06.美味い話にはウラがある

『ご主人様、爆発物は検知されません。そのまま雑に掴んでもよろしいかと。』


「はいよ……っと……!」


ガションと、UFOキャッチャーのような2本指のアームがデブリの一個を掴んだ。


それを背部のバスケットに入れると八重が操縦桿を動かしてポッドを別の宙域へと移動させていく。


最初は少し手こずったアーム操作だったが、1時間もすればすっかり慣れることが出来ていた。


「次はどれにする?」


「積載スペースがあまり無いから小さいのにして。終わったら一旦中身を捨てに行きましょう。」


「分かった。」


作業ポッドは惑星の重力圏に近付き過ぎないように注意しつつ、軌道上を進んでいく。


単機で持つことの出来るような小さいゴミは大気圏に捨て、大きなゴミは周囲の機体と協力しながら掃海艦の粉砕機まで持っていく。


しかしこれがまた遠い。


デブリ群の大半は惑星の低軌道を漂っているというのに、何故か母艦はそれよりも遥かに高い位置に占位しているのだ。


船舶事故の原因になり得るデブリに接触しない為なのかもしれないが、それを加味したって遠すぎる。


ビビっているとしか思えなかった。


まあ、例のブツを探索しやすいから別に良いのだが。


(千歳、使えそうなものはあったか?)


『駄目です。どれも非武装の民間船舶や観測衛星のようで、機銃ひとつ見つかりません。』


(そう簡単には行かないかねぇ……ん?)


思っていた以上に収穫が無いことに肩を落としていると、視界の先に何かが浮かんでいることに気付く。


ポッドよりも大きなそれはどこか見覚えのある形をしていた。


「あっ、あれ戦艦の大砲じゃないか?」


「駆逐艦の電磁投射砲ね。持っていく?」


「ああ!」


待望の武器、それもいきなりの大当たりだ。


嬉々としてアームを操作し、砲塔の部分を掴む。


しかしそこでふと思った。


これを勝手に持って帰って良いものかと。


『…………確かにそうですね。軍の備品ですから。』


「やっぱりそんなことだと思ったよ〜……。」


「え?いきなりどうしたの?」


「いや、こっちの話……。」


「ちょっと。」


頭を抱えてふよふよと浮かんでいると、身体を掴まれて椅子に戻される。


気付けば八重の顔がすぐそこにあった。


ムスッと怒っているように感じられるのは気のせいだろうか。


「高典、初めて見た時から思ってたけど……ずっと誰かと話してるわよね?それも女と。」


「……えっ。」


『あら。』


いきなりのことに目を見開く。


千歳も珍しく意外そうな反応をしていた。


「ど、どうしてそう思ったの?」


「1人だけで居る時に独り言が多かったし、温室育ち特有の警戒心の無さと今の危なすぎる立場が見合ってないし、まるでサポートしてくれる誰かが居るみたい。それも少し緊張感をもって相手するような……例えば異性とか。」


八重の大きな手がこちらの頭を掴み、コツンと特殊プラスチック製のバイザー同士がぶつかる。


彼女の瞳はいつの間にか光の無い黒いものへと変わっており、声も低めの怖いそれに変貌していた。


「怒ってる……の?」


「いいえ別に?怒ってなんかないわ、ええ。」


「怒ってるじゃん……。」


「怒ってない。高典が私以外に誰と知り合いなのか全て把握しておきたいだけ。貴方のパートナーとして。」


「うぅ……。」


千歳のことを話しても大丈夫なのだろうかと唸っていると、その時、ヘルメットの通信機から誰かの声が入る。


[貴方、相手の全てを管理しないと気が済まないタイプですね。将来が心配です。]


「っ……誰!?」


「……千歳?」


[はいご主人様、私です。誠に勝手ながら外に出させていただきました。]


「外に……?ああ、なるほど……。」


突然聞こえてきた千歳の声に最初は驚いていた八重だったが、何かを理解したのか手を離す。


怖い雰囲気もいつの間にか霧散していた。


「インプラント型の自律思考AIなんて……どれだけのボンボンなのよ、貴方。」


「そ、そう……かな?」


「頭に本体を埋め込めるまでに小型化する技術は相当に機密性の高いものよ。まあ、変なこと言ってごめんなさい。謝るわ。」


「ああ、うん、こっちこそ黙っててごめん。」


「ええ……でも、これからは私にも聞こえるようにしてほしいわ。イイわよね?」


ニコリと笑ってない笑みを浮かべる八重。


彼女の圧に対して高典はただ首を降ることだけしか出来なかった。






⬛︎


「ふぅ……これでいい感じかな?」


「ええ、一旦帰りましょう。」


あれから更に2時間、デブリ全体の僅かな一部分とはいえ、指定された宙域は作業開始時と比べて随分と綺麗になっていた。


ポッド背面のカゴを再度パンパンにした2人は掃海艇へと針路を取る。


「ねえ、千歳、お宝はどうなった?」


[はい、電磁加速砲は現在我々より3kmの位置を遊弋しています。回収限界地点まではあと43時間。]


「上手く行ったわね。」


「ああ、流石は八重だよ。」


「ふふっ、褒めても何も出ないわよ?」


ちなみに例の兵器に関しては馬鹿正直に掃海艦へ持ち帰れば回収されるのがオチなため、八重の提案で外に向かって投げておくことにした。


作業が終わったのちに改めて新生丸で回収しようという考えだ。


他に見つけた武器としては弾の無いミサイルコンテナや壊れた小銃などハズレが多く、結局、すぐに使えそうなものは電磁投射砲だけだった。


まあ新生丸の船体にはあれだけでも十分過ぎるくらいだろう。


「よーし……じゃあどこに付けるかなー……?」


「ん?売るんじゃないのかしら?」


「いいや?俺の船に取り付けるんだよ。」


「えっ……アンタまさか……。」


こちらの考えを予想したのか、ギョッとした表情を浮かべる八重。


彼女にガシリと両肩を掴まれる。


「ねえ、賞金稼ぎとか海賊退治なんて言わないわよね?」


「えっ……そ、そうだけど。」


「駄目よ!危険なんて比じゃないわ!」


[ですが、その分だけ報酬は高いです。]


「アンタは黙ってて!聞いて高典、賞金稼ぎはね、すごく危ない仕事なの。確かに相手を殺せば金は入ってくるけど、逆に言えば貴方も殺される可能性もあるのよ?」


そう言う八重の目は本気だった。


高典はまたもや彼女の勢いに気圧されるが、今度は引き下がらずに向かっていく。


「なあ、聞いてくれ。ここしばらく仕事を続けて分かったんだ。今のままじゃ駄目だってことを。」


パートタイマーをいつまでやっても豊かな暮らしを送ることは出来ない。


自身の持つ惑星を発展させることなど夢のまた夢だろう。


金も経歴も家柄も碌に無い今、手っ取り早く認めてもらう為には綱渡りしか手段は残っていないのだ。


しかし八重にとっては納得出来ないようで、反論を続けてくる。


「心配しなくても金払いの良い仕事は他にもあるわ。貴方がもう少し傭兵に慣れたら私の紹介で……!」


「……ん?」


だがその時、八重の言葉が不自然なところで途切れた。


正面に顔を向けるとバイザー越しに彼女の口がパクパクと動いているのが見える。


しかし声は聞こえない。


「待ってくれ。通信が切れてる。」


「……こえ……しら?ねえって。」


「お、戻った。」


ただの軽い通信障害だったのか、途切れ途切れに八重の声が聞こえてくると、すぐに元の調子に回復した。


「もう、こんな時に……やっぱり中古品ね……!」


「しょうがないでしょ。いちいち新品を……?」


「?どうかした……。」


ヒュン、と。


何かがポッドの付近を飛び去っていった。


周囲を漂うデブリとは比べ物にならないくらい速いスピードで。


それも1つだけではなく、続いて3つも4つも。


[ご主人様!]


「何……うわっ……!?」


八重の握る操縦桿が勝手に動き、作業ポッドのイオンスラスターが青い筋を真横に吹かせる。


直後、機体の付近をとても大きな、十メートルはありそうな分厚い鉄板が音も無く掠めていった。


断面には幾重にも重ねられた合板と断熱材、そして中でのたくっているケーブルが見える。


そして裏側が目に入ってくると、言葉を失った。


「えっ……。」


「嘘……よね……?」


飛び去っていく物の中に見覚えのあるシルエットがいくつも目に入ってくる。


それは人の、厳密には宇宙服を着ていない生身の人間の形をしていた。


バイザーの機能にある拡大モードを使おうとするが、そこをグローブに包まれた八重の手が遮る。


何も言わず、ただ首を横に振る彼女。


「生きて……いないのか?」


「……ええ、それよりあっちを見て。」


言われた通りの方向に顔を向ける。


そして驚愕した。


「あ、あれ……掃海艦……俺らの母艦だよな?」


[どうやらそのようです。間違いありません。]


掃海艦『穂高』が視界に小さく映っていた。


船体は真ん中から見事にへし折れており、その破断面からポロポロと物や人が漏れていく。


そしてそんなことをやらかした犯人だが、ちょうど船の影から姿を見せてくるところだった。


「ち、千歳……あれは何だ……?」


[公式のデータに確認が取れません。未知の存在かと。]


にゅっと、1本の長い触手のようなものが船の裏側から出現し、続いてまた1本、1本と次々に出てくる。


それが合計8本になったところで遂に頭が現れた。


「……タコ?」


「もしかしなくてもアイツがこのデブリ群を生み出したのね……そりゃ金払いが良い筈だわ。」


「ど、どういうこと?」


「この星、何のための施設があったか覚えてる?」


「えっと……。」


首を傾げていると千歳が軍の実験場と先に答えた。


八重はこういうことに慣れているのか、それからも淡々と言葉を続ける。


「多分あれは暴走した試作兵器か何かよ。私達は事故の隠蔽工作に、失っても良い安い存在として雇われたみたいね。」


「じゃあ、母艦があんなに離れた位置にあったのも……。」


「もし奴が現れた場合、さっさと逃げられるようにでしょう。まあ、デブリみたいに小さな私達より図体のデカいあっちを敵は優先したみたいだけどね。」


「でもあの船に置いてきた新生丸がないと……!」


「高典、落ち着いて。」


帰るべき母艦を失うという予想外のことに軽くパニックになる。


対して八重は落ち着かせるようにこちらの肩へ手を置いてきた。


「息をゆっくり吸うの。酸素ボンベは無限じゃないわ。」


「あぁ……はぁ……す、すまん……。」


「大丈夫、まだ帰れなくなったわけじゃないわ。穂高の方をよく見て。」


「……え?」


言われるがままに顔を向けると千歳がズームしてくれた掃海艦の無惨な姿が目に入ってくる。


「私達の船があったのは艦体後部の格納庫よ。そして穂高は中央で折れているだけで他の損傷は大して見受けられないわ。」


「ならまだ新生丸は……!」


「ええ、無事な可能性は高いわね。このままやり過ごすことが出来れば帰れるわ。」


「良かった……。」


少し希望が残っていたことにほっと胸を撫で下ろす。


しかし直後に悪いニュースが舞い込んできた。


[ご主人様、目標が動き出しました。]


「どっちに?」


[針路が私達のと重なっていますね。]


「……えぇ?」


「高典!掴まって!」


「ぬあっ!?」


直下のスラスターから火が吹くとポッドが急上昇し、急加速してきた化け物とギリギリですれ違う。


「がっっっ!!?」


かと思えばポッドに触手の先端が接触してしまい、機内に強い衝撃が走った。


破片を撒き散らしながら勢いよく回る機体の中、八重はどうにか操縦桿を握り直そうとするも、ガタガタと揺れて思うように手が届かない。


空中分解の危険もあったが、すんでのところで千歳がイオンスラスターをいっぱいに吹かしてくれる。


徐々に加速は収まっていき、少しして回転は収まった。


「はぁ……はぁ……ナイス、千歳。」


[お安い御用です。しかし今ので増槽に亀裂が発生しました。機内の燃料も残り少ないです。]


「……早く新生丸を回収しましょう。敵は?」


[我々の後方10kmの位置に居ます。他の同業者を襲っていますね。]


「今のうちよ!行くわ!」


八重はスロットルを最大まで上げる。


ボロボロになったバーニアから青い炎が吹き出ると、ポッドは穂高へと一気に加速した。


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AIと行く、星間貴族の傭兵生活 神風型駆逐艦九番艦 @9thKcd

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