エピローグ ちょっとだけ未来のお話
有栖優希は、その日とあるイベント会場へとやってきていた。
配信者超絶フェスティバル。
国内最大級といわれる配信者の祭典。
トップレベルの配信者たちが集まって歌って踊り、様々な催しが行われる、ファンにとってはまさに夢のようなイベントだ。
そんなところに、小学六年生になったばかりの優希は、父親と共にやってきていた。
(きた、ついに来ちゃった。ここにミアちゃんがいるんだ)
優希の目当ては、ミアという幽霊の女の子だった。
以前、優希は不思議な世界に迷い込み、そこで化け物に襲われかけたところを金色の髪をした美しい少女に助けられたという経験がある。
後に調べたところ、優希を助けてくれた少女が配信者のミアだったと知って、それ以来ずっとファンを続けてきたのだが。
そんなミアがこのイベントに出ると知って、優希は両親に懇願、お小遣いをはたいて、ついに会場へとやってきたのだ。
「ふわー……」
物珍しさから周囲を見回してしまう。
会場内はとても広い。
いたるところに何かしらのブースがあり、グッズを売っていたり、トークをしていたりとまるでお祭りにでも来ているかのようだ。
壁には優希でも知っているような有名配信者のポスターが貼られ、どこかで見たような巨大なぬいぐるみが展示されており、配信者が書いたと思われるサインや言葉などが飾られている。
そして、周囲を埋め尽くす人の波。
あっちを見てもこっちを見ても人、人、人。
ついに来た、という優希の気持ちをこれでもかと盛り上げるのに十分すぎる光景だった。
「お、お父さん、早く早く!」
思わず父親をせかしてしまう。
これからミアの主導する幽霊プロジェクトのライブがあるのだ。
席は事前予約で決まっているし、まだ時間に余裕はあるので急ぐ必要はないのだが、万が一間に合わなくなってしまってはたまらないと、優希は父親を引っ張った。
周囲を見渡すと、大人だけでなく子どもの姿もチラホラと見かける。
「愛莉ちゃん、こっちこっち!」
「待ってよ凛ちゃん、そんな急がなくてもまだ時間あるって」
ふと、優希と同じくらいの年齢の二人組が前をかけて行った。
おさげの大人しそうな女の子と、左右で小さく髪を括った気の強そうな女の子だ。
どうやら目指す先は自分と同じらしい。
(もしかしてあの二人もミアちゃんのファンなのかな? ミアちゃん可愛くてカッコいいもんね!)
違う可能性もあるが、そうに違いないと思い込んだ優希は推しの人気っぷりを想像して密かに気分を良くしていた。
◯
「えっと、席はこの辺かな? お父さん、あったよ!」
目当ての席を見つけ、優希が声を上げる。
父親が元気のいい娘の姿に苦笑しながらやってくる。
既に周囲は人で溢れており、優希と父親が座る予定の席の左右も埋まっている。
「秋葉、お前サイリウム持ちすぎじゃないか?」
「バカ言え。ヲタ芸で遅れをとったら洒落にならんだろ。雅樹こそそんな装備で大丈夫か?」
隣では大人の男性が二人、何やら言い合っていた。
おそらくはこの二人もミア友なのだろう。
結構な気合いが入っているようで、お揃いのハッピを着てミア友と書かれた鉢巻を巻いている。
この人たちもミアちゃんが好きなんだ、と思うと妙な親近感を覚える。
そうこうしている間に、ステージに配信者が上がり歌い始めた。
優希も顔は見たことがある配信者だ。
(ミアちゃんの番は次の次だ。なんか緊張してきちゃった)
盛り上がる会場内、熱気と緊張感にあてられ、優希はブルリと一度身体を震わせた。
よく知らない配信者の歌だったが、周囲の雰囲気もあって不思議と退屈はしない。
むしろ、心の準備をしながら見ていたことで、自然に緊張もほぐれ楽しめたように思う。
そして、舞台上で一度入れ替わりが起こり、その次の演者の歌唱も終わって少し経った頃。
『次は幽霊プロジェクトの皆さんです』
司会のアナウンスと共に、舞台上にスモークが焚かれる。
(来た!)
優希の胸が高鳴る。
動くライト、広がるスモーク、そんな中、一体どこから現れたのか、複数の人影が上方から舞台に向けてゆっくりと降りてきた。
何もないところから突然現れたように見えた。
ここまでの配信者達がみんな舞台袖から現れて舞台袖へと退場していったので、自然そちらへと目線を動かしていたのだが、予想外の登場だった。
まるで重さを感じさせない、羽のように軽やかにステージに降り立ったその中心人物は、金色の髪の半透明な少女だ。
(ミアちゃん! ミアちゃんだ! 本物だ!)
知らず、優希のテンションも爆上がりする。
「MIAAAA!!」
少し遠くから声が聞こえる。
そちらを見てみると、外国人の青年が身を乗り出すようにして叫んでいた。
そういえば英語圏の人たちからも人気があるんだった、と優希は思う。
特に最初に注目が集まったアメリカと、彼女の両親の出身地と言われるイギリスからは根強い人気があるようだ。
登場したのはミアだけでなく、複数の少女たちだ。
優希から見てミアの右にいるのは真宵真夜だ。
幽霊プロジェクトのお騒がせ担当で、ムードメーカーとも言われている。
左にいるのは夢音とまれ。
ミアちゃんがファンということで、優希自身何度か嫉妬したこともある。
どちらも配信者として人気があり、それも納得できるほど可愛らしい。
そしてバックダンサーを務める日本人形とラクガキのような女の子、そして人間をデフォルメしたような不思議な生物。
市子さんとドゥ子、そしてマヨナイトだ。
ミア友にとっては見慣れた面々だが、どうやら初めて見る人たちもいるようで、周囲からどよめきが聞こえる。
特に真夜ととまるんなんかは生身の人間のはずなのに、ミアと一緒に突然空中に現れたように見えた。
どういう仕組みなのかはわからないが、優希ですら驚いたので、初見の人なら尚更だろう。
音楽が始まる。
どこかボーイッシュな、それでいて可愛さは残したような統一された服装に身を包んだ少女達が踊り出す。
それは幻想的な光景だった。
まるで光に溶けるように姿を消したかと思うと、宙に浮いた状態で現れるミアちゃん。
時には観客の上を歩きながら、ミアだけでなく真夜やとまれも一緒に空中を踊り回る。
マイクがまるで意思を持っているように宙を舞い、ミアが腕を振ればその先に光が輝く。
まるでお伽話に登場するような小さく可愛らしい生物が多数登場し、幽霊プロジェクトの面々と一緒に踊り出す。
明らかに場内の設備以外の力が働いている光景に、場が盛り上がりは最高潮へと達していく。
(すごい、すごい、すごい! やっぱりミアちゃんはすごいんだ!)
優希も例に漏れずはしゃぎ回る。
まるで空想の世界に迷い込んだような興奮が会場全体を包んでいた。
◯
「ふあ〜……すごかったなあ」
ライブも終わってそれなりの時間が経ったが、未だ余韻が抜けていない優希だった。
とはいえ、いつまでもジッとしてはいられない。
夢心地半ばでも、父親に手を引かれ次のイベント場所へと足を運んでいた。
むしろ優希にとってはライブよりもこちらが本命といえる。
実はこのイベント、抽選で当たった者に限られるが、配信者と一対一で会話する時間が与えられるという夢のような企画があった。
そして、優希は見事厳しい倍率をくぐり抜け、その権利を獲得していたのである。
(ミアちゃんと話せるんだ。うわあ、どうしよう。えっと、まずは前に助けてもらったお礼を言って……あ、で、でも私のことなんて覚えてないだろうし、逆に迷惑になっちゃうかな?)
色々と考えつつ、期待に胸を弾ませる。
当然ながら、配信者と直接対面して話せるわけではない。
ヘッドホンをつけて、画面を通してのビデオ通話となる。
とはいえ、推しと一対一で話せるという事実は変わらない。
そのための個室へと続く列に、一旦父親と分かれて優希は並ぶ。
真っ直ぐに続く列は、優希が並んでいるところだけではなく、他にも複数あった。
それぞれが別の配信者とのトークルームへと繋がる列である。
超絶フェスティバルに呼ばれるくらいなので、いずれも人気の配信者だ。
並ぶ人々も嬉しそうな、どこかソワソワとした空気を出してその時を待っていた。
今優希が並んでいる列がミアとの会話を希望した者達の列であり、つまるところその全員がミア友といえる。
抽選で絞ってこれだけいるのだから、希望者はもっと多かったことだろう。
優希の番までは十人前後といったところか。
列の先頭のほうには、ミアちゃんラブと書かれたTシャツを身に纏い、額にはミア友と書かれた黄色のハチマキをつけた男性がいた。
随分と気合いが入っている。
やっぱりここまで来るような人は本気度が違うな、と優希は思った。
(いや、本気度なら私も負けてないもん! ミアちゃんに絶対お礼を言うんだ!)
頬を叩いて気合いを入れ直す。
そして、待つことしばらく。
ついに優希の番がやってくる。
緊張しながら部屋に入る。
その瞬間、優希は息が止まるかと思った。
何故なら憧れの少女がすぐ目の前にいたからだ。
壁に設置されたテレビに大きく映り込んでいる、ミアという幽霊の少女。
半透明でありながらハッキリとわかる美しく愛らしい目鼻立ち。輝く金の髪に優しげな笑顔を浮かべる様子はまるで天使のよう。
間違いなく、あの日、あの時、優希を助けてくれた女の子だった。
震える手でヘッドセットを身につける。
「あ、あの、その、わ、私」
言いたいことはたくさんあったはずなのに声が出ない。
頭が真っ白になって何を言おうとしていたのかさえ忘れてしまう。
『あれ? 君は前に異界に迷い込んでた……』
「お、覚えてくれてたんですか!?」
ふいに呟かれた言葉に優希が表情を明るくする。
『忘れるわけないよ。こっちこそ覚えててくれたんだね。ありがとう』
憧れの少女が嬉しそうに微笑む。
それだけで、優希は胸がいっぱいになって、涙を浮かべてしまった。
そして、ずっと言いたかった言葉を、万感の思いを込めて伝えるのだ。
「あの時は助けてくれて本当にありがとうございました! ミアちゃん大好きです!」
TS転生したと思ったら死んで幽霊になったので配信者になる 犬まみれ @inumamire
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