第2話 ファーストコンタクト

 俺はある日、異世界へと転生した。それもロボットとしてだ。困惑しつつも現状の確認や情報収集のため、廃墟と化した基地を抜け出したのは良かったが。直後に俺は巨大な熊に襲われている少女を助けるため、戦う事になった。



『『シュンシュンッ!』』

『ダダダダダッ!』

 俺は頭部のレーザーバルカンと両手のビームハンドガンからの一斉射でビッグベアを攻撃した。しかし、放たれたレーザーとビームの雨も、奴の体毛と表皮を焼くだけに留まった。


「ちっ!?これでもダメかっ!」

 今俺の放てる、最大のフルバーストでもダメだった。かといってこれを繰り返すわけには行かない。レーザーとビームは、実体弾ではないからリロードが不要な反面、エネルギーは俺自身から供給される。打ち過ぎれば俺自身がエネルギー切れを起こして動けなくなる。


『コンピューターっ!奴に接近戦を仕掛けるのはやっぱり危険か?!』

≪計算します。……ビッグベアの腕力は、現在の素体状態である当機を一撃で粉砕出来る物であります。よって、近接戦闘は可能な限りさけるべきかと≫

『やっぱりかよっ!』


 俺は内心、悪態を付きながら何度目になるか分からない奴の攻撃を回避する。体のサイズならこっちが上だが、多分パワーは今の俺より奴の方が上だろう。上手く上から抑え込んだとしても、振り払われるのがオチだ。


『おいっ!ビッグベアの弱点か何か無いのかっ!?』

≪オーディン・ブレインよりデータを取得。……ビッグベアはパワーと瞬発力、防御力に優れる反面、その巨体から旋回性能に難あり。また、一撃が強力な一方で連撃には適さず、攻撃の間の隙が大きい。以上です≫


 成程。つまり大ぶりの一撃が通常攻撃で、その分隙が大きいって事と、旋回性に問題があるのなら、足で攪乱しつつ血を流させる。……って、そんな戦法を元サラリーマンの俺が出来るのか?


 ふと不安がよぎる。……だが、やるしかない。遠距離のレーザーバルカンとビームハンドガンじゃ埒が開かない。俺は両手のハンドガンを腰部に戻すと、両腿の装甲を開いて中からヒートナイフを取りだした。取り出されたヒートナイフの刀身が発熱し仄かに赤く染まる。ヒートナイフを左手で逆手持ちにし、右手で順手持ちにする。


『グルゥアァァァァァァァッ!』

 咆哮と共に向かってくるビッグベア。俺はそれを出来るだけギリギリで回避しながらヒートナイフで斬り付けた。お互いに距離を取って睨み遭う。斬り付けた時、僅かに手応えはあったが……。


『ボタボタ』

 どうやら傷を作る事は出来たようだ。奴の一部から血が流れ地面を濡らしている。……だが、流れてる量からして傷はまだまだ浅い。それでも、やるしかないっ!


 俺は両手のヒートナイフを握りしめ構えを取る。

『グルゥアァァァァァァッ!!』


 再び向かってくるビッグベアの突進を回避しながら斬り付ける。今度はさっきよりも深く入ったのか、胴の辺りから鮮血が飛び散る。

『グルアァァァァッ!?』


 悲鳴を上げるビッグベア。お互い距離を取って睨み遭う。が……。


『グルルゥゥゥッ!!!』

 ビッグベアは、唸りながらも静かに後ずさりを始めた。逃げる気か?い、いや。分からない内は警戒を緩めちゃ不味い。俺はヒートナイフを構えながら様子を伺う。


 するとビッグベアは、後ずさりを続けてある程度距離が出来ると、俺に背を向けて逃げ出した。

「に、逃げた、のか?」

≪推測。当機は倒したとしても捕食できないため、戦闘継続が無意味と判断したと思われます≫

『成程。俺を倒しても食えるのはあの女の子だけだから、旨味が無いって判断したのか。ってそうだっ!?あの子はっ!?』


 俺は周囲を見回し、あの子を見つける。あの子はさっきの岩場から動いていないが、その影でぐったりした様子で倒れていた。

『ッ!?コンピューター!彼女の生体反応を調べられるか!?』

≪了解。目標の反応をスキャン中。……結果が出ました。どうやら気絶しているようです。それ以外のバイタル、心拍数、呼吸、脈拍などもやや高いですが許容範囲内です。外的損傷も見受けられません≫

『そ、そうか。所で、あのビッグベアは?』


≪既にレーダーの索敵距離から離れました。追跡は不能です≫

「……逃げてくれたか。まぁ、結果的には良しとしよう」

 俺としても、不毛且つ危険な戦闘は出来るだけ避けたい。とにかく敵が居なくなったんだ。両手に握っていたヒートナイフを腿へと格納する。


 さて、問題はこれからだな。俺は倒れている少女へと視線を向ける。まず少女の見た目だが、ミディアムヘアの、ワインレッドの髪が何よりも目を引く。だがその美しい髪を台無しにするように彼女の体のあちこちが汚れている。服もだ。見た目は、15歳前後って所か?しかし何だってこんな子供が、こんな森の中に?


 親と一緒に森に来て、アイツに襲われて逃げ遅れたとか、か?まぁ、どっちにしてもこの子をここに置いておく訳には行かないだろう。とりあえずはこのまま、ここで待機しつつ太陽光発電で少しでもエネルギーを回復しておくか。



 と言う事で、俺はエネルギーを回復しながらオーディン・ブレインにアクセス。内部にあるゴーレム関係のデータと世界地図を閲覧する。


 どうやらこの世界は、俺の元いた世界と地形はほぼ同じらしい。太平洋に日本があり、海を挟んでアメリカ大陸。反対側にはオセアニア大陸。南にはオーストラリア大陸。……ただ、戦争のせいか一部にはデッカい穴が開いていた。恐らく、核兵器か何かで大地諸共敵を吹っ飛ばしたんだろう。で、肝心の日本は北海道の一部が消し飛んでいた。恐らくこの辺りにも核ミサイルか何か落ちたのだろう。


 全く、この世界の人間は何故そこまでして統一に拘ったのか、と俺は内心頭を抱えていた。と、その時だった。


「ん、んぅ」

 気絶していた少女が目を覚ましたようだ。少女は横たえていた体を起こす。

「目が覚めたか?」

「え?」

 俺が声を掛けると、少女は俺を見上げる。


「ひっ!?」

 そして目を見開きながら悲鳴を上げた。……まぁ、目の前に20メートルを超えるロボットが居れば驚きもするだろう。……しかし悲鳴を上げられたのは堪えるな。これでも一応命の恩人(人?)なのだが……。まぁ良い。


「落ち着いてくれ。私は君に危害を加えたりしない。本当だ」

 とりあえず、俺は彼女から少し離れ、その場所で膝をついた。

「ほ、本当、ですか?」

「あぁ。約束しよう」

「そう、ですか?」

 ……俺の言葉をまだ少し疑っているようだが、とりあえず怯えは払拭出来たか?


「まずは自己紹介をさせてくれ。私は……」


 そこで一瞬、俺は前世の名前を言いかけて止めた。……俺はもう転生して、あの名前に意味は無い。『俺という人間』はもう存在しない。だから……。


「私は、『アルファ・ズールー』。ゴーレムだ」

「ゴー、レム?アルファ・ズールーって、巨神兵さんの名前なの?」

「ん?巨神兵、と言うのは?」

「巨神兵は、巨神兵だよ?巨神に乗ってる人の事だよ」


 巨神兵?それって、つまり巨神がゴーレムで巨神兵がパイロットって事だよな?なんでそう呼ばないんだ?……もしかして、旧時代の名称が使われてないのか?


 とりあえず今は……。

「どうやら少し誤解しているようだが、私の中に巨神兵はいない。これが証拠だ」

 そう言って俺は腹部にあるコクピットハッチを開く。当然、中には誰も居ない。

「え?じゃあ、どうやって動いてる、の?」


「私には人工知能、あ~、つまり。人と同じように考えて自分で動く力が与えられているんだよ」

 ……ってか中身は元人間なんだけどね。まぁ言っても理解出来ないだろうし、って言うか変なロボットって言われるだろうから、とりあえず人工知能、AIの類いだと言う事にしておこう。

「そんな巨神さんが、居るの?」

「私以外にも居るのか、と言う意味だったら違う。私達ゴーレム、君の言う巨神の中でもとても珍しい存在なんだよ、私は」

「そう、なの?」

 ……うぅむ。まだ若いこの子には難しかったか?まぁ良い。


「それより、君の名前を教えてくれないか?私は君を何と呼べば良い?」

「あっ。わ、私はミーティア。ミーって、呼ばれてた」

 ミーティア、流星か。

「では私は君をミーティアと呼べば良いのかな?」

「うん」


「分かった。では改めてミーティア。君はどうしてこんな所に居たんだい?1人かい?誰かと一緒に森に来たのかな?」

「ッ」

 俺が問いかけると、ミーティアは何かを思い出したようにハッとなってから俯いてしまった。


「どうした?どこか痛いのか?」

「ううん。違う。違うけど……」

 そう言ってミーティアは口ごもる。どうやら訳ありのようだな。ここは、あまり深く追求するのも可哀想か。


「分かった。とりあえずミーティアの事をこれ以上聞くのは止めよう」

「え?良い、の?」

 少し驚いた表情で彼女が私を見上げる。

「あぁ。人にはそれぞれの事情があるのだろう。話したくないと言うのなら、今は聞かない。だからこれだけは教えて欲しい。ミーティアには帰れる場所、家などはあるのか?」

「……」

『フルフルッ』

 俺の問いかけに彼女は無言で首を左右に振った。


 帰る場所は無い、か。

「分かった。では違う事を聞こう。今、腹は空いているか?喉は渇いているか?」

「うん。どっちも」

 そう言って頷くミーティア。さて、となると食料と飲料水を確保したいが、どうしたものか。


 と思って居ると……。


≪提言します。一度基地に戻る事を推奨します≫

『何?あの廃墟にか?』

≪はい。あの基地はシェルターも兼ねており、長期保存を想定した食料保管庫があります。シェルターとしての機能は稼働しておりませんが、保管庫はほぼ無傷のまま残存しています。食料が残っている可能性もあるかと≫

『もう何百、下手をすれば何千年と前の食料だぞ?大丈夫なのか?』

≪推測による情報提供のため確証はありませんが、食料と飲料水は真空状態で保存されていました。腐敗している可能性は低いかと≫

『そうか。……ちなみにだが、周囲の植物をスキャンして食性に適した果実などがあるか調べられるか?』

≪飲料水に適したレベルの水質の河川の検索は出来ますが、植物については現代の植物データが少ないため、安全と断定する事が出来ません≫


『そうか』

 話を聞いていれば、殆どどっちもどっちだ。こうなったら、最初に推奨された基地跡地の食料保管庫に賭けてみるか。


「あ、あの?アルファ、さん?大丈夫ですか?」

 すると俺がずっと黙っていた事に戸惑いを覚えたのか彼女が戸惑うような視線で俺を見上げている。


「あぁ、すまない。少し食料と飲料水を確保出来そうな場所を探していた。それで、その場所に目星を付けたのだが、来るか?」

「う、うん」

「よし。じゃあ」

 俺はソッと彼女の前に右手を差し出す。

「え?な、何?」

「ここから歩いて行くのでは疲れるだろうから、私に乗りなさい」


 戸惑うミーティアにそう言って掌に乗るように促す。すると、彼女は最初戸惑った様子だったが、少しして掌の上によじ登った。


「よし。では少し待ちなさい」

 そう言ってゆっくりと、右手を胸の辺りまで運び、開いたままのハッチの前で手を止めた。

「さぁ、中へ」

「こ、ここに入るの?」

「大丈夫。危ない事は無い。さぁ」

「は、はい」


 彼女は促されるまま、コクピットの中へと入っていった。やはり乗り慣れないのか、のそりのそりと、周囲を見回し戸惑いながらシートに座る。


 ちなみにだが、俺自身にも良く分からないがコクピット内部の様子が自然と頭の中に浮かぶ。どうやらコクピット内部にカメラがあるようだ。これでコクピット内部とそこにいるパイロットの様子を探る事が出来る。これはありがたい。


 彼女がシートに座ると、前に倒れる形になっていたコンソールが起立する。それに合わせてコクピットハッチも締まり、モニターの明かりが点灯。ミーティアの前に俺の視覚システムが入手したのと同じ映像が投影される。


「これから移動する。揺れないようにゆっくり移動するが、シートベルトをしてくれ」

「しーと、べると?」

 キョトンと首をかしげるミーティア。


 その後、何とか彼女にシートベルトの説明をして4点式のシートベルトをして貰った。あと、追加でパイロットコントロールをロックしておいた。彼女が不用意に操縦桿やフットペダル、ボタンなどを触ってしまっても大丈夫なようにな。


「よし。それでは行くぞ」


 そう言って俺は彼女を乗せて歩き出した。

「すごいっ。すごいすごいっ!これが、巨神さんに乗るって事なんだっ!」

 数秒もすればコクピットの中でミーティアが興奮した様子だ。どうやら、少しは警戒心を和らげる事が出来たようだ。さっきまでは声色に警戒の色が浮かんでいたが、今正にコクピットシートに座り、初めての経験に驚き目を輝かせる様は子供らしい姿だった。


 ……とは言え、森に1人でいた理由に関してはまだ聞かない方が良いだろう。いくつかの理由は考えられるが、本人が話したくないと言っているし、俺が深読みするのはダメだろう。それに、彼女の過去がどうあれ、ミーティアは今腹を空かしている。まずは食料の確保が最優先だ。


 歩く事、約10分。ついさっき出て行った基地へと俺は戻ってきた。


「ここって」

「この基地は私が眠っていた場所だ」

 そう言いながら中に入るが、その時ふと気になった。ミーティアは旧文明の事を知っているのだろうか?


「ミーティア、質問なのだが、君は巨神、つまり私のような存在が過去に大きな戦いに参加していた事を知っているか?」

「うん。知ってる。『厄災の時代』、でしょ?」

「厄災の時代?君たちは旧文明の事をそう呼んでいるのかい?」

「私もよくは知らないけど、そう教わったよ。……凄い昔、人は今よりも凄い力を持ってたけど、それで傲慢になって、戦争をして。私達が住んでる世界を壊しかけたって」

「そうか」


 大凡の事は伝わっているようだな。随分大雑把ではあるが。少なくとも過去に人間の傲慢さ故に世界を滅ぼしかけた事がある、と言う事実は現在にも伝わっているようだ。ただ……。


「ミーティア、その厄災の時代が今から何年くらい前か、正確に聞いた事はあるか?」

「ううん。私が聞いたのは、何千年も前って事だけ。詳しい事は知らない」

「そうか」


 何千年も前、って事はやはり戦争終結からかなり時間が経っていると言う事か。まともな武器やゴーレムが残っていなかったのも頷けるな。


 と、そんな事を考えながら歩いていると、地図にあった食料庫へとたどり着いた。俺達の前に現れたのは、ゴーレムの半分ほど、10メートル近い大きな扉だった。

『ここが食料庫か。しかし、デカい扉だな』

≪はい。貴重な食料庫であるため、防御力を付与されているようです

『そうか。とにかく、開けてみるか』


 俺はさっき基地の出口を開けたように、マチェットを使って何とか扉をこじ開けた。扉を開けると、まるで吸い込まれるように俺の方から食料庫の中へと風が流れ込んだ。食料庫の内部は薄暗い。電力が来てないからそれもそうだが、このままじゃ探索に困るな。俺はサイズ的に入れないし、ミーティアに探索して貰うしか無いが、こうも暗いとな。些か危険だろう。


≪肩部内蔵の可動式サーチライトを起動します≫

 するとアナウンスの声が流れ、俺の体、人間で言う鎖骨の辺りから内蔵されていたサーチライトが展開され、内部を照らし出した。これで、無いよりはマシになったな。


 さて、こっからは……。

「ミーティア。残念だが私はここから先へは体が大きすぎて進めない。怖いかもしれないだろうが、中に入って食料を取って欲しい」

 そう言って俺はその場で片膝を突くとコクピットハッチを開け、その前に右手を添えた。

「う、うん。分かった」

 ミーティアは緊張し、恐る恐るコクピットから出てくると右手の片に乗った。


「下ろすぞ?気をつけるんだ」

 そう言って慎重に右手を下ろす。手が地面に付くと、そこから降りたミーティアが入り口の前に立つ。


『ゴクリッ』

 集音センサーが、彼女が固唾を呑む音を捉えた。

「大丈夫だミーティア」

 少し怯えた様子の彼女を安心させるために、俺は声をかける。


「すぐ後ろに私がいる。だから安心してくれ」

「う、うん」

 流石に出会って数時間の俺の言葉で、完全に恐怖を払拭する事は出来なかったが、それでもミーティアは覚悟を決めた様子でそろりそろりと中に入って行った。


 一方、俺の眼前にはコンピューターが提示した情報が出ていた。それはコンピューターが選んだ、彼女でも運べそうなサイズの非常用のサバイバルキットだ。


「ミーティア。これから言う物を探してくれ。緑色の袋に入っていて、大きさは君が抱えられるくらい。袋の上、真ん中に赤い十字が描かれて居るはずだ」

「えっと、どこ?」


 しばし俺のライトが照らす先で無数に並んだ棚の中をのぞき込んでいくミーティア。そして……。


「あっ!これ、かなっ!」

 ミーティアが少し重そうに、棚の中から何かを引っ張り出した。それを俺のカメラがすぐさまスキャンし判断する。


「あぁ。そうだ。それだ」

 彼女は俺が指示した通りの物を見つけ、戻ってきた。


 ミーティアは俺の前に緊急サバイバルキットを俺の側に置いた。

「これで良いの?」

「あぁ。その中には生存に必要な食料や水、簡易テントや武器などが入っている。ジッパーを開けてみなさい」

「う、うん」

 彼女は俺の指示通り、袋のジッパーを開いた。中に入っていたのは、ペットボトルサイズの円筒形の筒が6つ。この内訳は3つが水。もう3つが乾パンタイプの非常食だ。更に自動で展開と収納を可能にする簡易テント。それと太陽光充電式の小型ランタンと、チャッカマンタイプのライター。更にノコギリとしても使える多目的サバイバルナイフに緊急時用の小型インカム。そして照明弾を上げる信号拳銃が弾2発付きで1丁。それと小さな救急箱が1つだけ。


 これが緊急サバイバルキットの内訳だ。とりあえず、これが手に入っただけでも良しとしよう。いくつかの機器が上手く作動するかテストしたい所だが……。しかしその時。


『クゥゥゥ』

「あぅ。ご、ごめんなさい」

 小さな腹の虫の悲鳴が響き、ミーティアは顔を赤くしながら自分のお腹を押さえた。

「気にするな。腹が減っているのだな。では、そのキットの中にある筒を一つ取ると言い。白いラベルが貼ってある方だ」

「えっと、これ?」

 そう言って一つを持ち上げ、キットの外に一旦取り出すミーティア。


「そうだ。その天辺に持ち手があるだろう?それを握って右側に回してみるんだ」

「う、うん」

 彼女は俺の指示に従いながら、ハンドルをゆっくりと回した。すると……。


『プシュッ!』

 ある程度回すと、何かが漏れる音が聞こえた。

「あっ。開いたみたい」

 そう言って蓋を取り外し、中を覗くミーティア。

「わぁっ!これって、小さなパンっ!?」

「そうだ。乾パンと言って、非常食の一種だ」

「これっ、これっ、食べて良いの!?」

 そう言って我慢出来ない、と言わんばかりの表情のミーティア。


「あぁ。今は気にせず食べなさい。腹が減っているのだろう?」

「うんっ!それじゃあっ!」

 そう言ってミーティアは乾パンを次々と口の中に放り込んでいく。どうやらよほどお腹が空いていたようだ。しかし、この乾パンは非常食だけあって高カロリーでしかも腹持ちが良い。しばらくするとミーティアの手が止まった。


「どうだ?腹は膨れたか?」

「うん。お腹いっぱい、です」

 と、笑みを浮かべるミーティアだが、心なしか眠そうだ。

「どうした?眠いのか?」

「うん。何だか、お腹いっぱいになったら、眠くなっちゃって……」

 そう語る今も眠そうだ。


 まぁ、ビッグベアに追われ死にかけたのだ。いろいろあって疲れているのだろう。

「では、もう少しだけ頑張れるか?私の中、コクピットのシートにはパイロットを休ませるために、簡易ベッドになる機能がある。ここで休めば、外よりも安全だ。どうする?テントもあるが?」

「う、う~ん。じゃあ、巨神さんの中で、休み、ます」

「分かった。さぁ、乗りなさい」


 俺は右手を差し出し、彼女が乗るとコクピットの前まで運んだ。コクピットの中に彼女が入ったのを確認するとハッチを閉じる。ミーティアはそのままコクピットシートに体を横たえた。それを内部カメラで確認すると、シートを動かす。さながら、歯医者にある可動式の椅子のように。ある程度傾けてミーティアが寝やすい姿勢にする。そして数分もすれば、彼女は可愛い寝息を立て始めた。それを確認した俺は静かに体育座りの姿勢となる。


『眠ったか』

 さて、これからどうするか、だ。このまま動き回っても駆動音や振動で起こしてしまうだろうから、しばらくは俺も動けないな。


 とりあえず、今は出来る事をしよう。


 と言う事で、俺はオーディン・ブレインに接続しデータの閲覧や、今後の強化に向けて動き出した。


 今の俺、つまりα・Zはナノマシンによる武装強化が出来るが……。

『コンピューター、今の時点で何か武装か追加パーツは製造出来ないか?』

≪残念ながらデータ不足です。パーツ増設のためにはもっと戦闘データが必要です≫

『じゃあ、オーディン・ブレインから設計図やデータを持ってきて増設する事は?』

≪不可能ではありませんが、戦闘データを精査した上で調整された武装など以外を追加してしまうと機体のバランスを崩してしまう恐れがあります。過度の機動性は、稼働時間の低下。防御力向上も機動性の著しい低下を招きます。残念ながら、現時点での新兵装などの開発はおすすめできません≫

『そうか。……なら、追加に必要なデータの収集するために、あとどれくらい戦闘をした方が良いか、分かるか?』

≪はい。最低限でもあと2回の戦闘が必要です。しかし、相手を一方的に攻撃する場合は戦闘には含まれません。純粋な戦闘データが必要です≫

『要は、敵となる相手と真っ向から戦え、と言う事か』


≪はい。概ねその通りです≫

『そうか』

 とりあえず現時点での強化は無理、と言う事は分かった。


 しかし、と俺は思考を続けた。ミーティアを保護したものの、この廃墟となった基地に居座り続ける訳にもいかない。食料だって何時かは尽きる。そうなると外に出て人間社会の中で仕事をして賃金を稼ぐしか無い。ミーティアくらいの子供がゴーレム、彼女達風に言えば『巨神』を知っている事からして、名称の差異はあれどゴーレムの存在がそこそこ現代人にも知られている事は分かった。


 だが、それでどうなる?今の俺は人間じゃない。俺はこれから何をすれば良い?生きる目的は?ゴーレムだから、戦えとでも言うのか?


 確かに俺は、今際の際に鋼鉄の体を願ったが、それで何をすれば良い?生きていくにしても、俺に戦う以外、何が出来る?


 そんな後ろ暗い考えが思い浮かんでいた。が……。


「ん、んぅ」

 ふとコクピット内部でミーティアがもぞもぞと動いた。そちらに意識を向けた時。


「や、だ。1人に、1人に、しないで」

 彼女の寝言が聞こえた。そして、同時に彼女の瞳から涙が溢れた。それが頬を伝って落ちる。


 それを見た時。俺はしばし言葉を失った。……これまでの人生、俺は殆ど1人だった。結婚もしなかったから子供や妻も居なかった。両親や兄弟は居たが、仕事が忙しかったりで頻繁に会っては居なかった。どちらかと言えば、疎遠だった方だ。そう思うと、俺は孤独だった。


 かつて孤独だった俺と、今まさに孤独な少女。……不思議な巡り合わせだ、と俺は思った。だから……。


「大丈夫だ。ミーティア、君は1人じゃない」


 俺はコクピット内部のスピーカーから、小さくミーティアに声を掛けた。すると、うなされた様子だったミーティアの表情が和らいでいく。


 その様子を見ながら、俺は思った。


『とりあえずは、彼女と一緒に居る事が生きる理由になりそうだ』と。


 そんな事を考えながら、やがて俺も周囲の警戒をコンピューターに任せ、機体をスリープモードへと移行したのだった。


     第2話 END

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異世界ロボット~~転生したらロボだったので美少女パイロットと旅に出る~~ @yuuki009

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