第41話 金獅子州の仙女様と精獣様2

 州王の執務室の扉が侍従によって開けられ、中へ通されるカナメたち。


「おお! これはアヤメ殿にカナメ殿ではないか! 必要な情報は手に入れられたのか?」


 州王は執務室の椅子から立ち上がり、歩み寄って来る。そして、2人をソファへ誘った。


 そこへ仙女様が声をかけた。


「州王様、それが、お2人は次に白虎州へ向かわれるそうで……」


「むむむ。そうか、では、少し話をした方が良いな。仙女殿、よくこちらへ連れてきてくれた。仙女殿の知識も必要であろう。仙女殿もこちらへ」


 仙女様もソファへ呼ばれ、4人でテーブルを囲んだ。


「実はな、白虎州の精獣様は我々の精獣様とは異なるのだ」


と州王は話し始めた。


「元々、精獣様は各州にお1人ずついらっしゃった。それがいつからいたのかは分からない。しかし、いつの間にか、我々と共に生きる存在となって下さっていたのである。しかし、白虎州は後から独立して出来た州だろう? なので、精獣様がいらっしゃらんかったのだ。そこで、白虎州の連中は、精獣様を創り上げたのだ」


「精獣様を創り上げた?」


 カナメは驚き、聞き返した。アヤメも隣で息を飲む。


「左様。とある力の強い一体の白虎に長年気の力を注ぎ続け、その白虎を精獣化させたと聞く。真偽はわからんがな。我々はそう伝え聞いている」


「その精獣様の役割はどんなものなのでしょう?」


 アヤメが聞き返す。


「それは分からん。こればっかりは直接聞いてみんことには……」


「そうですね、直接会いに行って参ります」


「力になれずすまないな。……! そうだ! もう昼だろう? うちで昼食を取ってから白虎州に向かってはどうだろう?」


「そうですね……」


 アヤメが答えを返そうと口を開き始めた時


 バタバタバタバタ……!


 突然、廊下を大急ぎで走る足音が響いた。次いで、執務室の扉が勢いよく開かれた。


「何事だ!? 来客中だぞ!」


 州王が足音の主をたしなめる。


「申し訳ございません! 州王様! 緊急事態です! 麒麟様が中庭に現れました。そして、なんだか様子がおかしいのです!」


「何だと!! すぐに向かおう! この際だ、アヤメ殿、カナメ殿もご一緒に向かいましょう!」


「「はい!」」




 4人は足早に、中庭に向かった。


 中庭に向かう途中、薄暗い森のような所に入る。金獅子州の城の開けた風景からは、かけ離れた雰囲気になっていった。

 州王の案内に従ってそのまま道なりに進む。

 しばらく進むと景色が開け、そこには湖が広がっていた。

 湖が陽の光を反射させキラキラと輝いている。


「綺麗……」


 アヤメは思わず言葉がこぼれる。


「ここの湖はな、城のそしてこの州都の貴重な水源となっておる。この湖に流れ込む川を辿れば上流に源泉がある」


「空気も澄んでいて、気持ちが良いですね」


 カナメも湖の美しさにしばし時を忘れ魅入っていた。


 皆が湖を眺めていると

 湖の畔で何か大きな物が動いているのが見えた。

 4人は急いでそこへ向かう。

 するとそこには鹿のような身体をした一角獣が身体を横たわらせていた。


「これが麒麟様……」


 アヤメとカナメは目を見開き息を呑む。

 麒麟はさすが精獣というべきか、その体格が巨大であった。


 麒麟は4人に威嚇するでもなく、ただ静かに座り込んでいる。

 しかし、他の精獣のような覇気が感じられなった。


 アヤメとカナメが麒麟の様子に不思議に思っていると、仙女様から声が上がった。


「州王様! 湖が! 湖の水が淀んでいます」

「何!?」


 州王は湖の様子を確かめる。


「なんてことだ。とうとうこの湖まで被害が出てしまったのか」


 州王は悔しそうに奥歯を噛み締める。


「麒麟様はなぜ浄化しないのでしょうか?」


と仙女様は麒麟を見やる。


 しかし、麒麟はその場から動こうとせず、じっとしていた。まるで動きたくても動けないかのようにも見える。




「! もしかして!」



 アヤメは麒麟の体内の気の流れを確認した。

 麒麟の身体の中は禍々しい気と清浄な気が混ざり合い混沌としていた。


「これは、酷い。苦しいと思います。皆様、麒麟様の気を確認してください」


 アヤメの言葉に麒麟の気を確認した3人は、眉間にシワを寄せたり、俯いたり、目を潤わすなど三者三様の仕草を見せた。


「このような状態では、もう先が長くはないのだろうか」


 州王が悔し気に呟く。


「いえ! あの嫌な気をどうにかできれば、まだ助かるかもしれません!」


 仙女様が州王に言い募る。


「しかし、他者の気を操るのは、我々の得意とする所ではない。しかも相手は麒麟様だ。どうすることもできんではないか」


 州王は打つ手がないことに、憤りで拳をきつく握り締めた。



 そんな2人の様子を見ていたアヤメが口を開いた。


「あの、我々がお手伝いしてもよろしいでしょうか?」


 その言葉に州王と仙女様が勢いよく振り返る。


「何か、方法があるのか?」


「恐らくですが、私なら麒麟様の体内の気を2つに分けることができると思います。分けた気のうち、悪しき気の方を体外に出し、体内に残した気を整えれば、麒麟様も元気に戻られるかもしれません。それでも、これが成功しても、一時を凌ぐだけということになりますが……」


 アヤメの言う方法は、統一大会でカナメを復活させた方法を応用したものだった。


「構わん! 根本的な原因はこちらで何とか見つけ出す。今は麒麟様を元気にしてやって欲しい!」


 州王はアヤメに頭を下げた。


「そんな! 州王様、頭をお上げください。成功するかも分からないんです。とりあえず、やれることを全力で取り組みましょう」


 アヤメは州王の身体を起こすと、カナメに向き直った。


「カナメ、統一大会の時のこと、仙女様に聞いたわね?」

「はい」


「あれと同じようなことをやるわ。カナメは、私が出した気が暴走しないようにシールドで囲って欲しい」

「分かりました」


 カナメはアヤメの言葉に強く頷いた。



 アヤメは麒麟に近付き、話しかける。


「麒麟様、今から貴方の身体の中で暴れ回る汚染された気を吸い上げます。苦しいかもしれませんが、どうかご協力、お願いいたします」


 麒麟はアヤメの言葉を理解したかのように小さく頷いた。


 アヤメは麒麟の身体に手を触れる。

 そしてカナメを見た。

 カナメはアヤメの目配せに応えるように、麒麟の周りにシールドを張り巡らせた。


「いくわよ」

「はい」


 アヤメの身体から銀色の気が立ち昇る。

 その気が手を通じて麒麟を覆う。

 すると麒麟の身体から濃い紫色のような黒いような気が溢れ出してきた。

 直後、その気が麒麟の身体から噴き出した。


「クェーーーーー!!!!!」


 苦しそうな麒麟の叫び声が響き渡る。


「頑張って。頑張って!」


 アヤメは必死に麒麟へ語りかける。


 噴き出した気が暴れ狂い、カナメのシールドにヒビを入れる。


「くっそ……。なんて力だ」


 カナメは自分の気を高め、よりシールドを強化する。

 それでも、次々と噴き出し続ける量にシールドが負けそうになる。

 カナメは幾度となくシールドを張り直し続けた。



「儂も力にならせてくれ!」


 そこへ、州王が金色の気を纏い、カナメのシールドを補強した。

 州王の力強い気が、カナメのシールドをより強固なものへと作り変える。

 それでも、荒れ狂う奔流はシールドにヒビを入れていく。


「これは、何と重い」


 州王が額に汗を浮かべながら、呟いた。


「きっと今まで溜め込んでいた物を全て出そうとしているのでしょうね」


 カナメも頬に汗が伝う。




 その時


「あぁーーーーー!!!」


 アヤメの叫び声が響いた。


「姉上! 大丈夫ですか!?」


 カナメがアヤメを見ると、アヤメの腕周りに噴き出した気が纏わりついていた。まるでアヤメの身体に入り込もうとしているようだった。


 それを見た仙女様がアヤメに走り寄り、アヤメの腕に自分の気を纏わせた。


「仙女様! ありがとうございます!」


「いえ! 当然のことです。我々の州のことなのに、指を咥えたまま黙って見ていることなどできません! 私にはこれくらいしかできませんが、アヤメ様をしっかりとお守りいたします!」



 仙女様のおかげで、アヤメは気の調整に集中することができ、どんどんと禍々しい気を麒麟の体外へ排出することができた。


 どれくらい時間が経ったであろうか。この湖に向かい始めたのが昼前である。

 それが今は陽が傾き初めていた。


 さすがに全員の疲労の色が濃くなる。

 しかし、やっと、麒麟の身体から噴き出る気が弱まり出した。


「あと少しです! 頑張りましょう!!」


 アヤメが声を張り上げる。


「おう!」

「はい!」

「ああ!」


全員の力強い声が返ってきた。


 その後、程なくして麒麟から排出される気が無くなった。

 アヤメはすかさず麒麟の体内の気の流れを整えた。

 へたり込む、仙女様とアヤメの2人。


 後は、州王とカナメが暴れ狂う気をどうにかするだけであった。


「ぬぅぅぅぅ。この気はそう簡単に圧縮して消せるものでは無いぞ」


「そうですね……。姉上はオレの時、気を空に飛ばしたんですよね?」


 気を押さえ込みながらカナメがアヤメに話しかける。


「……そうよ。その時は、魔法使いさんに手伝ってもらって、空に向かって気の塊が進むようにトンネルを作ってもらったの」


 その話に州王が目を白黒させて食いついた。


「気を遠くに飛ばすことが出来るのか!? そんな魔法みたいなことができるものなのか!?」


「そうなんです。その時はトンネルの入口に気の塊を設置して、それを仙女様と撃ち出しました。仙女様と私のシールドで固く覆っていたこと、そして、トンネルの中を通すことで、気が途中で暴発せずに飛んでいったのだと思います」


「それなら……! 今、アヤメ様と私でトンネルを作りましょう!! アヤメ様、気はまだ残っておりますか?」


「ええ、トンネルを作るくらいならなんとかなると思います」


「では、早速始めましょう!とりあえずセイルーとイコウに飛んで行っては大問題ですので、別の方向で良いですか?」


「ええ、では、せっかくですので、侵略者のアジトに向けて放つのはいかがですか?元は魔物の気ですし、お返しして差し上げませんか?」


 アヤメは悪巧みな顔をする。まるで以前の仙女様のようだった。


「ハハハハハハハハ! それは良い! ぜひその方法でいこうじゃないか!」


 州王はノリノリで同意した。


「カナメ殿、では今から気を圧縮しようではないか!儂は拳大くらいまで小さくしたいのだが、カナメ殿はいけそうか?」


「州王様のお力添えがあればなんとかいけそうです」


「さすがはカナメ殿! ではアヤメ殿、仙女殿、儂の拳大より少し大きいトンネルを頼んだぞ!」


「お任せください!」


 仙女様とアヤメは気を練り、トンネルを作っていく。間口が小さいため、かなりの長さのトンネルが仕上がった。


 一方、州王とカナメは気をどんどんと圧縮していく。圧縮すればする程、シールドを破壊しようとする力が強くなる。


「くっ! これはなかなか堪えるな」


「そうですね。魔物の気だけでなく、今まで積み重ねてきた分も含まれていますからね」


 州王とカナメは、力の限り圧縮を試みるが、途中で気の圧縮が止まってしまった。

 その時


「クーーーー!」


と鳴き声が聞こえ、麒麟から澄んだ気が放たれた。

 その気は州王とカナメを包む。

 すると2人の気力が少し回復した。


「!! かたじけない! 麒麟殿!」

「助かります!」


 2人は回復した気を使い、荒れ狂っていた気を拳大まで圧縮した。


 その気をトンネルの入口に持っていく。


「コレを弾き出せばいいんですね、姉上?」

「ええ! そうよ!」


「よし、では、3、2、1でいくぞ?」

「はい!」

「「3」」

「「2」」

「「1!」」


 州王とカナメは力の限り、圧縮した気を打ち出した。


 仙女様とアヤメの時よりも速く、グングンと空を駆け昇っていく。


「おおー! これはまた爽快だな」


 州王は手で額に庇を作り、打ち上げた気を目で追っていく。


「本当に打ち上がるものなのですねぇ」


 カナメも不思議そうに見上げていた。


 仙女様も同じように空を見上げていたが、ハッとし、麒麟に向き直った。


「麒麟様! お身体の具合はいかがですか!?」


 その声に全員が麒麟の方を見た。


 麒麟は先ほどと同じ生き物とは思えないくらい、神々しく光り輝いていた。


「これが、麒麟様の本来のお姿なんですね」


 アヤメがほうっとため息をつきながら麒麟の姿に見惚れていた。

 カナメも同じように目が離せずにいた。


 麒麟はすこぶる快調とでも言うように、その場で大きくいなないた。

 そして、湖に顔をつけ、水を飲み出した。


 その途端、湖の淀んでいた部分が澄んだ水に変わっていった。


 その様子に痛ましそうに目を伏せる面々。


「麒麟殿はご自身の身体に取り込むことで、浄化をしていて下さっていたのだな。いままで、我々が気付いてこれなかったのが、一番の原因だ。今後は、麒麟殿の体内に溜まった気をどうにか昇華できる方法を探していこう」


「そうですね、それが我々の役目ですね」


 州王と仙女様が頷き合い、決意を新たにした。

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