ロッカー奥のリンネちゃん

渡貫とゐち

誰もいない空き教室の使い方


 空き教室でゲームをしていた。

 当然ながら、うちの学校ではゲームは禁止だ。スマホならまだしも、携帯ゲーム機となれば校則違反である。

 なので遊ぶどころか、持ってきているのがばれたら教師に取り上げられてしまう。

 その後、返ってこなかったとなると最悪だ……っ。


 そのリスクを負ってでも、やりたかった……。別に学校でしなければいけない理由はない。位置情報ゲームでもないし……、単純に、ストーリーに熱中し過ぎて、帰宅する時間も惜しくなり、学校に持ってきた……、そして放課後、こうして人目のつかない空き教室でプレイしているというわけだ。


 音量も最低限……(人の足音に気づけるようにイヤホンはしない)、視野が狭くなるくらいに画面の奥へのめり込んでいた僕は、プレイし始めた勢いで、エンディングまでいってしまった。

 昨日の夜に終盤まで進めていたからな……、短い時間でなんとか終わらせることができた。


 エンドロールを見終え、ふぅ、と息を吐く……良いストーリーだった。

 さて、満足したし、そろそろ帰――



「ごめんね、急に呼び出して」

「いや、全然いいけど」


 ……足音が近づいてきたことに気づき、咄嗟に近くのロッカーに入った。

 多少、扉の建て付けが悪かったけど、開かないという不運もなく、なんとか、空き教室に入ってきた男女のカップルにばれることはなかった……先生かと思ってヒヤヒヤしたぜ。


 額の汗を拭おうとして手を上げれば、肘が当たって音を出してしまうだろう……、それに気づき、寸でのところで踏みとどまった。上げかけた腕を、ゆっくりと戻す……。

 気をつけ、の姿勢で、息を殺して二人の退出を待つ――。

 その間、二人の会話を聞いてしまうのは、不可抗力だろう。

 耳を塞ぐ? 腕を上げられないのだから塞ぐこともできない。


「あのね……、実はね……」

「うん……」


 二人の会話には緊張感があった。

 ……男女カップル、とさっき僕は言ったけど、もしかして『まだ』、だったのかもしれない……。

 これからなるのかもしれない――カップル手前の、二人。

 ここで告白をする気……?

 本当に聞いちゃいけないようなことだった……、しかし物理的に耳を塞ぐことはできず、


「じゃあ、あたしが塞いであげようか?」


 ――耳元で囁かれ、悲鳴が飛び出しそうになったが、意識していたおかげで声は漏らさなかった……、いや、単に驚き過ぎて声が出なかっただけかもしれない……。

 びっくりして、全身が寒い……、冷や汗が流れ落ちる。


 背後。

 ロッカーには、先客がいた……?


「静かにしないとね。外の子たちにばれちゃうよ? あたしと君がこの狭いロッカーの中でなにをしていたんだ、って、誤解されちゃうねっ!」

「なんでそれを嬉しそうに言うの……?」


 僕たちは小声で。

 扉の覗き穴を見る形で入ったので、僕は背後を見ることができない。だけど甘い匂いがするし、声からして女の子だろう……、背中に当たっているのは、小さいけど、しかし柔らかいあれだと分かる感触だ。

 狭いから仕方ないだけで、彼女はわざと当てているわけではない……はず。


「い、いつから入ってたの……?」


 もしかして僕がゲームをする前から……?

 見られて困ることはないけど、独り言を聞かれていたとなれば恥ずかしい……っ。


「うん、君がくる前にはもう隠れてたの」

「あ……、ごめん、誰もいないと思っててさ……邪魔しちゃった……?」

「ううん、そんなことないよ」


 と、言ってくれたけど、内心はどうだろうか。

 僕がやってきて、ロッカーに隠れたということは、やはり、人に隠れてすることをしていたってわけだから……やっぱり邪魔をしちゃったのだろうね。


「気にしないで」

「そっか……」


 彼女がそう言うのなら、そういうことにしておこう。


「君は……」

「うん? あ、そっか――あたしはリンネ。二年生なんだけど」

「あ、先輩でしたか」

「いいのいいの、敬語なんか使わないでよ、もっとフレンドリーに接してほしいなあ」


 と、言われても。

 先輩と分かった上で慣れ慣れしく接するのは抵抗がある。

 できる人もいるのだろうけど、少なくとも、僕には無理だ。


「リンネ先輩は、」

「もうっ、リンネちゃんでしょ!!」

「わひっ!?!?」


 脇に手を差し込まれ、思わず悲鳴が出てしまい、飛び跳ねた衝撃で肘がロッカーの内側に当たって、激しく大きな音が響いてしまった……っ、おい――おいおい!? 絶対にばれたぞ……!


「…………あれ?」


 なのに。

 外から反応がなかった……気づかれなかった?


「あははっ、心配性だなー。もう外に出たよ。二人はカップル成立――、仮に音を聞いてても気づかなかったんじゃないかな? それくらい、二人は恋人になれたことで、周りのことなんて見えてないだろうし」


「そ、そうで――そうなんだ」


 ちゃんと見てたのか……。

 僕の後ろから、覗き穴で外の様子まで。


 カップル誕生の瞬間を見れなかったのは……良かった、のだろう。外の二人からすれば、大切な思い出に余計な男子が混ざっていることを良しとはしないだろうし、僕も、興味はあるけど、さすがに関係ない他人が、二人の思い出に割り込んではいけないことくらい自覚している。


 見たかったな、とは思うけど、本当に見たいわけではないのだ。

 とにかく、二人がいなくなったのなら、外に出よう。

 蒸し暑いしな。


「…………あれ? 開かない……」


 建て付けが悪かったのは知っていたけど……こんなに固かったっけ……?


「ね、ねえ、リンネせん――リンネちゃん、扉が固くて開かないんだけど、後ろから押してくれる? ほんとは助走をつけて突撃したいところだけど、この狭さじゃ無理だし……」


「うーん……、開かないと思うよ?」

「開かないって……いや、開いてくれないと困るんだけど……、僕、帰れないじゃん」


 明日になれば、見回りの先生が見つけてくれるだろうけど……、いやでも、空き教室だから、先生も見回らないかな……? 扉だけ開けて、ちらっと部屋の中を見るくらいで……。


 叫んでも、中途半端とは言え、それでも防音設備が備わっている教室だ。

 ……半分以上、音を吸収してしまうのではないか。


 ……楽観視していたけど、これ、かなりヤバイ状況なんじゃ……?

 しかも女の子と二人きりだし……。


「リンネちゃんは、不安じゃないの……?」

「大丈夫。というか、もうあたしは……」


 あたしは?

 そこで声が途切れてしまった……、加えて、背中に密着していた体温も、存在感も――最初からそこにいなかったように、リンネちゃんがいなくなった。


「……え?」


 音を立ててもいいのなら、狭いスペースでも振り向くことができる。

 僕はロッカーに体を打ちながらも、リンネちゃんの様子を確認しようとして――


 足の裏が、なにかを踏んだ。

 硬いそれは……細長いそれは、なんだ?


 膝の部分に、こつ、と当たる。

 暗い中で、手を伸ばし、指でなぞって、その正体を確かめていく。


 ……丸い。

 ざらざらとした表面だった。

 そして遅れて気づく……、気分が悪くなる匂いだ……。


 臭いのではない。いや、臭いんだけど……それ以上に、淀んでいる……。

 濁っている。

 この空気が、毒にも勝る、呪いのような気がして……。


 両手で持ち上げた丸いそれを、目の前まで持ってくる。

 覗き穴から差し込む光で、その正体がやっと分った――――白骨の、頭部。


「う、うわあっっ!?」


 思わず落としてしまった頭部は、ロッカー内で転がり、僕の足下で止まった。

 そして、再び聞こえてくる幻聴――。


「もうっ、先輩を落とすなんて悪い子ね!!」

「り、リンネちゃん……?」


 もしかして……、リンネちゃんは……、

 ロッカーが開かず、閉じ込められてそのまま死亡した……、昔の生徒……?


 数年なんてものじゃない。数十年……もっと、か?

 学校が創設されたばかりの頃の、生徒だったのかもしれない――。


「……開かない、ロッカー……じゃあ、僕も……」


 末路を見てしまった。

 リンネちゃんを死に追いやったあの時とは状況が違うとは言っても、でも――。

 このまま助けがこなければ、いずれ僕もこうなるのだ。


 ロッカーが開かないから?

 だから死ぬことになる……? ――違う。


 きっと、僕を死に追いやるのは――――リンネちゃんだ。



「あたしの時もそうだったの。まあ、あの時はロッカーの中の死体じゃなくて、たぶんその土地の怨霊だったのかもしれないけどね」


 今、その怨霊の代わりをしているのが、リンネちゃんで――。


「さあ、遊びましょ」


 リンネちゃんが抱き着いてくる。

 感触がある。体温がある……でも、既に死んでいる。

 死臭を吸ったがゆえに見えている幻覚が、僕を衰弱させていく――。



「あなたが死ぬその時まで、あたしがずっと……一緒にいてあげる」




 …了

 お題「開かずのロッカー」

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