かくして天気は荒れる
かいばつれい
かくして天気は荒れる
本日は快晴。予報では明日も快晴である。しかし、一部の男性たちの心は今日も明日も明後日も、その次の週も大荒れが続く見込みである。
西山伊知郎の心も例に漏れず大荒れが続いていた。
「はあ、おみよ。何で結婚しちゃったの・・・」
SNSのフォロワー数が五十万人を超える人気お天気キャスター、栗山美代とバスケットボール選手との結婚を伝えるニュース動画をスマホで一日中垂れ流しながら、西山は行きつけのバーで飲んだくれていた。
「西山さん、他のお客に迷惑だから動画の音切るか、イヤホンにしてよ」
「はああ〜」
マスターの忠告は西山の耳には届いていなかった。
西山はかれこれ五日も同じことを続けていた。
「傷心なのはわかる。でもね、あんまり続けられると、いくら常連のあんたでも出禁にせざるを得なくなる。それに毎日バーボンのロックじゃあ、身体にも悪い。これくらいでやめときな。な?」
「おみよ~」
だめだこりゃと思ったマスターは店内BGMの音量を上げて、西山のスマホの音が他の客に聞こえないようにした。
ちょうどその時、店の常連の一人である作家の海田が一週間ぶりに店に入ってきた。
「こんばんはマスター。いつものちょうだい。ん?今日はやけに曲が大きいじゃない。どうしたの?」
カウンターに座る海田の問いにマスターはあれあれと親指で西山の方を差した。
「もう五日もあの状態でね。なんでも、ファンのお天気お姉さんが結婚したとかなんとか」
「ああ、おみよのことね。つまりやけ酒か」
そうそうとマスターは頷いた。
「どれ、ちょっと僕が彼を説得してみようじゃないか」
海田は自分のグラスを持って立ち上がった。
「よしたほうがいいよ。人の話なんか全く耳に入らないんだから」
マスターが制止する。
「俺に任しといてよ。これでも物書きのはしくれ。人を立ち直らせる言葉くらい熟知してるさ」
「無駄だと思うけどね」
海田は西山が座るカウンターへと足を運んだ。
「よう、西ちゃん。なんだい、画面の向こうのお姉ちゃんの結婚なんかどうでもいいじゃないか。彼女は所詮、僕ら一般人には手の届かない高嶺の花だったのさ。どうだい、僕も付き合うからさ。鼻水拭いて顔を上げな」
西山の隣に座り、彼のグラスと自分のグラスをこつんと当てた。カチャリとグラスの氷が揺れる。
「あんたに何が分かる。俺とおみよの思い出は語り尽くせないくらいあるんだ。一緒に見たあの空。ハマったゲームの話。好きなアニメのコスプレ。切った髪の感想。その全部が二次元と無縁なバスケの選手に掻っ攫われたんだ。俺の天使がある日突然、他人のものになったんだよ!!そこに追い打ちをかけるかのような本人のラブラブコメント。こんな酷なことってあるか?畜生、俺が何をしたんだ!」
「一緒に見たって、あんたはコメントしただけだろ。あと、バスケは二次元と無縁じゃないと思うよ。漫画もあるし。いいかい、あんたは単に画面を見ていただけなんだよ。一視聴者なだけだ」
海田の台詞に、西山は顔を上げて海田を睨んだ。
「単にだと?あんたはなんにも分かっちゃいない。この約六インチの画面が俺とおみよを繋ぐ架け橋だったんだぞ。こいつの重要さがあんたには分からないんだ!そんなやつの説得なんか聞けるか」
「まあ落ち着けよ。僕には、君にとって彼女がどれほど大切だったかは分からない。でもな、何度も言うが彼女は画面の向こうの人だ。君とは無関係の他人なんだよ。それに、彼女は君を知らないし、君だって彼女の内面を知らないだろ。彼女は真面目に仕事をしていただけなんだ。それを分かるんだよ。だから、付き合ったわけでもない女のことなんか、もう忘れるんだ」
「それ以上言うな!」
西山の絶叫がバーに響いた。周りが静まり返る。
「分かった分かった。もう何も言わないよ。邪魔して悪かったな」
海田は、自分では西山を救えないと判断して席を離れた。
「西山さん。これ以上騒ぐなら出て行ってくれ」
怒りを抑えているマスターが言った。
「言われなくても出て行くさ。釣りはいらない。迷惑料として取っておいてくれ。騒いで悪かった」
西山はマスターに万札を数枚、乱暴に渡して立った。
「西山さん。元気出しなよ。やけ起こすんじゃないよ」
マスターは言い聞かせるように言ったが、西山は何も言わずに店を出て行った。
「やれやれ。ああいうのは昔からいたが、最近は事件を起こすやつまでいるからな。西山さんに限ってそんなことは無いだろうけど。メディアもほどほどにしてほしいもんだよ全く。恋愛経験のない男をその気にさせちまうんだから」
マスターが西山がいた席を片付けていると、トイレから戻った客が慌ててカウンターにやってきた。
「マスター、海田さんがトイレの前で泣き喚いてる!」
「ええっ!?」
マスターはトイレの前で膝を落として泣いている海田を見つけた。
「海田さん、何があった?」
「うっ・・・くっ・・・」
泣き続けている海田の前に、海田のスマホが落ちていた。マスターはそれを拾い上げて画面を見た。
「あっこれは」
画面には人気アイドルの行方静美が、大手企業の社長と半同棲状態のスクープ記事が表示されていた。
「海田さん、あんた・・・」
また一人の男の心が荒んだのを感じたマスターは、メディアのことが嫌いになっていた。
かくして天気は荒れる かいばつれい @ayumu240
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