その5

「みぃぎゃああああああっ!」

 崩壊した屋敷の庭に、怪物の叫びが響く。

 三度変異の悲鳴をあげる肉塊だった。

 全体が赤黒く変色すると、全体的に縮んでいく。


 二階の屋根まであった巨体が、二階の窓の下まで縮んでいた。

 赤くなった体の中に、何か臓器のようなものが透けて見えた。

 激しく脈打つそれは、巨大な心臓のようにも見える。

 色を変えた肉塊が内側からめくれ、焼きたてのオムレツのように、まるでオムライスにのせるトロトロの卵のように、むりゅんとけた。

「それを待ってた」

 男がニヤリと嗤い、目を光らせる。


 卵から孵化するように、肉塊から人型の魔人が這い出る。

 野獣を思わせる、獅子にも似た頭部。

 人に似た筋肉質な四肢を持つ身体。

 先程まで伸びていたモノとは違い、人に近く太い腕。

 その腕の先には、手ではなく、サーベルのような刃物が生えていた。

 

 嬉しそうに刀を地面に刺し、そのまま無手で男が駆けだす。

 2mを越える魔人へ、素手の男が駆け寄る。

 日本刀では、単純に長さが足りない。

 瞬時に判断した男は、刀を捨てて走る。

 伸びてくる腕をすり抜けるように躱しながら。


 黒い殺意が、男の意識を染めていく。

 それ以外の感情を捨て、純粋な殺意だけに染まる。

 魔人の目前で、男の左手が後ろへ伸びる。

「リトっ!」


「あい」

 屋敷を破壊するような巨体から、異形の魔人が生まれ出た。

 そんな死地でも、当たり前のように幼女は、いつもそこに居た。

 リトが屈み、背に負った太刀の柄が、伸ばした男の手に握られる。

 滑る様に、淀みなく、屈んだままのリトが後ろへさがる。


 互いの動きを当たり前の事だと、信じ……いや、疑いもなく命を懸ける。

 後ろへ伸ばした腕が、大きく弧を描く。

 男の右手が野太刀の柄を握る。

 そのまま魔人の脇を駆け抜けた。


 一閃


 巨体を両断する勢いで、野太刀が閃光となる。

 肉塊の核となっていた、元伯爵だったものを切り裂く。

 脇の下から入った刃が、魔人の胸から肩まで抜ける。

 実は首を刎ねようとした男だったが、狙いがずれて胸と片腕ごと両断した。

 巨体から獅子のような頭が落ちる。

 ドロドロと溶けるように、肉塊は崩れ消えて行った。

「はぁ~……また汚いものを斬ってしまった。帰って手入れだリト」

「うぃ~」


「いやぁ、連れ帰る事が出来ずにすみませんねぇ」

 王都の屋敷に戻った男の元に、エミールが顔を出していた。

 悪びれる様子もなく、男が一応、といった感じで謝っていた。

「いえいえ、仕留めて貰えただけで充分ですよ」


 エミールも、マルコの報告を受けていた。

 今回は上出来な結果だったと納得していた。

「また奴等だったようですねぇ」

「また教団ですねぇ」

 笑顔のまま、殺意の籠った視線を受け止めるエミール。


 今までも、教団には迷惑をかけられていた。

 男もエミールも、教団を放っておく気はなかった。

 その目だけで、お互いの意志を再確認した二人。

「必ず、指導者を見つけます」

 珍しく、エミールが強い視線で答えた。


 アレンの死で、伯爵の軍は自領へ退いていた。

 そのまま大人しくしていれば、まだ同情されもしたのだが。

 何を考えたのか、ディーン子爵が逆襲の暴挙に出た。

 領都近くまで攻められ、何かが切れてしまったのだろうか。


「自身の利益だけを求め、奇襲などという卑怯な襲撃をするとは、貴族にあるまじき行いである。そんな者を伯爵に選ぶ国王もおかしい。隣接しながら、助けにこない他の貴族たちも卑怯者だ。って帝国へ亡命する事にした。皇帝には、速やかに我らを受け入れる事を要求するものである」


 気がれたとしか思えない、異常な声明を発表する子爵。

 周囲に触れを出し、貴族たちにも書状を送る。

 王家までけなし、帝国へも無茶な要求を出す。

 子爵には『お咎めなし』で済ますつもりだったエミールも、どうしようもない。


 先代ならまだしも、若い皇帝が、彼を受け入れるわけもなく。

 攻めて来ないよう、王家から詫びを入れる始末だった。

 周囲の貴族も、彼に味方する者は、当然一人もいなかった。

 当主を失くした伯爵領の人々は、さらにいきり立っていた。


 どこからか、子爵が魔物を放ったと噂が立った。

 伯爵を襲ったのは、子爵が放った魔物だと。

 領都近くの町で暴れた謎の怪物は、子爵の謀略だとされた。

 今回の騒乱は全て、子爵が責を負う事になった。


 王家に楯突く貴族に、生きる道はない。

 子爵は首を落とされ、その家族は幽閉された。

 使用人たちは罪を許され、他領へ放逐された。

 子爵領は王家預かりとなり、どこかの貴族の領地になるだろう。


 こうして騒ぎは終息する。

 表向きは頭のおかしい貴族の騒乱として。


 だが王国だけでなく、東の帝国も教団への調査に力を入れていく。

 死と混乱を世に振り撒く。

 そんな教義の教団を潰すべく、諜報員たちが飛び回っていた。


 そんな中、北の評議国へも、教団の手が伸びていた。

 評議国の騒動と、教団の行く末はぜひ本編でどうぞ。

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王宮のうさぎ ~足掻く者達 特別編~ とぶくろ @koog

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