[第四章:狂人遊戯/鎖の破壊]その7
都市が終わろうとするそのさなか。龍太郎は崩れた家に取り残されている。
(俺は…)
彼は考える。
瓦礫に貫かれた腹部から血が少しずつ流れていくのを、外の大きな揺れを感じながら、自分のやったことを考える。
(俺は……面識もない他人をあんな風に、悲しませたかったのか…?)
いいや、そうではない。そうではなかったはずだと、彼は思う。
そもそも人を悲しませるのはいいことではないと、今は裏切られたことで消えたはずの、彼の良心が言う。
(俺は、そんなことをしたかったんじゃなくて…あいつを…)
そう考えた時、彼は思い出す。
(…ああ、そうだ。俺はただ…あのときのことを)
昨夜確認した渚と凪のやりとりの記録。
それを見た龍太郎は、そこに過去の自分を見出していた。
かつて、愛していたあの人と共にいるため、必死に仕事を頑張り、そして裏切られた自分を、だ。
そして、そのときの体験を想起した。
(忘れたい過去…忘れられないなら、気持ちをスッキリさせて、気にしないようにしようとしたのか…?)
凪を、裏切ったあの人と重ね、凪に嫌がらせをすることで、裏切ったあの人を打倒した気にでもなって、嫌な気持ちを和らげようとでもしたのか。
(…。俺は…自分の気持ちを処理するために…)
龍太郎は、凪の顔を思い浮かべる。渚のことを求め、その名を必死に呼び続け、涙を流す彼のことを、考える。
(涙…)
堕ちた善人である彼は、今更になって自分の行動を振り返る。
それは、自分が間接的にとはいえ原因で、凪を泣かせてしまったこと故か。失血による死が迫り、そのために脳が生き伸びる手段を見つけるため、活性化しているせいか。
「お…れ…は」
(そういえば。渚にいろいろやった…もしかしてあれも)
龍太郎は、徐々にぼやけ始める意識の中で考える。
(俺…は。そうだ…渚に俺を重ねて…だ、から…)
思い出す。
渚は過去の自分と同じように、誰かのために行動しようとした。誰かと一緒にいようとした。
そうなると、もしかしたら。自分と同じようになってしまうかもしれないと、龍太郎は半ば無意識に考えた。
だからこそ、彼女の奉仕を拒絶し続けたのかもしれない。
「まぁ…今と、なっては……」
(分かっても、しょうがない…ことか…)
それを最後に、龍太郎の意識は途切れる。
もはや渚に捨てられた彼は、過去に囚われることしかできずにいた彼は、ここで静かに果てていく。
▽―▽
「…凪沙君」
都市が絶え間なく軋みを上げ、今にも潰されようとする中。
凪に捨てられた雲日は、一つの墓標の前にいた。
そこには、彼女の夫の名前が刻まれている。
「…凪沙君。遅くなってごめんね…」
雲日は、申し訳なさを言葉ににじませて呟く。
「本当に…」
彼女は今まで、ずっと都市を出ようとは思っていた。別に自殺願望があったわけではなく、むしろ生存したいという願望しかなかった。
それにも関わらず彼女がこの都市に残っていたのは、眼前の墓標の存在だ。
彼女は、かつて死んだ夫が眠るそこへ、いつか墓参りを思っていた。しかし、彼女にはできなかった。そうするということは、夫の死を、他ならぬ自分自身が認めてしまうことになるから。
「私は…」
どうしても受け入れられなかった。だからこそ、一度も墓を参ることができない。さらには現実から目をそらすため、あることすら始めてしまった。
…それは。
「凪を凪沙君に仕立て上げて…代わりにしようとした」
凪沙の代わりさえいれば、夫を失ったことにはならない。代替物の用意によって夫が言うという自己暗示をかけ、喪失の悲しみを誤魔化そうと、彼女はした。
そしてそれは、今までは上手くいっていた。
凪に対し、生前の凪沙と同じような行動をとるように頼み、彼がそうしていたように、昼間は歩いて助けるべき人を探し、いざとなれば…と言う状態にすることで、リアリティも加えて、だ。
だが、それは凪によって壊された。渚への思いからプログラムを破壊した彼の言葉で、幻想は砕け散ったのだ。
「…空しい、ことだね」
雲日は言う。
凪に捨てられ、墓参りに行くよう…つまりは現実を見るように言われて、彼女は気づき、思ったのだ。
現実を誤魔化そうと、代わりをしたてることが、なんて空虚な行いなのかを。
「…凪沙君にも、失礼だよねぇ…」
雲日は墓標に両手を触れる。
「…凪沙君」
彼女は、墓参りを本格的に始める。
「私は一応、元気です。凪沙君は、天国で元気にやっていますか?」
崩れた家の物置から持ってきた、彼の写真を、雲日は墓標に置く。
「…私は、あなたがなくなってしまったことを認めます」
微細だった都市の揺れは大きくなる。
「現実を受け入れます。馬鹿なことも申しません。だから」
夫の代わりとしていた、凪の叱責を受けたからか、彼女は素直に反省の言葉を墓標に投げかける。
その周りで、都市の明かりが、ついに消える。
「私がもう一度あなたのところへ行ったときには」
その時、爆発的に膨れ上がった光が、都市を包む。
「…馬鹿なことをした私を、怒らないでくれますか?」
全ては、崩れ始める。
▽―▽
都市が連続で誘爆を始める。いたるところで爆発が起き、エンジェル群体の悲鳴が上がる。
その中で、汚れや傷だらけの二人はついに出会った。
初めて出会った、あの公園の残骸の上で、だ。
「な、ぎ…!」
「渚…!?」
凪が驚きの声を上げる。
「どうして…おかしくなってたのに」
「…い、まも。なんか、おかしい、けどね」
渚は相変わらずの様子で言う。だが、その瞳は凪をしっかりと見ている。
「思、い…出したの。な、ぎを…」
「渚…!」
凪は喜びで破顔する。
「そ、れで…凪が、言っちゃ、うのが嫌って…思って」
「分かった。もういいよ」
渚が未だ異常を抱えた中、無理に言うのを理解した凪は、そういって止める。
「渚…」
彼はゆっくりと歩き、彼女の手に触れる。
「凪…」
彼女はそれに応えるように、その手を握る。
『私たちは一緒』
プログラムを破り、ついに自由の身となった二人は、寄り添う。
静かにその場に座り、僅かな時間を共に過ごすのだった。
「 !!」
エンジェル群体が叫ぶ。圧縮が完了する。
都市の全ては潰れてその形を完全に失う。
そのような状況下で、基地総司令は笑っていた。
「さぁ、いよいよですねぇ!」
ついに、エンジェル群体の末端が爆弾へ届き、それを…貫く。
その瞬間だった。
「楽しいこと、終了ですね!」
爆弾の中から、いくつものエネルギーの塊が、左右上下含めた全方向へと爆発的に広がる。
線のような無数の塊は何度も途中で割れ、その数を増やす。
どこまでも、どこまでも広がり、その道中に次々と誘爆を起こし、エンジェル群体を貫く。
そして。
「 !!!!!!!!」
無音の絶叫。エンジェル群体がそれを上げ、震えるその時。
都市は全てを巻き込み、内側より砕け散った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます