25.エピローグ2


 とうとう視聴者の投稿した菓子の発表が始まり、僕らは固唾をのんで経過を見守っていた。


「なんだかドキドキしてきましたね!」

「う、うむ! 秋の詩を聞くレジスタンスの気分だ!」

「ねぇ、智子が応募したのってどんなお菓子なの?」


 立花姉妹だけでなく、今や軽音部員たちも泉さんの趣味を知っている。遅かれ早かれ嶋崎(こもん)にダイヤのコスプレをさせられたことが部内に広まると思い、泉さんは部員たちに打ち明けていたのだ。


『どおりで待ち受け画面が女児アニメのキャラで、女児アニメのテーマを口ずさんだり、ベースのピックにダイヤが描かれていると思ったら、そういう事情だったのね……』

『そこまで知っててどうして気付かなかったんですか?』


 告白時には僕と梨香さんが付き添っていたが、彼女たちは泉さんの趣味(ひみつ)を理解し、むしろずっと抱え込んでいたものを吐き出してくれてよかったと安心していた。

 彼女たちは泉さんが隠し事をしていることを察してずっと心配していたらしい。泉さんは部員たちが嶋崎に恐がる繊細な人たちばかりだと気を張っていたが、お互い様だったようだ。

 などと回想にふけっている間に、入選作品の発表は終わっていた。

 三つのお菓子が紹介されたが、僕らのワッフルは登場しなかったようだ。



 ううっと、くぐもった悲鳴とともに泉さんが倒れた。


「どうしたの泉さん?」


 なんとか抱き起こすも、彼女は燃え尽きた灰のように真っ白になっている。


「立って、立って泉さん!」

「燃えたわ。もう灰しか残ってないわ……」

「泉さんの想いはダイヤちゃんに伝わったはずよ? ほら、ダイヤちゃんだって嬉しそうな顔をしているじゃない?」


 セコンドが必死に呼びかけるものの、彼女は項垂れたままぴくりとも動かない。入賞できなかったショックがあまりにも大きすぎたようだ。

 せっかく作ったお菓子が評価されなかったのは僕だって悔しいし、入賞作のようにもっと見映えを重視したものを提案すべきだったけれど、そもそもこの倍率では仕方ないような気もするのだが。



『あら、皆、なにをしているの?』


 泉さんの握っていたスマホからダイヤの声がした。

 発表が終わったのかと思いきや映像はつづいており、パール、エメラル、ルビーの三人がお菓子を頬張っていた。


「あれ? パールが食べているのってワッフルじゃないですか?」

「え、嘘! もしかして私たちのワッフリュ?」

「泉さん、落ち着いて!」


 跳ね起きる泉さん。興奮のあまり舌を噛んでいた。


『せっかく美味しそうなお菓子があるのに独り占めなんてずるいわ、私たちにも分けてよ?』


 パールの意見に他の二人も頷き、彼女たちからも一作品ずつお菓子が紹介されていく。


「でも、あの時のお知らせでは他に賞があるなんて言ってなかったのに……」

「応募総数が多かったので設けたのかもしれません。あと、ダイヤだけを意識してお菓子を作るのって難しい気がします。小さな女の子なら、彼女だけでなくメンバー全員や、自分の好きなヒロインを意識するでしょうし」


 僕の推測を裏付けるように、お詫びのテロップが流れている。途中から仲間になったダイヤの人気を上げようと急遽行われた企画のようだったが、女児にとってはルールがややこしかったようだ。


「応募者全員にダイヤの景品をプレゼントって書いてありますよ。よかったですね泉さん?」


 ところが彼女は無反応だった。

 食い入るように画面を見つめており、しかもスマホを持つ手は震えていた。


『私はこのお菓子が大好き! だって、いろんな味が楽しめるもん!』


 パールが頬張っていたのは、ワッフルサンドだった。

 まさかと思って応募者の名前を見ると『ダイヤペロペロの会、根岸〇輝さんの作品』と表記されている。

 間違いない。これは僕らの投稿したワッフルだ。


「っていうか、なんで僕の名前で応募したんですか? 他の人は仮名を使ってますよ?」



『ほらダイヤちゃん、これなんか生地もココアになってて美味しそうよ?』


 パールが『あ~~ん』とダイヤにワッフルを食べさせている。その光景に泉さんが悲鳴のような歓声を上げていた。


「ダイヤちゃんが私たちのお菓子を食べてくれるなんて……!」

「やったわね、泉さん!」

「九条のおかげよ、ありがとう!」


 抱き合う二人の姿に、周囲は涙ぐみながら拍手を送っている。美女二人の抱擁なんてたいへん素晴らしい光景だけど、全国ネットで名前を晒された直後となると素直に喜べない。

 ダイヤペロペロなんて名前をそのまま読み上げるスタッフもスタッフだよ。一文字だけ伏せ字になってはいたけれど、こんなの放送事故だ。きっと保護者から抗議の連絡がくるし、掲示板も荒れているに違いない。


「根岸もありがとう、アンタのおかげよ!」

「は、はい。どういたしまして……」


 しかし感涙する泉さんを前に水をさすようなことは言えず、黙るしかなかった。

 放送が終わり、僕らは草むしりを再開した。


 その途中、梨香さんが僕に近づいてきた。


「梨香さん?」


 彼女は僕の隣で屈み、雑草をむしりながら話しかけてきた。


「遙輝くん安心して。名前が出たのも一瞬だったから、他の視聴者さんも気付いてないわ?」


 ネットの特定人をあまく見過ぎている気もするが、心配してくれるのは嬉しかった。


「それに泉さんが喜んでくれているから、これでプラス三十点よ?」

「え、こういうのでも加点してくれるんですか?」

「当たり前でしょ?」


 梨香さんは辺りを見回すと、いきなり僕の頬にキスをしたのだった。

 久々の優しい感触に、僕の胸は高鳴った。こういうキスをされたことはあったけど、前回おあずけをくらったせいか舞い上がるような気持ちになっていた。


「点数はまだまだだけど、初めて加点できたからご褒美よ?」


 どうやら点数だけでなく、途中経過での報酬もあるらしい。ソシャゲのミッション達成ボーナスといったところだが、もし点数が満点になったら、どんなご褒美がもらえるのだろう?


「それくらい、言わなくてもわかるでしょう?」


 梨香さんが僕の手を握る。軍手越しだけど、それでも彼女の柔らかい感触が伝わってくる。


「なんだが梨香さんって、付き合ってから大胆になってますよね?」

「そんなことないもん。ちゃんと人目を気にして、お部屋とか、非常倉庫で二人きりのときにしか、こういうことしなかったでしょ?」

「でも義母さんの車のなかで僕を誘惑したじゃないですか?」

「あ、あれは、あの時じゃないと伝えられないと思ったからよ。キスをするつもりなんてなかったのに、誘惑だなんて言い過ぎよ」

「だってすごく綺麗で、喋り方も魅力的だったから……」

「もう、煽てるの禁止! マイナス二十点!」

「えっ? 今日だけで負債がすごいことになっているんですけど……」

「嫌ならもっと点数をとればいいのよ? もうすぐ夏休みなんだから稼ぎ時でしょう?」


 たしかに夏休みになればいろんなイベントが行われる。

 オープンキャンパスに夏祭りに、もしかして海とかにも行けるのだろうか?

 そこで梨香さんを楽しませることができれば、点数も大幅にUPできるかもしれないぞ。



「もし満点になったら、本当にご褒美をくれるんですか?」


 僕の質問に、梨香さんは頬を染めて頷いてくれる。そもそも満点がいくつなのかわからないけど、ここは精一杯頑張りたいところだった。

 カーンと、ひときわ大きな打球の音が響いてくる。顔を上げると熱気に揺らめくグラウンドのなか、野球部の練習試合が始まっていた。

 だんだんと日が高くなるなか、それ以上の熱さで僕らは火照っている。体操服の内側が汗でべとべとになるなか、額を流れる汗を拭った。

 夏はもうそこまで近づいている。

 僕にとって梨香さんとの初めての時間(きせつ)が、おとずれようとしていたのだ。




□■□■□



 ご愛読、ありがとうございました。

 第三部の投稿開始は五月二十日以降の予定です。

 投稿頻度は更に遅くなり、今以上に支離滅裂なお話しになるかもしれませんが、少しでも楽しんでいただければ幸いです m(_ _)m


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うちの生徒会長が女児アニメのショーに来ている件について。『土下座されたってこの限定グッズはあげませんからね!』 りす吉 @risukiti

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