第3話 ご注文は?
これは少し前の話ですが、怖い話ではないかもしれません。
ちょっとした勘違い、気のせい――なのかもしれません。
でも、まあ――その時は不思議だと感じた出来事です。
ある夏の日の事です。
その日、友人と二人で普段からよく行く居酒屋に来ていました。
少し早く来たせいか、まだ他のお客さんはいませんでした。
いつもは馴染みの店員のお兄さんと話をしながら飲み食いしているので、その日も二人並んでカウンターに座りました。
カウンターの中は厨房と繋がっていて、3方向をカウンター席に囲まれています。
よくある飲食店の構造ですね。
そしてその周りにテーブル席と座敷席があります。
しばらくすると二人のお客さんが入ってきて、自分たちの席からみて店の奥の座敷席に上がりました。
その日は次の日が平日だったからか、18時を過ぎても店内はガランとした雰囲気でした。
私はお酒は呑まないので、烏龍茶をちびちびやりながら友人と店員を交えて
普段は店員さんもそこまでゆっくり出来ないのですが、この日は特に暇だったようです。
そうして
「すいません」
「あ、はーい!!」
私たちの座っている後ろの座敷席から店員さんを呼ぶ声が聞こえて、そちらに向かって返事を返すお兄さん。
それに釣られて私達もそちらへ振り向きました。
そこはテーブルが二つある座敷席を囲った空間になっていて――大体8人、多くて10人が座る事が出来る位の場所でした。
ただ、その時は──そこには誰もいなかったのですが……。
「あれ?」
不思議そうな顔の店員さん。そりゃそうでしょう。今確かに呼ばれたはずなんですから。
「今呼ばれませんでした?」
こちらへ聞いてくる店員さんですが──
「すいませんて呼ばれたよねえ?」
こんな返事しか返せません。
後から来た二人のお客さんは、カウンター奥の座敷席にいて注文を頼んだ様子はありませんし、聞こえた声は落ち着いた感じで、そのトーンの大きさからしてもすぐ後ろから聞こえたとしか思えませんでした。
その後も私たちは聞こえた「すいません」の声について話していました。
そのうちにその座敷席のあるものに気付いたのです。
テーブルが二つあるだけの空間。お品書きが貼られている壁のその更に上。天井近くに造られていた『神棚』です。
私達はそこに奉られている『誰か』が普段みんなが愉しそうに呑んだり食べたりしているのを見ていて、お客さんが
結局のところ、あの時に聞こえてきた声がなんだったのかは分かりません。空耳だったのかもしれないし、店の外を通った人の声が偶然に反響して聞こえたのかもしれません。
そう考えてはいても――やはり気になってしまうのです。
その何者かが――何を注文しようとしていたのかが……とても。
これを最後まで読んでくれたあなた――今までに誰かに呼ばれた気がしたのに、誰もそこには居なかったという経験はないですか?
気のせいだと流してしまっていたのではないですか?
でも、本当にその全てが気のせいだったのでしょうか?
夜、一人で部屋にいる時に――背後に誰かの視線を感じた事はないですか?
そんな時は思い切って後ろを振り返ってみるのも良いかもしれませんね。。
その時に見えた窓や少し開いた部屋のドア。
そこ隙間から覗いた先で、不思議な体験をする事が出来るかもしれませんよ。
ただ、その時に聞こえた声があなたを誘っているようだったら、決して返事しないでくださいね。
あちらの世界からの呼びかけに応えることは、昔から禁忌とされています。
返事をすることはそちら側へ行くという事です。
例えば──
………
………
…………
…………
あ そ ぼ う
第3話 ご注文は? ─ 完 ─
放課後 八月 猫 @hamrabi
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