5 マッドサイエンティスト
「はぁいもしもし……どちらさんで?」
明らかに酒焼けした声で、酒が残っている口調である。
「あの、田島春臣といいます。えっと」
「ああ、アッキーから聞いた夢で通販しちゃう子か。いますぐ指定する場所まで来て」
というわけで、急いで着替えて指定された場所に向かった。夏希はモタモタと化粧をしているので放置してきた。できるならあとで合流する、と言っていたが、どうなるかは分からない。
指定された場所はいわゆる貸倉庫というところだった。土地だけは広い秋田県民にはあんまり馴染みのないやつだ。
貸倉庫の指定された番号のところに入ると、分かりやすいマッドサイエンティストの実験室になっていた。そこで、髪を青に染めた若い女性が、スキットルからウイスキーを飲んでいた。
「あんたが春臣クン?」
「はい。初めまして」
「これ名刺。しくよろ」
名刺を渡された。「枯木冬子」と書いてある。
「実は」
と、夢の顛末を説明すると、枯木冬子氏はタバコに火をつけて、
「そりゃーまずいねーアッハハハー。よおし脳波をみてみよう」
と、スマートウォッチを渡すように言ってきた。素直に渡すと、枯木冬子氏はむやみにごついコンピュータをぽちぽち操作して、
「うん、やっぱりだ。『無意識の界』から放射される無意識線のグラフと同じ波形」
無意識の界。
謎の言葉が出てきた。
枯木冬子氏はなにかのグラフを出してきた。
「これはぁ、『無意識の界』から放射される無意識線っていうものを観測したグラフなんだけどお、この波形がきみの睡眠時の脳波とビターンと合致するわけだぁ」
枯木冬子氏はそう言ってゲラゲラ笑った。
「そんな、筒井康隆のウンコ小説と同じノリでいいんですか」
筒井康隆のウンコ小説というのは、「腸はどこへいった」という作品のことだ。
便秘に悩む若者の腸が異次元に繋がっていて、腸を治したらウンコが山のように家に降ってきて、隣に住んでいる女友達の家まで潰れてしまう、というお話である。
それも異次元の座標を示すグラフと合致してどうの、という話だったはずだ。
「あんた筒井康隆すきなの?」
「はい、中学のころ読み漁って。……すみません脱線しました。説明を続けてください」
「オーケードーキー。キミの睡眠中の脳波は、世界中の人々が無意識でつながる『無意識の界』と接続できる特殊な波形なんだ。それで、『無意識の界』からはヘンテコなものが生まれるわけだ」
「はあ」
それは分かる気がする。無意識は時としてわけのわからないものを生み出す。
「そのヘンテコなものは、キミの夢を通じて具現化して、通販の商品として届く。まあ腸が異次元と繋がってウンコが降ってくるのとあんまり変わんないねアッハハハー」
ウンコと同じ扱いにされた。心外である。
「で、どうすれば今日の夜に冷蔵庫が届くのを止められますか」
「んー決済済みなんだよねー! もう一回夢の世界に行って、キャンセルしてくるしかないね―!」
そう都合よくいくのだろうか。
そう思っていたらドアがノックされた。枯木冬子氏は、
「入っていいよー」と答えた。ばっちりめかしこんで化粧をした夏希が現れた。
「すみません遅くなりました。秋彦先輩の後輩の犬飼です」
「あれ? アッキー中学から男子校じゃなかったっけ?」
「いちおう男です。スカートの下は普通にトランクス履いてます」
そんなこと言わんでよろしい。
「いいねーロリータ男の娘。性癖をゆがめてくるねー」
「それより春臣の夢はどうなりましたか」
「どうやら俺の夢は全人類の無意識と接続されているらしい」
「で、冷蔵庫はキャンセルできるの?」
「もっぺん夢の世界に行くしかないらしい」
「簡単に見たい夢を観られる機械発明しといてよかったわー」
俺は目をむいた。
「そんなのあるんです?!」
「あるんだなあーこれが。ほれ」
枯木冬子氏はヘルメットを放ってきた。
いまにも電動バイクで旅を始めそうなスイカの模様である。
なぜか夏希にもヘルメットが渡される。
「子どものころ読んだ児童書でさあ、セックスすることを『同じ夢を見た』って表現してるのがあってさあ、子供心に美しいと思ってたんだよねー。というわけで同じ夢見てもらうからぁ」
「なんでこいつと同じ夢を見ねばならんのですか」
「一人じゃ断れないんでしょお? 二人でイケば大丈夫」
口調がやらしい。夏希をちらりと見る。ヘルメットをかかえて、
「や、優しくしてね……?」と震え声だ。
「そういうことじゃない。俺はお前が夏合宿の風呂場でブラブラさせてたのを覚えてる」
とにかく夢の世界に突撃することにした。ヘルメットを被った瞬間、頭がビリビリして、そのまま眠りに落ちた。
楽屋だ。テレビのドッキリとかでたまに見る、テレビ局の楽屋だ。
ドアを開けて出ると、隣の部屋は夏希の楽屋のようだ。ドアをノックすると、相変わらずのロリータファッションで、夏希はペットボトルの紅茶を飲んでいた。
「――どうする?」
「とりま番組が始まっちゃう前に、番組のエラい人か……おおもとの会社の人を捕まえて、冷蔵庫をキャンセルしたい、って言ってみよう」
「よしわかった。ここってどこのテレビ局なんだ?」
「テレビ局じゃなくてドリーム通販の自社ビルかもしれないよ。自社でスタジオ持ってるとかかもしれないし」
なるほど。とりあえず二人で楽屋を抜け出す。
廊下に出た。けっこう複雑だ。夏希いわく、テレビ局は番組をジャックされないように、わざと複雑な建物にしてあるとか。自社ビルだとしても通販番組のスタジオがあるのだから、それに準ずる複雑さでも仕方あるまい。
とりあえずいったん一階に下りて、受付のひとに相談してみよう、ということになった。俺たちがいたのは階数を数える限り五階だったので、受付のいる大きなビルなのは間違いない。
廊下に飾られた、悪夢のような美術品を見ながら、どうにか受付に辿り着くと、受付嬢は頭だけティラノサウルスというこれまた悪夢のような見た目だった。いや悪夢なのだが。
ティラノサウルスの受付嬢に、かくかくしかじか、と説明すると、そのハリウッド映画感満載の見た目からは想像できない鈴を転がすような声で、
「ご注文のキャンセルでしたら三階の販売課にご相談いただければよいかと存じます」
と、穏やかに言った。というわけで三階の販売課を目指す。
エレベーターを見つけた。しかしボタンの文字が読めない。
えーと。えーと。そう思っていると夏希がおもむろにボタンを押した。
「お前これ読めるのか?!」
「半分くらいカン」
カンなのか。なにか根拠があるのかと思った。夏希の出身高校は高校生クイズの優勝常連校だからだ。
とにかくエレベーターは動き出す。なんだかディストピアチックに蛍光灯がチカチカしている。このビル、けっこう古いのかもしれない。
頭上に表示されているメーターは、無事に三階らしき階に到着した。エレベーターを降りたところで、ポケットでスマホがバイブレーションした。夢の世界にまでスマホを持ち込むとは、俺もたいがい現代人らしい。ちょっと呆れてしまった。
「はいもしもし……ってうわぁ」
なんとビデオ通話で枯木冬子氏とつながっていた。
「うわぁとはなんじゃ。あのさ、あたしの研究所の冷蔵庫壊れちゃったから、届け先をあたしの研究所に変更してもらえない? どうせいらないんでしょ?」
枯木冬子氏はぺろりと舌を出した。いかついピアスがデーンと据えられている。
「いやお金出したの俺ですよ」
「夢のなかのお金なんて使っても減らないでしょ」
その通りなのであった。
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