第74話 キングス・エンターテインメント③



「……なん……だって……?」


 俺は思わず声を漏らした。

 斜め上からの、提案だった。


、と言ったんだ」

 王社長は深々と椅子に腰掛けたまま、腕を広げた。

 まさに此処、オーロラ・プロダクションそのものを、示すかのように。

「俺はお前を理解しているぞ。お前がオーロラを好きにしたがっていることも。V-DREAMERSブイ・ドリーマーズ社の風評被害に苦しんでいることも。その上で、俺にいちゃもんをつけるくらいしか手がないほどに八方塞がりだということもな。それを全て俺が解決してやろうじゃないか」


 ──嘘だ。

 そう俺は直感した。これは罠だ、と。

 王社長が、自分が解雇リストラした相手に手のひらをひっくりかえして、勧誘をするだって?


 それは俺の中の王社長像から離れた行為だ。


 王社長は傲慢で、器量の小さい暴君だ。

 己に否定的な意見を述べただけの人気Vライバー雷神ヴァオをその場で契約解除するような小心者だ。

 そんな男が、この場で、俺を再び採用するなんて、ありえない。


 しかし否応なく、俺の脳内には、かつての後悔と景色が溢れ出す。

 昼夜を忘れて向き合い続けた、オーロラ・プロダクションのVライバーたちの姿だ。


 ──佐々木さんがいてくれたから、私たちは輝けてるんです

 ──佐々木っちがいなかったら、正直、ウチは続けられなかったなー

 ──佐々木マネージャーになら、オーロラの全員、これからもついていきますよ!

 ──ありがとな、佐々木マネージャー

 ──ありがとうございますっ!

 ──ありがとね

 ──ありがとう

 ──ありがとう

 ──ありがとう……


 ──「「「ありがとうございます、マネージャー」」」──


「……っ……!」


 馬鹿な。惑わされるな。今の俺は、V-DREAMERSの佐々木蒼だ。

 揺さぶり以外に俺のカードは無いんだ。俺が動揺してどうする。

 冷静になれ。惑わされずに議論のカードを切り続けて、勝利条件への道筋を模索すべき──


「ふん。勘ぐっているようだが、裏はないぞ」

 言葉を選びかねている俺を、王社長は切長の眉をなぞりながら見据えた。

「委託先だった兵吾や金城が犯罪者だったせいで、オーロラの担い手が空いているんだ。社員連中はどいつもこいつも無能でな。いつまで経っても手離れしない状況に俺は辟易してきた」


 ──おいおい、マジか……?


「もういいだろう、佐々木? の面倒見は疲れるだろう。お前をオーロラ・プロダクションの、つまりはキングス・エンターテインメントのVTuber部門の長にしてやる」

 王社長は告げた。

「望むなら和寺わじと共同部長という形でもいいぞ? 待遇はそうだな、月収200万円でどうだ。営業利益の5%として賞与ボーナスも与えよう。お前の役務はオーロラを常に右肩上がりに成長させることだ。株主どもへのポーズがとれれば十分だ。断る理由はあるまい」


 ──くそ、これは、本気だ……!


 俺は認識を改めた。頭を抱える。

 急速に、俺の中の王社長の像と、現実の王社長の言行が一致していた。

 

 要するに、王社長は


 王社長がオーロラに手を焼いていることは『事実』だ。

 そして、俺が最も弱っている今こそが……すなわち、俺と王社長の暗黙の勝負が決しかけている今こそが……王社長にとって最善な攻撃のタイミングなのだ。

 自らの誤りを──杜撰ずさんな解雇を一切かえりみることなく、プライドを保ったまま時計の針を戻すための。


「……ありがたいお誘いですが、お応えできません」


「ふん。V-DREAMERSを見捨てられないからか?」


「……その通りです」


「くく……。見捨てなければ、救えると思っているのか?」


「……っ……」


「俺が、?」

 王社長の声が、殺意を伴って、俺の首に手をかけてくる。

「キングスは王だ。通すと決めた我儘はどんな手段でも通す。俺の軍門に下らないのなら、お前を生かす理由は無い。このままアイリスの弱小事務所諸共もろとも、潰すまでだ」


 ──くそ……、なんてザマだ……。


 認めるしかない。俺は、揺さぶられてしまった。

 王社長のオファーを受ける気はさらさらないが……オーロラ・プロダクションは、俺が社会人生活を捧げた『全て』だったのだ。


 キングスに解雇を宣告されてから、ずっと。

 「辞めたくない」「ここにいたい」と、思わなかったことなんて1秒たりともなかった。

 夢は尽きていなかった。

 もっとできることがあった。

 未来に向かう明確なプランを描けていた。

 Vライバーたちにしてやりたいことは、山ほどあったのだ。


 それが一瞬で吹き飛んだ。

 失意と、悔しさと、不完全燃焼のなかで、行く宛もなく彷徨さまよって。

 そして高山愛里朱と出会えたから、やっと、忘れられていたんだ。


 それを、まんまと、えぐり出されてしまった。

 まだ、あの頃に戻れると、甘い罠に絡め取られてしまった。


「……俺は…………」


 オーロラに戻るわけにはいかない。それは愛里朱への裏切りになる。

 俺はVライバーを絶対に裏切らない。今度こそだ。

 だが──しかし……


 このままV-DREAMERSにいても、高山愛里朱を救えないのは、『事実』ではないのか……?


 俺にはどんな道が残されている?

 いまここで、王社長の誘いを受けて、オーロラ・プロダクションの内部から彼女を救ったほうが効率がいいんじゃないのか……?



 俺は…………



『……はーーーーあァ』


 嘆息が聞こえた。


『黙って聞いてりゃァ、見事に甘さにつけこまれちまってるじゃァねぇかッ、佐々木ィ!』


 事務所の隅にあったPCが、いつの間にか電源がついていた。


 いや、最初から──ついていたのだ。


 そのPCは常時起動している。

 表示されているのは、3Dモデルをインポートすることで、実際に3D空間のオフィスを歩き回りながら仕事仲間に話しかけられるバーチャル・オフィス・サービスだ。


『クッハハハハッ! おいおい久しぶりだなァ、王社長ジュニアッ! 元気してたかァッ!?』


 ほとばしる稲光いなびかりを纏いながら少女が仁王立ちしていた。

 VTuber、雷神らいじんヴァオが、ばちばちと雷光の瞬く瞳をカメラに近づけて笑った。


『佐々木が使い忘れてる切り札を、ヴァオ様が届けに来てやったぜェッ!!』




──────────────────────




 今回もお読みいただきありがとうございます。


 この作品を書き始めてから、昔読んだ『物語論』の本を読み返してみているのですが、安定しかけた物語の均衡を崩すピエロのような存在を「トリックスター」というそうですね。

 雷神ヴァオは、首をつっこんでくるたびに事態をかき回す、まさに「トリックスター」な気がします。


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所属ライバー全員から唯一信頼されている俺を解雇なんて正気ですか?【30万PV感謝】 佐々木蒼 @sasakiao

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