#11.5僕と彼ら

「え……」

何かあった時に、という口実をつけて渡していた彼との連絡用水晶が光る。彼からの連絡はなく、迷惑になりそうだからとこちらからも連絡することはなかったため、ここ十年は棚の置物になっていた。


急いで光っているそれをとり、魔力を流し込む。すると彼の声が聞こえてくる。


「えーっと、久しぶり、エリック。実は体がエルフになっちゃってさ。ちょっとお前に診て欲しいんだ。今日から人間の街に行こうと思ってる。」 

体が、エルフになった……?




「貴女は?」

業務が終わりそろそろ閉めようかと思っていた時、何やらただならぬ雰囲気の女性が来た。


フードを深く被っており、よくは見えないが隙間から覗かせる白い肌や、銀の髪の特徴は、見覚えがある。


「単刀直入に用件……の前に、少し大事な話だから貴方と二人で話したいわ。」

顔を部屋のドアの近くにいた看護師の女性に向ける。僕は彼女に視線で「外してくれ。」と伝える。


彼女が出て行ったら、目の前のフードの女はこちらに向き直る。

大事な話、これはきっと僕に深く関わっているはずだ。何故なら、この女は…


「貴女は……エルフですよね?」

そういうと女はフードを外し、その顔を晒した。


銀の髪に、真っ白な肌は先程覗かせていた通り。そして、長い耳。それはエルフ族の特徴だ。


しかしそれ以上に気になるのはその目。濁ったその目は、どこか不安定さを感じる。

仕事柄見ることがある、魅了魔法をかけられている正気を失ったような雰囲気を感じさせていた。


「何でここに……? というかどうやって?」

現在エルフが人間の国、ましてや王都に入ることなんて不可能なはず。正攻法では。


「それ、貴方が聞くの?」

鋭い視線を向けられながら、こちらに言葉を投げかけられる。こちらの情報はほとんどバレている、と考えるのが自然か。


「……分かりました。貴女の素性は聞きません。それで、大事な話とは?」

「シルウェの寿命を教えてほしい。」

女の口から出た名前。彼の名前を聞いて少し身構えてしまう。


「寿命……何で貴女が彼の寿命を知りたいのかは知りませんが、何の素性も分からないエルフの女性には教えられません。」

目の前の女は少し険しい顔を見せると、すぐに真顔に戻る。すると再び口を開いた。


「それは彼から言うなと言われたの……?」

「……いや別に。僕の判断です。」

この女は彼の何なんだろうか。少しホッとしたような表情を見て、少し訝しむ。

彼を気にしている態度、彼の知り合い?それに高位のエルフの特徴である銀の髪……なぜか今人間の王都に入り込めているエルフ……


彼のことを気にしている、高位のエルフ。


「あ! 貴女もしかして……」

座っていた椅子から飛び上がり、後退りしながら臨戦体制を整える。

間違いない。この女は彼を裏切った張本人。確か先代からクイーンエルフの座を奪って、今のクイーンエルフになった、彼の元旅仲間。名前はノアと言ったか。


「彼をどうする気ですか……!?」

「違う! 違うから……話をしたいだけ!」

すごい剣幕だ。そのクールそうな顔からは想像もつかないその声に、少し気圧されてしまう。


「私、貴方のこと嫌いなの。シルウェから頼られてて、信頼を寄せられてて。抑えるのに必死なんだから……席に戻って?」

ゾワッという寒気が背中を走るのを感じる。足がすくんでしまいそうだが……

あの女は彼の敵。僕が自分可愛さに彼の情報を教えたら、何をされるかわからない。


崩れてしまいそうな膝に鞭を打ち、女を睨みつける。

するとはあ、と息をついて、先程までの気圧されるような気配は消える。


「……エルフの霊薬。貴方なら分かるでしょ?」

その言葉が聞こえ、睨んでいた視線を止める。一体この女は何言ってるんだ?


「私は彼に償いたいだけなの。それに、貴方にとっても彼の寿命を伸ばす……これは悪い話じゃないでしょ?」

「……」

エルフの霊薬。

昔母に聞いた事はある。それに医療の勉強をしていた時の本でも、話だけは出てきていた。

不老不死にする、なんてそんな嘘みたいな話。実在するなら、彼に使えたら……なんてそんな幻想を何度抱いただろうか。


「実在……するんですか?あったとしたら、何でそんなものを今まで表に出さなかったんですか?」

声を震わせながら目の前の女に声を掛ける。

彼女はクイーンエルフ。あの幻と言われている秘薬を知っていてもおかしくはない。それに先ほどのあんなに真剣な様子を見て、嘘だとは到底思えない。


しかし、何故、彼を裏切ったはずのあの女が今になってそんなことを……?


「ある。今まで作れなかったのは材料の入手が困難だったから。でも、諸事情でそれも揃ってる。」

彼に、報いることができるのだろうか。

彼に森で拾ってもらい、命を救ってもらい、生活の仕方を教えてくれ、そして道を示してくれた彼。


彼が苦しめられていた時にやっと恩を返せるかと思った時にはもう彼はすでに心を他の人によって救われた後、寿命は手遅れとなってしまって、僕には何もできなかった。


「……詳しい話を聞かせてください。僕にできることなら、協力します。」

「そう言ってくれて嬉しい。明日またもう一人を連れてここに来るから、その時に、ね。」


あの女が帰り、放心状態で椅子に座る。

あの女の目的はわからない。でも、彼を助けられるかもしれないという響きは、僕にはあまりにも甘美だった。


「というか、寿命の問題が解決したら……性別の問題なんて何とでもなるよね……?」

顔が熱くなるのを自覚する。その夜は悶々としながら床に着いた。


この後リエンとノアとエリックが協力してエルフの霊薬を作るのは、また別の話。




「バレないように俺も最大限工夫するけど、そっちからも手回しして置いてくれると助かるよ。それじゃあな。」

エルフになった。

もしかして、あの薬の副作用……?

彼女達の話は本当だったのか。成功したということだろうか。

彼にやっと少し報いれただろうか。

視界がぼやけて、頬に生暖かい感触が走る。



その後やっぱりキャンセルという彼の言葉を聞いて、僕は彼の家にすっ飛んでいき、現在に至る。




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