最終話 やっぱり配信するぞ

 怨霊退治の後、俺は廃墟の屋根裏部屋へと来ていた。

 目の前には、相変わらず大怪獣のような巨大さを誇る蜘蛛神様。

 そして、俺の傍らで構ってほしそうに尻尾を振る狸もどきもいる。

 

 実のところ、ある程度以上の大物を倒した後には、こうして屋根裏を訪れるのが習慣になってしまっていた。

 なんだかんだで混ざりが怖いのだ。

 対策はしているので今となっては問題ないはずなのだが、それでも気付かないうちに混ざっていたという恐怖は、自分でも思っていた以上のトラウマになっているらしい。

 

 もし混ざっていたら蜘蛛神様が何とかしてくれるかも、という浅ましい打算でもって会いに来ているというわけだ。

 

 ……まあそれはさておいても、落ち着くんだよなここ。

 

 森林浴とでもいうのか、のどかで大自然に囲まれた空間は妙なヒーリング効果がある気がする。

 俺が強くなったおかげか、蜘蛛神様を見ても以前のような恐怖はない。

 

 まあこうして見ても、未だに蜘蛛神様には勝てる気がしないというか、全くその底が見えないくらいだ。

 やり合えば一瞬で消滅させられるだろう。

 強敵を倒しても調子に乗らないよう、気を引き締めるという意味でもちょうど良かったのだ。

 

 別に蜘蛛神様に敵対する気はないんだけど、俺ももっと強くならないとな。

 

 蜘蛛神様という前例がいるわけだから、世界のどこかにはそれに匹敵する、あるいは上回る存在がいたとしてもおかしくない。

 いざという時に困らないよう、力は可能な限りつけておくべきだろう。

 

 そんなことをツラツラと考えていた時、近くにあった蜘蛛神様の脚の一本が動いた。

 脚の一本といえど、元々が山のように巨大な蜘蛛神様だ。

 それが急に動き出した迫力は相当なものがある。


 え、と思ったのも束の間、その足が突然割れて中から複数の細い脚が現れる。

 

 何事!?

 

 思わぬ自体に動揺する俺だが、脚の動きは止まらない。

 出現した細い脚が更に割れ、より小さくなった脚が複数出現する。

 そうした分裂とも呼べる行為を繰り返し、気づけばそのうちの一本が俺へと近づいてきていた。

 

 えっと、その、あの。

 

 どうしよう、逃げるべきか。

 いや、でも蜘蛛神様がその気なら俺はもう死んでいるはず。

 この行動にも敵意はないはずで……。

 

 などと考えている間に、脚が軽い音を立てて俺の頭に置かれる。

 そのまま良い子良い子するようにグリグリと撫でられた。

 

 おお、おおおお?

 

 意外と強い力に頭がグルングルン回る。

 

 あの、怖いし痛いんですが。

 

 これはあれだろうか。

 もしかして可愛がられてるんだろうか?


 わざわざ脚を細分化してまでの行動だ。

 少なくとも俺を傷つける意図がないのは明白である。


 何とも不器用な親愛の表現に引きつった笑いが浮かぶ。

 

 何が楽しいのか、狸もどきがはしゃぎながら俺の周りを回る。

 いつの間にか周囲には動物が集まってきたようで、鹿やら狼やらよくわからない鳥やらがこちらを見ている。

 

 悪い感じはしないというか、どちらかというと好意的な感情が伝わってくるのだが。


 ええと、なんだこの状況?


 気付けば、多数の動物に囲まれながら蜘蛛神様に頭をグリングリンされる俺という謎の構図が生まれていた。

 

 ……えっと、なんにせよ、今回も俺は別に混ざってなかったと思っていいんだよな?


 上目で見るも、蜘蛛神様が何を考えているのかなどわかるはずもない。

 

 そうして俺は、たくさんの瞳に見守られながら蜘蛛神様に頭を撫でくりまわされるという羞恥プレイにしばらく耐え続けるのだった。

 

 

 ◯

 

 

 それから自室に戻った俺は、配信までの間、様々なチェックを行っていた。


 配信の前にエゴサ自分の名前で検索したり連絡が来てないか確認するのが日課になっていたからなのだが。


「えっ」


 そこでいくつか驚愕の事実が発覚する。

 どうやら怨霊退治の間に予想外のことが色々起こっていたようだ。

 特に驚いたのが、ドゥ子と俺のことがアメリカのテレビで触れられたらしいことだ。

 

 まじか。

 慌ててエゴサ内容を確認すれば、ミア友の間ではそのことで持ちきりだ。


 テ、テレビ……。

 それもアメリカとか……。


 ゴシップ的な内容らしいが、ハッキリと俺とわかる映像も出てきていたようだ。

 何だか前もこんなことがあった気がする。

 あの時は日本で、それも見る人が見れば俺とわかる程度の内容だったが、今回はなんなら俺のチャンネルを紹介しているレベルでバッチリ放映されているらしい。


 い、以前よりもスケールが大きくなってる。

 

 俺って肖像権とかないもんな、多分。

 心霊番組とかで幽霊の映像とかってよく出てくるけど、そいつらが権利を主張したなんて話聞いたことないもん……。


 すわ本物の幽霊か! ということで向こうでは騒ぎになっているらしく、ドゥ子の騒動を上回るペースで拡散が進んでいる。

 

 おかげで登録者数も激増している。

 既に四十万人を超え、五十万人も近いうちに越えそうな勢いだ。

 

 三十万人記念配信は諦めたほうがよさそうだ……。

 次は五十万人記念配信かな……。


 思わず遠い目になってしまう。

 

 そして、更に俺の頭を悩ませることがあった。

 前々から保留にしていたイベントのお誘いやコラボのお誘いについてなのだが。

 

 イベントについては期限が近いものはお断りさせていただいていたし、まだ時間があるものやコラボのお誘いなんかは少し待ってほしいと言いつつ先延ばしにしてもらっていたのだが……その数は日々着実に増えてきていた。

 

 それ自体はありがたいことでもあるし、知名度のことを考慮して少しずつでも受けていこうかな、なんて考えてもいたのだが。

 

 今回アメリカのテレビに映ってしまったことが影響したのか、はたまた他の要因があるのか。

 あまりにも予想外のところからお誘いが来てしまったのだ。

 

 俺は信じられなくてモニターをもう一度見直す。

 ズラリと並んだお誘いの中に、その二人からのものが間違いなくあった。

 

 ポロムーチャと佐伯ルナ。

 

 日本に数多くいる女性配信者、その登録者数ナンナンバー1、2からのメールが来ていた。

 

「まじか〜……」


 さすがの俺でも知っているビッグネームからの連絡に、震えが止まらない。

 怖くて内容はまだ見ていないんだけど……。

 

 え、これってそういうことだよね?

 まさか、お前最近調子乗っててうざいぞ、なんていう苦情のメールではないよね?

 

 アメリカのテレビ放映といい女性配信者トップ2からのメールといい、怨霊退治から帰ってきたと思えばまさかここまで事態が動いているなんて。

 

「ど、どうしよう」


 怖い。

 なんかもう色々と怖くなってきた。

 

 何というかこう、既に状況は俺に制御できる範囲を超えて転がり始めているような気がする。

 

「そ、そういえば真夜さん達からもメッセージが来てたな」


 ひとまず、俺は現実逃避の意味もこめて、親しい人たちからの連絡に目を通すことにした。

 癒しが欲しい。

 

『ミアミアやっほー! 実はさ、今度十五万人記念配信をしようと思うんだけど、もし良かったらゲストで出てくれないかな? それと、幽霊プロジェクトだっけ? 私とマヨナイトも混ぜてよ! 私は霊視ができるし、マヨナイトもミアミアの子どもみたいなものだからね! 資格はあると思うのだ! あ、もちろんミアミアが良ければなんだけどね?』


 真夜さんからはコラボのお誘いと幽霊プロジェクトへの参加願いのようだ。

 おお、真夜さんもついに登録者数十五万人を突破したのか!

 おめでとう!


 これについては断る理由がないというか、記念すべき配信に呼んでもらえること自体光栄なので是非参加させてもらおう。

 

 ただ幽霊プロジェクトのほうはどうなのかな?

 別にこだわりがあるわけじゃないので参加してもらうのは構わないのだが、プロジェクトと名前をつけたものの、その内容についてはフワッとしすぎてて自分でも今後何をやるか決めていないのだ。

 

 まあせっかく言ってくれているのだから、参加してもらおうかな?

 それで、何をどうするかは一緒に話し合えばいいよね。

 それはそれで楽しそうだ。

 俺は、諸々承諾する旨を返信した。

 

 次いで、とまるんからのメッセージに目を通す。

 

『ミアさん、以前に私とミアさんと真夜ちゃんの三人で旅行に行こうと言っていた件なのですが、良ければ海外に行きませんか? ちょうど父の伝手で安く手配ができそうで』


 まさかの海外旅行のお誘い。

 う、うーん、これは予想外。

 

 続きに目を通すと、どうやら行き先はハワイのようだ。

 

 ハワイ。

 

 興味はあるが、どことなく気後れもしてしまう響きだ。

 そもそも、幽霊の俺が行けるのかという問題と、今現在アメリカ関係はタイムリー過ぎるという危惧があるが……。

 ちょっと考えさせて欲しいと返信しておこう。


 旅行自体は行きたいんだけどね。

 とまるんも楽しみにしていたみたいだし、できるだけ要望にそってあげたい気持ちもある。

 真面目に検討してみよう。

 

 最後にギャル子さんからのメッセージにも目を通す。

 

『拝啓ミアっち。あたしは元気です。かしこ』


 何この謎のメッセージ。

 まあギャル子さんは結構中身のないやり取りを好んだりするから、これも特に意味もないのかも知れない。

 私も元気ですと返しておく。

 

 ふー……、少し落ち着いてきたかな。

 

 世間は動いているし、俺も色々と考えないといけないことが多いが、焦っても仕方ないと思えるようになってきた。


 結局のところ、テレビについては俺にできることは現状ないし、放っておくしかない。

 認知度が上がるので決して悪いことばかりじゃないし、日本での時と同じくしばらくは様子見でいいだろう。


 女性配信者トップ2からのメールについても、特別騒ぐことはなさそうだ。

 確かにビックリしたが、コラボのお誘いをいただくこと自体は珍しくないし、内容次第ではあるが普通に対応すれば問題ないはずだ。


 そうだよな。

 結局俺にできることなんて限られているんだし、無理をする必要はないんだ。

 できることをできる範囲でやればいい。

 

 パソコンの内蔵時計を見る。

 配信の時間が近づいてきている。

 諸々はまた配信が終わってからでもゆっくり考えよう。

 

 状況がいくら動いても、根本のところは変わらないんだから。

 大事なのは俺が何をしたいかだよな。

 

「あー、あー、みんな、聞こえるー?」


『こんみゃー!』『こんみゃあああ!!』『聞こえるよー!』『ミアちゃーん』『きたー!』『ニュースみたぞ』『アメリカデビューわろた』


 つまり、まあ、なんだ。

 みんなと楽しくやれれば俺はそれで満足なんだから。


「こんみゃー! じゃあ今日も配信はっじめっるよー!」

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