第8話 鉱山に巣食う影③

フェルグはマインスパイダーとより一層激しい攻防を繰り広げていた。

 気が立ち、暴走するマインスパイダーの攻撃は全てを切り裂かんとするほど激しく、鋭い。

 今は猛攻をしのげてはいるが、旗色は徐々に悪くなっている。

((あれから大分時間が立ったが、あっちは大丈夫なのだろうか?))

 フェルグが一瞬の隙を見せたその瞬間、マインスパイダーの痛烈な一撃がフェルグの剣を弾き飛ばす。

 しまった────!

 フェルグは弾き飛ばされた剣を見る。

 かなり遠くに飛ばされたな・・・・・・。

 剣を拾いに行こうにもマインスパイダーの猛攻をくぐり抜けなけばならない。

 蝕肢の攻撃が一回でも当たれば致命傷は免れないであろう。

 フェルグはマインスパイダーの攻撃を避け続けながら気を伺う。

 しかし、マインスパイダーの猛攻に隙は無く、気が付いた時には壁際にまで追いつめられてしまっていた。

 追いつめられたフェルグの命を刈り取る為に、死神の鎌が左右から迫る。

 フェルグは咄嗟にしゃがみ、攻撃を回避する。

 今なら、いけるか!?

 フェルグは瞬時に体勢を整え、剣に向かって走り出す。

 しかし何かに足を取られ、転倒してしまった。

 フェルグは自ら足を見る。

 その足には粘着性の糸がベッタリと張り付いていた。

 マインスパイダーは走り出すフェルグに向かって粘着性のある糸を発射した。それが足に命中しフェルグを転倒させたのだ。

 蜘蛛の巣に引っかかった獲物の様に動けないフェルグにマインスパイダーはゆっくりと近づいていく。

 そして蝕肢を振り上げ今度こそはと狙いを定める。

 万策尽きたフェルグは散っていった部下たちに心の中で詫びる。

 (ジョッシュ、バンド、レイール、お前たちの仇をとれずにすまない……)

 蝕肢が振り下ろされた瞬間である。マインスパイダーが吹き飛ばされ壁に激突した。

 今起こった出来事に呆気に取られていたフェルグの下にレピスが駆けつける。

「フェルグさん!大丈夫ですか!?」

「あ、ああ……これぐらいの傷なら問題ない。」

 フェルグは睨みあうマインスパイダーとゴー君に目を向ける。

 睨みあい、動かない両者の間に奇妙な静寂が流れる。

 その静寂を切り裂き、マインスパイダーが攻撃をしかける。

 周囲全てを切り刻まんとする猛攻をゴー君は避け続ける。

 しかし、会心の一太刀がゴー君を捉える。

 瞬間、凄まじい轟音が響き、砂ぼこりが巻き起こる。

「この音、直撃したんじゃないか!?あのゴーレムは大丈夫なのか!?」

「……いえ、ゴー君なら大丈夫です!」

 砂埃が晴れたその先の光景にフェルグは目を見張る。

 ゴー君がマインスパイダーの蝕肢を片手で受け止めていたのだ。

 ゴー君はそのままマインスパイダーを蝕肢ごと振り回し、投げ飛ばす。

 投げ飛ばされたマインスパイダーはすぐに態勢を立て直し、ゴー君に飛びかかる。

 蝕肢の一撃を躱して攻撃する。また躱しては攻撃する……、その攻防を見ていたフェルグは神妙な面持ちで告げる。

「確かに戦えているが……、まだ足りないな。マインスパイダーに攻撃が通じていない。」

 確かにゴー君の攻撃は当たっている、だが当たっているだけだ。

 マインスパイダーの強固な外殻を破るには至っていない。

 そんな中、再びエクストクリムの声がレピスに語りかける。

『鉄の紋章エレメントの力を解放するのだ、さすれば彼のゴーレムは更なる力を得られるはずだ。』

 レピスは意を決して杖を握り、高らかに叫ぶ。

「鉄の紋章エレメントよ、今、その力を開放し、力を授けよ!」

 レピスの叫びに呼応して、紋章エレメントが周囲に浮かび上がり、光りを放つ。

 紋章エレメントから放たれた光がゴー君の新たなる力を目覚めさせる。

 ゴー君の腕が、足が、胴体が変化し漆黒の鎧を纏った姿に変化していく。

 その手には無骨ながらも立派な剣を握り、逆の腕には頑強な盾が光り輝く。

 頭部には雄大なカブト飾りを携えた兜を被り、背中に紅のマントをたなびかせ、黒鉄の騎士が大地に立つ。

「これが……ゴー君の新しい力……。」

 ゴー君はその場で高く跳躍し、剣を高らかに振りかざす。

 振りかざした剣に力が宿り、鉄の紋章が浮かび上がる。

 マインスパイダーは蝕肢による迎撃を試みるが鉄の紋章の力を宿した一撃がマインスパイダーの蝕肢ごと外殻を打ち砕いた。

 外殻を砕かれたマインスパイダーは痛苦に満ちた咆哮を上げる。

「今が好機!」

 フェルグは暴れ狂うマインスパイダーの攻撃を躱し、高く跳躍する。

 怒りを込めた剣を外殻が砕けた腹部に突き刺す。

 剣は深く深く突き刺さり、体液が噴水の様に噴き出した。

 苦しみ、暴れ回るマインスパイダーにフェルグとゴー君は追撃をしかける。

 一つ、二つ、三つ、息の合った連携による斬撃がマインスパイダーを切り刻む。

 一人と一体の騎士の追撃によりマインスパイダーの体力は削られていき、遂にマインスパイダーの動きが止まった。

「今だ!レピス君!」

 フェルグはレピスに合図を送る。

 合図を受けたレピスは杖を突き出し、マインスパイダーへと狙いを定める。

「レピス・クスハが命ずる、炎よ、矢となり、敵を貫け!」

 直列し幾重にも重なった魔法陣の中心に炎が集中し矢を形作る。

 野生の本能か、マインスパイダーは傷だらけの体で突撃を敢行する。

 レピスは突撃してくるマインスパイダーから決して目をそらさずに中心を見据える。

 そして標準が合わさった瞬間に炎の矢が発射され、マインスパイダーを貫いた。

 炎の矢で貫かれ、内蔵を焼かれたマインスパイダーは遂に地に伏す。

 幾ばくかの痙攣の後、マインスパイダーはその生命を停止した。

「やっと倒れたか……、これほどまでに強いマインスパイダーは初めて戦ったよ。」

 フェルグが調査報告のため、マインスパイダーの死骸の一部を切り取ろうと手を伸ばした時である。

「……なんだと?」

 マインスパイダーの死骸はボロ炭のように崩れさり、完全に消滅したのだ。

 通常、魔物の死骸は早くとも一週間程で魔力が大気に還元されそれからゆっくりと大地に戻っていく。

 しかもこのような消滅に近い現象は本来ならば起こりえないはず。

 レピス達は不可解な現象に不穏な気配を感じながらもその場を後にする。

 これにてオリクト鉱山に巣食うマインスパイダーの討伐は完了した。

 レピス達は中央セントラルギルドに戻り、事の顛末を説明した。

 ギルドの受付嬢は余りの情報量の多さに、一人頭を抱えた後に、そそくさとバックヤードに消えていってしまった。

 暫くして戻ってきた受付嬢はフェルグ達にこう告げた。

「ギルドマスターのオリオドスが皆様をお待ちしております。」

 逞しい髭を蓄えた、初老の男性がレピス達を出迎える。

 男性は短く咳払いをした後に話し始めた。

「まずは貴殿らの尽力に感謝を、貴殿らのおかげでオリクト鉱山の平穏は守られた。スディラスを代表して礼を言わせてほしい。……そして犠牲となった騎士達に、心からのお悔やみを申し上げたい。」

 男性は深く頭を下げる。

「いえ、彼らは騎士として指名を全うしたまで。頭をあげてくださいオリオドスさん。」

「そうか……すまない、フェルグ殿。」

 オリオドスはレピス達を見据えながら話し出す。

「報告書の内容に関してもう少し詳しく話してくれないか?貴殿らを疑っているわけではないのだが、少し信じ難い内容なのでな……。」

 レピス達は事の顛末を事細かに説明した。しかし、レピスはゴー君のことは敢えてはぐらかして説明した。。

 正直な所、ゴー君の真の力や紋章エレメントなどわかりきっていない事が多く、かえって混乱を生むことを危惧したからだ。

 レピス達が説明を丁度終えた所でギルドの職員であろう男性が部屋に入ってきた。

 男性はオリオドスに数枚の報告書を渡して部屋から去っていった。

 オリオドスはその報告書を一読すると顔を上げた。

「……この報告書によると坑道内で巨大な生物の暴れた跡が残っていると書かれてある。どうやら貴殿らの証言と合致するようだ。」

「それでは……!」

「ああ、まだ疑問は残されているが、これにて本依頼は正式に完了された。報酬は窓口で受け取ってくれ。」

「ありがとうございます!」

 レピスは深々と頭をさげる。

 そんなレピスにオリオドスは声を掛けた。

「君は、確かレピス君だったか。少し話したいことがあってね、時間を頂けるかい?」

「……はい、大丈夫です。」

 フェルグが退室し広い室内にオリオドスとレピスとゴー君だけになった。

「突然呼び止めてすまなかったね。一つ聞きたいことがあってね。……君に魔法を教えたのはトライゼルという男であってるかな?」

「……っどうしてそれを?」

「そんなに警戒しないでくれ、そのローブへ描かれた紋章に見覚えがあってね……、もしかしてと思ったんだよ。」

「そう……だったんですね。オリオドスさんが先生のお知り合いだとは思いませんでした。」

「ああ、アイツとはちょっとした縁があってな……、ただ少し疎遠になっていたのでね、気にはなっていたのだが……。まさかアイツが弟子をとっているとはね。」

 オリオドスは思わぬ巡り合わせに目を細める。

「おっとすまない、つい一人で話してしまったね。君が鉱山のモンスター……マインスパイダーを討伐してくれたことに改めて礼を言わせて欲しい。ありがとう。」

「そんな……、あのマインスパイダーを討伐できたのはフェルグさんとゴー君がいてくれたおかげです。」

「そのゴーレムが……なるほど。」

「……?どうしたんですか?」

「いや大丈夫だよ、今日はもう疲れたことだろう。宿と簡単な食事を手配しておいた。しっかり休んで英気を養ってくれ。」

「ありがとうございます!」

 一礼をした後に部屋をでるレピスを見送ったオリオドスは独り言ちる。

「あのゴーレム……何か秘密がありそうだが……。あの子がマスターなら大丈夫だろう。」

 ◆

 レピスは紹介された宿屋が間違ってないかと何度も確認した。しかし何度確認しても目の前に立っている建物で間違いなかった。

「こんな大きなお宿だったなんて……。よし!!」

 レピスは意を決して宿屋に入る。

 受付に紹介状を見せ、チェックインを済ませる。

 通された部屋は隅々まで綺麗に清掃され、落ち着いた雰囲気で高級感のある一部屋だった。

 当然だがレピスはこの様な部屋に泊まったことなど無い。部屋の雰囲気に押され縮こまっていると、ドアがノックされる。

「お食事をお持ちしました、レピス様で間違いないでしょうか。」

「はい、間違いないです。」

 レピスが緊張しながらも返事をするとドアが開き、食事が運ばれてきた。

 焼きたてのパンとローストポークの匂いが部屋中に広まる。

「それではごゆっくりとお楽しみください。」

 ボーイが部屋から退出し部屋は再度、静まり返る。

 レピスは緊張した手付きで焼きたてのパンを手に取る。

 ほのかな温かさと柔らかい感触が手に伝わる。

 パンを一口サイズにちぎり、口に運ぶ。

 ほのかだが香ばしい小麦の香りが口いっぱいに広がった。

 ローストポークは脂身と赤身のバランスが丁度よく、香草の香りが肉の旨味を際立たせてくれている。

 あまりの美味しさに夢中で食べ続け、気が付けば完食していた。

「美味しかった……。」

 食事を終えたレピスは浴槽にお湯を張り、入浴することにした。

 お湯につかり今日一日の汚れと疲れを落とす。

 思えば濃い一日だった。フェルグとの出会い、マインスパイダーとの戦闘。

 まるで夢のような現実感の無い一日だったのだが……

「夢じゃないんだよね……。」

 レピスは浴槽からあがり、備え付けのバスローブを羽織る。

 そのままベッドの上で横になると瞼が重くなってくる。

「今日は色んなことがあったね……お休み、ゴー君……」

 レピスはブランケットに包まると、眠りに落ちていった。

 朝、目が覚めたレピスはいつもの旅装束に着替えて、次の目的地を確認していた。

「この地図によると……次はこの街から南東の方向……イグニ火山だね。行こうゴー君!!」

 レピスが次の目的地を定め出発の準備を終えた時だった。

「レピス様、朝食をお持ちいたしました。お飲み物はどういたしましょうか。」

 ボーイが朝食のパンを運んできた。

「えっと、牛乳でお願いします。」

 レピスはパンを食べ終え、朝食を済ませると受付でチェックアウトして宿を後にする。

「今度こそ……行こう!ゴー君!」

 レピスがスディラスから出発しようと街の南門へ向かっていると後ろから声をかけられる。

「貴方は工房の……!」

「嬢ちゃんが鉱山のモンスターを退治してくれたんだって!?礼を言うよ、ありがとな!」

「い、いえ私一人で退治したわけでは無くて……。」

「そうなのか?まぁそんなことより何か礼をと言いたいんだが、いかんせん今は持ち合わせが無くてな……。代わりといっちゃなんだがコレを受け取ってくれ。」

 そう言って工房の主人から渡されたそれは強い魔力を感じる鉱石だった。

「コレは一体……?」

「嬢ちゃんが倒してくれたモンスターから採れた鉱石らしいんだが、この街だと加工が難しくてな……。嬢ちゃん、イグニ火山に行くんだろ?イグニ火山のドワーフだったら加工できるかもしれんからな。」

「ありがとうございます!おじさんもお元気で!」

 渡された鉱石をバッグにしまい、レピスはスディラスを出る。目指すは溶岩に満ちた、大地の力が鼓動するイグニ火山。

 オリクト鉱山ではゴー君の能力ちからの一部を垣間見たが未だにわからないことばかり。次の目的地では一体何が待ち受けているのだろうか。

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ゴーレムでGO!転生したらゴーレムでした 葵杜蒼石 @AomoriLABO

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