フラメッサ（男×男）

第1話

ダリル：ふぅ、今回の仕事も、これでようやく終わりか・・・

ダリル：（Ｍ）午後１１時を回った頃、ようやく仕事が終わった

ダリル：はぁ、今回は疲れた・・・

ダリル：（Ｍ）ハードなスケジュールは、いつもの事。　だから、身体が疲れているという訳ではない

ダリル：（Ｍ）今日も、気の乗らない仕事だったから、心底（しんそこ）、気持ちがくたびれた感じがしている

ダリル：（Ｍ）でも、俺には、この仕事くらいしか、出来る事はないし、文句をいっても仕方がない

ダリル：今日は金曜日か・・・

ダリル：（Ｍ）俺は、おもむろに腕時計を見る。　時間は１１時２５分

ダリル：まだ、居るかな

ダリル：（Ｍ）俺はタクシーに乗り、「Ｂ１２地区」へと向かう

ダリル：（Ｍ）こんな、気持ちの落ち込む時には、特に会いたくなる人がいる

ダリル：（Ｍ）暫く走った後、タクシーは、「Ｂ１２地区」の路地に俺を降ろした

ダリル：（Ｍ）降りたそこには、ビルがあり、地下に下りる狭い階段がある

ダリル：（Ｍ）俺は少し重い足取りで、その階段を降りて行く

ダリル：（Ｍ）階段を降りた先には、扉がある。

ダリル：（Ｍ）Ｔｅｎｄｅｒ（テンダー）と書かれた黒い木の扉

ダリル：（Ｍ）俺は徐（おもむろ）に扉を開く

ダリル：（Ｍ）薄暗い店の中には、カウンターがあり、そこの光だけが店の中を照らしているように見える

ダリル：（Ｍ）その長いカウンターに、一人の女性が座っていた

ダリル：（Ｍ）淡い光に浮かび上がる、ブロンズの短い髪

ダリル：（Ｍ）やはり、彼はここに居た

ロイ：おや、ダリルじゃないか

ダリル：（Ｍ）彼の名は「ロイ・チャンドリー」、俺が会いたかった人だ

ダリル：（Ｍ）ロイは、店の入り口で佇（たたず）んでいた俺を見つけて、声を掛けてくれた

ロイ：そんな所に立ってないで、こっちに来て座りなよ

ダリル：うん・・・

ダリル：（Ｍ）俺はロイに促（うなが）されるままに、ロイの隣に座った

ロイ：どうした？

ダリル：うん・・・

ダリル：なんか急に、ロイに会いたくなってさ

ロイ：そうか

ロイ：仕事で何かあったのか？

ダリル：まぁ、そんな感じ

ロイ：そうか

ロイ：（Ｍ）こいつの名前は「ダリル・リーバー」、俺にとっては弟のような存在だ

ロイ：（Ｍ）そんなダリルが、俺に会いたがる時は、決まって気分が落ち込んでいる時だ

ダリル：最近・・・たまにさ、昔の事を思い出すんだよ

ロイ：ふーん

ロイ：（Ｍ）この「Ｂ１２地区」は、かつて「フラメッサ」と呼ばれたスラム街だった

ロイ：（Ｍ）フラメッサとは、物語に出てくる「正義を無くした魔女」の名前なのだと聞いたことがある

ロイ：（Ｍ）このフラメッサで、俺とダリルは育った、いや、育ったと言うよりは、ただ生きていたと言った方がいい

ロイ：（Ｍ）俺もダリルも、いつからそこに居たのかすら分からない、当然、親の顔も知らない。　でも、ここに住む子供達は、そんな奴らばかりだった

ロイ：（Ｍ）ゴミを漁（あさ）り、畑からイモを盗み、物乞（ものご）いをし、運がいい日は、日雇いの僅（わず）かな金を稼ぐ。

ロイ：（Ｍ）そんな暮らしが当たり前のこの街で、ダリルは俺を兄のように慕（した）い、俺もダリルを弟のように可愛がった

ロイ：（Ｍ）少しの食べ物を、いつも二人で分け合い、寄り添って生きていた

ダリル：昔はさ、食べる事さえ出来ない日が、幾らでもあって、あんなに苦しかったのに、あんなに抜け出したかったのに・・・

ダリル：何でだろう、あの頃が懐かしくなるんだよ

ロイ：そうなんだ

ダリル：うん・・・

ロイ：（Ｍ）この国のトップが、スラム撲滅（ぼくめつ）を訴えて当選した事を機に、「Ｂ１２地区」は再会発地区に指定された

ロイ：（Ｍ）そして、その時、フラメッサに住んでいた人達は、国から、住む家と金を用意され、この街からみんな出て行った

ロイ：（Ｍ）俺やダリルのような孤児（みなしご）は、国が養育費を支払う条件で、ボランティアの家庭に引き取られて行った

ロイ：（Ｍ）この国にとっては、さぞ立派な政治家なのだろう、きっと、素晴らしい世界がきて、みんなが幸せになるとでも、本気で思っていたのだろう

ロイ：（Ｍ）だが、それが、俺とダリルの人生を大きく変えてしまった

ロイ：（Ｍ）フラメッサが解体される時、俺はチャンドリー家に、ダリルはリーバー家に、それぞれ、さらわれるように引き取られ、俺達は離れ離れになった

ロイ：（Ｍ）俺が１４歳、ダリルが１２歳の時だった

ダリル：（Ｍ）俺は、リーバー家に引き取られた後、リーバー家の職業訓練を受けさせられて、仕事をするようになった。

ダリル：（Ｍ）良いも、悪いも、好きも、嫌いもない、ただそうする事が、フラメッサ以外で生きていく為の術（すべ）だった。

ダリル：（Ｍ）ロイも含め、フラメッサに住んでいた子供達は、誰もが同じような境遇（きょうぐう）だっただろう。

ロイ：（Ｍ）俺達が引き裂かれてから、１５年の歳月が流れた頃、すっかり綺麗になってしまったこの街で、俺とダリルは再会した。

ロイ：（Ｍ）Ｔｅｎｄｅｒ（テンダー）という名のこの店で、俺が酒を飲んでいる時、ふらりとダリルが店に入って来た。

ロイ：（Ｍ）二人とも、フラメッサに居た頃の、あの惨（みじ）めな面影などすっかり無くなり、普通の大人になっていたが、

ロイ：（Ｍ）それでも、俺もダリルも、目の前の人間が誰なのかが、直ぐに分かった。

ダリル：（Ｍ）その時、１５年の月日など、まるで無かったかと思えるほど、俺は子どものようにロイに抱きついた

ダリル：（Ｍ）嬉し涙でぐちゃぐちゃになりながら、ただ無言で抱きついていた

ロイ：（Ｍ）その日から、ダリルは何かあると、俺を訪ねてくるようになった、

ロイ：（Ｍ）でも、ダリルは自分の事を、あまり語りたがらなかった、勿論、俺の事も聞こうとはしない

ロイ：（Ｍ）まるで、何かを知ってしまう事に、いや、何かを知られてしまう事に怯（おび）えるかのように

ロイ：ダリル、お前、何て顔してんだよ

ダリル：え？　俺？

ロイ：そう、お前

ロイ：今にも、高いところから飛び降りそうな顔してるじゃないか

ダリル：俺、そんな顔してるの？

ロイ：あぁ

ダリル：・・・

ロイ：なぁ、ダリル

ダリル：ん？

ロイ：辞めちまえよ、そんな仕事

ダリル：・・・

ロイ：お前が、今、どんな仕事をしてるかは知らないし、聞かないけどな

ロイ：イヤになったのなら、そんなもん全部、捨てちまえばいいんだよ

ダリル：でも・・・俺はこの仕事くらいしか出来ないから

ロイ：怖いのか？

ダリル：・・・まぁ・・

ロイ：そうか

ダリル：・・・うん

ロイ：でも、心配なんていらねぇよ、俺がいるじゃないか

ダリル：ロイ

ロイ：昔みたいにさ、いつでも俺がお前の側に居てやるよ

ダリル：・・・

ロイ：それに、例え全部無くなったって、あの頃に戻るだけだろ？

ロイ：いや、どこに行ったって、あの頃よりは、少しはマシさ

ダリル：うん

ロイ：あの頃はさ、苦しくて、惨めで、どうしようもなかったけど、それなりに楽しい事もあったじゃないか

ダリル：そうだけど・・・

ロイ：もし、お前が、あの頃に戻るのが怖いって言うのなら、俺も一緒に、全部捨ててやるよ

ダリル：ロイ・・・

ロイ：今の生活も、今持っている物も全部捨てて、お前と一緒に、あの頃に戻ってやるさ

ロイ：それでも、怖いか？

ダリル：ありがとう・・・でも

ロイ：でも？

ダリル：いや、ロイとあの頃に戻る事は怖くないんだ・・・

ロイ：だったら

ダリル：俺さ、まだ、ロイに話していない事があって・・・

ダリル：それをロイに知られるのが怖いんだ

ロイ：ははは、何を言うかと思えば

ダリル：そんな・・・俺はホントに・・・

ロイ：ダリル、何、ガキみたいな事を言ってんだよ

ダリル：え？

ロイ：何もかも、包み隠さずに、全部話さないと信用できないなんて

ロイ：俺はそんなに子供じゃねえよ

ダリル：ロイ・・・

ロイ：話したくないなら、話さなきゃいいじゃないか

ロイ：今のお前が、どんな人間になっていたって

ロイ：俺は、今のダリルを全部受け入れてやるよ

ダリル：ロイ・・・でも、どうして

ロイ：どうして？

ロイ：ふ・・・ははは

ダリル：そんな・・・笑わないでくれよ

ロイ：じゃぁさ、もし、俺がお前に、隠し事があったとしたら、お前は、俺を信じてくれないのか？

ダリル：え？

ロイ：やっぱり、全部話さないと、信じられないのか？

ダリル：いや、そんな事ない

ダリル：ロイがどんな人間だって、俺は構わないよ

ロイ：ははは、なんだい、じゃぁ、同じじゃねぇか

ダリル：うん・・・

ロイ：そういう事だよ

ダリル：ロイ、ありがとう

ダリル：本当に嬉しいよ

ロイ：フ、いいって事よ

ダリル：でも、俺、もう少しだけやってみようと思う

ロイ：そうか

ダリル：もし、今度ダメだったら・・・

ロイ：あぁ、いつだっていいよ

ロイ：その気になったら、また来いよ

ダリル：うん、わかった

ロイ：（Ｍ）そう言って、ダリルは少しの微笑みを残して、店を出て行った

ダリル：（Ｍ）俺はまた、いつもの日常に戻った

ダリル：（Ｍ）いつもの生活、いつもの仕事、いつものやるせない気持ち・・

ダリル：（Ｍ）気持ちが心底（しんそこ）くたびれた時には

ダリル：（Ｍ）俺と一緒に、「あの頃に戻ってもいい」と言ってくれた、ロイの言葉と

ダリル：（Ｍ）そんなロイには、もう、苦しい思いをして欲しくないという、想いが、俺を支えていた

ロイ：（Ｍ）ダリルが俺を慕（した）ってくれる。　それが凄く嬉しい

ロイ：（Ｍ）フラメッサで、あの頃の俺が生きていけたのは、ダリルが俺を慕ってくれていたからだ

ロイ：（Ｍ）この弟のような存在を、死なせる訳にはいかない・・・その想いが、俺を支えていた

ロイ：（Ｍ）だから、１５年ぶりにダリルと再会した時、涙を流して抱きつきたかったのは、ダリルよりも、俺の方だったかもしれない

ダリル：（Ｍ）あれから、何日経っただろう

ダリル：（Ｍ）ある日の金曜日、俺は、とある家のリビングで、ぼんやりと佇（たたず）んで、部屋の様子を眺めていた

ダリル：（Ｍ）部屋の壁側には、テレビがあり、恋愛映画のような映像が映し出されている

ダリル：（Ｍ）俺の目の前には、カーペットと、ローテーブル、二人掛けのソファー・・・

ダリル：（Ｍ）そして、そのソファーには、穴の開いた男女二人の死体があった

ロイ：（Ｍ）今の生活を全部捨てて、ダリルと一緒にあの頃に戻ってもいいと言った、俺の言葉に嘘はない

ロイ：（Ｍ）だが、それは、俺自身を偽（いつわ）った言葉でもあった

ロイ：（Ｍ）俺は、ダリルが居なくても、今の生活を全部捨てたいと、いつも思っていたのだから・・

ロイ：（Ｍ）だが、それをダリルに知られる訳にはいかない

ロイ：（Ｍ）ダリルの前では、俺は強い男でいなければならない

ロイ：（Ｍ）そうでなければ、きっと、ダリルの心は、守ってやれない

ダリル：（Ｍ）部屋の惨状（さんじょう）を見て、俺は電話を掛ける

ダリル：もしもし・・・はい、そうです・・・はい・・・ええ、終わりました

ダリル：（Ｍ）電話を持つ、俺の反対の手には、黒のコルトが握られている。

ダリル：（Ｍ）ソファーの二人を殺したのは俺・・・

ダリル：（Ｍ）殺し屋・・・そう、それが俺の仕事

ダリル：（Ｍ）俺は、組織からの指令で人を殺す。　殺す理由は教えてもらえない・・・ただ、言われた通りに人を殺し続ける

ダリル：（Ｍ）恨みもしない人の命を奪（うば）って、自分の命を生き永（なが）らえさせている・・・俺は、そんな忌（い）み嫌われる悪魔のような存在

ダリル：（Ｍ）出来る事なら、こんな俺の姿を、ロイには知られたくはない・・

ダリル：（Ｍ）でも、俺の心はどんどん壊れていく

ロイ：（Ｍ）今日も俺は、仕事終わりに、バーで酒を飲む、Ｔｅｎｄｅｒ（テンダー）という名の、いつものバーで

ロイ：（Ｍ）この店は、昔、フラメッサで暮らしていた「ヒュース」という男が、バーテンダーをしている店だ

ロイ：（Ｍ）フラメッサに居た奴らの習性なのだろうか、彼は、何も聞こうとはしないし、何も話さない・・・

ロイ：（Ｍ）そのせいか、店にはあまり客がいない、でも、そういうところが、俺には居心地がいい

ダリル：（Ｍ）今日殺した二人の映像が、殺す前の、幸せそうに肩を組みながらテレビを見ていた、二人の映像が、俺の頭から離れない。

ダリル：（Ｍ）あの二人はどれだけ幸せだったのだろう、これから先、二人にはどんな幸せが待っていたのだろう

ダリル：（Ｍ）そういった感情が、止めどもなく湧き上がってくる・・・人を殺した後はいつも・・・いつも・・・

ダリル：（Ｍ）気が付けば、俺は「Ｂ１２地区」へと足を運んでいた

ダリル：（Ｍ）暫くは行かないでおこうと決めていた筈（はず）の、ロイの所へ

ダリル：（Ｍ）ロイに全てを打ち明ける決心も、出来ていないまま・・・

ロイ：（Ｍ）俺は、酒を飲む時は、あまり、あれこれと考える事はしない、なるべく頭の中を空っぽにして酒を飲む

ロイ：（Ｍ）それは、ただ、好きな酒の味を味わっていたいからか・・

ロイ：（Ｍ）いや、嫌な事を思い出したくないだけなのかもしれないな

ロイ：（Ｍ）でも、最近は、よくダリルの事が脳裏をよぎる、そして今日も

ダリル：（Ｍ）俺は、地下へと降りる階段を進み、その先にある黒い木の扉を、そっと開ける

ダリル：（Ｍ）薄暗い店の中に、カウンターの光に浮かび上がる、ブロンズの短い髪を見つけた

ダリル：（Ｍ）その瞬間、安堵感（あんどかん）にも似た気持ちが、俺の胸を満たして行くのが分かった

ダリル：・・・ロイ・・・

ロイ：ダリル

ロイ：（Ｍ）ダリルは、まるで、俺の脳裏から現れたかのように、そこに立っていた。

ロイ：（Ｍ）俺は、扉の前に佇（たたず）むダリルに声を掛ける

ロイ：どうした？

ダリル：うん・・・なんだか、ロイに会いたくなって・・・

ダリル：気が付いたら、ここに来てた

ロイ：そうか

ロイ：じゃぁ、こっちに来て座りなよ？

ダリル：うん・・・

ロイ：（Ｍ）ダリルは俺の言葉に頷（うなづ）いて、俺の隣に座った

ロイ：何か飲むか？

ダリル：・・・じゃぁ、ディアブロを・・・

ロイ：ディアブロ？　そんなんじゃ、酔えないぞ

ダリル：いや、いいんだ、今日は酔いたくないんだよ

ダリル：今日は・・・酔っちまうのが怖いから

ロイ：そうか

ダリル：・・・うん・・・

ロイ：（Ｍ）それから、俺とダリルは、少しの間、無言のままに、酒を飲んだ

ロイ：（Ｍ）まるで、カウンターに、グラスと氷の音だけが、静かに染みていくかと思うくらい

ロイ：（Ｍ）ダリルがディアブロを半分ほど飲んだ頃、ダリルのため息が沈黙の終わりを告げた

ダリル：ふぅ・・・

ロイ：・・・

ロイ：今日は何かあったのか？

ダリル：・・・まぁ・・・・

ロイ：ふーん

ロイ：で、気持ちは決まったか？　仕事を辞める

ダリル：それは・・・まだ・・・

ロイ：そうか・・・

ダリル：ごめんな・・・「今度」って言っておきながら、俺・・・

ロイ：別に気にする事はねぇよ、言っただろ？「いつでもいい」って

ダリル：うん、ありがとう・・・でも・・・

ロイ：ダリル、何か仕事をやめられない理由でもあるのか？

ダリル：・・・

ロイ：・・・

ロイ：まぁ、それは聞かないよ

ダリル：ごめん

ロイ：いいさ、今日はゆっくり飲もうぜ

ダリル：うん

ロイ：（Ｍ）それから、夜が更けていくまで、俺達は、たどたどしくも、昔の話と、たわいのない話を繰り返しながら酒を飲んだ。

ダリル：じゃぁ、俺、そろそろ帰るよ

ロイ：あぁ、またな

ダリル：うん・・・

ダリル：ロイ、もう少しだけまってくれ・・・今度はキチンと連絡するから

ロイ：あぁ、わかったよ

ロイ：でも、無理はするなよ

ダリル：・・・うん、ありがとう

ロイ：（Ｍ）そして、かなり夜も更けた頃、俺とダリルは、再会してから初めて、お互いの携帯電話の番号を交換して別れた

ダリル：（Ｍ）俺はまた、あの日常に戻った

ダリル：（Ｍ）人を殺す度に、自分の心が壊れていくのが分かる

ダリル：（Ｍ）もう限界なのかもしれない・・・何もない自分の部屋の天井を見ながら、俺は、ぼんやりとそんな事を考えていた

ダリル：（Ｍ）そんな時、ローテーブルの上に置いてあった、携帯電話が鳴った

ダリル：もしもし・・・はい、そうです・・・はい、分かりました、では、今から、そちらに行きます

ダリル：（Ｍ）電話は、組織からだった・・・今から組織の事務所に来るようにとの指示が出された

ダリル：（Ｍ）組織の事務所に行けば、きっとまた、殺人の指令が下（くだ）る。

ダリル：（Ｍ）そう思うと、人を殺した時の、あの憎悪が、俺の胸の中に蘇（よみがえ）ってくる

ダリル：（Ｍ）俺には、もう耐えられそうにない

ダリル：（Ｍ）組織の仕事は、もうこれで最後にしよう・・・そう思い、俺はロイに電話をかけた

ロイ：はい・・・

ダリル：もしもし、ロイ？

ロイ：あぁ、ダリルか、どうした？

ダリル：この前言っていた話・・・俺、やっぱり、そろそろダメみたいだ

ロイ：そうか・・大丈夫か？

ダリル：うん、まだ少しは大丈夫

ダリル：また近いうちに仕事があるんだ、その仕事が終わったら、俺の事、ロイに全部話すよ

ロイ：あぁ、分かった

ダリル：ロイ・・・俺・・・

ロイ：大丈夫さ、心配しなくても

ロイ：俺は何があっても、お前の味方でいてやるよ

ロイ：また、昔みたいに、一緒に暮らせばいいさ

ダリル：うん・・・ありがとう、ロイ、

ダリル：でもきっと、ロイには、話を聞いて貰うだけになりそうな気がする

ロイ：ダリル、それって、どういう事なんだ？

ダリル：また連絡するよ

ロイ：ダリル？

ロイ：・・・

ロイ：（Ｍ）そう言って、ダリルは電話を切った

ロイ：（Ｍ）ダリルの最後の言葉が妙に気になる・・・何もなければいいが・・

ダリル：（Ｍ）ロイへの電話から、およそ１時間後、俺は組織の事務所に来ていた

ダリル：（Ｍ）俺の前には大きな黒いテーブルと、そのテーブルの向こうには、椅子に座った上司がいる

ダリル：（Ｍ）上司は、いつも俺に指令を出す時と同じ仕草で、テーブルの上に写真を置き、そしてターゲットの名前を俺に告げた

ダリル：（Ｍ）俺は組織の事務所で、次のターゲットの名前を告げられた

ダリル：（Ｍ）告げられたターゲットの名前は「レックス・チャンドリー」、知らない名前の人物・・

ダリル：（Ｍ）また知らない人を殺すのか・・・そう思って、俺は机の上の写真を手に取って見た

ダリル：（Ｍ）俺は一瞬、目を疑った、写真にはあの「ロイ」が写っていたのだ

ダリル：これは・・・

ダリル：（Ｍ）思わずロイの名前が口から出そうになった・・・

ダリル：（Ｍ）俺はその時、俺が写真の人物と知り合いだという事を、悟（さと）られないようにするのに必死だった

ロイ：（Ｍ）今日は仕事のない一日だった、特にやる事もなく、部屋でのんびりしていたところへ、ダリルからの電話があった。

ロイ：（Ｍ）どうやら、ダリルが仕事を辞める決心をしたようだった

ロイ：（Ｍ）まぁ、どんな仕事をしているかは知らないが、あんなに心が荒（すさ）んでしまう仕事なら、さっさと辞めた方がいい

ロイ：（Ｍ）俺は、ダリルの最後の言葉が妙に気にはなったが、俺も早く今の仕事をやめる支度（したく）をしないと・・・

ロイ：（Ｍ）そう思っていた矢先、もう一度、俺の携帯電話が鳴った

ロイ：（Ｍ）電話は俺の上司からだった、そして、電話の向こうの上司は、俺に向かってこう言った

ロイ：（Ｍ）「ダリル・リーバーを知っているか？」と

ダリル：（Ｍ）いつも俺は、ターゲットを殺す理由を教えてもらえない、

ダリル：（Ｍ）だが、写真の人物は、チャンドリー家が、裏で糸を引いている犯罪組織の、エージェントである事を教えられた。

ダリル：（Ｍ）俺の所属する組織は、リーバー家が取り仕切る犯罪組織。　ロイのいるチャンドリー家とは敵対関係にあるらしい

ダリル：（Ｍ）それだけで、大体の察（さっ）しはつく・・・

ロイ：（Ｍ）フラメッサが解体された時、そこで暮らしていた人達は、国から家と金を与えられて、街を出て行った

ロイ：（Ｍ）しかし、その後、街を出て行った多くの人達が、犯罪に手を染めている

ロイ：（Ｍ）その理由は、働き方や、普通の生活をする、知識や知恵を持っていなかった、フラメッサ出身の人達を、

ロイ：（Ｍ）言葉巧みに騙（だま）して、国から与えられた家や金を奪（うば）ってしまう、悪党達がいたからだ

ロイ：（Ｍ）その代表的な奴らが、リーバー家や、チャンドリー家のような、古い一族。

ロイ：（Ｍ）奴らは大人だけではなく、フラメッサの子供達も引き取って、犯罪を教え、自分達の組織の道具として使っていた。

ロイ：（Ｍ）俺やダリルも、その内の一人だった。

ダリル：（Ｍ）俺は自分の部屋に戻り、ソファーに座って、事務所から持ち帰ったロイの写真を見つめていた

ダリル：（Ｍ）ロイと過ごした、フラメッサの日々が、走馬灯（そうまとう）のように、俺の頭の中を駆け巡る

ダリル：（Ｍ）こんな形で、ロイと別れる事になるなんて・・・

ダリル：（Ｍ）こんな事なら、１５年ぶりの再会なんて、なかった方がよかった・・・

ダリル：（Ｍ）涙が止めどなく溢（あふ）れて来る

ダリル：（Ｍ）俺は、涙を止める術（すべ）もなく、泣きながら夜を過ごした

ダリル：（Ｍ）そして、散々泣いて、夜を明かした、その日の午後、俺はロイに電話を掛けた

ロイ：はい・・・

ダリル：もしもし、ロイ？

ロイ：あぁ、ダリルか・・どうした？

ダリル：今から、ロイに、俺の事を聞いて欲しいと思って、電話したんだ

ロイ：そうか

ロイ：それはいいけど、仕事はもう終わったのか？

ダリル：いや、それは、まだだけど、仕事の前にロイに聞いて欲しくて

ロイ：あぁ、わかった

ロイ：で、どんな話なんだ？

ダリル：俺の仕事の話

ロイ：・・そうか

ダリル：俺さ、殺し屋なんだ、リーバー家の

ロイ：そう・・なんだ

ダリル：うん・・・でも、人を殺すほど、どんどん、俺の心が壊れていく・・

ダリル：今まで、そんな事なかったんだけど、ロイと再会してから、そう感じるようになっちゃって

ロイ：・・・

ダリル：もうそろそろ限界だなぁって

ロイ：そうだったんだ・・・俺と再会してから・・

ダリル：うん・・それで、今度の仕事を最後にしようと思ったんだ

ロイ：そうか

ダリル：本当は、仕事が終わってから、ゆっくり、ロイに聞いてもらおうと思ってたんだけど

ダリル：そうもいかなくなっちゃってさ

ロイ：どういう事なんだ？

ダリル：それで、今度の俺の仕事なんだけどさ、ターゲットは・・

ロイ：おい、ダリル、そんな事、俺に話して・・

ダリル：レックス・チャンドリー

ロイ：え？

ダリル：今度のターゲットは、レックス・チャンドリーっていう人

ロイ：・・・

ダリル：もしかして、これってロイの事？

ロイ：・・あぁ、そうだよ

ダリル：（Ｍ）「レックス・チャンドリー」は、やはり、ロイだった

ダリル：ロイって、そんな名前だったの？

ロイ：いや、チャンドリー家に引き取られた時に、名付けられた名前だよ

ロイ：レックスでも、愛称はロイだから・・・

ダリル：そうだったんだ・・・

ロイ：あぁ、

ロイ：でも、ダリルの前では、あの頃のロイでいたかったからな、お前と居る時は、その名前を使いたくなかったのさ

ダリル：そうか・・・

ロイ：じゃぁ、ダリルは、もう俺の事は知ってるんだな

ダリル：いや、そんなに詳しくは知らないよ。　俺が教えられたのは、チャンドリー家のエージェントという事くらい・・・

ロイ：そう・・か・

ロイ：でも、エージェントというよりは、殺し屋なのさ、俺も

ダリル：え？

ロイ：奇遇じゃないか、俺達、同じ殺し屋同士なんてな

ダリル：そうだな・・良かった・・・

ロイ：（Ｍ）俺とダリルの間に、少しの間、沈黙が流れた

ロイ：で、どうするんだ？

ダリル：・・・

ロイ：ただ、事情を聴いて欲しかった訳じゃないんだろ

ダリル：うん・・・

ダリル：ロイに頼（たの）みがあるんだ

ロイ：何だよ、頼みって

ダリル：ロイに会いたい・・・

ロイ：・・・あぁ、分かった。　いいぜ。

ダリル：でも、俺はリーバー家の・・・

ロイ：いいさ、そんな事。

ロイ：言っただろ？　今のお前が、どんな人間になってたって

ロイ：俺は、今のダリルを全部受け入れてやるって

ダリル：ロイ・・・ありがとう

ロイ：それで、会ってどうするんだ？

ダリル：ロイの手で俺を殺して欲しいんだ

ロイ：ダリル・・・

ダリル：ロイが殺し屋で良かった

ロイ：・・・

ロイ：で、どこへ行けばいい？

ダリル：（Ｍ）俺はロイに場所を伝えた

ロイ：わかった、じゃぁ、今からそこへ向かうよ

ダリル：うん、気を付けて・・・

ダリル：（Ｍ）そう言って、俺は電話を切った・・・リーバー家の５人の男に見つめられながら

ダリル：（Ｍ）俺とロイの関係は、組織には既に全部知られていた、

ダリル：（Ｍ）俺はロイを指定の場所に呼び出すように、組織から命令をされていたのだった

ダリル：ロイ・・・頼む、来ないでくれ・・・

ロイ：（Ｍ）俺はダリルに教えられた場所に来ていた。　とあるビルの一室

ロイ：（Ｍ）俺は扉を開けて、中に入る。　すると、部屋の中央にダリルが立っていた

ダリル：ロイ・・・

ロイ：ダリル

ロイ：（Ｍ）ダリルは、今までに無いほど、悲し気な顔をしていた

ロイ：（Ｍ）俺が、そんなダリルの顔に気を取られ、不用意に近づいた時、後ろに隠れていた３人の男が扉を閉めて鍵をかけた

ロイ：（Ｍ）そして、前方の物陰から２人の男が現れ、俺とダリルは５人の男達に囲まれた

ダリル：ロイ、ごめん

ロイ：（Ｍ）俺はこの状況を直ぐに飲み込めた、しかし、俺は特に慌てる事はなかった

ロイ：別に謝らなくてもいいさ

ダリル：でも

ロイ：ダリルが殺してくれと言ったから、俺もダリルと一緒に死ぬつもりで、ここに来たんだ

ロイ：だから、謝らなくていい

ダリル：そんな・・・

ロイ：（Ｍ）リーバー家の男達は、ニヤニヤと笑っている

ロイ：だが、どうせ殺されるなら、俺はダリルに殺してもらいたいな

ダリル：それは・・・

ロイ：それで、ダリル、

ロイ：お前も死にたいんだろ？　だったら、俺が殺してやるよ

ダリル：え？

ダリル：（Ｍ）ロイは男達の方に向かって言った

ロイ：なぁ、折角だから、俺とダリルで勝負をさせてくれよ。

ロイ：たとえ、俺が勝ったとしても、お前達が俺をハチの巣にすればいいだろ？

ロイ：どうだ？

ダリル：（Ｍ）男達は、ロイの提案に、まるで、何かのショーでも見るかのように、ニヤつきながら頷（うなづ）いた

ロイ：じゃぁ、話はそれでいいな。

ロイ：ダリル、お前の願い、ここで叶えてやるよ。

ダリル：ロイ・・・

ロイ：ダリル、銃を抜きな

ロイ：運が良ければ、一緒に死ねるぜ

ダリル：・・・分かった・・・

ダリル：（Ｍ）俺はジャケットの内側にあるホルスターから、黒のコルトを抜き出した

ロイ：勝負は、コインを投げて、床に落ちた時が合図だ、それでいいな？

ダリル：あぁ

ロイ：ダリル、しっかり狙うんだぞ

ダリル：（Ｍ）そういって、ロイはコインを手のひらに乗せて、俺を見た

ロイ：ダリル、最後にお前に会えてよかったよ

ダリル：（Ｍ）そう言って、ロイは俺を見ながら、口角（こうかく）を左に曲げて微笑んだ、

ダリル：（Ｍ）あれは、ロイの昔からのクセだ。　俺はあの頃のロイの笑顔を思い出した

ロイ：じゃぁ、勝負だ

ロイ：（Ｍ）そう言って、俺はコインをトスした

ダリル：（Ｍ）ロイの指に弾（はじ）かれたコインが、くるくると回りながら宙を舞う

ダリル：（Ｍ）その映像が、俺には、まるでスローモーションのように見えていた

ロイ：（Ｍ）コインは天井スレスレまで上がってから、落下を始めた

ロイ：（Ｍ）このコインが床に落ちた時、全てにカタが付く

ダリル：（Ｍ）落下するコインを見ながら、コルトを持つ手に力が入る

ダリル：（Ｍ）放り投げたコインが床に落ちるまでの、短い筈（はず）の時間が、何故か、とても長く感じる

ロイ：（Ｍ）落下したコインは、ようやく床に到着し、高い金属音を立てて弾んだ

ダリル：（Ｍ）その瞬間、俺は素早くロイに向かって数歩近づいた、ロイも俺の方に向かって来る

ロイ：（Ｍ）近づいた二人は、同時に後ろを振り返り、互いの背中を合わせて銃を構（かま）える

ダリル：（Ｍ）俺は、俺の後ろにいた、部屋の奥に立つ２人の男を、

ロイ：（Ｍ）そして、俺は、扉側に立つ３人の男を、それぞれの銃で打ち抜いた

ダリル：（Ｍ）５人の男達は、全員が完全に油断をしていた為、自分たちの銃に手をかける事も出来ないまま、その場に倒れた

ロイ：（Ｍ）その後の数秒間、俺とダリルは、倒れた男達に銃を向けたまま、動かなかった

ロイ：（Ｍ）男達が死んだ事を確信できるまで・・・

（しばしの間）

ダリル：（Ｍ）暫くの沈黙の後、ロイが身体の緊張を解いた事を、俺は背中越しに感じた

ロイ：ふぅ・・・何とかなったな

ダリル：（Ｍ）その声に俺の緊張も解けていく

ロイ：でも、よく分かってくれたな

ダリル：あぁ、コインを投げる時に、ロイが笑っただろ、あの時、フラメッサに居た頃のロイの事を思い出したんだよ

ダリル：あの笑顔って、ロイの「こんな所で死んでたまるかよ」って言う時の顔だったんだ

ダリル：あの頃の、ロイの口癖だっただろ

ロイ：覚えててくれたんだな

ダリル：当たり前だろ、警察に追われて、バラバラに逃げる時にも、よく目配せに使ってたし、忘れる訳ないよ

ロイ：ははは、そうだったな

ダリル：でも、ロイは俺がそれに気付かなかったら、どうするつもりだったのさ？

ロイ：どうもしないさ、言っただろ？「死ぬつもりで来た」って

ロイ：だから、その時は、死ぬだけだったのさ

ダリル：死ぬだけって・・・

ロイ：俺が死んだって、ダリルはリーバー家の人間なんだから、ここでは殺されないだろ

ロイ：だから、どう転んだって、俺にとっては良かったのさ

ダリル：ロイ・・・

ロイ：そんな事より、ダリルは、これからどうするつもりなんだ？

ダリル：何も考えてないよ、とっさの事だったし、俺も死ぬつもりだったから・・・

ダリル：俺はもう、組織を裏切っちゃったし、帰る場所もないから、どうしていいかも、よく分からない

ロイ：そうか・・・じゃぁ、俺もダリルと一緒にいるよ

ロイ：ダリルが全部捨てたのなら、俺も全部捨てるさ

ダリル：でも、ロイはまだ、チャンドリー家に帰れるじゃない

ロイ：帰りたくねぇよ、あんな所

ロイ：俺も、お前と同じで、全部捨てたかったのさ

ダリル：でも、組織を裏切ったら・・・

ロイ：それはダリルも同じだろ

ダリル：それは、そうだけど・・・

ロイ：これで、二つの組織から追われる事になれば、直ぐに殺されるかもしれないけど、

ロイ：どうせ野垂れ死ぬ（のたれじぬ）のなら、それまでは、一緒に居ればいいさ、あの頃みたいにな

ダリル：ありがとう、ロイ・・・俺・・・

ロイ：さぁ、とにかく、もうここは離れよう

ロイ：組織に追われてたって、大人しく死んでやる気はないからな、最後まで足掻（あが）いてやろうぜ

ダリル：うん、そうだな

ロイ：じゃぁ、行こうか、ダリル

ダリル：うん

ロイ：（Ｍ）そして、俺達は５人の男達の死体を残して、この部屋を後にした

ダリル：（Ｍ）後（のち）に、この街の「Ｂ１２地区」に、フラメッサと呼ばれる組織が現れる事となる

ダリル：（Ｍ）これは、その少し前の話

完