#番外編 彼と目を合わせてはいけない(2)

「いや! そのなんていうかさ! ちょっと体調が良くないから、心細いなー……みたいな!?」

 必死に取り繕うかのように早口になるシルウェさん。しかし僕はもう色々と限界で、話が入ってこない。


 おそらく、僕はシルウェさんに無意識に魅了の魔眼をかけてしまったのだろう。その行為に対する呆れと恥ずかしさで悶えてしまいそうだ。


 さらに先ほどのシルウェさんの発言。もちろん分かっている。シルウェさんは今正気ではない。

しかしさっきのとろんとした雰囲気や、今のこの恥ずかしがっている姿は僕には刺激が強すぎる。


 ここでの最善を考えろ、エリック。ここはシルウェさんには早急に寝てもらって、いち早く解決するための方法を探すべき……


「……分かった。シルウェさんが寝るまで手、繋いでるね」

 つまりここでシルウェさんの要望に応えるのは仕方ないこと……

力強く握られていた手を握り返し、ベットのそばに置いてある椅子に腰を下ろす。


 シルウェさんは僕の手を掴むために起こしていた上半身を戻し、赤面した顔にかかるくらいに布団をかぶった。

そう言えば体調が悪いと言っていたな……解決方法を見つけたら看病してあげなければ。


「さっき、何を言いかけたんだ?」

 するとシルウェさんが布団を通したくぐもった声で話しかけてくる。


「えーっと、僕も少しくらいなら回復魔法を使えるって」

「そっか……教えていないのに、エリックはすごいな」

 僕は大体の知識をシルウェさんからもらった本から吸収している。回復魔法も例に漏れず、少しでもシルウェさんのためになればと彼の帰りを待つ時間で頑張って練習したのだ。


「うん。シルウェさんのために頑張ったんだよ」

「お、俺のため……?」

 分かりやすく照れるシルウェさん。いつもなら笑いながらありがとう、と言ってくれるだろう。


「うん! いつも言ってるけど、僕を助けてくれて本当にありがとう、シルウェさん」

 もちろん感謝をされて嬉しくないわけはない。しかし、想い人に余裕のある反応をされるというのもなかなか複雑なのだ。


 それに比べてこのシルウェさんの反応は余裕がない。当然それは魅了の魔眼の効果なことはわかっている。しかし、これもこれで嬉しいのだ。


「……」

「あ」

 僕の言葉の後、沈黙が流れハッとする。早くシルウェさんを寝かせなければいけないのに……楽しくなって刺激してしまった……


「わ!?」

 繋いでいた手を引っ張られ、そのまま上半身がベットに引き込まれる。


「シ、シルウェさん……?」

 顔が近くなり、よく見てみると目がハートになってしまっている。これは確実にまずい。


「俺も……帰ったらエリックが迎えてくれて、すごい助かってる」

「そんな。それくらい……」

 シルウェさんが正気でないのを理解しているのにこの状況をひどく喜んでしまっている自分がいる。


 シルウェさんがこんな状態になっている時に、をするのは当然アウト……

だが、仮にしてしまっても、仕方がないと笑って許してくれるだろうシルウェさんの顔が浮かぶ。


 いつの間にかシルウェさんの上半身が僕の上半身に乗っかる形になり、荒い息が僕の顔にかかる。

醜い感情とこの状況に対する焦りや喜びが渦巻き、声や態度、行動でも抵抗することができない。


「エリック……」

「こ、こんなのダメだよ……」

 頭の中は全くそんなことは考えてはいない。百パーセントの建前が口から零れ落ちる。


 もう後はどうとでもなるだろう。シルウェさんにしっかり謝って。その後自力でシルウェさんを惚れさせれば遅かれ早かれというやつだ。


 握ったままの手に力を込めて、シルウェさんと目を合わせる。言葉以外の全てで彼を受け入れる。


「……」

「あえ……?」

 顔が触れ合うくらいの距離。

シルウェさんは先程と同じように白目を剥いて、僕の顔の横に顔を投げ出した。


「え、ちょっと。シルウェさん……!嘘だよね……?ねえ! ここまで来て、ええ!?」

 もう包み隠さずにシルウェさんに全く見当違いの怒りをぶつける。

期待と興奮で張り詰めていた何かがプツンと切れて、大の字になってシルウェさんの下で脱力してしまう。


「いや……良かったんだよ……! 僕の馬鹿!」

 冷静になって自分の事があまりにも醜く見えてしまう。何が後はどうとでもなるだ。


 上に乗っかるシルウェさんをどかし、ベットから出る。どっと疲れが来て今にも倒れてしまいそうだ。


「まあ、僕が頑張って次こそシルウェさんから……」



その後、一日たてば解けることを知り、シルウェさんを看病していると、彼が目を開ける。早く謝らなければ……


「あれ……俺何を……?」

「シルウェさん、本当にごめんなさい!」

「え? どうしたエリック?」

 驚いた顔をして僕の方を見つめる。あれ、これもしかして……


「えっと、もしかして覚えてない……?」

「ん……?ちょっと待ってくれ、今思い出す」

 うーんと頭を抑えるシルウェさん。


「あ!思い出した!」

「え」

 なんだかシルウェさんが覚えてる気がしなくて、そんな彼の言葉に驚いてしまう。

寸前までもしかしたら覚えてないなら……なんて期待してしまった僕。僕は思った以上に性格が悪いのだと今回の件で自覚した。


「今思い出しただけでも恐ろしい……!」

 お、恐ろしい!?と心の中で叫ぶ。僕を襲いそうになったことが怖かったのだろうか……


「多分あの修羅場に巻き込まれて、エリックが迎えに来てくれたんだよな……?」

「……シルウェさん」

「看病してくれてたのか? ありがとうな」

 はあ、と小さくため息が漏れる。やはりシルウェさんは覚えていなかった。


「……うん。大丈夫。シルウェさんはどこか痛むところとかない?」

「今のところは大丈夫」


 シルウェさんが喉が渇いたと言ったので、水を取って飲ませてあげる。


「ねえ、シルウェさん」

「何だ?」

「僕ね、シルウェさんのために、回復魔法頑張って覚えたんだよ」

 自分もしっかり目を覚まそうと、あの時のシルウェさんと同じ言葉をかける。

ここで切り替えて、あんなことを最後までできるというご褒美のために頑張るのだ。


「そうなのか。それは、嬉しいな。ありがとうな、エリック」

「え……」

 少し照れくさそうに笑いながらお礼を言ってくれるシルウェさん。


「……僕、頑張るよ」

「おお、俺も手伝えることがあったら手伝うぞ?」




「ところで、なんでさっきからそっぽ向いてんだ?」

「……内緒」

 またあんなことがないように、というのはもちろん。それと、シルウェさんの目を見るとあのハートの目をした彼を思い出してしまい、会話どころではなくなってしまう。




 久しぶりに会った彼はなぜか怯えた顔で尻込んでしまっている。僕はすっかりあのことを忘れていて、覗き込んで彼と目を合わせてしまった。


「エリック……! ありがとう!」

「ふぇ……」

 やってしまった。そう思ったが、それ以降のシルウェさんにおかしな様子は見当たらない。

……素でやっているの……?


 僕は動揺しすぎて、目を合わせないどころか彼の顔をもう見れなかった。




 

 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

昔嵌められた仲間のエルフに不老不死にされる話。 かなえ@お友達ください @kanaesen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ