[エピローグ]


 その日、浮遊都市[兵庫]の一区画、[能勢口]は崩壊した。

 別の区画さえも侵食しようと目論見、体を伸ばしていたエンジェル群体は、基地総司令の行った自爆によって内側から爆殺四散。

 一時的にではあるが、他の浮遊都市は守られることとなった。

 しかし、それはあくまでも一時的な回避だ。

 群体と言う新たな形態を獲得したエンジェルは世界に加速的に世界に広がった。

 巨大な人型のようになったエンジェルたちは次々と世界各地の浮遊都市を襲撃。それによる混乱が爆発的に拡大する中、セラフィムすらも合体した新形態をとり、決戦を仕掛けてきた。

 人類は舞踏姫や飛翔機、例の新技術をしようした兵器を利用して抵抗を繰り返した。

 だが、元より押され気味であった人類は、天と地の両方の脅威の凶悪化に対し、有効な対策を出せなかった。

 抵抗は最後の物資を使うまで使われたが、ついに人類は敗北。全ての浮遊都市は破壊され、残骸は地面へと落ちた。

 [能勢口]が砕け散ってから、僅か四か月後のことである。

 全ての人工物は砕け、人類は少数の実が生き残り、広大な自然界へと身を隠した。

 いつ現れるとも知れない、エンジェルの脅威に怯えて。

「……調査実行中です」

 声が響く。 

 場所は深い森におおわれた山々の間で、地下にはいくつかの大きな空洞が存在する。

 そこを一人の小さな人影が歩いていた。

「敵はいまのところ確認できず」

 いくつもの空洞を抜け、進んでいく彼女の耳には、旧式のインカムがはめられている。

 その耳を持つ顔の右半分は、包帯のようなもので巻かれて応急処置がなされていた。

「…エリア12クリア」

 いつか優樹から送られたフード付きパーカーを衣服として羽織り、歩く彼女は…ニロイであった。

「エリア14クリア」

 基地総司令の手によるあの爆発の時、ニロイは崩れ行く都市と共に地上へと落下した。

 幸いにも機体が粉々になることこそなかったものの、関節部の多くは損傷し、機能は完全に停止し、壊れてしまったといって差し支えない状態であった。

 そんな彼女であったが、今は生き残りの人々に回収、修復された結果、探索用に使用されている。

「…次が、探索予定最後のエリアです」

 かつて怒った人々に、未だ使われるしかないニロイは、洞窟の最奥へと足を踏み入れる。

 そこの探索が終われば、この洞窟は安全な場所として、彼女を使う人々が村のようなものを作る予定であった。

「…当機は」

 ニロイは、ふと思う。

 自分は未だ、人のために使われている…危険な時の身代わりにされていると。

(それは…嫌なこと)

 彼女はそんな感想を持つ。

 それは、優樹の理想の押しつけを気持ち悪いと思った時と、同じようなものだ。

 人間らしさを模索し、感情を得たニロイの唯一の自由…感想と言うもの、である。

(当機は…)

 完全な自由になれない彼女は洞窟を進み、ついには最奥の領域のさらに奥、行き止まりとなる大穴へとたどり着いた。

「……」

 穴には上に都市の破片や、落ちたそれにへし折られた木が折り重なることで、その口をほとんど塞いでいる。

 間隙間からは、外に降り注ぐ太陽の光が僅かに漏れ、穴の底を照らしていた。

「…脅威はない…あ」

 穴の底にも脅威はないか。それを確認しようと視線を動かしたニロイは目にすることになる。

「これは…」

 伸びた草やツタに覆われた二つの体。

 両方に下半身はなく、片腕がない。そして、残ったそれぞれの腕は互いに繋がっている。硬く、硬く握りしめられて、だ。

 まるで、もう離れない。一緒にいようという意思を体現するかのように。二つの手は絡み合っている。

「…随分と久しぶりですね」

 ニロイは、以前行った首絞めのことを少し申し訳なく思いつつ、二人へ言葉をかける。

 それに対する答えは、当然ながらない。

「…あなたたちも、人間のせいでこうなった…のだろうか…」

 穴の底。零れ落ちる陽光に照らされ、互いの手を固く握りしめる。そうして静かに眠るのは、自由の身となった渚と凪であった。


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トゥー A HEARTS 結芽月 @kkp37CcC

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