#13 話と相違
「シルウェ、別に対価を求めてるわけじゃないんだよ?」
「え?」
リエンは申し訳なさそうに口を開けた。
「その、今は迷惑だと思うかもしれないけど……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
そのままリエンに変わって続けようとするノアを静止する。整理していた思考をすっかり否定されてしまった。だとしたら……
「じゃあ、何でお前らは俺にこんなことを?」
俺の純粋な疑問が漏れる。この三日間疑問が尽きない……ひと段落したらどっと疲れがきそうだ。
「僕は、シルウェさんに恩を返したかったからお手伝いしました。お二方も同じような理由だと思いますよ」
「……そう、なのか?」
俺が問いかけると二人はこくりと頷いた。
エリックに関しては何となく察していたが、本人の口からそのことを聞けて自信過剰ではなかったことに少し安堵している。
「はあ……俺はもう気にしてないんだがな」
「え?」
頷いていた二人はこちらを驚いた顔で見つめてくる。
「何で……」
「いや、だってもう過ぎたことだろ?」
また会話が噛み合っていない感じがしてきた。
ここまでくると、何かしら根底の考えに相違がありそうだ。
「過ぎたことって……」
「ノア、あんまり気にする事はない。君の話が本当なら、しょうがないことだっただろ?」
「いやいや! でも……」
何故か食い下がってくるノア。しかしこれはノアに気を遣っているとかではなく、俺の本心だ。
「というか、リエンとエリック。お前らもむしろこっちが感謝してるくらいだぞ?」
「……?」
この二人には散々世話になっている。リエンは俺に対してノアのことで責任感や罪悪感感を抱いているのだろうが、彼女は俺の命の恩人と言っても過言ではない。
こちらが感謝しているのは当然だ。
エリックには冒険者時代家事をしてもらっていたし、俺がここにくるまでのサポートもしてくれた。それで彼を拾った恩なんてとっくに返してもらってる。
先程からの話の噛み合わなさの原因は、おそらくこの認識の違いだ。
「なんかお前ら気負いすぎじゃないか? はは……」
もうエルフの体にしてもらっておいてこんな話をするのもどうかと思うが……
まあ、この誤解は解かないでおいていい事はないだろう。
「……何で? 何で……」
すると、ノアが立ち上がり、何やらぶつぶつと呟きながらこちらに向かってくる。ふらふらしながら歩いてくる姿に少し寒気がしてしまう。
「ノ、ノア……? どうした?」
「ねえ、もう手遅れなの……? もう遅いの?」
ギュッと腕を掴まれ、思わずビクッと肩が跳ねてしまう。明らかにノアは普通の状態ではない。
「ノア……手遅れ……というのはよくわからないけど、俺はもうお前のことを――「シルウェ」
驚くほど冷たい声がノアの口から放たれて、言葉が詰まる。
「もう、ダメ……なの?」
別に「ダメ」ではないのだが……
何と声をかければいいのかわからない。
助けを求めるつもりで、リエンの方に視線を送る。
「……!」
そこにあったのは何処かで見た事がある、いつもよりも酷く黒い目をしたリエンだった。
「ねえシルウェ……償わせてもらうこともできないの……?」
シルウェ、選択を間違えるな。俺は何と答えてやったらいい?
嘘を付くのはあまりよろしくはない……しかし先ほどの様子から見て、それはノアの望んでいる答えではなかった。
流石に命には変えられない。
「あー……そんなことないぞ?」
「本当? 償わせてくれる?」
ニコッと微笑み、不安そうに問いかけてくるノアに対して頷いて答える。ひとまず収まっただろうか。
「……ノア」
するとリエンの声がする。嫌な予感がして急いで振り向く。ノアも俺に続いて顔をリエンの方に向けていた。
「何?」
「それは……ズルいでしょ」
「ズル……!?」
ズルという単語を反復させてしまう。ズルって何だ……全く話が見えてこない。
その後、睨み合っていたリエンとノアを何とか止め、ノアには席に戻ってもらった。
ようやく聞きたかった事が聞けそうだ。
「よし……じゃあ、質問していいか?」
「うん、大丈夫だよ」
もはや質問したい事が多過ぎて何から聞こうか悩むレベルだが、頭に最初に浮かんだ質問があった。
「まず、人間とエルフの間に何があったんだ?」
「何って……もちろんあんな事した奴らと友好関係を続けられるわけないよ」
「あんな事?」
ノアがキッパリと答える。昨日訪れたエルフの森の姿を思い出す。人間の出入りはなく、その後のリエンと女性のエルフの話で何となくはわかってはいたが……
正直思惑がわからない。よほどの理由がなければ大厄災を前にしてそんな事はできないはずだが……一体その「あんな事」というのは……
「もちろん、シルウェのことだよ?」
「んん……」
原因、俺。
「まあここではもう何も言わないけど……ノアの洗脳、シルウェ追放の件で今人間達とは冷戦状態なの」
「マジか」
すっかり忘れていたが、リエンの話を聞いてノアは今クイーンエルフだったなと思いだす。
「王室はその情報を隠蔽しようとしています。実際僕のところにも圧力がかかったので」
「そうか……すまないな、エリック」
いえいえと首を振るエリック。
相変わらず目は合わせてくれないが、俺がこの事は誰にも言うなと彼の身を案じて言った事は守ってくれていたみたいだ。
「そんなやつらと仲良くなんてできないでしょ?」
「それはそうかもしれないが……にしても大厄災はどうするつもりなんだ?」
どちらも片方だけでは魔王軍に対抗できないだろう。そして俺が人間達とエルフ達に手を貸すつもりはない以上……
「実は、魔王軍に属すつもりなの」
「え?」
聞き間違いを疑いたくなるようなノアの発言が耳に入る。そんな事はお構いなしにノアは話を続ける。
「もちろん先代の件もあるからただとはいかないけど、話はつけて――」
「ちょっと待ってくれ……! 魔王軍に入る!? っていうか、エルフ族の重臣たちは? 反対されなかったのか?」
エルフは他の魔族や魔物に対する差別、軽蔑が酷い。仮に人間との交流が途絶えたとしても、
特別な事情のあるノア以外は魔王軍というエルフ族が最も嫌っているものに入るなどありえないと思うのだが……
「あいつらなら全員殺したよ?」
「……え?」
「え? 当たり前じゃん。シルウェは嬉しくないの?」
淡々と当然のことのように話すノア。
殺した……?
「本当、なのか?」
リエンの方を見て否定してほしいと思いながら確認するが、リエンもまるで当然かのような表情で頷いた。
「こうやって少しずつでも傷つけちゃった分、私なりに償っていくから……ね?」
真っ暗な目を向けてくる彼女に、何とも言えない気持ち悪さと恐怖を覚えて言葉が詰まってしまう。
俺はそれに対して何も返す事ができなかった。
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