第40話 金獅子州の仙女様と精獣様1

 馬車の扉が開くと、目の前にレッドカーペットが敷かれていた。


 そのカーペットの両脇には恐らく貴族と思われる人たちが並んでいて、その周りから楽団の演奏が聞こえる。


 その様子に固まる2人。

 カナメは小声でアヤメに声をかけた。


「ちょっ! 姉上! これは恥ずかしすぎませんか!?」

「ええ! 恥ずかしさで死にそうよ!」


 コソコソと話し、お互いの思いに良かったと胸を撫で下ろす2人。


 カーペットの向こうでは金獅子州の州王が、どうぞこちらへとにこやかに待っている。


 2人は緊張しながらも、背筋を伸ばしてカーペットを歩く。


 両サイドの貴族が2人が通る直前に順に頭を下げていく。


 なぜかどこからともなく花びらが舞い、ふわりと花の香りが鼻をくすぐる。


 2人は慣れない大仰なもてなしに半泣きになりそうであった。


 なんとか州王の前に辿り着いた2人。


 挨拶をしようと2人が膝を折り頭を下げた時、州王も同じように膝を折り頭を下げた。


 え? と2人は驚き、うっかりと顔を上げると、同じく驚いた州王と目が合った。


「アヤメ様! カナメ様! 我々に頭など下げる必要はございません!!」


 州王は慌てて2人に伝える。


「いえ! 我々は王女と王子です。州王様に頭を下げるのは当然のことです!」


 アヤメも慌てて返事をする。

 その言葉を覆すように州王が答えた。


「あなた方は我らの英雄なのです!」


「お、お気持ちは有難いのですが、あれはたまたま結果としてそうなっただけですし、何より普通に接していただけると変に緊張する必要がなく嬉しいのですが……」


 アヤメが上目遣いに州王様に伺う。


「! 女神様のようなアヤメ様にそのような顔をされて断れる男はおりますまい! 承知しました! 普通に州王と他州の王族として話をいたしましょう」


「よ、良かった……」

「ちょっ! カナメ! 声に出てるわよ!」


「え! あ! し、失礼いたしました!」


「ははは! いや申し訳ない! お2人がいらっしゃると紅鳥州のホクト殿から連絡が参りまして、舞い上がり過ぎていたようです。ご負担をお掛けしてしまったようですな」


 カナメは州王の言葉に慌てて返事をする。


「いえ! このような心のこもった歓待、光栄の極みです!」

「そう思っていただけて、こちらこそ光栄の極みです」


と州王は嬉しそうに歩を進めた。



 カナメ、やるじゃない!


 またアヤメは心の中で感動していた。


 カナメは、普段の行いからかなり評価が低いようであった。


 


 2人は応接間へと通された。

 州王が向かいに座る。


「さて、紅鳥州のホクト殿から簡単には聞いておるが、仙女様に会いたい、とのことで良いのか?」


 州王の疑問にアヤメが答える。


「はい、先日我が州の精獣様に極微妙ではありますが、異変がありました。それで、他の州の精獣様には何か異変がないか各仙女様にお話を伺ってくるよう、我が州の仙女タケ様に申し付けられました」


「なるほど。我が州としては、お2人にぜひとも協力したいと思っている。ただ、残念なことに、力になれる気がしないのだ」


 州王は力なく項垂れた。


「それは、どういうことでしょうか?」


 今度はカナメが口を開く。


「実は、我が州の精獣様は他の精獣様と違い、定住しておらんのだ。だから、今我々は精獣様がどこにおるのかも分からない。仙女様もおるにはおるんじゃが、その、少し変わっておってな。と、とにかく、仙女様に会ってみるか?」


「「はい!」」


「分かった。ではしばし待たれよ」


 州王はそう告げると、侍従を呼び寄せ耳打ちした。侍従は頷くと、部屋を出た。




 暫くして、ドアがノックされた。


 州王が入室を許可すると1人の白衣を着た少女が入ってきた。


「あのー? 私に会いたいという方がいるって聞いてきたんですけどぉ」


 部屋に入ってきた少女はアヤメとカナメを見た。

 2人は少女に軽く会釈する。

 その姿を見た少女は固まった。


 しばらく経っても少女は復活しない。


 見かねた州王が大きくわざと咳払いをする。


「仙女殿、意識をしっかりと保ちたまえ」


と言った。


「はっ! も、申し訳ありません!! あ、あああ……あの、州王様? も、もももも、もしかして、ほほ、ほん、もの、です、か……?」


 仙女と呼ばれながらも、ただの挙動不審な少女にしか見えない。


 州王はやっぱりこうなったか……と半ば呆れたように


「本物だ。本物のアヤメ殿とカナメ殿だ」


と答えた。



 その少女は、州王の方を向いていた顔をギギギと錆びたボルトを回すようにアヤメとカナメに顔を向ける。


 そして再び固まった。


 州王がため息をつきながら


「カナメ殿、申し訳ないが、方法は何でも構わないので、仙女殿の意識を戻してやってもらえんか?」


「え? 私ですか?」


「ああ。きっと面白い物が見れると思うぞ」


 州王がニヤリと笑った。


 カナメは不思議に思いながらも、仙女様の目の前まで行き、顔の前で、おーい! と手を振った。しかし、反応はない。


 仕方がないので、顔の前でパンッと掌を合わせ大きく鳴らした。


 それでも反応はない。


 どうしたものかと、州王に振り返る。


「肩を掴んで揺すってやってくれ」


と言われた。




 カナメは気を取り直し、仙女様の肩を掴み前後に軽く揺すった。


 さすがにそこまでされると、我に返るようで、仙女様が


「はっ! 失礼しました!」


と目の焦点を合わせた時、目の前にカナメの顔があり、そして肩を掴まれていることに気が付いた。


「ひぇぁー!!!!」


 よく分からない叫び声をあげ、後ずさろうとした仙女様だったが、思いの外カナメがしっかりと肩を掴んでいたせいで、その場から動けなかった。

 

「大丈夫か?」


 カナメは謎の声で叫ぶ仙女様が心配になり、顔を覗き込む。そして、手に少しだけ、そう、ほんの少しだけ力が入った。


 カナメの顔が間近に迫り、肩を掴む手の感触がよりハッキリと服越しに伝わる。


「はふぅ……」


 仙女様はとうとう現実に耐え切れずそのまま気を失ってしまった。



「おい! 大丈夫か! しっかりしろ!!」


 カナメは慌てて仙女様を抱える。


 どうしたら良いんだと、完全にパニックになって涙目で州王へ振り返ると




 州王はソファに顔を埋め、肩を震わしていた。そう、笑いを堪え切れずにいたのだ。


「ひー! ヒハハハハハハ!!!」


 とうとう州王は腹を抱えて笑い出してしまった。


 カナメはボーゼンと州王を見つめ、アヤメは、はぁー、と頭を抱えた。


 ひとしきり笑った州王は、すまんすまんと目尻の涙を拭いながら、姿勢を正した。


「いや、本当にすまんかった。実は仙女殿はお2人の大ファンでな。そりゃあもう統一大会の前からずっとファンだったのだ。今回、どうなるかと思って儂も楽しみにしておったんだ。はー、面白かった! お! そうそう! 気付け薬がある。少し待っていてくれ」


 州王は再び侍従を呼び付け、気付け薬を持って来させた。

 そしてそれを、仙女様に使った。


 意識を取り戻した仙女様は、アヤメとカナメに向き直り


「た、たたた大変、し、しし、しし失礼いたしました!」


 と頭を深く下げた。


「いや、その逆に混乱させてしまって申し訳なかった」


 カナメは頭を上げて欲しくて、そう伝えた。


「!!! め、滅相もございません! 私が勝手に興奮……いえ、驚き慌てふたたためいただけでごじゃりまする!!」


 仙女様、もう敬語も何もグダグダであった。



 そこにアヤメが口を挟んだ。


「あの、実は、我が州の仙女様から手紙を託されているのです。内容をご確認していただけますか?」


 アヤメは手紙を手渡そうと仙女様に差し出した。その手紙を受け取ろうとし、手が触れた。


「ひ、ひぁー!!!! ももも、申し訳ございません! 私のような汚れた手がアヤメ様のお美しい白魚のような手に触れてしまいました。誠に! 申し訳ございません!!!」


 仙女様はおでこから血が出るのでは? というくらい、床に額を擦り付けて謝った。


 あまりの勢いに若干引きながらも、アヤメは


「い、いいのですよ、それくらい。それよりも、そんなに額を擦っては貴女が怪我をしてしまうわ」


と、仙女様の手を取り、優しく立ち上がらせた。


「め、女神様……」


 仙女様は、感涙を滝のように流した。




「仙女殿、そろそろ手紙を読んでくれんか? お2人は急いでらっしゃるのだ」


 さすがに、このままではまずいと、州王が助け舟を出してくれた。


「!! そうでした!」


 仙女様は預かった手紙を広げ、中を確認した。


「なるほど、そういうことでしたか」


 仙女様は手紙を閉じると


「アヤメ様、カナメ様、もしよろしければですが、私の研究室にいらっしゃいませんか?」


と声をかけてきた。


 2人はぜひにと頷く。


 仙女様は応接間から出て2人を先導した。

 

 仙女様に着いていく2人。

 すると仙女様はとある扉の前で立ち止まった。


「こちらです」


 仙女様が扉を開けてくれる。

 中に入ると、膨大な書類の山で部屋が埋め尽くされていた。そして机の上に何本もの試験管と謎の液体がある。


 仙女様は2人を机へと案内した。


「まず、お2人に知っていただきたいのは、この地方の精獣『麒麟』についてです」



 仙女様の言葉に真剣に耳を傾ける2人。

 2人から熱く見つめられ、仙女様はのぼせ上がりそうになった。

 それにいち早く気付いたアヤメが


「仙女様、続きをお願いいたします」


と現実に引き戻す。


 仙女様はそうでした! と気を取り直して話を続けた。


「まず麒麟様の見た目ですが、麒麟様は鹿の身体にドラゴンのような顔で、額に角が一つあります。身体は鱗に覆われているようです」


 仙女様の説明を元にイメージしようと試みるが、なかなかイメージが固まらない。


 2人が悩んでいると、ちょっとお待ちくださいね、と麒麟様の絵を見せるため、麒麟様の姿を描いた紙を探し始めた。



「あ! ありました!」


 仙女様が書類の山から、紙を引き抜いた時、一緒に別の紙も引っ張り出されて床に落ちた。


 何となくカナメがその紙を拾い、固まった。

 同じく何となくで、その紙を覗き込んだアヤメも固まる。


 その紙には、水着姿の2人の絵が描かれていたのだ。

 もちろん、2人が人前で水着になったことはない。想像で描かれたものであった。



「キャー!!!」


 仙女様が慌てて、その紙を奪い取る。


「こ、これは、私の家宝……! あ! いえ! 何でもありません!」


 仙女様はその紙を丁寧に引出しにしまった。


「え、ええっと、何でしたっけ? そうそう! 麒麟様の絵姿はこちらです!」


 しどろもどろになりながらも、仙女様は2人に麒麟の絵姿を見せた。


 麒麟の姿にへぇー! と感嘆する2人。

 そこへ、仙女様が話を続けた。


「金獅子州には多くの湖や池と川があり、その水を用いて我々は生活しています。しかし、雨季の季節になると、大雨により川が濁り、水が使えなくなってしまうのです。その濁った水を麒麟様が浄化してくれるのです。もちろん、雨だけでなく、何かしらの理由で汚れた水も綺麗にしてくれます」


 アヤメは麒麟の力に驚きを隠せず


「凄い、麒麟様にそんな力があるのですね」


と感動する。そしてそのまま2人は会話を続けた。


「ええ、ですので、我々の麒麟様は常に汚れた水を求め、移動されていて滅多に出会うことが出来ないのです」


「なるほど。では、仙女様のこちらの研究はその水の浄化と何か関係があるのですか?」


「そうなのです!! 我々の州での仙女の役割は、汚れた水源の把握とその水質変化を確認することです」


 仙女様はアヤメの言葉にさすがアヤメ様ですと目を輝かせた。



 次はカナメが口を開いた。


「その上で、何か最近変わったことはありませんでしたか?」


「……そうですね。水源が汚染される頻度があがりました。もちろん、麒麟様は漏れなく浄化して下さるのですが、少し心配になるくらい、水が汚染されるのです」


「その原因と考えられるのは、やはり魔物ですか?」


「ええ。魔物が出現し数が増え出したここ数年が、より顕著なので、恐らくですが、そう思っております。しかし、実際に魔物が水源を汚染させる所を見たことがないのです。ですので何とも言えないのも事実です」


「これもまた難しい問題ですね」


 3人でうーん、眉間にシワを寄せた。


「ま、ひとまず、この現状を手紙にしたためておきますね。少々お待ちください」



 仙女様は紙とペンを取り出すと、サラサラと返事を書き上げた。


「はい、コチラを銀狼州のタケ様にお渡しください」

「ありがとうございます!」


 アヤメが手紙を受取る。

 そして、仙女様に城の出口へと案内された。




「ところで、次に向かわれるのは白虎州ですか?それとも墨人州ですか?」

「カナメ、どっちにする?」


 仙女様に問われ、アヤメはカナメに相談する。


「全部の仙女様にお会いした方が良いと思うので、白虎州もですか?」


 その言葉を聞き、仙女様は難しい顔をした。


「白虎州の精獣様は特殊なんです。もし、白虎州に向かわれるなら、一度うちの州王様にご相談くださいませんか?」



 そう言うと、城内を先程とは違うルートで歩き出した。

 執務室と思われる部屋に着き、仙女様が扉をノックをする。

 すると声がかかり、扉が開けられた。

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