赤と青

金平糖

1

青褐あおがら呉須色ごすいろ、印度藍…。

青にも様々な名前が存在すると知った時は、心がときめいた。

朱音は昔から、名前に反して青い色が好きだった。

空、海、名前は分からないけどたまに雑草に混じって生えてる小花。

当たり前のように背景として存在しているが、点になった途端に目を引くそんな色。

じぶんの名前が瑠璃とか葵だったら良かったのになぁ…なんて思ったこともあるくらいだ。

普段目にしてもスルーしていたような色も、こうしてかっこいい和名と明朝体で紹介されると途端におしゃれに見えてきて、夢中になってページをめくる。


「この中ならこれかな。」

図鑑を覗き込んできた藍が、百群びゃくぐんという色を指差した。

さわやかな淡い水色はいかにも、今を楽しんで生きている彼女らしい。


「ふーん、私これ。」

そう言って藍鉄色を指す。


「なんか地味じゃない?」

「いいじゃん、なんか冷たそうだし。」



図鑑は図書館で借りたものだった。

夏休みのポスター制作の課題で、あまりにも描くものが思いつかないので何かのアイディアになるかと適当に10冊ほどまとめて借りてきたのだが、たまたま彼女も進んでいないと言うので集まって一緒に進める事にしたのだ。


「じゃ、とりあえずこの色使うってことで一縛りね。」


「オッケー。」


・・・


思い付かない。

気付けば二人ともスマホをいじり出していた。


「ねぇ、エリのグループって男女6人で海行ったらしいよ。」

「へー。」

「で私らは地味に課題。」

「………。」

「なんか虚しくない?こんなことやってるうちに貴重な高2の夏休み終わっちゃうよ。」

「行けば良かったのに。どうせ今年も誘われたんでしょ?」

「黄色い感じは好きじゃないの。」

「私は行かないよ。外、暑いもん。」

「じゃ、暑くないとこ行こ。」

「ここじゃん。行かないってば。」

「ここじゃダメなの。多分私たちさ、じっとしてるから何も思いつかないんだよ。」

「まぁそれはありえるけどさぁ…行きたいとこ別にないじゃん。」

「あるよ。」

「どこ?」




気付けば遊園地にいた。


「人混みに炎天下に…これのどこが暑くないんだか。」

悪態をつきながらも、いざ来てみたらまわりの楽しい雰囲気に釣られて浮ついている自分もいて、その事がなんだか妙に恥ずかしい。


「まぁまぁ、こっち来て見なって。」


学生らしからぬテンションの低さで藍に連れられた先は、氷の館と呼ばれるアトラクションだった。

内部は氷でできていて、中の気温はマイナスで保たれているらしい。


「あのさ…。」


色々言いたい事はあったが、ここまで来ておいてグチグチ言うのもナンセンスだ。

幸いにも列はできていなかったため、朱音は藍に続いて館内に入った。


「藍?」


入るともう藍の姿が見えなくなっていた。

何の為に二人で来たというのか…時間的にそんなに先には行っていないと思い先へ進むが、藍の姿は見当たらない。

しかも厄介な事に、そこは迷路的な要素も兼ね備えているらしく、鏡にぶつかりかけたりだんだん寒くなってきたりと朱音のイライラは募った。


「ちょっと藍?待ってよ。」



やっと見つけたと思い視界に飛び込んできたのは、倒れている藍の姿だった。


「藍。…藍!ちょっと藍!!」


慌てて駆け寄り呼びかけるが、反応はない。

一旦ここを出なければ。

最初に戻るかここを抜けたら係員の人がいるはずだから、事情を説明して…。

焦りが先行してか来た道が頭から飛んでしまい、他の客も見当たらない。

朱音は藍をおぶって半ばパニックになりながら、一進一退を繰り返す。

その間にも藍の顔色は悪くなっていき、唇は真っ白だった。


・・・



自分たちだけが世界に取り残されたような錯覚におちいる。

意識のない藍をおぶって歩いているが、信じられない事に、あれから一時間近くこの中を彷徨っている。

その間人っ子一人通らないし、外観からしてあんな小さな建物、虱潰しに全てのルートを行き止まりまで進んだとしてもここまでの時間はかからないはずだ。

おまけにスマホも圏外で、朱音の心と表情はもうボロボロだった。

最初は気持ちいいと感じたこの涼しさも今はただただ寒く、温かな外がもう恋しい。

指先が氷のように冷たい。息が白い。

脚が棒になった朱音はとうとうそこに座り込んでしまい、藍をゆすった。


「藍。藍!!」


どうしたらいいのか分からず、泣きながら大声で叫び続けていると、藍の瞼が少し動

いた気がした。


瞼がゆっくりと開かれ、長い睫毛が上を向く。


「朱音…?」


「…藍!!どうしたの、いきなり倒れて。ほんと、私…。」


「ごめん、貧血…かな。もっとちゃんと食べてくればよかったね。」


藍は少し笑って、自分の力で起き上がる。


「あの…本当に大丈夫?」


朱音は心配で藍の顔を注意深く覗き込んだ。


「うん、大丈夫。行こっか…出口、こっちだから。」


藍の頬は徐々に血色を取り戻していた。

朱音はそれを見た時、忘れていた呼吸を再開し、また少しだけ泣いた。

そして初めて赤に感謝した。

そうだ…赤がなければ青を認識する事もできない。

炎、赤ちゃん、血液の色。

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赤と青 金平糖 @konpe1tou

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