〇〇しないと出られない部屋

「と、閉じ込められてしまいましたね……」

「そうだな」


 ベッドの上で目覚めた男女……、二人とも直前の記憶がない。

 仕事を終え、家に帰って、いつも通りにのんびりして、明日の仕事に備えて眠りについたとは思うが……、じゃあ、二人は眠っている内に誰かに連れ出され、この場に置いていかれたということだろう。……誰が? なんのために? それが分かれば苦労はしない。


「ふう、……とにかく、自己紹介から始めようか」

「あ、はい、そうですね……」


「俺は横島よこしまだ……あんたは?」

「私は天満てんまです」


 お互いの名前、年齢を確認し合い……、どうやら同い年だということが判明したので、敬語はいらない、ということになった。とは言え初対面ではあるので、可能なら砕けた口調で、無理なら敬語で、という取り決めになった。


 二人は部屋を物色した。

 一人暮らしをするには少し広いが、二人だと狭く感じる広さの部屋だ。トイレ、風呂はついている……、最低限、生活できる設備は整っているらしい……そして、玄関。

 横島が見つけたのは、扉に印字された――メッセージだ。


「……〇〇しないと出られない部屋、か……」


 彼の横から、天満も顔を覗かせて確認した。


「……えーっと、これ、なにをすればいいんでしょうね……」

「口調」

「え、あっ、ごめんなさ――ごめん、ね?」


「まあいいけど。……ふむ、普通こういうのは、指定されているはずだよな……、ちょっとエッチな指示が出されていて、それを見た俺たちが慌てふためいて――ながらも、距離を詰めてエッチなことをすれば出口の扉が開く、もしくはさらに過激なことを指示されるような部屋へ通じる扉が開く、とかな」


「そんな同人誌みたいなこと……」

「詳しいんだな」

「え、あっ! ……ち、違います! これは一般論で――」

「ああ、意外とこういう設定は市民権を得ているのか……?」


 横島の反応に、天満は「誤魔化せた!」と小さくガッツポーズをしているが、そんなわけがなかった。天満は同人誌に詳しい、という情報が、横島の脳内メモに追加されていた。


 詳しいな、と言った横島にも、もちろんそういう知識はあるのだが……、なので同志であるのだが……、天満にとっては、そういうことではないのだろう。

 エッチな女の子でいるのは恥ずかしい、と思っているのかもしれない。


(そっちの方が魅力的に見えるけどな……)


 男性……いや、横島目線からすれば、だけど。

 とにかく、指示はなく、だけど出口は開かない状況だった。

 こういう場合は、どうすればいいのだ? と二人は途方に暮れる。


 指示さえあれば、ゴールが見えているので、達成するかしないかの二択なわけだが、指示がないとなると、指示を見つけるところから始めなければならない。


 部屋中を探せばヒントがあったりするのだろうか? それとも可能性がある『指示』を、横島たちが当てる気で、色々とチャンレンジしてみた方がいいのだろうか……。

 そうなると、可能性が高いのは、やはりエッチ方面の指示になるわけで――


 初対面の二人なら、キスでさえ抵抗がある。

 キスでこれなら、『本番』はもっと抵抗がある……というか、嫌悪感が勝るだろう。横島も天満も、相手のことが嫌いなわけではないが、行為をする相手として見ると、やはり眉間にしわが寄る。喜んで誘うほど、欲求不満なわけではないのだ。

 だがそれも、時間の問題ではあるが……。数日ならまだしも、数週間、数か月となれば……やがて体が気を許すだろう……、そうなれば、指示以上のことにまで踏み込みそうだ。


「さて、どうする? もちろん、エッチ方面の指示は最終手段だ。とにかく、手軽にできて、指示になりそうなことを片っ端から試していくか。まあ、気軽にできることが指示の内容になっているとは思いにくいが……やってみなくちゃ分からないしな」

「そ、そうね……」


「……あのさ、分かりやすく警戒しないでくれるか? 襲う気はこっちもねえから。いや、天満のことが好みじゃないってわけではないが……――あー、もうっ、初対面の相手にすぐ手を出すほど、俺だって慣れているわけじゃないんだから、そこは安心してくれ……。情けないけど、経験のなさが証拠だ。だから……これから数日は、一緒に過ごすことになるんだ、好きにならなくていいから、嫌うのだけはやめてくれ」


「…………分かりました。いえ、分かったよ、よこしまくん」

「お前、まだ疑ってるだろ……」


 邪な考えはないと言ったはずだが……、誰が邪くんだ、と横島が吠える。

 少しだけ距離が詰まった二人は、共同生活を始めて、数日が経ち……、



(やっぱりエッチな指示が、あの〇〇に入るんじゃないか……? 本番とはいかずとも、キスくらいなら……)


(う……、共同生活だから、全然自分で処理できなくて……だいぶ溜まってきてるんだけど……どうしよ……っ)


 着々と、条件は整っていった。

 あとは本人たちが望めば――すぐにでも行動するだろう。





「あーあ、あのままじゃ一生、部屋から出られないわよ、あの子たち」


 と、モニター越しに、部屋を観察していた女性が呟いた。

 後ろで忙しく動いている博士が、


「助手くん、今度はなんの実験をしているんじゃ?」


「〇〇しないと出られない部屋、なんだけど……、やっぱりそこを空欄にすると、アダルト方面へ考えがいくみたいね。もっと柔軟に考えればいいのに。空欄に、好きに字を埋めて、それをすれば脱出できるんだけど、気づかないみたい。部屋に一本だけペンを置いているんだけどね……女の子の方が、私的利用しているだけで、他には使われていない――」


「ほお、私的利用」

「博士は見るな」


 ようするに、満足できない彼女はペンで……――したのだ。

 隠れてしていても、同居人には気づかれているようで……、それがさらに、彼を悶々とさせ、互いに思考が狭まっていっている原因なのだ。


「空欄を埋めるなら……二文字なのか」

「そうよ。だから間違っても『セッ〇ス』とは書けないし、仮にしても出口は開かないけど……もうそんなこと関係なく、しちゃいそうな雰囲気よね」


「空欄を埋め、その行為をすれば出口が開くのか……たとえば『握手』とすれば、握手をするだけで扉が開くってことか?」

「そうよ……そうなんだけど……もう気づかないわよね」


 指示の内容を探すことに固執し、自分たちで設定できるとは、考えもしていないようだ。

 二人ともが、そろそろ『セッ〇ス』へどう会話を持っていこうか、と考えているのが、監視員の彼女にも伝わっている……――どれだけしたいのだ、お前たちは。


「数日前は初対面だったのにねえ」

「距離さえ詰まってしまえば、すぐにでも恋仲になるのが人間じゃろう?」

「あたしは違いますよ、博士」

「お前さんは脳がバグっとるからな」

「早くデバッグしてください……博士もでしょ」


「確かにのう……それに――ほっほ、そこが君の良いところじゃないか。――それで、このまま観察を続けるつもりかね?」

「はい……けど、さすがに本番までしたら解放しますよ。そこまでさせておいて、まだ閉じ込めるのはさすがに……」

「いや、どこまでエスカレートするか、見てみたいのう」


 本番をしても、出口が開かないと分かれば……さて二人は、次にどんなことをする?


「……博士、悪趣味を続けるのはいいですけど、さすがに『殺し合い』まで発展したら、止めてくださいね? 『殺人しないと出られない部屋』は、最も望んでいませんから」



 …了

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99→21 渡貫とゐち @josho

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