4
遥香は私の質問に答えなかった。まるで別のことを私に言った。
「七海。あなた、この前、綾乃にトイレの個室に閉じ込められて、よっぽど怖かったみたいね。でもね、七海。・・私はトイレの個室に閉じ込められても、ちっとも怖くなんかないわよ。・・・怖いっていうのはね、七海。こういうことを言うのよ。あなた、ちょっと後ろを振り向いてごらんなさい」
えっ?
私は後ろを振り返った。
綾乃がナイフを右手に持って立っていた。ナイフの刃渡りは30cm以上あるだろう。小刀と言っていいようなものだ。綾乃が、振り返った私を見て、ニヤリと不気味に笑った。綾乃の笑いとともに、ナイフの長く鋭い刃がキラリと部屋の照明に光った。私の背中が凍りついた。
「あ、綾乃。な、何をするの? やめて・・綾乃」
綾乃は逃げようとする私の肩を空いている左手で押さえつけた。ものすごい力だった。そして、綾乃は、私のブラウスの上から、ナイフを私の左胸に突き当てた。乳房のすぐ下だ。ナイフの鋭利な刃が、ブラジャーの樹脂製のワイヤーを切り裂くのが分かった。次の瞬間、ナイフの刃が私の左胸の乳房の下に深々と侵入していった。
えっ?
ナイフの刃の冷たい感触が私の左胸を深く貫いていく。不思議に痛みは感じなかった。綾乃のピンクのスマホが、私の手から床のピンクのカーペットの上に滑り落ちた。私の口から声が出た。
「あ、綾乃。どうして?」
綾乃の声がした。
「どう、七海。今回の『13日の金曜日』は? 前回の『13日の金曜日』より少しは怖いかしら?」
そう言って、綾乃はナイフを私の左胸に、さらに深く突き刺していく。私の乳房の下に突き刺さったナイフの長い刃が、部屋の照明に鋭く光った。私は、その光を上から呆然と
綾乃が『13日の金曜日』で私を怖がらせるために・・私を殺すことまでするなんて・・どうして?
思わず、私の口から再び声が出た。
「あ、綾乃。『13日の金曜日』のために、どうして、私を殺すことまでするの?」
床のピンクのカーペットの上に転がった、綾乃のピンクのスマホから、遥香の甲高い笑い声が部屋の中に響いた。
「あはははは。あはははは・・」
遥香の笑い声の中で、綾乃の声がした。
「七海。あなた、いい加減に気づきなさいよ。・・遥香はね、去年、女子寮の、私たちがいつも使う、この2階のトイレで焼身自殺したのよ。トイレの一番奥の個室に入って、ガソリンを
えっ・・
私の眼に映る綾乃のピンクのかわいい部屋が・・みるみる崩れていって・・無残な焼け跡に変わった。
了
女子寮 永嶋良一 @azuki-takuan
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