第9話 大団円(事件の真相)

 それだけに小さなことであっても、大きな問題になりかねないのが、最近の警察内部の事情であった。

 特に最近は大きな事件が起こることもなく平和と言ってもいい毎日で、

「これが本当の理想の世界なんだよ。警察が暇なのはいいことだ」

 と言っている人がいたが、

「この暇な状態が平和ボケに繋がらなければいいが」

 という懸念を抱いている人もいた。

「でも、毎日何があってもいいように、鍛練はずっとやっているじゃないか」

 と言われて、

「そりゃ、鍛練や訓練は行われているけど、しょせん訓練でしかないわけだろう? 実際に事件が起こってしまえば、本当に迅速に対応できるかということがミソになるのさ。君は胸を張って大丈夫だと言えるかい?」

 と言われた人は、

「……」

 と、無口になってしまう。

「誰も仮定の話を断言できるわけもない、努力はするさ」

 と言ったとしても、質問の答えにはなっていないだろう。

 それを思うと、警察官というものが、どれほど普段から覚悟と緊張を持って仕事に従事しないといけないかということを自覚していなければいけない。

 それを分かっている警察官がどれほどいるというのか、誰にも分からないだろう。

 それはともかく。今回の事件に大きな進展があった。

 といっても、最悪の形での進展だった。今まで誰も殺されていなかったのに、ここにきて殺人が起こったのだ。緊張が走ったのも、当たり前のことであろう。

 被害者の部屋は、最初に毒を盛られ、今も病院で療養中の松本の部屋から、歩くと、十分ちょっとのところにあった。同じ町内ということであるが、端から端という感じなので、あまり近いというわけでもないだろう。

 それでも、同じ町内で、しかも知り合いが立て続けに不幸な目に遭うというのだから、地元のK市では、話題になるだろうと感じることは当然と言えるだろう。

 現場には、すでに長谷川巡査が到着していて、顔が引きつっていた。そこに柏木刑事と桜井刑事、さらには、隅田刑事がやってきた。

「ご苦労様です。ところで現状は?」

 と、桜井刑事が長谷川巡査に聞くと、

「こちらです」

 と言って、リビングに通された。

 彼の部屋は、第一の現場である松本の部屋よりも一回りくらい大きかった。しかも、余計なものがあまりないので、さらにその分広く感じられたのだ。

 これを見た時、柏木刑事は、

「おや?」

 と呟いた。

 それを聞いた桜井刑事が、

「どうしたんだい?」

 と聞いてくるので、

「こちらの部屋はこの間の現場であった松本さんの部屋よりも広いし、余計なものもないので、集まって何かをするのであれば、こっちの方がよさそうだと思うんだけどね」

 と柏木刑事が言った、

「そうですね。ここなら表通りの方に近いし、交通の便や買い物にしても便利がいいはずなんですけどね」

 と、隅田刑事が付け加えた。

「でも、この被害者のこの部屋、かなり几帳面に片づけられているじゃないか。彼が潔癖症だとするならば、人を呼びたくないという気持ちも分からなくもない。そう思うと、人を呼ばないのも理解できるというものだよね」

 と、桜井刑事が言ったので。二人は再度部屋のまわりを見渡して、

「確かに」

 と、柏木刑事がいうと、その横では、隅田刑事が何度も頷いていた。

 そんなリビングの奥に、寝室があった。

 ここは、今度は逆にかなり荒れていた。箪笥から衣服がこぼれていて、さらに洋服ダンスから、服がはみ出しているではないか。リビングとはまったく違うその様相のその先に、一人の男が断末魔の表情を浮かべ、倒れていた。

 そこにいるのが、この部屋の住人である梅崎だということは一目瞭然であった。

 どちらかというと、あまり表情を変えることのない梅崎が、こんな苦悶の表情を浮かべ、倒れているのを見ると、まるで夢を見ているかのような気分にさせられる。

「何であっても、死体発見現場というのは、いつ来ても慣れるというものではないな」

 と、顔をしかめながら、桜井刑事は言った。

 首には白い布が掛かっているのが見えたので、

「絞殺ですかね?」

 と、隅田刑事が訊いたが、

「それ以外には考えにくいね」

 と、桜井刑事が言った。

「この間は殺されることはなくて、毒を盛られた事件から始まって、昨日は、これも事なきを得たけど、上から植木鉢が落ちてくるということがあって、今回は本当に首を絞められて殺されたということですかね?」

 と隅田刑事がいうので。

「そういうことになるんだろうな」

 と、桜井刑事が言った。

「それにしてもこれは酷い。犯人が物色していったんでしょうね?」

 という隅田刑事の質問に、

「そうだろうな。物色しているところを見つかって思わず殺したのか、それとも殺しも目的で、まず殺しておいてから、何かを物色したか。それによって、状況は違ってくるよな」

 と桜井刑事がいうと、

「そうですね、前者であれば、物取りも考えられるが、後者であれば、物取りというよりも、被害者に何か弱みを握られていて。その証拠を取り戻して、一緒に口を塞ごうとしたということになるんでしょうね」

 と、柏木刑事は言った。

 それを聞いた桜井刑事は、

「もう一つ気になることがあるんだけど」

 というと、

「どういうことですか?」

 と、隅田刑事が訊いた。

「今回の犯罪が最初に起こった毒殺殺人未遂から繋がっているものだとするならば、犯罪に一貫性がないような気がするんだよ。最初は毒殺、そして昨日は植木鉢を上から落とす。そして、今回の絞殺」

 というと、

「それが何か?」

 と、今度は柏木刑事が訝しそうに聞いた。

「そして、さらに、最初の二回はどちらも死んでいないが、今回は確実に死んでいる。たぶん、完全に息の根を刺そうというつもりだったんだろうな」

 と桜井刑事がいうと、

「でも、絞殺でなくても、刺殺なら、もっと確実ですよ」

 というと、

「でも、返り血の問題だったり、凶器の処分とかもいろいろあったんじゃないかな?」

「でも、絞殺でも暴れられたり、大声を出されたりなどと抵抗される可能性だってあるわけですよね?」

 と柏木刑事がいうと、

「睡眠薬を飲ませて、眠らせているかも知れないだろう?」

 と桜井刑事がいうと、

「なるほど、そうかも知れませんね。そうやって考えると、理屈も分かってきます。とりあえず鑑識さんの見解を聞くことにしましょう」

 と言って、鑑識が手早い手つきで鑑識キッズを使っての捜査を行っていた。

「少しでも分かったら、教えてください」

 と、桜井刑事は、鑑識官に言った。

「分かりました」

 と言ってから、無言での鑑識作業が行われてから、三十分ほどしてからのことだった。

「詳しくは司法解剖の結果によりますが、今は完璧ではないので、そこはご了承ください」

 というと、皆無言で頷いた。

「まず、死亡推定時刻ですが、今から四時間前、つまり、四時過ぎくらいではないでしょうか? 死因は絞殺、首に巻き付いている手ぬぐいのようなもので首を絞めているように見えますが、ピアノ線のようなものを最初に使ったと思います。さらに抵抗した痕がほとんど見られないことから、先ほどの推理のように、睡眠薬を服用している可能性は高いと思われます」

 と、いうのが現時点でも死体検分であった。

「それじゃあ、それ以外では何か気になることはありましたか?」

 と言われて、

「そうですね。物色したものが、死体の下にあったりということはなく。むしろ死体の上にある感じだったので、この物色は、殺害後のことだということが分かります」

 というと、

「ちょっと待ってください。死体を後から動かしたのでは?」

 と言われて、

「動かした形跡はないと思われます。第一死体を動かす理由がどこにあるというのでしょうか?」

 と、鑑識がいうと、さすがに刑事もそれを聞かれると、グーの根も出なかった。

「やはり、何か探し物があったのと、殺害とは関連はしているけど、どちらが本当の目的だったのかということが、この事件では大きな問題ではないかと思うんだよな」

 と、桜井刑事が言った。

「とりあえず、この後、司法解剖に回しますので、その結果をお待ちください」

 ということであった。

 すると、少ししてから、部屋の物置を調べていた鑑識員から、

「桜井刑事、ちょっと」

 と言って、呼ばれた。

「これなんですがね」

 と言って、彼が出してきたのは、小物入れとしては大きいが、衣装ケースとしては小さすぎる中途半端な大きさのプラスチックでできたケースを持ってきて指を差したところに、綺麗な指輪と、綺麗に畳まれたナース服が入っていた。

「梅崎に、彼女がいて、その叶の持ち物ということか?」

 というと、

「それもおかしな話ですよね。隠すようにして置かれていたんですから。誰にも知られたくないものだったということでしょうからね」

 というと、

「ひょっとして、犯人が捜していたのは、これだったんじゃないですか?」

 と柏木刑事がそういうと、

「そうかも知れない。そうであれば、物色をする理由が分かるのだが、殺そうとまでするんだから、物色したものが金目のものでないとすれば、復讐か、それとも何か都合の悪いところを見られてしまったりして、それが問題なのかも知れないな」

 と、桜井刑事が言った。

 そう言った後、桜井刑事は黙り込んでしまった。そんな時の桜井刑事は、必死に頭の中で推理をしているのだ。話しかけてもきっと返事をしてくれないだろう。きっと別の世界にいるということなのだろうと、桜井刑事を知っている人はそう考えるだろう。

「うーん、何となく事件の骨格が見えてきたような気がするな」

 と呟いた桜井刑事だが、さすがにその早さに皆驚愕していた。

「どういうことですか?」

 と聞かれ、

「全体像は朧気なんだけど、私の中で一番信憑性があると感じたのは、この事件の目的は、最後の犯罪、つまり梅崎殺害だったんじゃないかと思うんだ。そう考えれば、死んだのが梅崎だけだということの意味も分かってくるんじゃないかって思うんだよ」

 と答えた。

「じゃあ、犯人が捜していたものが、この箱の中身だとすれば、犯人はそこから足がつくのを恐れたと考えて、犯人は女ということになるんでしょうか?」

 と隅田刑事が訊くと、

「いや、それは違うだろう。いくらどんなに怪力の女でも、大の大人をいくら睡眠薬を飲ませていたとしても、簡単に絞殺できるわけもない。やはり犯人は男性だということだろう。そうなると、犯人が物色したかった箱の中のものは、本人のものではないということになる。ここに一人新たに女性が登場してくるということさ」

 と、桜井刑事は言った。

「なら、この持ち主は、被害者の知り合いの持ち物だとは言えない可能性もあるわけですね?」

 と柏木刑事がいうと、

「そういうことだ。とにかく、これが誰の持ち主なのかを調べる必要がある。まずは鑑識に調べてもらって、それからだな。ただし、これをいきなり、小山田、松本の両名には見せない方がいいだろう」

 と桜井刑事がいうと、

「どうしてですか?」

 と、隅田刑事が訊いた、

 柏木刑事は分かっているのか、何も言わなかった。

「だって、あの二人だって、犯人候補ではあるんだよ」

 と言われて、さすがに隅田刑事も、

「だって、二人は命を狙われて……」

 と言いかけたところで、

「そうか、そういうことですね、あの二人が死んでいないということは、ここに結び付いてくるわけですね?」

 と続けた。

「そういうことだ。それこそ探偵小説などでは基礎の基礎と言ってもいいことだろう?」

 と柏木刑事がいうと、

「事実は小説よりも奇なりというくらいだからな」

 と、桜井刑事が付け加えた。

「となると、前の二つは、最後の犯罪のカモフラージュということでしょうか?」

 と隅田刑事が訊くと、

「いや、そこまで入念にする必要があったのかということなんだけど、私はひょっとすると第一の事件に何か見えていない謎が含まれているような気がするんだ。これは見えない謎ではなくて、見えていない謎だということになるんだって思うんだけどね」

 と、桜井刑事は言った。

「それには、松本氏が何か大きなカギを握っているような気がするんですよ。ただ、彼が犯人ではないまでも、犯人と思しき行動をしていることは分かっている。どこまで犯人に近いのかということが、この事件解決の発端になるのかも知れないね」

 と桜井刑事は言った。

 今まで桜井刑事をよく見てきた柏木刑事には、

――桜井さんがここまで言っているということは、彼の頭の中だけではある程度の事件は解決されているんだ――

 という思いがあった。

「ここは焦らず、じっくりと、そして、桜井刑事のことだから、他の人にも同じように自分が作り上げてきた理論に沿うように考えられるように導いてくれるはずだ。ただし、ここには時系列とは限らないが、何か一本線の通った形で存在しているものでなければならない」

 と言えるのではないかと、柏木刑事は考えていた。

「桜井さんは、ひょっとすると、松本君の証言がなくとも、この事件の謎はすでに解いておられるんですか?」

 と、隅田刑事が訊いた。

 隅田刑事も柏木刑事のように、桜井刑事がある程度、この事件を解決できるだけの考えが頭に羽化でいるということを分かっている。

 しかし、彼は柏木刑事のように、じっくりと待ったりはしなかった。

「自分から話しを聞き出すくらいの気概がないと、自分のような捜査の素人には、いつまで経っても事件を解決できるようなことはない」

 と思っていたのだ。

 桜井刑事は、

「これこそ、隅田刑事の真骨頂」

 ということで、

「彼にこの意識がある限り、私は彼をずっとそばにおいて、部下として育てていきたい」

 と考えているようだった。

「私にはある程度までの事件の筋書きは分かっているつもりなんだ」

 と、隅田刑事の問いに答えると、さらに続けて、

「この事件のカギになるのは、第一の事件であるが、逆にややこしくしているのも、あの事件なんだ。しかも、そのややこしさを第二の事件がさらに演出しているので、さらにややこしくなった。とはいえ、第二の事件は犯人にとっては、やらなければいけない演出だった。ある意味、第一の事件があろうがなかろうがね。だけど、第一の事件がなかったとしても、第二の事件が第一の事件として成り立っているわけで、ここがミソでもあるんだ。第三の事件は第二の事件が伏線にはなっているが、第一の事件と直接的に関係があるわけではない。もちろん、まったく別の犯行だというわけではないか。この三つを連続殺人のような感覚で見ていると、見誤ってしまう。つまり、第一の犯罪だけが、ある意味独立しているというわけさ」

 と桜井刑事は言った。

「じゃあ、第一の犯罪だけが、犯人が別とでも言われるんですか?」

 と柏木刑事がいうと、

「そういうことだね。そうでもなければ、第二の事件のようなあからさまなことはしないだろう? あの本当の目的が私が思っていることであるとするならば、一番最初に持ってくるはずだからね」

 と桜井刑事は言った。

 それを聞いた柏木は、

「なるほど、第二の犯行は、犯人が自分ではないということを言いたいがための狂言だったということかな?」

 と言った。

「うん、そうだよ。普通あのシチュエーションで頭に植木鉢が当たらなかったら、誰だって狂言を疑うだろう? だけど、その効果は最初だから成立するのさ。最初は他に犯罪があるわけではないので、最初に起こった犯罪を、まさかいきなり狂言だとは普通は思えない。そのままクライマックスに事件が入ってくると、その狂言が生きてきてきて。最初の目的通りになるというわけさ。今回の事件は、これが二番目だったことが犯人にとって不運であったと思うんだ。だけど、もうここまでくれば辞められない」

 と桜井は言った。

「どうしてですか?」

 と隅田刑事が訊くと、

「ここまですれば、本当のターゲットに犯人が誰であり、自分を狙っていることがバレてしまうからさ。下手をすれば自分が殺されかねない。だからすぐに犯行に及ぶ。しかも、これが復讐であれば、犯人とすれば、自分はどうなってもいいというくらいに考えるだろう。私にはこの事件は、まず犯人が誰であるかということが分かったところから、推理が始まっていると言ってもいい。皆もそこから考えれば、すぐに疑問にぶつかって、そこを解決しながら、真相に辿り着くことができるはずさ」

 といって、一呼吸置いたが、すぐに、

「この事件の本筋に迫るというところで、特別ゲストを招いているので、皆も一緒に話を訊いてもらおう」

 と言って、桜井刑事は、

「どうぞこちらに」

 と言って招き入れた人を見た瞬間、二人とも、

「あっ」

 という声を挙げて、ビックリしていたが、すぐに安心した顔になり、懐かしそうな顔をした。

「清水刑事じゃないですか。どうしたんですか? 確か清水刑事は行方不明の女性の捜索をされていたのでは?」

 と訊かれて、清水刑事はニッコリ笑った、

「そうだよ、だから私が呼ばれたのさ」

 というであないか。

「じゃあ、清水刑事の事件とこの事件とは、どこかで繋がっているということでしょうか?」

 と聞かれた桜井は、

「繋がっているというよりも、清水巡査の受け持っている事件が、この事件の謎を埋めてくれるということになるわけさ:

 というのだった。

「私が受け持っている事件のあらすじとすれば、一人の看護婦が行方不明になったのだが、その看護婦が行方不明になったのと同時に、青酸カリがどこかになくなっていた。そのウワサがあったのだが、病院側では否定をした。ただ、かなり怯えながらの話だったんですよ。青酸カリが紛失したのであれば、すぐに立入検査を行えば分かること。だから、病院は隠しておけないと思うんですよ。でも、それがちゃんと帰ってきた。しかも、使ったといても微々たるもので、検査をされても気付かないほどの誤差の範囲だとすれば、病院側の慌てようも、なくなったという事実がないということもどちらも理由になるんですよ」

 ということだった。

「それがうちの事件とどういう関係が?」

 と、柏木刑事が訊いた、

「まず第三の事件の犯人は皆分かっているよね?」

 と桜井刑事に聞かれて。

「もちろんです、小山田氏ですよね?」

「そうだよ、でも、第一の犯行は違う」

 というので、

「やはり違うんですね。そうなると梅崎氏かいないような気がするんですが」

 というと、

「そう、梅崎が第一の犯行を企んだ犯人だよ。でもね、共犯がいるんだ」

「小山田君だというんですか?」

 と隅田刑事に言われて、

「いいや」

 と答えた。

「まさか、行方不明の女の子ですか?」

 と柏木がいうと、

「いや、違う」

 というではないか、

 すると、恐る恐る長谷川巡査が、

「まさか、松本君が自分で?」

 と言われて、桜井刑事は、

「状況から考えるとそう考えるのが、普通だろうね。だから彼は死ななかったんだよ。でも、面白いのは、その薬の調合をしたのは、看護婦の女の子なのさ。彼女は、元々医学部と薬学部の両方の知識があった。死なないまでの毒の調合くらいはできるようになっていた。だけど、ここからが怖いんだけど、第一の事件で本当に死んでほしかったのは、その女の子だったんだよ」

 というと、さすがにその場の全員がドキッとしていた。

 清水刑事もそこまでは考えていなかったようで、

「どういうことなんだ?」

 と桜井刑事に聞いた。

「これは私の想像なんだが、彼女はすでに殺されていて、山の中にでも埋められているのではないかと思うんだ。それもやつは今回が初めての犯行ではない、その看護婦を殺したのだって、きっと、最初、強姦か何かでいうことを聞かせたんだろうね。写真を撮るかなにかして、でも、彼女が妊娠してそれをネタに脅してきた。妊娠までしているのだから、彼女も必死で、子供のために、自分が恥を掻いてもいいとまで覚悟ができていれば、さすがに梅崎も覚悟を決めた。最悪の形のね」

 と桜井がいうと、

「初めてではないって、過去にも似たような犯行を?」

 と清水刑事が言った。

「ああ、そうなんだ。梅崎の部屋の中にあった、犯人が捜したと思われる指輪とナース副なんだが、あれはきっと、十年前に自殺した小山田の姉のものではないかと思うんだ。梅崎は、大学時代、小山田の姉を強引に自分のものにした。姉の方は婚約者がいたのだが、まさか弟の友達に蹂躙され、しかも、写真を撮られて、脅迫までされそうになった。彼女はすべてを悲観して、自殺するしかなかったんだろうね。梅崎が持っていたものは、脅迫に使っていたものと、あの下衆な男の考えそうなことだが、戦利品だとでも思っていたんだろう。小山田君が許せないのも分かる気はする」

 という話を訊いて、

「なんてやつなんだ梅崎という男は。それじゃあ、管内での未解決の婦女暴行事件もやつの仕業のものもあるんじゃないかな?」

 と、柏木刑事がいうと、

「そうだね、表に出ていない事件を含めると、相当なものかも知れない。強姦罪は親告罪だからね。女性が訴え出なければ犯罪は表に出ない。それだけ卑劣な事件だ問うことだよ」

 と、桜井刑事は言った。

 すると、今度は清水刑事が思い出したように、

「ということは、第一の犯罪で表には出ていないけど、中島さくら子さんの殺害というもう一つの顔が隠されていたということになるのかな?」

 というので、

「ああ、そういうことになるんだよ。第一の事件では、自分が結局は殺されることになるのも知らずに、自分が殺そうとしている女性を共犯者に使って、自分に隠れ蓑をかぶせる形で、本当に殺したい彼女を抹殺する。そして、第三の事件では、さらに自分が殺される。本当の悪党というのは、自分が殺されることは、絶対に予見はできないんじゃないかな? それだけ自分に自信があrんだろう。そうじゃないと、大胆な犯罪を起こしたり、考えたりなんかできるものではない。攻撃は最大の防御という言葉があるけど、犯罪にそんなものが通用するんだろうかって私は思うんだ」

 と桜井は言った。

「じゃあ、今回の事件は、第一の事件では、松本の事件はカモフラージュで、行方不明になった女性を殺すことが目的で犯人は、梅崎。第二の犯行は、自分が犯人ではなく、狙われたと思わせるための小山田の工作。でも。簡単に看破できるようなことをどうしてやったんですか?」

 と清水刑事がいうと。

「それは、小山田は最初から逃げも隠れもしたくないのさ。あくまでも第二の事件は時間稼ぎ。第三の事件を起こす前に、自分が警察から監視されていてはできないからね。監視されているとしても、それは、命を狙われた被害者として、警察が守ってくれているという状況は、犯行を犯すにはまったく違うシチュエーションだからね。そういう意味では彼は逃げようなんて思っていないんだ。最後は自首してくるか、自殺するかのどちらかだろうね。一応、指名手配はするつもりだけど、まず、無事に見つけることはできないと思っている」

 そう言って、桜井刑事は寂しそうな顔をした。


 事件はほぼ桜井刑事の言うとおりに推移した。

 小山田の自殺死体は自殺の名所と言われる断崖絶壁で、彼の靴とカバンと一緒に見つかった。

 そして、彼のカバンの中に手紙というか告白状が便箋に入っていて、その中に部屋の鍵があった。

 どこかのペンションの部屋の鍵のようで、そこでさくら子は殺されていた。数日以内に、梅崎が、庭に埋めるつもりだったという。

 それから、二人は第三の事件が起こらなければどうなっていたのか、告白状には書いていたが、第一の犯行をやつが行ったことで、自分も犯行を行うことに覚悟を決めたということであった。

 つまり、梅崎は、自分で自分の首を絞めたのだ。

「この事件は、ある意味、皆梅崎に操られている形にはなったが、結局梅崎の行動がすべてを導くことで、最後は殺されるという結果になったんだろうな。俺は今までの犯人の中で、この梅崎という男は許せない思いでいっぱいなんだ。そういう意味では、小山田は気の毒だと思う」

 と、桜井刑事は言ったが、

「本当にそうなのだろうか?」

 と一人、事件を冷静に見ていたのが、小山田という男を一番よく知っている長谷川巡査だった。

「でも、これでよかったんだろうな」

 と、内心モヤモヤを抱えたまま、事件解決に喜ぶ刑事たちを冷静な目で見ている長谷川巡査に気づいた人は、誰もいないだろう……。


                  (  完  )

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伏線相違の連鎖 森本 晃次 @kakku

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