黄泉比良坂ドライブスルー

十余一

黄泉比良坂ドライブスルー

 ほんの少しの不注意が原因だった。

 梅雨らしい土砂降りの雨で、道も空も灰色にけぶって見通しが悪い。駐車場を出て右折しようとする俺の車に迫る影。気付いたときにはもう、目の前にトラックが迫っていた。これ運転席に直撃じゃん。終わった。


「いらっしゃいませ、こんにちはー。マイクに向かってご注文をどうぞ」

 終わった、と思った俺の耳に飛び込んできたのは機械越しの声だった。トラックはぶつからず、俺の車も微動だにしない。アクセルもブレーキも踏めない、ドアも開かない。雨粒すら空中で静止している。何もかもが止まってしまった灰色の世界で、真っ赤な看板だけが存在を主張していた。

「……? マイクに向かってご注文をどうぞー!」

 聞こえていないと思ったのか、マイクの向こう側にいるであろう誰かはもう一度くり返す。

「あの、これはいったい……?」

「あっ、初めてのご利用ですか? ここはドライブスルー形式の黄泉比良坂よもつひらさかです。スピーディーな対応をすべく設置されました。あなたはこれから亡くなりますので、転生先をお選びください」

 にわかには信じられない。信じたくない。が、目の前の光景は作り物にしては出来が良すぎるし、夢にしては明瞭だ。いっそ駐車場あたりから夢であってほしい。夢であれ。もしくは今すぐ病院のベッドで目を覚ますとかでもいい。目、覚ませ! 駄目か。やっぱり死ぬのか俺は。えっ、泣きそう。

「ちなみにこれ、選ばなかったらどうなります?」

「こちらでお選びすることになりますね。自分バイトなんでよくわからないっすけど」

 付け足された言葉には不安しかない。こんなの夢だと思いたいが、それにしても自分の死後を「よくわからない」とか言ってるバイトに任せるのはさすがに、ちょっと……。

 真っ赤なメニュー表には地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道なんて物騒な文字が並ぶ。地獄はいかにもつらそうだ。釜茹で、串刺し、血の池地獄。餓鬼にも良いイメージは無い。ずっと飢えてるんだろう。畜生は動物だし、修羅も怖い。来世もせめて人間になりたい。

「ええっと……、じゃあ人間道? ってやつ、お願いします」

「はい、人間道コースですね。ご一緒にポテトはいかがですか?」

「ポテト!?」

 何でサイドメニューがあるんだよ。輪廻りんね転生はハンバーガーなの?

「今ならポテトを注文すると、次回使えるクーポン券がついてきます」

「次回って……。死んだらそれっきりじゃないんですか」

「前世からの持ち越しもありますよ。お客様も、お持ちではないですか?」

 言われるがまま上着のポケットを探ってみると、一枚の紙が入っていた。目が痛くなるようなビビットな色合いの文字が印刷されている。

「人生近道クーポン券……? もしかして来世では速攻で成功する人生を歩めるとか!?」

「そういうのは管轄外なんで」

「あ、はい」

 管轄とかあるんだ……、と落胆する俺を余所に話は続く。

 ちょっぴり期待しちゃってもいいじゃないか。こんな若さで人生が終わろうとしてるんだぞ。

「近道というのは、“次回の人生”への近道ですねー。転生待ちの行列に並ばなくて済みますよ。ファストパス的な」

「輪廻転生はアトラクション」

三途川さんずのかわ渡銭半額クーポン券とは併用できませんのでご注意ください」

「じゃあ一応このクーポン券使って、あとポテトはMサイズでお願いします」

「はーい。それでは、ご注文くり返します。転生の人間道コースが一点、特典付きフライドポテトのMサイズが一点。以上でよろしいでしょうか」

「そういえば支払いは?」

「徳々ポイントでお支払いいただけます。現世で積んだ徳が蓄積されていますよ」

 このドライブスルー、耳慣れない言葉ばかり飛び出してくるなぁなんて思ったのも束の間、耳元でチャリーンと音がする。たぶん徳々ポイントとやらで支払いが済んだんだろうな。そのポイントをどのくらい所持していて、人間道コースと芋にいくら使って、残りがいくらなのか見当もつかないが。

「お先にポテト失礼しまーす」

 機械越しの声と共に、手元にフライドポテトが現れた。もう驚くのも面倒だ。超自然的な何か、アレだろ。神的なすごいやつ。いや仏か? そもそもここはドライブスルーなんだしポテトくらい空中からお出しされるよ。

 おなじみの容器に盛られた黄金こがね色からは湯気が上がり、食欲をそそる香りがする。細切りのカリカリ系、うまい。塩加減も絶妙だ。

「美味しいでしょ。さっき業スーで買ってきたやつですけど」

「あの世にも業務ぎょうむスーパーが!?」

「業務スーパーじゃなくてごうの深いスーパーですよ。あづっ……はふ、このコスパと手軽さ、そしてカロリーはまさに罪と悪ですね……うまっ!」

 これマイクの向こうでポテト食ってんな。なんてフリーダムなバイトなんだ。

「それでは、お車そのままでお待ちください」

 その言葉を最後に真っ赤な看板は沈黙した。

 俺は愛車かんおけの中で、ハイカロリーな最期の晩餐を楽しむ。熱々のフライドポテトは少しだけしょっぱくて、湿気しけている。


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