おでん(女のコンビニ店員に恋するラブコメです)

浅野浩二

第1話

おでん(女のコンビニ店員に恋して、おでんを買い続けて死んだ男のラブコメです)


大東徹は、体の弱い、孤独な男だった。

シャイで、憶病で、内気で、友達なと、一人もいなかった。

彼は、孤独には、強かった、とも言えるかもしれないが、女の友達は、欲しくて欲しくて、しょうがなかった。

しかし、彼は、シャイなので、彼女の、作り方を知らなかった。

性格が、憶病なので、女に声をかけることなど、とても出来なかった。

彼は、今までの人生で、彼女を、一度も、もったことが無い。

彼は、腕を組んで、町を歩いている、カップルを見ると、

「はあ。僕も、きれいで、やさしい、彼女が欲しいなあ」

と、溜め息をつくのであった。

彼は、自律神経失調症だった。

彼は、便秘と、不眠との戦いの毎日だった。

そのため、ほとんど、毎日、アパートから、車で、20分くらいの所にある、整形外科医院に通っていた。

もっと近くにも整形外科医院は、あるのだが、そこの医院は、リハビリの医療器具が、たくさん、そろっていたからである。自律神経失調症だと、肩が凝ったり、色々な部位の、筋肉が、凝ったり、して、そのための、電子針とかがあり、また、アクアベッドという、細かい振動をする、ベッドがあり、それは、全身の筋肉の緊張を、ほぐす効果が、あったが、その細かい振動によって、便意が起こってくれる、ことが、よくあった。からである。

アパートから、整形外科医院へ、車を運転することによっても、車の振動で、便意が起こることがあった。

それで、ほとんど、毎日、その、整形外科医院に通っていた。

アパートから、整形外科医院の間には、いくつも、ローソンや、セブン・イレブンや、ファミリーマート、ミニストップ、などの、コンビニがあった。

医院からの、帰りには、腹が減ることもあり、コンビニに寄ることも、多かった。

コンビニでは、ブルーベリーのヨーグルトや、食物繊維の多い、サプリのブルーベリーの玄米ブランなどを買った。

買う店は、いつも、大体、決まっていた。

アパートに近い、コンビニである。

ある日のことである。

彼は、整形外科医院には、多くは、午前中に、行っていたが、その日は、午後に行った。

午後の、受け付けは、6時30分で、受け付け時間、ギリギリに行った。

首の電子針、と、腰のトプラと、ウォーターベットの、3つの治療を受けた。

一つの治療時間は、10分で、合計、30分である。

診療報酬の関係で、リハビリの治療機器は、3つまでしか、受けれなかった。

どんな、治療を受けても、自律神経が安定する、効果があった。

医院は、混んでいる時もあれば、わりとすいている時もあった。

その日は、1時間くらい、かかり、帰りは、7時30分を過ぎていた。

しかし、帰りの道で。

いつもの、アパートの近くの、コンビニでは、この時間では、遅くなると、ブルーベリーのヨーグルトは、売り切れになることが、ある。

なので、彼は、手前に見えるローソンの駐車場に、車を入れ、コンビニに入った。

彼は、このローソンには、一度も、入ったことがなかった。

「いらっしゃいませー」

澄んだ、美しい女の店員の声がした。

彼は、チラッと、その店員の方を見た。

彼は、びっくりした。

なぜなら、その店員は、まるで、天女かと、見間違うほど、美しかったからである。

その笑顔も、天真爛漫で、明るかった。

彼女は佐々木希の100倍、美しかった。

彼は、あまりの綺麗さに頭がクラッとして、一目ぼれしてしまった。

彼は、顔を赤くして、ブルーベリーのヨーグルトと、ブルーベリーの玄米ブランを、レジに出した。

そして、手を震わせながら、千円札を出した。

彼女は、ニコッと笑って、千円札を、受けとった。

彼女は、凛とした眼差しを彼に向け、笑顔で、

「ただいま、おでん全品70円均一セール中です。いかがでしょうか?」

と聞いてきた。

彼は、彼女の勧誘にひきずり込まれてしまっていた。どうして彼女の勧誘を断ることなど出来ようか。

「で、では、下さい」

彼は、酩酊した意識の中でこう答えた。

「ありがとうございます。何に致しましょうか?」

彼女は、嬉しそうに聞き返した。

「あ、あの。全部、下さい」

彼は、酩酊した意識の中で、そう答えていた。

「はっ?」

彼女は顔を上げ、彼の顔を疑問に満ちた目で訝しそうに覗き込んだ。

「あ、あの。何と何でしょうか?」

彼女は、眉間に皺を寄せて聞いた。

「あの、ですから全部です」

レジの横のおでんの、大きな鍋には、大根、ゆで卵、白滝、こんにゃく、がんもどき、さつま揚げ、焼きちくわ、ちくわぶ、ロールキャベツ、牛すじ、ごぼう巻、昆布巻、はんぺん、などか、それぞれ、七個くらいづつ、鍋一杯にぐつぐつ煮えていた。

彼女は、当惑した表情で、箸で、おでんをすくって、大きな容器に入れていった。

「あ、あの。本当に、いいんでしょうか。お客さま」

「ええ」

彼女は、困惑した表情て、おでんを、大きな、容器に、入れていった。

ついに。おでんの鍋は、空っぽになり、おでんを入れた大きな容器が16個、レジに置かれた。

「いくらでしょうか?」

彼は聞いた。

「あ、あの。12300円です」

彼は12300円、レジに差し出した。彼は、おでんの容器を車に運び出した。

「あ、あの。お客様」

彼女は声をかけた。

「はい」

彼は彼女に呼び止められて、立ち止った。

「あ、あの。何か、私が無理に勧めてしまったようで申し訳ないです」

女店員が言った。

「い、いえ。そんなことないです。僕、おでん、好きですから」

大東は、顔を赤らめて言った。

「でも、そんなに食べられるんですか?」

女店員が聞いた。

「ええ。食べられます」

そうは言ったものの、彼は、とても、そんなに、たくさんの、おでんを食べられる自信は全くなかった。

おでんを全部、車に運ぶと、彼は再び、店にもどって、レジに行った。

「これ。少ないですけど・・・」

と言って、彼は、彼女に一万円札のチップを渡した。

ここは日本である。チップを渡す習慣はない。

そして、店を出て、車に乗った。

「あっ。あの。お客様」

そう言って、彼女は、店を出て、彼を追いかけてきた。

彼は急いで、車のドアを閉め、車のエンジンをかけた。

彼女が、金魚のように口をパクパクさせて車をノックするので、彼は、仕方なく車の窓を開けた。

「なんでしょうか?」

彼が聞いた。

「あ。あの。お客様。こんなに頂くわけにはいきません」

そう言って彼女は、一万円を返そうとした。

しかし彼は手を振った。

「いいんです。僕のほんの気持ちです。どうか、受け取って下さい」

そう言って彼は、彼女の手を押し返した。

「それよりも・・・」

そう言って彼は、一瞬、言葉を出しためらったが、

「あ、あの。また、来てもいいでしょうか?」

と彼女に小声で言った。

客が店に商品を買いに来るのを拒む理由は、どこを探してもない。それで彼女は、

「は、はい」

と答えた。しかし、その顔は赤らんでいた。

「うわー。嬉しいな。では、また、必ず来ます」

そう言って彼は、嬉々として、車を出した。

彼は、家に帰って、おでん、を食べた。

はじめは、美味しかったが、だんだん、腹一杯になってきたが、それでも、彼は食べ続けた。

そして、全部、残さず、食べた。

食べ終わった後は、腹がパンパンに張って、動くことが出来なかった。

その日から、翌日も、その翌日も、雨の日も、嵐の日も、彼は、彼女に、会いたさに、コンビニに行った。

そして、彼女の、おでん勧誘の言葉に従って、おでん、を全部、買っていった。

彼は、どんどん太っていった。

晩年のエルビス・プレスリーのように。

それでも、彼はおでんを買い続けた。

ある日のことである。

彼は、おでんの食べ過ぎで、体を壊し、フラフラな状態だった。

彼は、いつものように、ブルーベリーのヨーグルトと、ブルーベリーの玄米ブランを、レジに出した。

女店員は、青ざめた顔をしながら、

「あ・・・、あの・・・。ただいま・・・おでん全品・・・70円均一・・・セール中・・・です。あ、あの・・・いかが・・・」

彼女は、そう、つっかえ、つっかえ、言いそうになった。

すぐに彼は、

「では、下さい。全部」

と言った。

「あ、あの。お客様。無理なさらないで下さい。お客様には、このセリフは言いたくないのです。ですが、お店に来るお客様には、必ずそう言うように、と店長に言われているので、言わないと、私、店を辞めさせられてしまうので、仕方なく言っているのです。私の本意ではありません」

彼女は、あせって、早口でそう言った。

「それに、おでん、の売れ行きがいいので、店長が、喜んで、たくさん仕入れるもので、一介の店員である私には、店の仕入れに口をはさむことは出来ないんです。許して下さい」

女店員は、必死の形相で訴えた。

「いえ。いいんです。気にしないで下さい」

大東は、微笑して言った。

女店員は、泣きそうな顔をしながら、おでんを、大きな容器に移していった。

容器は15個で、おでんの鍋は、空っぽになった。

彼は、それを、車に、運ぼうとした。

しかし、その時、すでに、彼は、おでんを運ぶ体力もなくなっていた。

彼は、おでんを、フラフラした足取りで、車に運ぼうとした。

しかし、一個目の容器を運ぼうとした、その時である。

彼は、ドッと床に、倒れてしまった。

容器の中の、おでん、が、床に散らばった。

「お、お客さん。大丈夫ですか?」

女店員が、急いで、駆け寄ってきた。

「え、ええ。大丈夫です」

大東は、微笑して言った。

「そんなこと、ありませんわ。待っていて下さい。今すぐ、救急車を呼びます」

そう言って彼女は携帯電話を取り出して119に電話した。

ピーポー、ピーポー。

けたたましいサイレンの音が鳴って、すぐに救急車が到着した。

「この方ですね。危篤の方というのは」

救急隊員が言った。

「わかりました。では、すぐに、受け入れてくれる病院を探します」

そう言って、救急隊員は、本部に連絡をとった。

しばしの後。

「受け入れ病院が見つかりました。茅ヶ崎徳洲会病院です」

救急隊員が言った。

「あ、あの。私も乗せて連れて行って頂けないでしょうか?」

玲子が聞いた。

「あなたは、この患者と、どういう関係の方なのですか?」

救急隊員が聞いた。

「あ、あの。この方が、体を壊した原因に関わっている者です」

玲子が言った。

「そうですか。では、いいでしょう」

ピーポー、ピーポー。

大東と彼女を乗せた救急車は、すぐに通行中の車をかき分けながら、茅ヶ崎徳洲会病院についた。

「大東さん。死なないで」

そう言って、彼女は、大東の手をギュッと握りしめた。

大東は、病院のストレッチャーに移し替えられた。そして、すぐに、ICU(集中治療室)に運び込まれた。

すぐに「手術中」の赤いランプが点灯した。

しばしして。

医師が憔悴した顔つきで出て来た。

「先生。大東さんは、どうでしょうか?」

玲子が聞いた。

「あなたは?」

医師が玲子に聞いた。

「付き添いの者です」

「そうですか。・・・まことに申し上げにくいことですが・・・最善の手は尽くしたのですが・・・残念ながら、助かる見込みはありません」

医師が言った。

「死んだのですか?」

玲子が聞き返した。

「いえ。まだ、意識はあります。しかし、あと一時間か、二時間が山でしょう。お会いになられますか?」

医師が聞いた。

「ええ。ぜひ」

彼女はICU(集中治療室)に入った。

「大東さん」

彼女は、まろぶように大東に駆け寄った。

大東には、点滴が取り付けられ、口には酸素マスクがとりつけられていた。

モニター心電図が、ピコーン、ピコーン、と心臓の律動の波形を示していた。

そして、医師一人と、三人の看護師が、大東を取り囲んでいた。

「大東さん」

彼女は、大東の手をヒシッと握りしめた。

「何か、お話になられますか?」

看護婦が聞いた。

「ええ」

玲子は二つ返事で答えた。

看護婦は、大東の酸素マスクを外した。

「・・・や、やあ。玲子さん」

大東は、息も絶え絶えに言った。

「大東さん。どうして、私と付き合って、と言ってくれなかったんですか。私は大東さんが好きですし、それは、大東さんも感じておられたと思います。どうして言ってくれなかったのですか?」

玲子が聞いた。

「どうしても、・・・ハアハア・・・言えなかったんです」

「なぜですか?」

玲子が聞いた。

「あ、あなたは・・・ハアハア・・・若い。僕とは・・・ハアハア・・・歳が離れ過ぎている」

「歳なんて、たいした問題じゃありません。加藤茶と綾菜は45歳も歳が離れているのに、結婚したじゃありませんか」

玲子は、唾を飛ばしながら言った。

「・・・ず、ずっと以前のことですが、ハアハア・・・あなたが、店で男のアルバイトの人と親しく話しているのを、・・・ハアハア・・・私は見て知っています。彼は、・・・ハアハア・・・あなたに、『玲子。今度の日曜、箱根ユネッサンに行こうぜ』と言って、あなたは、『うん』と嬉しそうに返事していました。あの人は、その後、店を辞めたようですけれど、・・・ハアハア・・・彼は、あなたの恋人でしょう」

大東が聞いた。

「・・・い、いえ。彼は単なる、大学の同じサークルだった単なる友人です。恋人というほどの仲ではありません」

玲子が、そう答えた。

「そうだったんですか。ははは・・・ハアハア・・・信じましょう・・・。僕は、・・・ハアハア・・・ともかく・・・ハアハア・・・あなたと彼との関係を壊したくなかったんです。だから、・・・ハアハア・・・僕があなたと、付き合う方法は、・・・ハアハア・・・おでんを買うことしか、なかったんです」

大東は、息も絶え絶えに言った。

「でも、おでんを全部、買って、それを全部、食べるなんて無茶苦茶ですわ」

「そうでしょうね。ははは。僕も・・・ハアハア・・・自分でもバカだと思っていました。・・・でも、あなたが、よそってくれた、おでんを捨てることは、・・・ハアハア・・・どうしても出来なかった」

「優し過ぎます。大東さん」

「・・・ハアハア・・・そうかも、しれませんね。でも、・・・ハアハア・・・あなたに看取られて死んでいけるのは、・・・ハアハア・・・最高に幸せです」

「死なないで下さい。大東さん。あなたは、死んではならない人間です」

「ぼ、僕には・・・ハアハア・・・二千万円、貯金があります。あ、あなたに、・・・ハアハア・・・全部あげます。・・・ハアハア・・・どうか、・・・ハアハア・・・彼と、・・・ハアハア・・・幸せになってください」

「大東さん。大東さんのくださった、そのお金を使って、私が、幸せになることなんて、とても出来ません。度を過ぎた、優しさは、残酷です」

玲子は、涙を流して、訴えた。

「い、いえ、・・・ハアハア、・・・気にしないで下さい・・・ハアハア・・・あなたの・・・幸せが・・・ハアハア・・・僕の・・・ハアハア・・・幸せ・・・ハアハア・・・なんです」

そう言うや、大東は、意識を失って、ガクッと、首が横に傾いた。

「どいて下さい」

そう言って、医師が、玲子を大東から、引き離した。

そして、医師は、彼の耳元に、顔を近づけた。

「大東さん。大東さん」

医師が、大東の耳元で、怒鳴るように、叫んだ。

しかし、大東は、全く答えない。

医師は、大東の頬をピシャピシャ叩いた。

だが、反応は無い。

医師は、グリッと、拳で思い切り、胸を押した。

だが、反応は無い。

「意識消失。JCS300」

医師が、確認の合図のように、言った。

「先生。血圧が、下がりだしました」

男の看護師が、心電図のモニターを見て、言った。

「心臓マッサージだ。私がやる。ボスミン6ml入れろ。対光反射を調べて」

そう言うや、医師は、大東の胸に掌を重ね合わせて、当て、肘を突っ張って、物凄い激しい勢いの全身のピストン運動で、心臓マッサージを開始した。

看護婦が、急いで、輸液からつながっている点滴チューブの、三方活栓から、薬液を注入した。

「ボスミン6ml、入れました」

看護婦が言った。

「対光反射、(+)です。が、さっきより弱くなりました。血圧が、どんどん下がって行きます」

ペンライトを、大東の目に当てていた看護師が言った。

「気管挿管だ。私がやる。その間、心臓マッサージを、代わってくれ」

医師が言った。

「はい」

医師は、心臓マッサージの手を離した。

代わりに、看護師が、心臓マッサージを、始めた。

医師は、患者の口を大きく開けて、マッキントッシュの喉頭鏡を口に突っ込んだ。

そして、気管チューブを口の中に、スタイレットと共に、挿管していった。

その姿は真剣そのものだった。

医者は、スタイレットをとった。

「シリンジをつけて」

医師が、言った。

「はい」

看護師が、挿入した気管チューブに、シリンジをつけた。

医師は、聴診器を大東の胸に当て、シリンジを押して、気管チューブに、空気を送り込んだ。

そして、次には、腹に、聴診器を当て、シリンジを押して、気管チューブに、空気を送り込んだ。

「よし。ちゃんと、気管に入った。私が、心臓マッサージをやる」

そう言って、医師は、看護師に代わって、心臓マッサージを、始めた。

「先生。血圧が、上がりません」

看護師が言った。

医師は、必死で心臓マッサージを続けながら、

「ボスミン12ml、追加注入」

と、言った。

看護婦が、急いで、三方活栓から、薬液を注入した。

「ボスミン12ml、入れました」

看護婦が言った。

「対光反射は?」

医師が聞いた。

「ありますが、弱くなってきいてます。血圧も、どんどん、下がっていきます」

看護師が言った。

「あっ。先生。心電図が異常です。心拍数が減ってきました」

看護師が言った。

ピコーン、ピコーンと、鳴っていた、心電図の波形の間隔が、だんだん、そして、どんどん、長くなっていった。

それでも、医師は、心臓マッサージを続けた。

しかし、ついに、心電図が、ツーと平坦になった。

「ああっ。死なないで。大東さん」

玲子が叫んだ。

しかし、医師が、いくら、激しく、心臓マッサージを、しても、心電図は、ツーと、平坦のままだった。

それでも、心臓が、動き出すのを、一抹の期待をかけてか、医師は、心臓マッサージを、続けた。

しかし、いくら、心臓マッサージを、続けても、心電図は、いつまでたっても、ツーと、平坦のままだった。

「先生。瞳孔が完全に散大しました。対光反射も、消失しました。」

看護師が言った。

それを聞いて、とうとう、医師は、心臓マッサージのピストン運動を、やめた。

そして、自分で、睫毛反射と対光反射を調べた。

そして•聴診で心音・呼吸音がないことを確認した。

そして、頸動脈を触れないことを確認した。

医師は、おもむろに、玲子に、振り向いた。

「ご臨終です」

医師が恭しく言って、玲子に一礼した。

「ああっ。大東さん」

玲子は、ワアワア泣きじゃくりながら、大東の手をギュッと握りしめた。

大東の顔には、微かな微笑が浮かんでいるように見えた。

「大東さん。大東さんのくださった、そのお金を使って、私が、幸せになることなんて、とても出来ません。度を過ぎた、優しさは、残酷です」

「あーん。あーん」

玲子は、泣きながら、彷徨うように、フラフラと病院を出た。

病院の前には、大きな車道があった。

玲子は、その車道を、渡ろうと歩き出した。

横断歩道の信号は、赤だというのに。

泣いて目が曇っていたのだろうか。

大型のダンプカーが、ゴーと、勢いよく、やって来た。

玲子は、それに気づいて、ダンプカーをチラッと見たが、足がすくんでしまったのか、動かなくなってしまった。

ダンプカーは、急ブレーキをかけたが、間に合わなかった。

バーン。

玲子は、はねられ、勢いよく、吹っ飛ばされて、アスファルトの地面に叩きつけられ、頭部を激しく打った。

即死だった。

玲子の死体は、病院に運び込まれ、死体安置所に置かれた。

大東の死体も、玲子と並んで、死体安置所に置かれた。

翌日の新聞の三面記事に、小さな記事が載った。

「おでんを食べ過ぎて死んだ男と、自殺したコンビニエンス・ストア―の女店員」

という見出しだった。

「バカな男と、女だ。男は、おでんの食い過ぎで、死に、女は、つまらんフリーターで、バカな男のために、ほとんど自殺したんだからな」

と、世間の人々は、嘲笑いました。

天上から地上を見ていた、天の、神さまが天使たちの二人に、

「世界中で最も貴いものを、二つ持ってきなさい」

と言いました。

天使は、フランスに、向かおうとしました。神さまは、

「こらこら。お前たちは、どこへ行こうとするのだ?」

と聞きました。二人の天使は、

「はい。金箔を剥された、幸福な王子の像、と、それを、貧しい人達に運んで、エジプトに渡り損ねて死んだ、一羽のツバメこそが、この世の中で最も、貴い物だと思います」

と言いました。

神さまは、手を振りました。

「あれは、オスカー・ワイルドの、作った、作り話しだ。そんな物、ありはしない」

と、諌めました。

天使たちは、神さまに、諭されて、しばし、迷って、キョロキョロと、世界を見回していましたが、すぐに、顔を見合わせて、無言で、頷き合いました。そして、急いで、日本に向かいました。

そして、二人の天使は、おでんを食べ過ぎて死んだ、愚かな男と、コンビニの女店員の屍骸を、天国に、持ってきました。

神さまは、

「よく選んできた。お前たちの選択は正しかった」

と言いました。

「天国の庭園でこの二人の男女は、手をつないだまま、永遠に安らかに眠るだろう」

と神さまは、言いました。




平成28年1月28日(水)擱筆

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おでん(女のコンビニ店員に恋するラブコメです) 浅野浩二 @daitou8

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ