第2話 埋葬を

 両親はじいちゃんと上手くいっていなかった。じいちゃんは細かいことにまで頑固だった。楼閣に最後に帰るずっと前、じいちゃんと同居していた頃、食事の時、汁椀が手前にあると怒った。


「箸が椀に当たって、味噌汁がこぼれたらどうする」


 そう言って、怒りに怒って居間を出て行ったじいちゃんの後ろ姿を覚えている。小学生の頃の話だ。


 そうやって細かいことを気にしていたので、当時屋敷にじいちゃんの世話をしに、たまに通っていた両親はやり辛さを感じていたのだろうと思う。


 じいちゃんの他の姿は俺にとっては無害だった。


 縁側でじいちゃんは親戚が呆れて誰もいれてくれないお茶を自分で淹れて、俺の前で文句も言わず中庭の鯉を見ていた。そんなじいちゃんの隣で小説を読んでいた中学時代。


“お前には友達がいないのか”


 こういう失礼な問いを何回かされた。

その度に俺は、「いないじゃない、合わないんだ」と言うと、じいちゃんはおかしかったのかクククと笑った。


 友達のいない事がそんなに愉快なのか、その神経が分からなかったが、不快では無かった。じいちゃんだったら分かってくれる気がしていた。じいちゃんも一人だった。


 趣味は持たず、俺が来たら居間に背を向けて何かを見ている。ある夏のじいちゃんとの会話を覚えている。


「スーパーカップとガリガリ君どっちがいい」


「何味だ」


「キャラメルクッキー」


「ガリガリ君はソーダか」


「うん」


「ガリガリを貰おう」


「自分で破いてね」


「それくらいしてくれてもいいだろうに」


「それくらい自分でやった方がいいよ」


「買い食いは禁止だろ」


「家に入ってから食っているからセーフ」


「校則の穴を抜くとは卑怯な」


「じゃ、そのガリガリ返してよ」

 急いでむしゃむしゃ食べるから頭が痛くなったようだった。愉快でたまらない。


「人の不幸を笑う奴は罰が下る」


「友達が出来ない呪い?」


「そうかもな」

 じいちゃんが座っていたであろう床の上に座った。寒い、こんな気温の中よくこんなところにいたよな。大学の一年目が終わろうとしている。大学の春休みは長い、まだ一月だ。


 立ち上がり畳の間に入ろうとした時に足が何かを踏み抜いた。とうとう廊下にガタが来たか面倒だと思った。

 

 今、この家は便宜上伯父が管理している。じいちゃんに似て細かいことが気になる人で何か壊すときっと怒るだろう。ここはどうにかして壊れていないようにしなければ、さてどうやってごまかそうか。


 携帯のライトをかざして下を見ると、空洞があった。元々何も支えが無かったのか、古くなって重みに耐えることが出来なくなったからか、床が落ちたのだ。

中をかざすと大きな空間の真ん中に箱が置かれていた。ティッシュボックスの様な縦長の木の箱。


 もしかするとこれが遺言書かと胸が落ち着きをなくした。

 見つけるとここに来る理由が無くなる、それが残念に思えた。

 箱を開けると中には白い欠片が入っていた。長かったり短かったりした白い棒状の何かが数本と小さな手紙。黄ばんで開きにくいその手紙を広げるとただ

一言。


“ここは楼閣なり”


 と、書かれていた。


 帰宅し、一応両親に箱と手紙を確認させた。棒状の何かが骨なのではないかと、両親の見解だった。父の知り合いに詳しい人がいるから調べてもらおうということになり、箱を父に預けた


 何かこの箱に関して心当たりはないかと聞かれたが、何も答えなかった。

 ちょうど箱のあった辺りが生前じいちゃんの座っていた場所だったなんて、言わなかった。

 検査結果が出るまであの家には行かないようにと言われた。

 ネットで本を取り寄せている。金を使う性分ではないので、貯金はたくさんあった。本はほとんど中古なので安くで買えた。それらを見る時間がかなり与えられたので、退屈だと困ることは無かった。


 一週間も経ったことだろうか。父が血相を変えて仕事から帰ってきた。


 あの骨は二人の人間の骨だった。祖母と嬰児の骨の一部だと。父はそう言った。


 警察の手はすぐさまあの家に入った。だが、警察がいくら探しても人骨があれ以上出てくることは無かったという事実だ。ただ池のふちから今度は大福が一つ入りそうな箱が見つかった。

 箱の中身は手紙だけ、中はただ一言。


“ここは楼閣なり、ただ守るのみ”


 ずっと悩ませていた疑問が解消された気がした。おそらくストーリーはこうだ。いいところまで行ったのになぜ気づかない。楼閣は一番偉い人がいる場所だ。一番守らないといけないもの。それが平屋の楼閣たる所以だった。


 父の兄を生む前に祖父母は子を生んだ。だが、既に死んでいたので、火葬した。水子として骨は納めたが、一部は自分の所に置いておきたくて、床下の箱に入れた。


 ただ、手紙の事は説明が出来ないと大人たちは首をかしげた。俺なら分かる。体の下で守っていたのだ。少なくとも何十年もずっと。事件性は無いとして、警察も一か月くらいで引き上げた。


 誰も知らないじいちゃんの秘密。きっと誰にも理解がされない理由。これはこっそり胸にしまっておこう。

 じいちゃんは祖母と水子の上にいることが大きな意味だったのではないか。だがしかし、俺の仕事は終わっていなかった。遺言書がまだ見つかっていない。


 警察が家探ししても見つからない遺言はどこにも無いのでは無いかと父は伯父に抗弁したが、伯父はもっと床を外せば見つかると言い張り、工事が決まった。


 伯父の気持ちとは裏腹に俺はあの家から何も見つからないだろうと確信していた。

答えは書いてあったのではないか。楼閣だと。楼閣は城であり見張り台だ。答えは書いてある。もう見張りをして守っていたものは見つかった。


 祖母と嬰児の骨だ。


 結局、床をはがしても何も出てこなかった。大してじいちゃんは遺産を持っていたとは思えない。権利書を出して、業者に売るのだろう。それで金がたくさん入る。でもきっと権利書どこにあるか誰も分からない。


 それからとある弁護士事務所から連絡があった。

 じいちゃんの遺書を預かっていると。なぜ今のタイミングかとみんな思った。

 じいちゃんは「どうせ死んで一か月は落ち着かないだろう。三太(伯父)の奴は遺言書探しにかかるに違いない。それが落ち着く半年くらい後に公開しよう」と、じいちゃんの意向だった。

 内容の詳細は知らされていないが、財産は好きに分けていいが箱を二つ隠しているのでそれごと自分の骨の一部と楼閣を燃やしてほしいということだった。

 

 遺書には小さな手紙付いてあったという。


“埋葬を”と。


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楼閣なり ハナビシトモエ @sikasann

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