1人の男が突然アヤメに殴りかかってきた。

 咄嗟のことで、アヤメは防御が遅れた。

 そこへカナメが滑り込んで、男を殴り飛ばした。


「ふざけんなよ! クソが!!」


 男は悪態を吐きながら、2人から離れていった。


 また、別の場所では、数人の男に囲まれて、襲われることも何度もあった。



「はぁ、なんか私たち、とことん嫌われてるわねぇ」

「そうですね。ここまで嫌われてるとさすがに凹みますねぇ」



 2人はそれでも何とか気を取り直して、州都を目指した。


 その後、州都と思われる大きな街に着いた。

 街の奥に城が見えた。

 とても大きな街なのに、どこか空気が重たく張り詰めたような雰囲気を感じる。

 活気あふれる賑やかな街ではない。


 街の住人にジロジロと見られながら、2人は街中を進んだ。



 急足で城に辿り着いた2人。

 アヤメは仙女様の遣いで来たこと、そのために国王に挨拶したいことを門兵に伝えた。


 門兵は2人を見ると苦虫を噛み潰したかのような顔で


「しばらくお待ち下さい」


と伝えるとノロノロと城へ入っていった。





 一方その頃、のんびりとお茶を飲んでいた銀狼州の仙女様はある事を思い出した。


「あら! 私ったら白虎州は寄らなくて良いって伝えるのを忘れていたわね。まぁ、2人ならなんとかなるでしょう」


 仙女様はまぁいいかとお茶を啜りなおした。

 とんでもないことの言い忘れであった。




 


 城門前では2人はこれでもかというくらい、待たされた。

 カナメは時間が気になり、焦り出していた。


「カナメ、落ち着いて。大丈夫、今日中に墨人州を発てるわ」


 アヤメはカナメを落ち着かせようと声をかける。


 その後、少しして、中から執事が現れた。


「お待たせして申し訳ございません。陛下の元へご案内いたします」



 2人は城内を案内される。

 2人を目にした人が皆、驚いた顔で振り返る。しかし、町中のように不躾な態度を取られることはなかった。



 謁見室に2人は通された。

 謁見室では、国王が座って待っていた。


 国王の手前で膝を折り頭を下げて挨拶をする。


「よくぞ遠いところ、参られた。それで、仙女様に話があるとのことだが、残念だが、うちでは仙女様にも白虎様にも会わせることはできんのだ」


「そうですか、それならば仕方ありません。本日は貴重なお時間をありがとうございました」


 アヤメとカナメは頭を下げた。



「時にアヤメ殿、カナメ殿、我が州はお二人にはどう見えた?」


 突然の問いに2人はポカンと国王を見つめる。返事をしない2人に国王が話を続けた。


「ふむ、なかなか難しいかの?」



 国王の言葉にハッとしてカナメが先に言葉を紡いだ。


「恐れながら申し上げます。先日の統一大会の影響か、少し民に不安が募っているように見受けられました」


「ふむ。民に不安とな……」


 国王は顎に手を当てる。


「アヤメ殿はいかがかの?」


「わ……私は、民が、白虎州の民であることを誇りに思っているのだと強く感じました」


「ふむ。誇りとな……」


 少しの沈黙が続く。


 や、やってしまった? やってしまったのか!? と2人は冷や汗が止まらないまま、頭を下げ続けた。



「2人とも顔をあげよ」

「はっ!」


「そんなに恐れんでも良い。我はな、他の白虎族とは違う。別に先日の統一大会のことも特にそなた達に何か悪く思うこともない。むしろ、良くやってくれたと思っておる」


 2人は国王の意図するところがわからず、ポカンとしてしまう。


「そなた達は、白虎州がなぜ金獅子州から独立したか知っておるか?」


 国王に問いかけられ、2人は金獅子州で聞いた話をしていいものか分からず、気まずい思いのまま答えられずにいた。


「ふむ。凡そは知っていそうだのう。ただ、金獅子州の情報か?」


 国王は2人の真意を確かめるように目を細める。

 それに堪りかねて、カナメが口を開いた。


「金獅子州の方から、群と個に対する考え方の違いで意見が合わず、独立したと伺いました」


「そうか。我が伝え聞く話はこうだ」


 国王は顎をさすりながら、白虎州独立の話を話し出した。


「当時な、金獅子州にまだ白虎族が属していた頃、金獅子州のトップがそれはそれは、欲に溺れた州王であったそうだ。当時の白虎族の長は、このままでは州が廃れると危惧し、何度も州王の交代を進言したそうだ」


 初めて聞く話にカナメはゴクリと唾を飲み込み、聞き返した。


「金獅子州の州王が欲に……ですか?」


「そうだ。金獅子州はな、世襲制なんだが、何故か何代かに1人、とてつもなく腐った奴が出てくるのだ」


「なるほど……」


「で、続きだが、金獅子州は何より血統を尊重する。どんなに有能な人間が周りにおろうとも、常にリーダーは決まっていたのだ。そして、白虎族の長が危惧していた通り、金獅子州は州王の自分可愛い愚策により、どんどんと衰退していき、民が疲弊していったのだ」


 自分が思っていたのとは違う歴史に2人は目を見開いて国王を見つめていた。


「さて、その後だが、そなた達の知るように、金獅子州の州王を見限った白虎族の長は、民を引き連れ独立したということじゃ。初代州王となったその白虎族の長は、力持つ者が民を導き、守るべき、という考えを国に広めた。力は民を守るためにあると考えていたのだ」


 国王は驚きを隠せない2人の目を見ながら、少し苦しそうに眉根を寄せ話を続けた。


「しかし、力のある者がトップに立つという考えを曲解した者が、白虎州に集まり始め『力こそ正義』という考えが蔓延するようになってしまったのだ」


 国王の話に、2人は愕然とした。

 金獅子州で聞いていた話とは全く違うからであった。

 2人はどちらが真実なのかの判断を下せなかった。

 しかし、国王の苦痛を滲ませる表情に2人の心は傾いていった。

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