第3話 餅に棘は刺さらない?

日が落ちて公園から子供たちの声が聞こえなくなると、住宅街は静寂に包まれる。

開いた窓からはキッチンの音や楽し気な話し声、おいしそうな匂い、中にはシャンプーの香りがする家もある。


忙しい一日が終わって、自分たちだけの空間でリラックス。最高の時間だ。


しかしそんなのお構いなしに私は全力で猫を探す。


「ねこーーーーーーー!!」


「お前、うるさい。時間考えろ」


「あっ、たしかに」


一見、常識人見えるこの私が、金髪の中学生に叱られる。


人はみかけで判断するべきではないことがよくわかる。


アユカちゃんは学校に来ないし髪を染めちゃうけど猫を本気で心配するし、夜の閑静な住宅街で騒ぐ私を叱ってくれる優しくて常識のあるいい子だ。



「アユカちゃん、猫がいそうな場所の心当たりある?」


「わかんねーよ。てかもうお前は帰っていいよ。私一人で探す」


アユカちゃんは一反の絹布のように滑らかで潤いのある髪をくしゃくしゃとかき回しながらそう言った。


「いやいやー、私にも責任はあるし、一緒に探す」


猫なんか気まぐれで寄ったり離れたりするヤツらだ。放っておいたら帰ってくるってわかってる。だけど私はアユカちゃんと一緒に猫を探したい。そうすれば彼女と仲良くなれると思うから。


「もう暗くなったし、帰れ」


彼女はいつも通りぶっきらぼうに言い放った。だけど、その刺々しい態度に包まれた言葉はとても柔らかくて優しい。


「アユカちゃん、優しいね!」


「は、はぁ?帰れっていってるだけなんだけど」


アユカちゃんはすごく困っているらしく、私を睨んでいるつもりの目が泳いでいる。


彼女は確かに刺々してる。言葉遣いとか、ネックレスのデザインとか、赤いリップとか。


みんなはその棘を見て彼女を怖がってる。彼女自身もそれをわかって、周りと距離を置くために棘を見せてる。


だけど実際、その棘が刺さった私は、傷一つない。

私にとって彼女の棘は、棘というよりは刺すと凝りがほぐれる鍼みたいなものだった。どんな凝りが私にあるかはわからないが。


「気持ち悪い、にやにやすんなよ」


「え?私そんな顔してた?」


「キモい」


アユカちゃんはあきれた声でそう言い放ち、一目散に駆け出した。

小刻みな足音を鳴らしながら、金色の頭が遠ざかっていく。


予想していなかったタイミングだったので私は完全に油断していた。

スタートダッシュが大幅に遅れてしまったが、アユカちゃんは徐々に減速していったので結局すぐに追い付いた。


「はあ、はあ、追いかけてくんなよ……」


ぜえぜえと肩で息をしながら電柱に手をついて言った。


「じゃあ逃げないでよ」


「……ふざけんな」


死にかけの金魚みたいに口をぱくぱくさせてボソボソと言った。


「ふざけてないよ。はい、じゃあ猫探し再開だよ」


「ちょ、ちょっと待って……休憩させて」


死にそうな声が聞こえて振り向くと、上目遣いで私を見つめるアユカちゃんと目が合った。どうやら首を上げる元気もないらしい。


「大丈夫?水買ってこようか?」


「いや、平気……」


「絶対平気じゃないね」


いつも白いアユカちゃんの顔が、より一層白くなっていて、髪の艶もなくなっているように見える。少し走ったくらいでここまで消耗してしまうとは、かなり心配になる。学校に行かないことの弊害はここに出ているのだろうか。


ここに放置しておいて、倒れたりされたら嫌だし、彼女を連れていくことにした。


例のごとく彼女のほっそい手首を掴み、半ば強引にコンビニに連行する。もう彼女に抵抗する気力も体力もないようで、大人しくついてきた。


ゴールデンヘアーと、がっつりと肩を出したタンクトップ、胸元のギラギラしたネックレスとダメージ受けまくりのダメージジーンズを身に纏った彼女は深夜のコンビニによく似合う。


全然悪い意味じゃない。私はこんな時間にコンビニ入ることはないから、こういう系の見た目をしたアユカちゃんがいると心強い。そういう意味だ。


「何見てんだよ」


疲れからか、その声には全く覇気がなかった。


「みてなーい」


月に光をそのまま吸い込んだような青白く艶のある肌、夜風にたなびく髪。見るなと言われてはい、わかりました。という方がおかしいと思う。

だけどそれは言葉にせずに、煌々と輝くコンビニに入った。


「よし、私が奢ったる!」


「いや、いいよ」


「遠慮しないで。だってそもそも私がいなかったらアユカちゃん走ってないでしょ」


「でも、もう落ち着いてきたし……あんま借り作りたくない」


「気にしない気にしなーい。そこで待ってなさい!」


「お、おい!」


「コーラとサイダー、どっちが好き?」


「コーラだけど、金は私が出すから!」


「おっけー!!」


 意味の伴わない返事をして、商品を抱えてレジに向かった。


私のひじにぶら下がったビニール袋には、コーラが2本と、おにぎりが五つ。


 アユカちゃんの分を差し出すと、彼女は不満げな顔をしながらも小さな声で「ありがとう」と言った。


  コンビニの前でたむろするのは学級委員的にNGなので私はアユカちゃんを連れて公園に戻った。


「おにぎりとライフガードって……センスやべえな」


「そうかな?」


確かに、おにぎりを飲み込んだ後にライフガードを口に入れると、独特な味がした。


口の中ですっぱい梅干しと甘すぎるケミカルリキッドが合体して、よくわからなくなる。

それが喉を通り過ぎて胃に落ちても、まだ残ってる。この味は中々忘れられないかも。


風が吹いた。涼しい風。まだ冬が恋しいのかな、なんて思ってしまうほどにひんやりとした風が通り過ぎて行った。


「さむっ」


「アユカちゃんの服、寒そう」


「うるせえ」


強い語気でいいながら、彼女は私に寄りかかってきた。それは反射なのか故意なのか。でも指摘したら怒ってどこかへ行ってしまいそうだ。


 

 もう一度おにぎりをかじる。コーラを飲む。酸っぱいのあとに甘いのがくる。それは甘酸っぱいわけじゃない。


 でもこの食べ合わせは悪くないかもしれない。ノースリーブから伸びた、アユカちゃんの白くて細長い腕の温度と感触が一緒なら、梅干しとコーラの味を覚えてしまっても構わない。


「おい、静かにしろ、変な音する」


「えっ?」


耳を澄ませると確かにベンチの裏側からガサゴソと音がした。


ゆっくり振り返ると、にゃー。と気の抜けた声がした。


「あ!猫!!」



アユカちゃんは猫を抱き上げて、今日一番の笑顔を見せた。


その笑顔には一本の棘も見当たらない。私は、このアユカちゃんをもっと見たいと思う。今日みたいな日を重ねて、彼女の棘を丁寧に一本ずつ引き抜いていく。


アユカちゃんに痛みを与えないように、少しずつ。


クラスメイトのケアも、学級委員の役目ですからね、たぶん。










































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ヤンキーガールとテキトーガール。 草壁 @Hitohitooooooooooooo

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