終 睡眠の質の改善
三階の販売課と思しきところに到着した。上半身がヴェロキラプトルのサラリーマンたちがパソコンをカタカタと打っている。
「あのぉすみません、注文したものの届け先を変更したいんですけど」
夏希がビックリするほど臆さずヴェロキラプトルに話しかけた。
ヴェロキラプトルは、
「それって決済済みです?」と訊ねてきた。
「ハイ。田島春臣って名義で」
「少々お待ちくださいね……ああ、本日配送予定になってますね。どこに変更されます?」
枯木冬子氏の研究室の住所を言う。
「届ける先がドリーム通販の夢を見ていらっしゃる方以外になりますと、お支払いいただく方も変わるんですけど、どうされます?」
どういうことだろう。通販で支払いする人が変わるというのはちょっとピンとこない。
「そこのところ説明していただけますか」
やっぱり夏希が恐れずに言う。こいつは勇者か。
「えーとですね。ドリーム通販の夢のなかでは、ピョンという通貨が使われております」
「存じております」
なぜか夏希がズバズバと話を進める。
「このピョンという通貨は、夢を見ている人の中に蓄積されている通貨です。ドリーム通販は基本的に夢を見た人にお届けしております」
「それも存じております」
夏希よ、お前そんな強キャラだったのか。
「ですから、夢を見た本人様以外に届けるとなりますと、届け先の方の夢からお支払いしていただくことになっているんです。もちろんご本人様がご決済されておりましたら、そのぶんのピョンはお返しすることになります。変更から三日後に振込みで」
えらく七面倒臭い話だし、若干かみ合っていない。俺はぐらぐらしながら、
「じゃあ俺、……私の支払ったピョンは戻ってくるんですね?」
と訊ねる。ヴェロキラプトルは頷いた。
「どうされます?」
「ちょっと待ってください」
というわけで枯木冬子氏に電話をかける。
「夢のなかのお金なんて減るもんじゃないからぜんぜんいいよー」
いつも思うことだがぜんぜんの使い方を間違えていないか。これが新しい言葉が育つ過程なのか。
「OKだそうです」
「了解いたしました」
ヴェロキラプトルはパソコンを操作した。
「ピョンってドリーム通販以外に使い道があるんですか?」と、夏希が尋ねる。
「無意識の界でのさまざまなサービスの決済にお使いいただけます。勘違いされておられるようなので言っておきますが、当然使うと減ります」
減るのか。無意識の界を完全になめていたし、枯木冬子氏もなめている。
でもこれでミッションクリアだ。変な冷蔵庫は俺のアパートには届かない。やったぜ!
「帰ろうよ春臣。春臣の味噌汁が飲みたい」
「そんなプロポーズみたいなこと言うな。俺は登山部の、」
「ブラブラしてないもん! 猫のキン●マみたいに鈴カステラだもん!」
それは人として無理があるぞ。スマホで枯木冬子氏に連絡し、夢から覚ましてもらった。
現実に帰還した。むくりと起きると、そろそろ夕方だ。
「長いお昼寝だったねえ……」
夏希が一発あくびをする。
「冷蔵庫代が浮いたぞ~」
枯木冬子氏はご機嫌さんである。実際のところは浮いていないのだが。
「どうすれば無意識の界と繋がらないようにできますかね?」
「うーん、睡眠中の脳波の波形を変えればいいって話だから、ヤクルト1000飲むとか、ギャバ摂るとか、枕をいいのにするとか、寝る前はスマホをいじらないとか?」
ただの睡眠の質の改善じゃないか。
「あるいは喫煙者になって肺を悪くして毎晩咳に苦しめられるとか」
それはただの睡眠の質の悪化である。俺はひとつため息をついて、
「とりあえず布団乾燥機買います」
と答えた。安いのだったらなんとか買えるだろう。当分コメと味噌だけで生きることになりそうだが。
要するに東京の冬をバカにして冷たい万年床で寝ていた結果のことなのかもしれない。それに登山部の夏合宿でケガをしてから、どうも運動不足だったフシがある。
健康な睡眠、だいじ!
スイカヘルメットを外して、とりあえず電器屋に行って布団乾燥機を買って帰ろうか、と帰り支度を始めたところ、なにやら「ずがん」と天井になにか激突した。
なんだ、隕石か。貸倉庫の天井を見上げると、メリメリと天井を圧迫して、なにかが降りてきた。
それはさながら未知の惑星に着陸する未来の宇宙船のごとく、ゴゴゴゴゴゴゴ……と鈍い音を響かせて、ゆっくりと貸倉庫の天井を破壊した。
「こ、これはまさか」
夏希が拳をぎゅっと握る。なんだ。次第に、天井を破壊して降りてくるものの姿が、噴き出す煙の影から見えてきた。
「春臣! 天井から冷蔵庫が!」
夏希が、まるで「親方! 空から女の子が!」と言うような口調で言った。
冷蔵庫はゆっくりと逆噴射して、枯木冬子氏の研究室の、絶妙に邪魔なところに着地した。
いやそんなダイレクトにお届けするんかーい。俺の部屋に届けてもらわなくて本当によかった。俺のアパートの部屋の上にも部屋があって、知らない誰かが住んでいるのだから。
俺はアパートに冷蔵庫が降りてこなかったことに果てしなく安堵するとともに、貸倉庫の天井をぶち破られて多額の修理費を払わねばならない枯木冬子氏の顔を見て一瞬なぜか「ざまあ」と思った。いや特に悪いことはされなかったのだが。
布団乾燥機を買って、ホカホカの布団で寝るようにしたところ、通販の夢は見なくなった。ただし夏希が父親と意地の張り合いになって、俺の部屋に居ついてしまった。迷惑だ。
その後、枯木冬子氏は俺の身に起こったことを論文にして発表したそうだが、科学雑誌からは取り合ってもらえず、そのかわり年末のオカルト特番でひな壇に座っていた。(了)
夢で買ったものが家に届く話 金澤流都 @kanezya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます