第9話 放課後、まだ未熟な私たちの

 朝日が昇って日が沈む。そんな当たり前の日々が数年過ぎた。

 とっくの昔に高校は卒業して、現在は大学に通いながらイラストレーターとして収入を得ている。


 高校生の時、とても中の良かった向井田くんと私は、結局卒業後も切っては切れない関係になった。それがどんな関係かといえば、いわゆるビジネスパートナーというものである。

 あの文化祭の時に発行した彼の小説は、開幕早々飛ぶように売れたらしい。売れたと言っても、お金は取っていないが。その時に、表紙の絵を見て手に取ってくれた人が多かったと認識しているようで、あの作品以降向井田くんの小説の表紙絵はすべて私が担当している。


 そしてもう一つ、ようやく叶った願望がある。


「ただいま」

「おかえり。ご飯できてるよ」

「ありがとう」


 私の気持ちに気づいているのかいないのかよくわからない彼に、痺れを切らして猛アタックした結果、貴重な照れ顔を浮かべて「もうわかったから」と言われ付き合うことになったのだ。確か、高校二年生の夏だった気がする。

 今は仕事の関係上というのもあり、一緒に暮らしている。二人とも別々の大学に行くため、あまり一緒に過ごすことはできないけれど、稀に無邪気な顔を浮かべる彼が愛おしくて、それだけで心は満たされた。


 夜ご飯が終われば、二人とも部屋にこもって自分の作業を進める。私はあと三件ほど仕事の依頼がきているので、最速で進めていかなければ期限に間に合わない。

 自分の顔より遥かに大きい液タブにペンを滑らせ、気合と根性で一枚の絵に愛情を込めながら描いていく。今回はやけにVtuberの方からの立ち絵依頼が多く、キャラバリエーションが豊富なのでこちらとしてもかなり勉強になった。

 一時間程かけて色塗りまで仕上げた頃。さああとは加工だけだと言わんばかりにやる気を手に集中させていると、自分の部屋のドアがノックされる音がした。


「あのさ、そっちで一緒に書いてもいい?」

「えっ」


 紛うことなき、向井田くんの声だった。珍しい、そんなことをあちらの方から言ってくるなんて。いいよ、と短く答えればドアが開けられ、何枚かの原稿用紙とプロットが書かれたメモ帳を手にノソノソと私の隣に座る。何だか、学生の頃の延長線みたいだな。


「何か懐かしいね、これ。よく放課後に俺の小説書くのに付き合ってくれてたじゃん」

「うん。私も思ってた」


 カリカリと綴る音、カツカツとペンが描く音。それら二つが、私たちの中で変わらないものがあることを表している。


 背もあの時より多少は伸びた。髪だって伸びた。絵の技術も、文章力も高校生の時とは格段に違う。

 だからこそ、成長しても二人の中で共通の変わらないものがあるとわかって嬉しかったのだ。


「ふふ」

「なに?」

「ううん、何でもない」


 これからどんどん大人になっていって、いずれヨボヨボのおばあちゃんになったとしても、私は夕暮れ時にあのときのことを思い出すだろう。

 そして、放課後、まだ未熟な私たちのあの時間が、何よりも大切でかけがえのない存在だったのだと、きっとずっと信じてやまないのだろう。

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放課後、まだ未熟な私たちの 明松 夏 @kon_00

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