これからの僕の生き方
クラフトドールがアンチドールを倒し、この世から怪人は消えた。
直後こそ怪人の再出現が懸念されていたが、二ヵ月も立つ頃にはその脅威も徐々に忘れ去られつつあるようだった。
第二第三のパル・パトが現れることもなく、僕としても安心している次第である。
さて、そんな中にあって僕とカミナの関係はというと。
「このどの土曜に買い物に行こう!」
「部活があるから、無理!」
まあ元通りと言えば元通り、といったところだ。
いつも通りに二人でテーブルに向き合いながら夕食を食べて。
なんでもない会話をして、一緒にどこかに行こうと誘っては冷たく、しかしにこやかにあしらわれる。
抱擁を求めた結果殴られることもある。
ケンカの直後こそどう接していいやらお互いに分からず、しばらくは気まずい思いをしたものの、そこは僕とカミナの切れない縁。
徐々に会話が増え、今では禍根もなく、だ。
……少なくとも僕の中では。
カミナは空手部に復帰して、友達ともよく遊ぶようになった。
クラフトドールとしての活動のために我慢していたことを、またやるようになった。
笑顔が増えた気がするので、まあよかった。
その分一緒に過ごす時間は減ってしまったが、まあそこに縛り付けるのはエゴだろう。
僕もいい加減妹離れすべきということか。
「そうか……残念だ」
「来月テストが終わったら行きたいとこあるから、付き合ってね」
「お、お、おう!!」
あ、無理。
妹離れなんてしばらく無理。
一生分くらいしばらくは無理。
にこやかになんでもなく出てきた提案だけで舞い上がってしまうのだから。
とはいえ、やはりカミナはいつまでも僕に守られる存在ではないし、僕自身もカミナをずっと守っていける人間ではない訳で。
やはり遅かれ早かれ必要なことではあるんだよなあ、と思いながら、食べ終えた食器を流しに持って行くカミナの背中を目で追う。
ま、ま、ま。
おいおい、ね。
おいおい。
部屋の中でパソコンに向かいながら、クラフトドールのマスクを手に持って眺める。
文字通り頭を抱えている状態。
そんなことを考えていたら、丁度デスクトップ上を適当に流していた動画の中で笑い声が起きた。
さて、デスクとベッドと本棚以外の物は、服と共にクローゼットの中に押し込んでしまっている僕の部屋は、大抵広々と床が見えているのだが。
今日はそのフローリングが、クラフトドールとアンチドール、二体のヒーロースーツによって塞がれてしまっている。
カミナをデートに誘ってフラれた休日。
僕はこの日をクラフトドール解体の日と定めた。
全てが終わったなどと言っておいて、二ヵ月以上もクラフトドールの解体作業に着手しなかったのには理由がある。
一つは、また怪人が出てこないか様子を見ていたから。
パル・パトの野望パートツーはもちろん、怪人づくりの技術を盗用した第二第三のパル・パトを警戒していたのだ。
もちろん森本の家にあった怪人制作装置は完全に破壊し、後日普通にマンションの入り口からお宅訪問して、怪人制作装置を構成していた部品が全て粗大ごみもしくは不燃ごみとして家を出て行ったことを確認した。
他に怪人を作る技術が流出するルートもなし。
とはいえ、前回も大丈夫だろうと油断していたら怪人が出てきたので、念には念を入れてスーツは取っておいた。
リスクヘッジは適切に、だ。
結果、時期的にはもう解体して大丈夫だろうと判断するに至るが。
まあそこで二つ目の理由。
なんというか、単純に、愛着というか。
妹のために作った道具に過ぎないはずのクラフトドールを捨て難く、今日までズルズルと解体の日を伸ばしてしまっていた。
まさか自分がこんなに感情移入をしてしまうとは。
少々意外に思いながら、デスクトップの動画をぼんやりと見て、また頭を抱える。
このまま置いておくという案もあるにはあったのだが、母さんに見つかったらと考えるとリスクが高い。
それにこのスーツは、捉えようによってはカミナにとって呪いだったわけで。
今後のカミナとの関係を考えるとやはり処分しておこうという結論に至らざるを得ない。
僕にとってはカミナと一緒に楽しく過ごすことが第一優先事項なのだから。
一つ大きくため息をついて、デスクに広げていた道具類を手に取る。
出来るだけ目を合わせないようにしながら、まずはマスクを解体していく。
再利用できるものは保管場所を考えながらとりあえず段ボール箱へ。
捨てるものは分別しながら袋へ。
少しのんびりしすぎたようで、全てを解体し終える頃には日が傾いていた。
一仕事終えて、居心地の悪い疲労感に包まれて思わずベッドに寝転んだ。
眼鏡をはずし、ぼんやりとした視界で影になった天井を見つめる。
怪人に引き続き、クラフトドールは完全にこの世から消え去った。
クラフトドールの存在も、怪人の存在も、忘れられていくのだろうか。
そういうものがいた、ということは覚えていても、何をしていたかとか、その時に何を思っていたかとか、どういう結末を迎えたかとか。
そういうことはどんどん忘れられていくんだろう。
だとしたら、怪人やクラフトドールは何か影響を残すことは出来ていたのだろうか。
いや、別に何も残らなくてもいいか。
ひとつ残らず覚えているなら、きっとカミナは僕を許さないだろうし。
さて、片付けをしていたら夕食を作りそびれたので、近くのスーパーまで惣菜を買いに行くことにした。
母さんは今日も遅い。カミナは部活の後に友達と出かけるそうだ。
暗くなり始めた道を自転車で進んでいたら、すれ違った男が丁度目の前で空き缶を放り捨てた。
缶が落下して転がったあたりに自転車を止め、のたのたと歩く男の背中をしばらく睨みつける。
怪人がいたら真っ先にターゲットになっていたであろうその男をみて、一つため息。
それから空き缶を拾って自転車のかごに放り込む。
スーパーに着くと、さっさとその空き缶をゴミ箱に放り込んだ。
まあこれくらいでいいだろう。
これが僕なりの正義の使い方、ということでどうか一つ。
自動ドアをくぐろうとしたところで、カミナから電話がかかってくる。
「ちょっと早めに切り上げたから、今から帰るね」
聞き慣れた声に、思わず笑みがこぼれる。
夕食の準備のことを考えてくれたのだろう。
今から買い物をして帰ればいいぐらいの時間になるだろう。
激動などなく、ただ頭の中でぐるぐると、様々なことに考えを巡らせながら。
電話の向こうの妹を思い浮かべて。
そんな日常を背負いながら答える。
「大丈夫だ、いつでも帰ってこい」
妹のためのヒーローの使い方 甘木 銭 @chicken_rabbit
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