#12寿命と恩
「はあ……あ。」
思わずため息が出てしまい、口を押えるが、その時にはすでにノアとリエンの鋭い視線が俺に集まっていた。
俺の家には椅子が三つしかないため、三人を座らせて俺は立っている。客人を立たせるわけにはいかないと思っての行動だったのだが……
「……」
「……」
「シルウェ、今のは何?」
「……すまん」
謝ってほしかったわけではなかったのか、少し不満そうな顔をするリエン。
先ほどから三人のなにやら不穏な雰囲気が机を挟んで渦巻いている。
さっき玄関でのやり取りで分かったのはこうだ。
まず、リエンとノアはもしかしたら、というかおそらく不仲……何かトラブルでもあったのだろうか。
だってあんな殺伐とした雰囲気、仲がいい間柄で発生してはいけないものだろ。エリックが来てくれなかったらどうなっていたか……考えるだけで恐ろしい。
そして第二に、今回の件にはエリックが関わっていたということだ。
エリックは下級淫魔……それもインキュバス(男)と、かなり高位のハイエルフの子供だという。詳しくはわからないが……なんでも淫魔の強姦によってできてしまった子供らしい。
これはエリックとノア達に聞いたことだが、エルフは洗脳、魅了魔法に弱いらしい。多くは語るまい。
その境遇から母のエルフの血筋から目障りな者と扱われ、彼の父の淫魔と過ごしていたらしいが、その後彼の父は人間に討伐されてしまった。
その後森でモンスターのような暮らしをしていたところを俺が拾ったのだが……
「えーっと……エリック。元気だったか?」
「ひゃ……はい、その、おかげさまで……」
彼は俺と目を合わさない。特に話している時は絶対に。
絶対に、だ。俺以外の人はそんなことなかったらしいのだが……
反射でこちらに振り向いてくれても、口を開く前に明後日の方向に顔を向ける。
俺は嫌われてしまっているのだろうか、と不安だった。原因もわからない。
先ほど来てくれた時、実はちょっぴり期待してたし、なんなら一回俺の顔を覗き込んで、目を合わせてくれた……のに!
エリックは前と変わらずこちらに顔を向けてくれない。
そんなことを気にしている暇がないのは分かっているが、もう何も考えたくない。
「ン゛ン! じゃあ、話を聞こうかな? あ、コーヒーでも飲む? お茶もあるよ?」
もう色々と吹っ切れて明るめのテンションで話し始める。この暗い空気をどうすればいいのか。人付き合いの苦手な俺にはわからない。
するとリエンがぴくり、と反応する。こちらに向けた後他の二人と睨み合っていた(?)視線を再びこちらに向ける。
「いや……大丈夫。まずは私から、ごめんね、シルウェ」
……やらかした。
お茶に薬を盛った人からお茶でも飲む?て。きっと嫌味を言っているように聞こえてしまっただろう。
「ああ……その、何か理由があったんだろ?」
何とかフォローしようとする。リエンが少し暗い顔をして、ノアがリエンに変わるように口を開く。
「償わせて欲しかったの。でも、シルウェの寿命が残り少ないって聞いて――」
「え? 寿命の話とどう繋がるんだ?」
少し俯いて話すノアの話を遮る。
ノアとリエンは驚いた顔でこちらを見る。え?また何か変なこと言ったか!?
元々人付き合いが苦手な上、ここ十年人と会話していなかったから、久々の会話でさらにボロが出てるのかも……
「……そういえば薬の効果言ってなかったね」
「薬の効果?」
リエンが微妙な雰囲気を破る。薬の効果……
少し俺の身に起きたことを整理してみる。
まず、体が若返ってる。大体魔王討伐の旅をしていた十九とか、二十くらいだろうか……
それに耳。エルフのものになっていた。そこから体がエルフになっている……と考えたんだが。
あ、そうか。
エルフの体になることで人間の体だと耐えられなかったマナが耐えられるようになって寿命が……
ん?
……ちょっと待ってくれ……
「え……? もしかして体だけじゃなくて寿命もエルフみたいになってるってこと?」
こくり、と頷く三人。エリックは先程から喋っていないが、背中からでも頷いたのがわかった。
「エルフの霊薬、って言って、本当に一部のハイエルフとクイーンエルフしか知らない、エルフ族に伝わる秘薬なの。」
リエンが発した「エルフの霊薬」という言葉は昔エリックから聞いたことがあった。人間を、エルフにしてしまう薬。
伝承のようなものと言っていたが、実在していたということか。
マジ、なのか?
にわかには信じられない……が、こんなタチの悪い嘘なんてつかないだろう。
それに、実際俺の体は若返ってエルフになっているようだし。
「そう……なのか。」
寿命が延びれば、なんてどれだけ考えただろうか。それが叶った……とはいえ、あまり手放しにも喜べないだろう。
エルフの寿命は、彼らの根源である世界樹との繋がりでばらつきがある。
基本的に、ローエルフなら千から三千。
ハイエルフなら三千から五千。
そして少しのハイエルフとクイーンエルフは実質不老不死……
頭に染み付いている知識だ。
俺の寿命が数千年……あと五年だと覚悟していた寿命が、あと数千年……
「……なるほどな。だからリエンがここにきた時大厄災の話があったわけだ。」
整理するとこんな感じだろうか。
まず、大厄災の前触れが来る。その後、俺に足るような勇者が見つからなかったのだろう。だから俺に魔王を倒させる必要があったわけだ。
しかし俺のことを嵌めてしまった以上、ただでは俺のことを使えない。
そこでノアとリエンが協力して、俺の寿命を伸ばすことで恩を売ろうとした……
あれ?でも人間族とエルフ族ってあまり関係が良くなかったような……? エリックは人間の国に住んでいるが……
とはいえ、なんとなく察しはつく。
昔何かと俺に申し訳ないと言っていたり、感謝していると言っていたから、おそらくエリックは俺に恩を返してくれるような気持ちでノアたちに手を貸したのだろう。
大体の思考が終わり、ツルツルしている顎に手を当てる。
寿命が延びたというのは本当なのだとしたら、過程やその延びた分の寿命が長すぎることを除けば、感謝してもしきれない。俺もそれに対し魔王を再び倒して報いるべき……だという人もいるだろう。
しかし……
俺はそこまでちょろい男ではない。
「ノア達の考えはよくわかった……でも。正直それで魔王討伐、人類とエルフを救おうとは、俺は思えない」
結局、努力してくれていたのはこの三人。他のエルフの重臣、人間の王室は何もしていないのだろう。
俺はノアのことはもう許しつつある。しかし、だからと言ってまとめて今までの事を水に流せるほど、俺は寛容でもなかった。
しかし、この三人を大厄災から守ることくらいならこの体なら出来るだろうし、やろうとも思える。
「でも、お前達からもらった恩があるのは確かだ。だから、お前達だけ守る……それじゃダメか?」
寿命を延ばしてもらうなんて大層なことをしてもらっておいて、ずうずうしいのはわかっている。
しかし、あいつらに俺がどうこうする事に文句を言える筋合いはないはずだ。
俺が恩を返す相手は、こいつらだけでいい。
「……ごめん、シルウェ。何だか話が噛み合ってない気がする」
「え?」
噛み合っていない……?
冷静になってリエン達の方を見てみる。
夢中になって話していたため、俺は気づかなかった。俺の渾身の決め台詞、「お前達だけ守る……」がポカンとしている三人の微妙な空気の空間に放り込まれていた事に。
……はっず……!
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