第7話 鉱山に巣食う影②
「き、君!すまないがこの糸をどうにかしてくれないか!?」
「わ、わかりました!ゴー君、糸千切れる?」
ゴー君は騎士を拘束する糸を力任せに引きちぎる。
自由になった身体を動かしながら騎士はレピス達を見つめる。
それにしても変わった子だ……、ゴーレムも特別製……なのか?変わったゴーレムを連れているな。
そんな騎士の視線に気づいたのかレピスは騎士に声をかけてきた。
「あの……どうかしましたか?」
「あ、ああ、すまない。君が連れているゴーレムが少し気になってね……。っと、すまない、自己紹介がまだだったな。私はマディシア王国騎士団に所属している、フェルグ・アイオンと申す者。この度は助けて頂き感謝する。」
騎士は深々と礼をした。
「アイオンさん、ですね。私はレピス……レピス・クスハと申します。この子はゴーレムのゴー君です。」
ゴー君は腕を上げてアピールする。
ゴー君、やはり特別製なのか……。それにしてもこの大きさであの力……聞いたことがないな。
「ところで君……、レピスと言ったか、そのゴーレムはどこで……」
フェルグがレピスに話しかけようとしたときだった。
ナニかが走り回る音が洞窟内に響く。
レピス達は一斉に武器を構え、戦闘態勢をとる。
走り回る音が止み、しばらくの静寂が流れた後、ソレはレピス達の頭上から飛び掛かってきた。
急襲を躱し、レピス達はソレと相対する。
艶が無い、鈍い黒鉄色の外骨格。背部から表出した鉱物が結晶を形成している。8本の脚は強固な外殻に覆われ、蝕肢の外殻に鋭利な刃を形作る。
赤い八つの眼がレピス達を見据えた。
「マザー・スパイダー……!ゴー君、来るよ……っ!」
「先程は遅れを取ったが、部下たちの敵、今こそ取らせてもらおう……!」
フェルグは剣を、レピスは杖を握りしめマザー・スパイダーとにらみ合う。
静まり返った洞窟に天井から滴り落ちる水滴の音が響く。
無限の様にも感じた沈黙。
その沈黙を破り倒壊する石柱と共に戦いの火蓋は切って落とされた。
レピスは
フェルグは吐き出される糸の塊を避けながらマザー・スパイダーへの距離を詰めていく。
マザー・スパイダーとの距離は目と鼻の先、フェルグは速度をさらに速め、マザー・スパイダーの目の前に詰め寄る。
しかしそこはマザー・スパイダーの攻撃範囲、獲物目掛けて刃のような蝕肢を振り下ろす。
フェルグはそれを読んでいた、その場で跳びあがり、マインスパイダーの上を取る。
「やはり上空への攻撃方法は少ないようだな!」
フェルグは落下する勢いを味方に付けて背甲めがけて剣を振り下ろす。
鉄を叩いたかのような甲高い音が洞窟に響く。
やはり剣は通らないか……!
フェルグは後ろに飛びのきマザー・スパイダーから距離を取る。
その背後から小さな影が上方へ跳んだ。
ゴー君をジャンプ台にしてレピスは跳躍したのだ。
「炎よ────っ!」
上空から放たれた炎の弾丸がマザー・スパイダーを襲う。
マザー・スパイダーがひるんでいるその隙を狙ってフェルグは攻撃を仕掛けるも蝕肢に防がれてしまう。
フェルグと鍔迫り合いをしつつマザー・スパイダーは腹部後端の出糸突起から糸の弾丸をレピスに向かって放つ。
レピスに向かって迫りくる糸弾の間にゴー君は跳躍し、糸弾を全て叩き落とす。
ゴー君はそのままレピスを抱え、地面に着地する。
そこにフェルグも合流した。
「先程の炎の魔法は多少は効いてるみたいだが、奴はまだまだいけるみたいだな……。」
「やはりあの鉱石類を含んだ外殻をどうにかしないとですね……ネロースポーションは数が限られていますし……。」
レピスの発言にフェルグは目の色を変えて尋ねる。
「君、ネロースポーションをもっているのか!?」
「は、はい。一応5本ほど持っています。」
そうか、とフェルグは考え込み、レピスに願い出る。
「その一本を私に託してくれないか?」
その申し出にレピスは、
「……分かりました、お願いします!」
そう言って一本、ネロースポーションを渡した。
「有り難い……!」
そして僅かに言葉を交わし再度マザー・スパイダーへの戦闘に移った。
フェルグは再びマザー・スパイダーの前に立ち、刃のような蝕肢と剣戟を執る。
斬撃を放ち、斬撃を弾く、熾烈な斬撃の応酬。
激しい攻防の中の一瞬の隙を突き、フェルグは高く跳び上がる。
迎撃のために放出された糸をかいくぐり、背部の外殻目掛けてポーションを投擲する。
外殻に命中したポーションの瓶は割れ、ネロースポーションが飛び散り外殻を濡らす。
暫くして何かが溶けるような音が響き、マザー・スパイダーが悲鳴を上げ始めた。
ネロースポーションは鉱物類に反応し、溶かしたり軟らかくする効果を持つ。
加工が困難な鉱石や、特殊なポーションを作成する場合に使用される事が多い。
ネロースポーションはマザー・スパイダーの鉱物類を多分に含んだ外殻を溶かし、外骨格をも浸食しはじめた。
「今だ!」
レピスとゴー君は先程と同じように跳ね上がり魔法を放つ。
「炎よ────っ!」
炎の弾丸は軟らかくなった外殻を貫きマザー・スパイダーの頭胸部に風穴を開ける。
マザー・スパイダーは体液をまき散らしながら地に伏せ、やがて動かなくなった。
「や、やりましたね!フェルグさん……フェルグさん?」
フェルグは残心を解かずにレピスを制止する。
「何か……来るぞ!」
落下してきたソレはマザー・スパイダーの死骸を踏み潰して吠える。
マザー・スパイダーよりも薄い体色、マザー・スパイダーをゆうに超える体躯。外殻はより一層刺々しく生成され、巨大な蝕肢はまるで死神の鎌を思わせる程に鋭利で禍々しい。
マインスパイダーの幼体……!?しかもかなり大きい……!
落下してきた幼体は通常では考えられない程の成長を見せていた。
歪とも言える成長、溢れ出る魔力、その光景にレピスは月光の森での戦いを思い出す。
これはブラッディベアの時と同じ────?
だが、何故?オリクト鉱山の鉱石は良質といえど魔力含有量は多くはない。
故にマインスパイダーがこれ程までに魔力をため込む事は不可能に近い。
レピスの頭の中に疑問が絶えず浮かび上がるがそれを解決していく時間は無い。
杖を握りしめレピスはマインスパイダーとの戦いへと意識を向ける。
マインスパイダーはこの場にいる獲物を目定める。
男、女、鎧の有り無し、生物か無生物か、無機質に判断していく。
マインスパイダーはレピスに狙いを定め、鎌を振り下ろした。
その瞬間、ゴー君は飛び出し、間に割って入り鎌を受け止める。
レピスは咄嗟に距離を取り、魔法を放った。
レピスの魔法は直撃した。だがマインスパイダーの動きは止まらない。
「やっぱり、魔法は効かない……か」
マインスパイダーの外殻が如何に頑強でも魔法への耐性はそれほど高くはない。
だがしかしマインスパイダーは無傷。レピスは何度も魔法を放つが結果は同じだった。
ごく一部だが魔力を大量に内包した鉱石が存在しており、その鉱石から作られた防具には高い魔法耐性が付くという。
それと同じ現象が起きているのだろうとレピスは結論付けた。
相対しているマインスパイダーが強い魔法耐性を持っているのならばネロースポーションも……、その瞬間レピスは一つの策を思いついた。
レピスは叫び、応戦しているフェルグとゴー君に伝える。
「今からネロースポーションを投げつけます!避けて……ください!!」
フェルグとゴー君がマインスパイダーから距離を取った次の瞬間、投擲された複数のネロースポーションがマインスパイダーに命中し爆発する。
ネロースポーションにはある特性を持っている。それは、魔力に反応し爆発を起こすということ。
しかしそれは超高濃度の魔力に触れなければ起こりえない現象である。
つまりそれはマインスパイダーの周囲にはそれほどまでの魔力が放出されているということを示していた。
「まったく凄い威力だな!だがこの威力なら相当こたえるはず────」
次の瞬間、フェルグは吹き飛ばされた。
「コイツ……!まだ動けるのか!」
マインスパイダーは爆炎を振り払うように蝕肢を振り回しながらレピスに向かって突撃する。
一瞬の出来事にレピスは判断が遅れた。
距離を詰めたマインスパイダーは蝕肢を横なぎに薙ぎ払う。
レピスが蝕肢に切り裂かれそうになった瞬間である。
ゴー君がレピスを突き飛ばし身代わりとなって吹き飛ばされたのだ。
「ゴー君────」
しかしレピスも降り戻された蝕肢に吹き飛ばされた。
幸いにも蝕肢の背の部分での打撃だったため切り裂かれはしなかったがダメージは大きい。
レピスは地面に倒れ伏せ、立つことができない。出来ることと言えば意識を繋ぐことがやっとだった。
立ち直したフェルグがマインスパイダーの前に立ちふさがる。
マインスパイダーはフェルグを見据え蝕肢を構える。一呼吸の後、再びマインスパイダーとフェルグの剣戟が始まった。
激しい剣戟の最中、レピスは傷ついた身体を引きずりながらもゴー君のもとに向かう。
「起きて……ゴー君……!お願いだから立って……、ゴー君……!」
ダメージを受けて機能を停止したゴー君に力の限り呼びかける。
しかし反応は無い。
「起きてよ……ゴー君……」
うなだれるレピスの瞳から光の粒が零れ落ちた。
零れ落ちた光の粒はまるで水面に広がる波紋の様にゴー君の全身に広がっていく。
光はゴー君の胴体の中心に刻まれた文字の様な模様に集まり更に強い光を放ち始めた。
その光に呼応するかのようにマザー・スパイダーの死骸も輝き、胎動する。
マザー・スパイダーの死骸が放つ光は背部に残っていた結晶に収束していき、光の球となってゴー君とレピスの下へ飛来する。
レピスは導かれるように、目の前の光の球へと手を伸ばす。
光の球に手が触れた時、光の球は更に強く輝き、レピスの脳内にエクストクリムの声が響く。
『それが君達の旅の目標の一つである、
「これが鉄の
光の球は収縮していき、やがて手のひらに収まる程までに小さくなった。
レピスは光の球を沈黙するゴー君の身体に押し込み、叫ぶ。
「レピス・クスアの名をもって命ずる!立ち上がって!ゴー君!」
その叫びに応える様にゴー君の瞳に光が灯る。
再起動したゴー君はジッとレピスを見据える。
「ゴー君……っ!……そうだね、行こう!」
レピスは涙を拭い、杖を握りしめ、立ち上がる。
鉱山に巣食う影を打ち倒す為に。
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