4 ジェット冷蔵庫

「まあ座りなよ。ここはクンパオチキンがおいしいんだ」


 聞いたことのない料理だ。メニューを開くと「ひょえ」と声が出る額の料理しか載っていない。お水だけでいいですと言いたいのをこらえて、秋彦さんおすすめのクンパオチキンと小ライスを注文する。一方で夏希は堂々とエビチリとチャーハンと杏仁豆腐を発注していた。


「夢で見た通販の商品が家に届くんだって?」


「いや、自分でもそんなバカな、って思うんですけど、本当に届いたんです」

 と、俺はガネーシャ像とセルフ将棋の画像を秋彦さんに見せる。


「セルフ将棋……時代錯誤というか、ナンセンスというか」


「それできょうはカニリンガルが届くんですよ先輩」と、夏希。


「カニリンガル?」


「カニと名の付くものすべての言葉を翻訳できるらしくて。実験用にどぶ川でザリガニ捕まえてきました」俺はそう言って肩をすくめた。


「ずいぶんナンセンスなものばかり売ってる通販だね」

 そういう話をしているとクンパオチキンとやらが出てきた。ありがたくいただく。うまい。なにを食っているのかよく分からないがうまい。まあチキンなので鶏肉なのだろう。


「劣化ウラン弾とか届く前になんとかしたいんですけど、どうすればいいですかね」


「うーん……もう完璧に脳科学の域を出ている。そうだなあ……とりあえず寝ているときの脳波を測ってみよう。スマートウォッチって持ってる?」


「持ってないです。そんなの買うお金ないですよ貧乏学生なんですから」


「先輩、春臣は秋田で採れたひとです。田舎だから仕方がありません。コメはおいしいです」

 秋田県をなんだと思ってるんだ、夏希。コメがおいしいのは本当だが。


「そうか。じゃあ帰りに買おう」


「えう?!」


 あやうくクンパオチキンを噴きそうになった。クンパオチキン一皿すら限界なのにどうすればそんなものが買えるのか。


「代金は私が払うから。で、実験で脳波を取れたら、ここに電話してほしい。私の先輩で、科学者だったのに道を踏み外してマッドサイエンティストというかオカルティストになったひとだ」


 と、秋彦さんはなにやらメモを渡してきた。枯木冬子、という名前と、携帯電話の電話番号が書いてある。


 食事の代金も秋彦さんが払ってくれた。もうちょっとカロリーを摂るんだったと後悔した。


「なあ夏希、お前どこの高校出てるんだ?」

 そう訊ねると、夏希は東京でも指折りの、中高一貫超進学男子校の名前を挙げた。

またしても「ひょえ」と言いそうになる。


「学園祭でドラァグクイーンコンテストをやってね、それで女装にハマったんだ」

 ナチュラルに怖いことを言わないでほしい。そう言うそばから夏希はスマホを見せて、学園祭のドラァグクイーンコンテストの画像を見せてきた。いまより地味だ。


 というわけで、スマートウォッチを買い、帰宅した。夏希はザリきちの水槽をコンコンして、

「やっぱりペットはモフモフしてないとだめだねえ」

 と言った。ここは小動物以外のペットは禁止である。


 いつも通り六時ちょうど、玄関チャイムが鳴った。ドアを開けると、小さめの箱を持った、やっぱり見たことのない制服を着た配達員がいた。カニリンガルを受け取り、また配達員の後をつけてみる。


 きのうとは違うルートを配達員は歩き、きのうとは違う小路に入って、配達員は消えた。


「だめかあー」

 夏希はため息をついた。ため息をつきたいのは俺だよ。アパートに帰る。


 また送り状を自動翻訳にかけてみたが、やっぱりダメだった。


 しょうがないのでカニリンガルを開封しようとして、

「クーリングオフって使えないかな」と夏希が言う。


 それだ。さっそく「クーリングオフ」でググってみる。いくつか弁護士事務所の広告をスルーして、正しいやり方のサイトにたどり着いた。


 しかし、会社の名前や営業所の名前を把握していなければクーリングオフはできないらしい。それでは無理だ。「ドリーム通販」という番組の名前しか知らないのだから。


 しょうがないのでカニリンガルを開封する。ザリきちがポコポコ泡を吐いていたので、さっそくカニリンガルを向けてみる。


 画面には、

「やんのかオラ、ぶっ●すぞボケ」と不穏な文章が出た。


 その後も、煮干しやスルメを与えながら実験したものの、基本的にけんか腰のセリフしか出てこなかった。アメリカザリガニなのできっとアメリカン・ヤンキーなのだ。


「これって製造元どこなんだろ」

 夏希があざとく首をかしげる。それは盲点だった、と取説を取り出すが、製造元の名前の代わりに「ドリーム通販」と書かれていた。


「ドリーム通販ってすごいね、こういう製品の開発もしてるんだね」


「すごいのかね……はあ」

 居酒屋のバイトも休みなので、貴重な白いコメと味噌汁を用意する。


 夏希は味噌汁をすすりながら、

「脳波を測ってなにか分かるといいね」と笑顔で言ってきた。


「マッドサイエンティストっていうのが不穏だがな」

 とにかく男二人の夜はどんどん更けていく。男の娘モノのエロ漫画だったらなにか起こるところだが、あいにく俺はこいつにロマン(マイルドな言い方)を感じない。


 あんまり夜更かししても体によくないのでさっさと寝る。

 そしてやっぱり夢を見た。


「本日も始まりました、ドリーム通販のお時間です! 本日の目玉商品はこちら、『ジェット飛行冷蔵庫』です!」


 スタジオに置かれたものから布を取ると、ロボットアニメで主人公の機体として登場するような威圧感を放つ冷蔵庫が現れた。たぶん相撲部屋とかに置くサイズなんだと思う。


 さすがに冷蔵庫は困る。俺のクソ狭いアパートは単身者用でぎりぎりだ。


それに千七百ピョンもする。さすがに大きいのでいままでのものより高いようだ。

 きょうこそ買うまいと決めて、サクラの仕事をする。なんとか夢も終盤になり、スタジオから人が出ていく。俺も帰ろうとした。


「おう、兄ちゃん。ちょっと話してもええか」

 なにやら肩をつかまれた。向き直ると、パンチパーマでサングラスをかけ、白いスーツに赤いシャツ、ピカピカのエナメルの靴を履いた、いわゆるところの「ヤのつく自由業」のひとが、ニコニコと笑顔で俺を見ていた。


「え、いや、その、俺の仕事はサクラなんで」


「わかっとるがな。せやけどな、この番組視聴率悪いねん。だから商品あまるんや。そこで、サクラの人には買うてもらうことになっとんねん」


「れ、冷蔵庫をですか?!」


「せや。たったの千七百ピョンやで。しかも飛ぶんやで。買わんやつおらんやろ」

 いやいらないです。そう言いたかったがヤのつく自由業の人からの圧がすごすぎて払ってしまった。きのうのフォーリンナーも怖かったがもっと怖い。下手したら腎臓を抜かれるところだった。


 ガバリと起きる。頭の中にはジェット飛行冷蔵庫の記憶が鮮明にある。

 夏希は布団にくるまったままスマホをぽちぽちしている。


「おはようさん」


「おはよー。きょうは何が届くの?」


「冷蔵庫」


「れ、冷蔵庫?」


「ジェット飛行するらしい」


「冷蔵庫が?」

 俺は頷いた。


「さすがにそれはこの部屋には入らなくない?」


「うーん……受け取りを拒否するほかないのかな」


「――そうだ、マッドサイエンティストのひとに連絡して、冷蔵庫届くの止めてもらおうよ!」


「そうだな、えっと」

 きのうのメモを見て電話をかける。相手はすぐ電話に出た。

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