#番外編 彼と目を合わせてはいけない(1)

 僕はエリック。紆余曲折あり、シルウェさんという冒険者に拾ってもらい、一緒に暮らしている。


 シルウェさんは昼に出かけて、夜まで基本帰ってこない。ギルドで依頼をこなしているのだろう。

たまにボロボロになって帰ってくる。僕の心配は尽きない。


 このシルウェさんがいない時間は家事や勉強をして気を紛らわす。

僕は将来ここ、王都で働く医者になりたい。理由は二つ。


 僕は魔族による強姦で生まれた、望まれていない子どもだ。

シルウェさんに拾ってもらい、今は充実した毎日を送っているが、昔のことは思い出したくも無い。


 そんな運がよかった僕と違い、そんな子ども達が孤児になり、犯罪を犯したり苦しい思いをしたりしている現実を、この生活を通して知った。


 そんな子供たちの苦しみを無くしてあげたい。そのために、強姦によってできてしまった子供の中絶。もちろん全てとまではいかないが、その子供によって奪われる命や、その子供の苦労を少しでも無くしたいのだ。


 もう一つは、シルウェさんの助けになりたい。

怪我を治療するという意味でもそうだし、シルウェさんが冒険者を続けられなくなった時のため、お金をたくさん稼いでおきたい。


 いずれはここに病院を立てて、シルウェさんと二人で……


 首をブンブンと振る。何を考えているんだ僕は。

シルウェさんに買ってもらった人間の医学が書いてある本を手に取る。


 こういう買ってもらったもののお金も、将来返したい。シルウェさんは気にするなと言ってくれるが、そういうわけにもいかないのだ。


 本を開く。毎日数ページずつ読み進めていて、今日も昨日の続きからだ。

自分で言うのもなんだが、僕はかなり頭がいい方だ。人間の文字はすぐに覚えれた。


 読み進めていくと、目に止まる文字があった。


『エルフの霊薬』


 母は高位のハイエルフで、母の血筋の人たちに僕とお父さんが追い出されるまでは母の家で暮らしていた。その時に母から聞かされた話を思い出す。


「人間をエルフにする薬、かあ……」

 そんなものが実在していたら、きっと長生きしたい奴らが取り合って、戦争になるに違いない。


 母はまるで本当にあるようかのような口ぶりで話していた記憶があるが、まあ伝承、空想上のものだろう。


 その後本を読むのをやめ、家の掃除をしていると、ドアが乱暴に開けられる。


「シルウェさん……?」

 恐る恐るドアの方に向かうと、何やらげっそりとしたシルウェさんがそこに立っていた。


「え!? どうしたの? いつもより早いし、それになんだかげっそりしてるよ!?」

「エ……エリック……」

 シルウェさんに肩を貸し、ベットまで運ぶ。怪我はないみたいだし、服も全く汚れていない。いったい何があったのだろうか。


「いったいどうしたの?」

「うう……聞いてくれよ……」


 なんでもシルウェさんはパーティの仲間たちの修羅場に巻き込まれたらしい。パーティは破綻。

そのせいで今日は仕事を行うことなく帰って来だと言うわけだ。


「怖い……女怖い……」

「……そっか。僕は男だから、大丈夫だよ」

 ガタガタと震えて、弱々しく話すシルウェさん。体がボロボロになっていても、大丈夫だよ、と笑い飛ばしてくれるシルウェさんだが……

いつもの頼り甲斐がある感じとは正反対。どこか庇護欲がくすぐられる。


 弱っているシルウェさんは激レアだ。今後もうみられないかもしれない。そう思い目に今のシルウェさんを焼き付ける。


「ど、どうした?」

「いや、別に……なんでもない」

 不安そうな顔でこちらをみてくるシルウェさん。

……可愛い。


「シルウェさん。これから冒険は一人でやるの?」

「え、ああ……そうだな。少し悲しいがソロパーティだ。」

 シルウェさんには絶対に言えないが、少し嬉しく思ってしまっている自分がいる。


 彼のパーティは彼含めて男二人、女が二人だった。正直、シルウェさんが女性と何かあったら……という心配もしていたのだ。


「ねえ、だったらさ、僕も連れて行ってよ」

「エリックは危ないからダメだ……せめて魔法が使えるようになってからな。」

 こんな状態でも僕のことを心配してくれる彼をみて、鼓動が早くなる。


 じいっと見つめていると彼と目が合う。今度は何か言ってくることもなく、弱々しい笑みで返してくれた。


「なにそれ……」

 体が熱くなってくる。


「シルウェさん、僕、簡単な治癒魔法なら――」

 いきなり体を知らない感覚が襲う。魔力が目の方へと集まって、気づいた時には集まった魔力が放出されていた。


「……!」

「え!?」

 シルウェさんがいきなり白目を剥いたと思ったら、起こしていた上半身が乱暴にベットに投げ出されてしまった。


「シ、シルウェさん!? 大丈夫!?」

「……」

 返答はない。眠ってしまったかのようだ。

おそらく先ほどの感覚は魔眼。無意識のうちに彼に使ってしまっていた……


 成長しきるまえの淫魔は、好意を抱いている人と話していると制御できずに魔眼を使ってしまう。

僕は淫魔の血は半分しか流れていないし、力の強いお母さんのエルフの方の特徴をたくさん引き継いでいた。


 だから僕は大丈夫だろう、と本を読んでいる時に思っていたが……


「んん……」

「あ! シルウェさん! 大丈夫!?」

 ぱちり、と目を開けるシルウェさん。特に見た目に変わった様子はないが……


「え゛……!?」

 シルウェさんは僕の方を見ると野太い声を出して驚いた顔になる。


「お前エリック……だよな?」

「う、うん。そうだよ? シルウェさん……?」

 目を見開いて、まじまじと見つめてくるシルウェさんに戸惑ってしまう。

僕は僕だし、いったいどうしてしまったのだろうか……


体に変化がないところや、体調を崩していないところを見るとどうやら魔眼と言っても症状は軽そうだ。良かった……


 魔眼には種類があるのだが、無意識に使ってしまう魔眼はなんだったか、頭をフル回転させるが思い出せない。


「……大丈夫だ……少し寝るとするよ。」

「わかった……」

 とりあえず本で調べるのが先だ。シルウェさんには安静にしてもらおう。何かはわからないが、時間でかかっている効果が消えればいいのだが……


 寝ると言っているシルウェさんから本を探そうと離れようとする。


「え?」

 すると、後ろから手をガシッと掴まれる。力が強く、少し手が痛い。


「シルウェさん……?」

「あの、エリック、すまないんだが……」

 先ほどの弱々しい雰囲気ではないが、いつもと違う雰囲気のシルウェさんに戸惑ってしまう。


「少し、寝るまで手を握ってて欲しい……ダメか?」

「ぐおっ!?」

 シルウェさんの手を繋いでて欲しい宣言があまりに不意打ちだったため、致命的なダメージを負ってしまう。


 魅了の魔眼

頭に浮かんできたのは、そんな言葉。

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