第4話 二回目の恋人


「ゲホッ! ッ……ゲホッ! ッ……ゲホッ!」


 しゃべってる途中だったのが災いして、思いっきり水を吸い込んでしまったらしい。すぐに水面に顔を出したけど、結構苦しい。


「空!」


 声の方を見ると、瑠衣はなんともなかったようで。流れていった距離から考えてもほんのわずかな時間だったのかな。


 耳に入った水を頭を振って掻き出していると、瑠衣が浮き輪から飛び降りて必死に水に逆らって駆け寄ってくるのが見えた。


 何が起きたんだろ。足を誰かにつかまれて――

なんで? そんな事をしそうなのは部活の男子くらいだけど。


 少し落ち着いてきたので辺りを見回してもそれらしい人は居なかった。

 

「空! ケホッ! ……空ッ!」


 瑠衣の足じゃ踏ん張りが効かないのか、足を滑らせて水面に顔を叩きつけながら駆け寄ってきてくれる。


「瑠衣が溺れてどうするんです?」


 流されないように瑠衣の身体を抱き寄せて、側壁に避難する。

見た目通り、腰も肩も華奢だな。


「どうしたの? 大丈夫? 空」


「誰かと間違われたのか、足を引っ張られて……わー!?」


 心配そうに見つめる瑠衣の後ろには、スィーと優雅に流されるパッドが見え。







 無事に全部回収して、ついでにプールサイドを猛ダッシュして浮き輪も回収。

そして水の中でパッドを入れ直す瑠衣の前に立ってしっかりガード役に徹する。


 先輩が目の前でしてるかとおもうと、ちょっとこうドキドキする。


「もう、大丈夫だよ。ありがと、空」


「こっちこそ、驚かせちゃって。必死に駆け寄ってこようとしてくれたのうれしかったです」


「そりゃびっくりするよ。でも、思った以上に体が動かせなかったのにも驚いちゃった。ちょっと鍛えようかな」


「えー! 私は今の瑠衣の身体も綺麗だと思いますけど。可愛いし」


「可愛い……。真惟だったときと、どっちがかわいい?」


「今」


「もうちょっと悩んでくれてもいいんじゃない!? ……でも、うれしい。前の方がって言われても戻れないし」


「そう……ですね」


 あれ? 私いますっごくときめいてる。

瑠衣のうつむきながら照れる仕草は先輩そのままで。


 パーツが別人に全て置き換わった先輩は先輩と言えるかどうか。

そう聞かれたら、こう答えてしまう。


 ――正直、めっちゃ刺さる。







 それからプールサイドで休憩して、瑠衣の体力を考えて早めに切り上げることにした。


 "幼なじみ"なのに敬語はどうなの。ってことで敬語禁止令を発布した瑠衣の口元はやけにうれしそうだった。


 そして、シャワーを浴びることにしたのだけど。


「えっと……瑠衣?」


 膝から下くらいがないタイプのドアだから、外からみれば2人で入ってるのが丸わかりだ。

それどころか完全に抱きつかれていて、もしこの扉を開かれたら言い訳が出来ない。


「ね、空。わたしの中では、前世も今も地続きなんだよ?」


「ッ……!」


 ひんやりとした奥からじわっと暖かい体温。水が間を通ることで柔らかな瑠衣の肌が私の肌とキスをするように吸着してくる。

 そこでこんな甘えるようなささやきをされたら、否が応にも意識してしまう。

 

「今日、ずっと考えてました。あ、いや……考えてた」


 なるべく、声を抑えて。でも心臓の音はコントロール出来なくて。

パッドを挟んだ布の上からでも、瑠衣だけには伝わってしまってるだろう。


「先輩の見た目も好きだったけど、私は先輩の、真惟としての、魂のほうが好きなんだと……思いま……思う」


「たとえ瑠衣がまた転生しても、私はまたこうやってあなたにこうやってドキドキすると思う……だから」


 瑠衣の透き通った白い頬が朱に染まっていくのが分かる。


「私と、これからも付き合ってください。元先輩」


「……うん。空。好きだよ」

 

 私に色々な初めてを教えてくれた人が居た。

今、唇を重ねているのは生まれ変わったその人で、これは二人目の恋人って事になるのかな?







「はよはよー」


「うーっす。なんだお前ちっとも日焼けしてないな」


 夏休みが明け、気だるい学校生活が戻ってきた。みんなは元気だなぁ。


 瑠衣とは学校は違うけど、先輩後輩だった頃以上に共に過ごす時間が増えたし結果的に良かったのかもしれない。


「はよはよー、空ちゃん」


「おはよ……え?」


 私の隣には知らない声の女子生徒が着席し、クラスメイトのみんなはあたかも前から居たかのように挨拶をしていく。 


「空ちゃんってさぁ」


にこやかに話しかけてくるその子はあかい髪で――


「真惟先輩と付き合ってた?」


 なんで、誰も知らなかったはずなのに。

 

「あーあやっぱりね。あの人だけ落とそうと思ったら、勢い付き過ぎちゃってさ」


「……えっ」


 まわりの音が聞こえなくなって、世界から色が無くなったかのように感じる。

 

「"あたし"転生しちゃったけど、今度もいっぱい好きでいさせてね。空ちゃん」


 ――大好きだった先輩を突き落とした女が、クラスメイトに転生していた。

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愛する先輩が他の女と心中して、私だけが知らない幼なじみとして転生してきたら 【百合ゲーム作ってるひと】滝井ノアメ @takii_noame

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