第73話 キングス・エンターテインメント②



「……王社長。俺の望みは、あなたが金城かなしろの件を反省し、オーロラ・プロダクションのVライバーたちをこれ以上悲しませないと誓うことです」


 俺は王社長に告げた。

 そう。俺は今日、ここで王社長を説き伏せ、三つの勝利条件を達成する必要があった。


 第一、金城の件について王社長に反省を促し、オーロラ・プロダクションの慎重な運用を誓わせること。これにより蛇王ルキや獅紀チサトを救える。


 第二、『雷神ヴァオが佐々木蒼に引き抜かれた』というデマを撤回させること。これにより雷神ヴァオのブランドと俺自身の活動可能性を救える。


 第三、Vドリの身の潔白をオフィシャルで宣言させること。『V-DREAMERS社=キングス・エンターテイメントの裏切り者達』という汚名を払拭させるのだ。これにより高山愛里朱を救える。


 俺の手札のカードは『「トラブル続きなキングス」という汚名を挽回する施策』としてこれを提案すること。面子のビジネスをする者同士だ。王社長にも、ここの危険性を理解させれば、ダメージを与えられるはずだ。


「ふん。俺がいつタレントどもを能動的に悲しませた?」


 しかし、王社長は切長の眉をなぞりながら鼻で笑う。


「あいにく俺は暇じゃない。能力不足にも関わらず芸能界に飛び込んできた無能どもが、勝手に世をはかなむのも、兵吾ひょうご金城かなしろのいる環境に順応できず滅んでいくのも、知ったことか。無能は死ぬ。有能だけが生存する。それが芸能界の摂理だ」


「そんな考えは間違っています。職務放棄に近い怠慢だ」


「……ほう?」


「たしかに、エンタメ業界は競争の世界です。それでも、その中にあってのが、俺たちの存在意義でしょう? それなのに、いたずらに環境を過酷化させて淘汰を促進するなんて、タレントの人生に対し無責任すぎる。少なくとも世間はそう捉えます」


「おいおい佐々木、話を聞いていたか? 俺は過酷化などさせていない。俺が行ったのは『適正化』だ。お前や和寺がいた頃の、ぬる過ぎたオーロラを、この俺が代わりに是正してやったんだ。実力主義ので、タレントが早期に脱落していくのは、むしろ健全だろう」

 王社長が俺を睨んでほくそ笑む。

「加えて、何度でも繰り返してやるが、金城直美は俺の仲間でもなんでもない。『金城の件を反省する』ことが望みだと? 全くの筋違いだ! そもそも、金城直美の犯罪行為は俺の預かり知らぬものだ。無関係なことで喚かれても、時間の無駄としか言いようがないな」


「無駄なのは、王社長の言い訳のほうです。『金城の事件に自分は関係がなかった』『キングスもただの被害者だ』。そんな言説を、本当に社会が信じるとでも思っているのですか?」


「くく……! ふはははははははっ!」

 王社長が口に指を添えて笑った。

「あぁ……随分と必死だな佐々木? そんなに俺を悪者にしたいのか?」 


「事実を申し上げたまでです」


「『事実』か。くく、お前はキングスの力を何も分かっていないんだな」


 王社長は笑いを堪えるように目を細める。そして──


「俺の言葉を、社会が信じるか、だと? 愚問をほざくな。?」


 王社長は、一転して、冷徹で鋭い視線で俺を射抜いた。


「キングスが保有する公式ファンクラブの累計有料会員数を知らないのか? 2,000万人を超える。それだけの人間が、金と時間を、つまりは人生を、俺に貢いでいるんだぞ。くく、芸能ファンというのは愚直なものでな、己の生涯を捧げた憧れ《タレント》の価値が落魄おちぶれるのを許さないんだ」


「……傲慢だ」


 俺は呟く。

 ファン達は王社長に貢ぐためにタレントを推しているわけでは決して無い。

 ──演者の力を自分のものと誤解するな。

 そう叱咤したかったが、隙なく、王社長は続けた。


「お気に入りの役者を守ってもいい理由さえ見つかるなら、愚昧なファンどもは確実に擁護に走るのさ。だから、俺が、理由を与えてやるんだ」

 王社長は、まるで世界そのものに手をかけるかのように、宙に手を掲げる。

社会全員の敵パブリック・エネミーである金城の悪行を、俺たちは陰からさらに暴露し扇動する。それをキングスが表で派手に糾弾する。大金を支払って訴訟を起こし、叩き潰したのち、英雄キングスの偉業を告げるのだ。タレントは被害者だ。悪者は王によって倒されたと。くく、この甘い英雄譚ストーリーに抗える凡人は少ないだろうな」


「本気でそんなことを……? 自分で火を煽り広げてから鎮火ドラマで魅せるなんて……。それじゃ典型的な『問題拡大策略マッチポンプ』だ」


 あまりにも視聴者を舐めた物言いで業腹ごうはらだったが……正直、この展開はマズかった。


 王社長が本気で、炎上も風評も全てを力技でコントロールしようとしたのなら……おそらく、可能だろう。


 ──王社長がタレントをあまりにも軽視してきた。それは『事実』だ。

 ──兵吾や金城といった犯罪者を側近として利用してきたのも『事実』だ。


 しかし、そんな『事実』を世間に証明できるカードが、俺には皆無に等しいのだ。


 俺が王社長の横暴を知っているのは、ルキやヴァオの相談があったからだ。

 だからこそ、この場で俺が直接、王社長に揺さぶりをかけ、『リスクを回避しろ。死にたくなければ俺の要求を呑め』という論調で、要求を押し通すしかなかった。


 俺の手札の脆弱さに対し、王社長の手札は常に『最強』だ。

 ここから先の王社長のアクションには……金城の悪行の証拠や、それを打倒したキングス社の活動履歴という、公表に足る証拠が集められるだろう。

 世間の評価対象になるのは、王社長の手札から出た『事実』のみになる。


 王社長は傷ひとつ負わず。

 むしろ民からの評価を集め。

 オーロラは彼の下でこれからも苦しみ続ける。


「……そんなことは許せない。王社長の行いに正義はありません」


「正義だと? 正義とはなんだ。『潔くて美しい敗北』のことか? それとも『弱いひとにも優しくしましょう』という、資本主義の本質から目を背けきった、幼稚園児向けの道徳か?」


「いいえ。キングス・エンターテインメントの理念としての『』です。彼らを幸せにすることに、社長はまるで向き合えていない。こんなのは、俺が憧れたキングスの姿勢じゃありません」


「……佐々木、お前、何歳いくつだ?」

 王社長は呆れたように眉をひそめた。

「アニメの見過ぎか? くだらない綺麗事だ。稚拙な御為ごかしだ。まるで餓鬼が特撮テレビ番組を真似して口走っているかのようだぞ。くく、そんな御託を垂れたいなら、せめて、お前は新天地でもっとタレントを幸せにしてやれるべきだったな」


「……なんですって?」


「佐々木よ。V-DREAMERSブイ・ドリーマーズへの世論の風当たりは、随分と強いようじゃないか?」


「……っ……」


 、と俺は憤った。

 金城を動かして、Vドリや他の事務所の評判を下げにかかったのは、他ならぬ王社長であるくせに。

 日本一の芸能事務所を率いていながら、どうしてこうも白々しい、卑怯な言い回しができるんだ?


「お前はいま、『準最大手VTuber事務所のオーロラ・プロダクションから、人気Vライバー・雷神ヴァオを引き抜いた極悪人』と言われているようじゃないか。平和なVライバー界隈を荒らす邪魔な無法者だとな」

 王社長は、癖なのだろう、また切長の眉をなぞりながら笑んだ。

「くく、そこに加えて……アイリス・アイリッシュか。アニメを見ない俺でも知っている大物だ。こんな隠し弾を持っておきながら、不発に終えるなど、お前も無能側の人間なのかもしれないな」


「……ええ。一連のスキャンダルは俺の力不足です」

 もちろん実際には、雷神ヴァオはキングス社と競業避止契約を結んではいなかった。

 彼女がVドリに転籍することは何らルールに反するものではない。

 ヴァオは俺から引き抜きを受けたわけでもないし、俺も……彼女を連れて退職したわけではない。

 でも。

「…どんな背景があれど、世間にそう思わせてしまい、弁解できていないのは、俺の能力不足です」


「ふん。やっと身分相応の自己理解ができてきたじゃないか」

 くく、と王社長は笑った。

「新興芸能事務所であるV-DREAMERSにとって、これは手痛いネガティブ・キャンペーンだったな。芸能は清潔感が大切だ。快楽を貪りにタレントに群がるファンどもは、少しでも不快な悪臭がしたら鼻をつまんで去ってしまう。今後、お前らの事務所に所属したいと思うタレントは、滅多に現れないだろう。このままでは、お前達は終わりだな?」


 畜生。それも『事実』だ。


 王社長は愚かだ。愚かだが、どうやら馬鹿ではない。

 大真面目に、俺とは、進む道を違えているだけだ。


 やっと分かってきた。俺も王社長も勝利に貪欲だ。

 俺は『タレントの幸福』を。王社長は『己のやり方でのビジネスの成功』を。

 目的がブレないがあまり、互いに価値観がズレすぎているのだ。


 これはマズい。想定以上に言葉が通じない。

 あまりにも本質的に思想が異なるせいで『第一の勝利条件』すら達成できていない──


「どうした、佐々木? なんとか言ったらどうだ」

 王社長が嘲りを浮かべて俺を眺めてくる。

「気づかれていないと思っていたか? お前が俺に会いに来たのは、金城の件で俺の揚げ足を取れると思ったからだろう。俺を言いくるめ、オーロラをお前の思想に近づけさせ……ついでに、お前やアイリス・アイリッシュにまつわる悪評を否定させるためだろう?」


 ──くそ、バレている……!

 堂々とマッチポンプをしておきながら盗人猛々しい。


 どうする? 一度、撤退すべきか?

 実のところ、俺にはまだ『切り札ジョーカー』がある。こうなることを予期したから提示された、飛び道具的な最終的解決手段が。


 ──いや、ダメだ。このジョーカーは、絶対に切れない。

 あまりに危険だし、道義にもとるからだ。

 選択肢に入れるわけにはいかない。忘れよう。落ち着くんだ。まだ他にやりようがあるはずだ──


「ふん。キングスを追放され、別組織で事業を立ち上げたお前も、いよいよ手詰まりか」

 俺の沈黙を絶望ととったのだろう。

 王社長が長い脚を組んだまま、頬杖をついて言う。

「だが佐々木、安心しろ。お前に見えていなくても、俺にはお前が進むべき道が見えているぞ」


 俺は発言を待ってしまった。これが命取りだった。

 続いた王社長の発言は、俺にとって、必殺技にも等しいものだったから。


「佐々木。




──────────────────────




 今回もお読みいただきありがとうございます。


 更新を怠ってしまい大変失礼いたしました!!!(土下座をしながら地球の内核に到達する)

 し、仕事に忙殺されてました。。。

 三連休でチャージできましたので、またお楽しみいただけますと幸いです…!


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