17 怨霊退治するぞ(後)

「ドゥ子の能力?」


 その言葉に俺は首を傾げた。

 

 ドゥ子の能力については把握している。

 俺が頼んで作ってもらったのだから当然だ。

 しかし、今この場面で使えるようなものだっただろうか?

 

「お母様、お任せくださいですわ。わたくしも日々進歩してますの」


 ドゥ子の能力は『縁の繰り手』という。

 縁に干渉し操る能力だ。

 繰り手だと若干意味が変わってしまうので、俺は最初『縁師』もしくは『縁使い』が良いのではないかと思ったのだが、響きがカッコいいというドゥ子の強い希望で繰り手となった経緯がある。

 

 幽霊にとって縁というのはとても大事なものだ。

 怨霊を見ていればわかるように、縁を強めれば生きている人間にすら干渉できるようになる。

 

 実は最近ドゥ子が気付いてくれたのだが、どうも笹塚さんに俺とミア友との縁を辿られて居場所を追跡されている形跡があるようだ。

 初対面の夜、配信で居場所を特定されたにしては駆けつけるのが早すぎると思ったが、そういう経緯があったようである。


 これについては逆に感心してしまった。

 縁の扱い方もさることながら、友好的に接してはいても全てを晒すわけではないということだ。

 この辺のシビアさについては俺も見習うべき点があるだろう。

 

 そんなわけで、俺が気付いたことを伏せるため、笹塚さんからの探知は今のところ放置しているが、ドゥ子の成長具合によってはいずれ裏をかけるようにもなるかも知れない。

 

 ……まあそんな時がこないことを祈っているけどね。

 組合とは仲良くやっていきたいという言葉に嘘はない。

 ただ、手の内全てを見せるほどにはまだ信頼できないというだけだ。

 お互いね。

 

 思考が逸れたが、なにはともあれ霊として縁に干渉できるようになれば無限の可能性があると考えた俺は、ドゥ子にそれに関連した能力を身につけるよう頼み込んだわけだ。

 もちろん怨霊の人質対策も兼ねていたけど。

 人質との縁を切るなり何なりして貰えばそれで解決だからね。


 そんなドゥ子が、現状を能力を使って打破したいと言う。

 

「できるなら任せるよ」


 俺はドゥ子に向けて力強く頷いた。

 

 縁に干渉できる縁の繰り手の能力。

 しかし、当然それも万能ではない。

 特に、ドゥ子は生まれたばかりということもあって、その能力は制限も多く、できることは限られていた。

 

 怨霊の縁を切る計画も、相手が強大な霊であればあるほど縁への同意なき干渉は難しいということもあり無理だと思っていた。

 この場で何ができるか俺にもわからないのだが。

 

「本当によろしいのですね?」


 ドゥ子が念を押してくる。

 その視線の先には若菜さんがいる。

 

 能力がバレることを危惧しているのだろう。

 まあこの期に及んでしまえば仕方ない。

 全部が全部バレるということもないだろうし、必要な分は見せてしまおう。

 

 俺が再度頷くと、ドゥ子は「わかりましたわ」と言って、右手を上に掲げた。

 その手が薄らと光り始めた。

 

 さて何が起こるのか、と思う間もなく、ドゥ子の手には三本の縄が握られていた。

 ロープくらいの太さはあるだろうか。

 どこに続いているのだろうかわからない、天井に向かって長く伸びた三本の縄。

 それを持ったまま、ドゥ子は俺の側へと近づいてきて。

 

「これをこうして、編み編みですわ」


 何やら俺の足元でコチョコチョと手を動かし始めた。

 

「それ何をしているの?」


 若菜さんが不思議そうに声をかけてくる。

 

「ええと、私にもわかりません」


 実際わからない。

 俺としても首を傾げるばかり……。

 

 いや、これは?

 俺は何とも不思議な感覚を味わっていた。

 

 まさかドゥ子、今俺の縁に干渉しようとしている?

 

 それも、よりにもよって俺と怨霊との間に生じた縁だ。

 自分でも意識していなかったその縁に、ドゥ子は手を加えようとしているらしい。

 

 いや、俺が格上すぎて弾かれてるな。

 

 ドゥ子の能力が失敗している感覚がある。

 何かしようとしているのは察したので、守る表皮はドゥ子からの干渉に限り解除したのだが、それでも成功しないようだ。

 

 ドゥ子が困ったようにこちらを見上げてきたので、仕方なく許可を出してやる。

 同意があれば手を入れられるようになるだろう。

 

 作業が進むようになって、ドゥ子の顔がご機嫌になる。

 そうしてしばらく経った後。

 

「できましたわ!」


 そう言ってドゥ子が掲げたのは、まるで綱引きでもするのかと言わんばかりの太い一本の縄だった。

 

「これは……」


 縁だな。

 俺と怨霊の。

 

 それを視覚化したものだと思うが……。

 いや、おかしいだろ。

 俺と怨霊の間はこんなにぶっとい縁で結ばれていなかったはず。

 

「縄?」


 若菜さんが首を傾げている。

 しかし、俺はある程度意図を察していた。

 

「何を足したんだ?」

「人質の生徒さん達のものを。結界のおかげで一時的に繋がりが薄くなっていましたので、切ってお母様のものとくっつけましたわ」


 どうやら、驚いたことに怨霊が生徒との間に繋いでいた縁を全部俺のものに合流させたらしい。


「いつの間にそんなものを……」

「先ほど私たちの前に出てきた時、結界に阻まれて宙ぶらりんになっていたものを確保しておいたのですわ。気付かれるかと思ったのですが、幸い怨霊さんはお母様に夢中だったようで……問題なくゲットできましたわ」

 

 おかげで、俺と怨霊が極太の縁で結ばれてしまったわけだが……。

 というかそんなことができるのか。

 ドゥ子の能力は、俺が思っていた以上に汎用性が高いのかも知れない。

 

「さあお母様、引っ張ってくださいまし」


 そう言って俺に縄を差し出してきた。

 おそらくは、これを引っ張ることで怨霊を強制召喚できるのだろう。

 

 縁を頼りにした降霊術に近いのかも知れない。

 

「それでどうにかできるっていうの?」

「怨霊に繋がっているみたいで、引っ張れば召喚できそうです」


 尋ねてきた若菜さんに最低限の返事をする。

 一応縁のことは伏せておく。

 まあ人質どうたらと言っちゃってるので、気づかれるかも知れないけど。

 その時はその時だ。

 

「じゃあ行きます」


 縄を両手に持ってグッと引っ張る。

 

 抵抗。

 

 まるで釣り竿が根掛かりしたかのような、強い引っかかりがある。

 しかし、ドゥ子が嘘をつくはずもない。

 この先には間違いなく怨霊がいるはず。

 

「こんのっ!」


 今度はより力を込める。

 暴れるような抵抗感。


 手応えはある。

 この向こうに間違いなくいる。

 

 まるで本当に釣りをしている気分になってくる。

 

「抵抗するな!」


 思いっきり引っ張る。

 すると、目の前の空間が歪むようにして怨霊の姿が現れた。

 

『ァアァアァアアァ!!』

「本当に出てきた……」


 信じていなかったわけではないが驚いてしまう。

 

 何はともあれこれはチャンスだ。

 ドゥ子のおかげで逃げ回っていた怨霊の本体を捕まえることができた。

 であるなら、することは一つ。

 

「ここで決める」


 俺は右腕に力を込める。

 

『ヤメロヤメロヤメロヤメロ!! クルナクルナクルナクルナァァ!!』


 しかし、怨霊の動きのほうが一瞬早かった。

 ほんの瞬き程度の時間で、俺と怨霊の間に巨大な霊が出現する。

 無数の霊の身体をブロックのオモチャのように組み合わせ、一つにまとめたかのような、出来の悪いオブジェのような巨人。

 

『痛い、苦しい、やめて、辛い』


 それが、怨嗟の声を上げながらこちらに向けて拳を振り上げた。

 

 同時に、校舎内だというのに血の雨が降り始める。

 その雨は廊下に落ちると、煙を上げて周囲を溶かし始め……。

 

「穿て」


 だが関係ない。

 なるほど、確かに怨霊はその格に見合うように、色々な切り札を用意していたのだろう。

 場合によっては手を焼いた可能性もあった。


 しかし、既にその本体は俺に捕捉されている。

 である以上、後はこの手を振り抜くだけだ。

 

「お前の負けだ」

『アァァァアァアァアアァ!!?』


 ペネトレイトから高密度のエネルギーが放たれ、目の前の巨人を一撃で粉砕する。

 その後も威力は些かも衰えることなく、その奥にいた怨霊へと突き刺さり。

 

 その身体を飲み込んだ。

 

 膨大なエネルギーが駆け抜ける。

 背後の校舎を貫いて、一条の光線は轟音を立てながら周囲を眩く照らした。

 

 そして、辺りに静寂が戻ってきた頃。

 

 俺の身体へと純粋なエネルギーが流れ込んでくる。

 同時に、ペネトレイトの宝石へと濁った力が回収される。

 

 やったか。


 いや、やったかとか言うとフラグになっちゃうかも知れないけど、エネルギーが回収できた以上間違いなく倒したはずである。

 ひとまず、これで真夜さんの学校から今後犠牲者が出る心配はなくなっただろう。

 

 俺は安堵の息を吐く。

 

 見ると、硬質な音を立てて周囲の空間にヒビが入っていく。

 主を失ったため崩壊が始まったのだろう。


 カシャンと一度澄んだ音がして赤い空間が砕け散り、気づけば俺たちは普段の高校の廊下へと戻ってきていた。

 

「やったの……?」


 若菜さんが呆然としたように俺を見ている。

 

「はい、やりました。これでミッションコンプリートですね」


 微笑みかけてみる。

 若菜さんは面食らったように目を見開くと、その後笑おうとして失敗したかのように頬を引き攣らせた。

 

「……とんでもないわね本当。笹塚さんが言っていた意味がよくわかったわ。確かに貴女は敵に回すより仲良くしたほうがお得みたいね」

「仲良くしてくれるんですか?」


 思わぬ台詞に目を瞬かせる。

 でも仲良くしてくれるなら嬉しい。


「貴女が悪いことをしないならね。まあ何したところで私じゃ止められないんだろうけど、それでも立場上見過ごせないことってあるから」

「しませんよ悪いことなんて」

「そう、なら仲良くしましょう。その……貴女さえ良ければだけど」


 最初に俺に襲いかかったことを気にしいるのか、後ろめたそうに視線を逸らされる。

 

 良くも悪くも真っ直ぐで不器用な人なのだろう。

 俺はもう気にしてないというように満面の笑顔を浮かべると「じゃあよろしくお願いしますね!」と伝えるのだった。

 

 

 ◯

 

 

 怨霊を倒し異界は崩壊したものの、結界は未だに校舎を覆っていたため、時間切れまで俺たちは校舎内で待機することになった。

 若菜さんだけなら外に出ることもできるはずなのだが、せっかくなのでと付き合ってくれるみたいだ。

 

 最悪、殴って結界を壊すこともできそうだったが、若菜さんからそれはやめてほしいと頼まれてしまった。

 何でも、力任せに破壊すると術者に反動が行くことがあるらしい。

 

 それなら仕方ない。

 笹塚さん達に危害を加えることは本意じゃないので、俺たちは大人しく待機することにする。

 

「お母様、ドゥ子は役に立ちましたか?」

「うん、すごい助かった。ありがとうドゥ子」

「ドゥフフフ、それなら良かったですわ」


 俺に褒められ、ドゥ子が変な笑みをこぼす。

 

 う、うん、なんか怖いな。

 ドゥ子も女の子なんだからその笑い方はやめたほうがいいと思う。

 

『お母さん、私は? 私はどうだった?』

「あ、う、うん、市子さんもありがとうね。助かったよ」

『そう、もし必要なら私の能力も使っていいよ?』

「あ、うん。でも市子さんの能力って念動力でしょ? 今もう敵いないから……」


 ドゥ子の活躍に思うところがあったのか、市子さんがグイグイくるのが少し困ったけど。

 そして案の定「お姉様、見苦しいですわよ。今回はわたくしのほうがお母様のお役に立ちましたわ」とドゥ子が突っ込むことによって、二人は睨み合いへと発展した。

 

 こらこら、ここには若菜さんもいるんだし喧嘩はやめようね?

 

 口だけさんのほうを見る。

 相変わらずぼうっと突っ立っている。

 念のためについてきて貰ったけど、怨霊は結局俺が倒しちゃったし、今回は口だけさん的にはあまり得たものがなかったかも知れない。

 後でポイントをいくらか分けることも考えたほうが良さそうだ。

 

 カメラ師匠とモニターくんのほうを見る。

 一応一部始終の動画は撮影してもらったけど、特に何事もなく終わったし活用することは無さそうだ。

 こちらも後でお礼のポイントを渡しておこう。


 それから時間いっぱいまで若菜さんと話をした。

 その中で怨霊のやってきたことについて触れられる。

 

「実は貴女から話を聞いて調べたのだけど、ここ数年でこの高校から三人ほど自殺未遂者が出ていたわ。幸い死者はいなかったみたいだけど、その全員から霊的な干渉の跡が見つかった……多分だけど、悪霊が力をつけたことで条件付きで人間へと縁を繋ぐことができるようになったのね。条件についてはいまいち判明していないけど、そうした子を対象に、自殺させて魂を取り込もうとしていたみたい」


 あくまで想像になるそうだが、おそらく怨霊は生前、この学校関連で酷い目にあって自殺したのではないかとのこと。

 怨霊に関連する記録は見つからなかったそうなので具体的に何があったのかはわからない。

 ただ、多くの恨みを残し、周囲の霊を無秩序に吸収していった成れの果てが現在の姿だったのではないかという。

 

「それは……」

「貴女が気にすることはないわ。怨霊のターゲットになっていたのはいずれも精神的に弱っていた生徒達。それでも本来なら自殺まではいかないようなところを怨霊との縁によってマイナスの思考へ行くように誘導されてる。生前の境遇にはもしかしたら同情する点もあったのかも知れないけれど、全く関係ない生徒を精神的に追い込んで殺そうとしていた時点で許される道理はないわ」


 それはそうなのだろう。

 あれほどの怨念だ。

 おそらくは怨みに狂い、既に正気も何も無くしていたに違いない。

 

 倒さなければいけない相手だったのだ。

 少しだけ気になる点もあるが、死者が出る前に対処できて良かったと思うしかないのだろう。


「……あまり気にしないことね。悪霊なんて大抵恨み辛みで出来てるんだから、一つ一つの背景まで気にしてたらこっちが精神やられちゃうわよ」


 そういうものなのか。

 確かに悪霊になる以上、少なくとも楽しい背景なんて抱えてはいないはずだ。

 

 再度口だけさんのほうを見る。

 こいつも何か嫌な過去があったのかな。

 

 気にはなるが、おそらく俺がそれを知ることはないんだろうな、なんて思いつつ。


 こうして、怨霊退治はこちらに犠牲なく無事に終了した。

 

 結界が解けた後、若菜さんに「貴女、組合に入らない? それだけの力を遊ばせておくのは勿体無いわよ?」と誘われた。

 ひとまず、考えておきますと返事をしたものの、誘ってもらえたこと自体は嬉しい。

 笹塚さんも「もしミアちゃんがその気なら歓迎するよ」と言ってくれたので真面目に考えてみるのも有りだろう。

 

 俺は笹塚さんと若菜さんにお礼を述べ(キグさんは既に帰ったようでいなかった)その場を後にした。

 お父さんにとても心配されたので、全く問題なかったと伝えておく。

 

 しかし、何だかどっと疲れてしまった。

 こんな時は配信だな!

 今日はちょっと長めに配信しよう!

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