05.仕事の再開

体調を崩した日から2日が経った。


八重の手厚い看病によって熱自体は1日で下がり、念の為にと、もう1日安静にして今日に至っている。


気分はもうすっかり快調だ。


「おはよ、気分はどうかしら?」


「ああ、おはよう。もう大丈夫、八重のおかげで元気一杯だよ。」


「ふふ、それは良かったわ。」


傭兵センターの休憩スペースで腰を下ろしていると、こちらへ近付いてきたのは先日より仲間となった沖津風八重。


今日はこれから一緒に仕事をするのだ。


早速カウンターに向かうと、例の受付のお姉さんが自分達に気付いたようで、如何にも興味津々といった視線を向けてきた。


「あらあらあら?八重ちゃん、半月経ってやっっっと声をかけられたのね。頑張ったじゃない。」


「う、うるさいわね。経過がどうであれ目的は達成したからいいのよ。それより仕事は何かあるかしら?」


「はいはい、詳細についてはヒーロー君から聞くからいいですよーだ。えーっとね……。」


知り合って長いのか、軽い雰囲気で会話をする2人。


その様子を眺めていると、千歳の声が聞こえてきた。


しかし普段とは違い、こちらを揶揄うような声色で。


『ふふっ、そんなじっくりと眺めて……やはりご主人様も男の子なのですね。視線が胸と臀部に集中していましたよ。』


(はっ!?ちっ、違うわ!そういうのじゃないから!)


『確かに2人とも中々なスタイルを持っていますからね。特に沖津風に関しては今は装備のせいで分かりづらいですが、出ている割に引き締まった抜群のプロポーションを誇っています。豊満さは受付嬢の方が……。』


(だからちゃうって!ただ八重がガチ目な装備してるなって……!)


『冗談ですよ。それより確かに物々しい格好ですね。まあ、あれが傭兵の本来あるべき姿であるのかもしれませんが。』


(だよねー……。)


今日の八重は前のラフなジャケット姿ではなく、紺の上着と黒のカーゴパンツに大きなリュックやポーチ、イヤーマフと全身を装備で固めている。


自身の母星より持ち出してきた私服のままのこちらとは大違いだ。


彼女もれっきとした傭兵なのだとしみじみ感じていると、件の人物より呼ばれていることに気付く。


「ん?何?」


「貴方、銃を持つ警備はやったこと無いわよね?」


「うん、だね。」


「なら、危ないのは駄目と……そっちから何か希望はあるかしら?」


「あー……えっと……。」


軽く一覧表を眺めてみると、その時、前回諦めた仕事である『デブリ掃除』の文字が目に入ってくる。


一旦は年齢のことからどうしても無理だと次を探そうとしたが、ここで年齢が上である八重の存在を思い出す。


千歳も理解してくれたようで、早速その方法が使えそうな仕事がないか探し始めた。


『ご主人様、2人ずつ募集しているところがありました。作業機械の免許は片方のみでいいらしいです。』


(でかした!)


早速詳細が書かれた画面を2人に見せてみる。


「ふーん……デブリ掃除ねぇ……。」


「確かに八重ちゃんなら操縦出来るわね。ヒーロー君は補助係になるかも。」


「どうだ?金払いも悪くはないだろ?そっちが毎回やってる仕事よりかは安いだろうけどさ。」


「いえ、武器とかの装備代がかからないから実質いつものとはほとんど変わらないと思う。うん、良いわね。じゃあ……。」


「はいはーい、デブリ掃除ねー。それなら……ちょっと離れた管区まで行く必要があるね。第65管区の第4惑星、その軌道上に居る掃海艇に集合だって。」


「分かったわ。」


お姉さんに手続きをしてもらうと早速出発することにした。


行き先は隣の管区、少し離れた別の星系に行く必要がある為、移動時間を考慮してのことだ。


というわけで毎度の港湾部へと向かう。


「なあ、そういえば、船って持ってるのか?」


「いいえ、あんな高いもの買えるわけがないわ。いつも恒星間の公共交通機関を使ってるわね。」


「じゃあ仕事は陸でしてる感じ?」


「ええ、これでね。」


そう言うと八重は肩にかけたバッグから拳銃よりも更に大きな黒い物体、銃身が短く切り詰められた自動小銃を少し見せてきた。


「おお、すげぇ……M4A1ってやつ?」


「?いいえ、四一式自動小銃よ。これは個人防衛火器仕様の六型。それと今なんて言ったの?」


『ご主人様、ここは遥か未来の世界です。そんな旧世界の遺物が存在する筈がありませんよ。あと日本語以外は僅かな外来語と専門的な用語を除いてほぼ死語です。お気をつけ下さい。』


「あー……なんでもないよー……。」


時折り前世のままの感覚で、ものを口にして相手にきょとんとした顔をされることがしばしばあった。


変なやつ扱いされない為にも認識の違いを早めに認識しておく必要があるだろう。


そんなことを考えながらいつもの船着場に到着する。


久々に操縦席に座ると船のエンジンを起動した。


「運転は出来るの?」


「自動でやってくれるから大丈夫。じゃあ行きますか。」


「ええ、安全運転でお願い。」


新生丸の船底がふわりと地面から離れ、エアロックへと移動していく。


そして背後の鉄扉が閉まり、代わりに前方のが開くと、周囲の景色が黒一色へと切り替わった。










⬛︎


宇宙ステーションから少し離れて、船がワープ航法に入ると周囲の景色は星ひとつ無い真っ暗なものへと切り替わった。


流石に他の星系に行くのには時間がかかるようで、操縦に関して特にやることのない人間には暇な時間が出来る。


というわけで色々と八重に聞いてみることにした。


「ん?魔法について?」


「うん、俺も使えないかなーって。実戦でも役立ちそうじゃん。カッコ良さそうだし。」


「魔法ねぇ……。」


実を言うと千歳のおかげで使えるのだが、敢えてそこは伏せて聞いてみる。


だが彼女の反応はあまり良さそうではなかった。


「何かあるのか?」


「いえ、別に悪いことはないわ。ただ実戦で魔法を使うとなると発動に時間はかかるし、威力も微妙だから……。私なら魔法より6.8粍弾の方がいいわね。」


「えっ、弱いの?」


以前強盗に向かって出したようなものをバンバン使えるのなら結構強いと考えていたのだが、どうやらそうではないらしい。


常人が撃つ魔法はもっと規模が控えめなのだろうか。


「場合によるけど……まあ普通の戦闘においては銃とナイフで十分だし、何より隙が大きいわ。私は使うとしても魔導器具くらいね。こういうのだけど、知ってる?」


八重は手のひらサイズの黒い筒を手渡してきた。


アルミか何かの軽い金属で出来たそれは、一見してキーホルダーにつけられるような懐中電灯に見える。


「何これ?」


「魔石を使った水の生成装置、魔導器具のひとつよ。これのおかげで重たい水筒を持たなくていいの。試しに口の前で尾部のボタンを押してみて。」


「お、おう。」


言われた通りに口の前に持ってきてからボタンを押すと、先端の穴から透明な水がチョロチョロと流れ出てくる。


飲んでみると特に不味いわけでもなく、普通に無味無臭の飲める水だった。


「へぇ〜、これは中々に便利だな〜。」


「でしょ?まあ逆に魔法はこういう利便性の高いもの以外はあまり使われてないわね。多分科学が魔法を再現出来るようになったことが大きいんだと思う。」


「あら……まじかい……。」


どうやら魔法同士のバトルなんてのはあまり見れないようだ。


正直言ってちょっと残念である。









⬛︎


「おぉー、なんか色が違う星が見えてきたなー。」


「砂だらけの不毛の土地よ。軍の実験場なんかに使われてるくらいで、一般人の入植はほとんど無いらしいわ。」


「へー、火星みたいな感じなのかな……?」


あれから八重と駄弁りながらしばらくして、船がワープを終えると眼前に砂色の惑星が現れた。


そして同時に確認出来た、ここからでもハッキリと分かる小さな粒の数々。


言わずもがな、あれがデブリなのだろう。


「うえっ……思った以上に多いじゃん……。」


「何か事故でもあったのかしら?ひどいものね。」


「こりゃ大変そうだな……。」


近付いてみると、惑星の衛星軌道上に輪っか状になって浮かんでいるデブリ群がよく見えてくる。


デブリを構成しているのは隕石や氷の欠片などではなく、どれも建造物ばかりだった。


思った以上に悲惨な状況を前に息を呑んでいると、千歳のいつもと変わらない声が聞こえてくる。


『ふむ、これは良い意味で予想外でしたね。良いものが沢山取れるかもしれません。』


(死骸漁りみたいでなんかやだなぁ……。)


『贅沢は行ってられませんよ。ここで手に入れる以外に安くで武器を揃えるなんて不可能ですから。』


(へーい……。)


新生丸が向かった先には一隻の大きな宇宙船がいた。


今回の仕事先である軍の掃海艦『穂高』だ。


艦体後部の着艦口から中に入ると、既に到着していた同業者達の船がズラリと並んでいるのが見える。


あれだけのデブリを掃除するだけあって、集められた傭兵の数も中々に多いらしい。


「うへぇ……怖い雰囲気の人ばっか……。」


「大丈夫よ。私のそばを離れないでね。」


「すまん。」


新生丸から降り、如何にも傭兵ですと言わんばかりのイカつい顔をした同業者達の間を通り抜けていく。


子供の姿は流石に目立つようで、時折り周囲から視線を感じたが、隣の八重から放たれるオーラのおかげか変に絡まれることはなかった。


軍の人間から作業機械や行程についての説明を聞くと早速専用の回収機が置いてある格納庫へと向かう。


「……なんかカニみたいね。」


「デカい手だな。」


『見た目は不恰好ですが、整備性操作性生産性共に高い傑作機らしいです。民間の中古よりマシですよ。』


眼前にあるのは新生丸より更に一回り小さく、箱型の船体に大きなロボットアームが2本ついた宇宙活動用のポッド。


中は数人が乗るのがやっとのスペースしかなかった。


そこへ宇宙服を着用した自分と八重で乗り込む。


「よし、これでアームを動かせばいいんだな?」


「ええ、お願い。」


軍の先導機が離陸するとポット群もそれに続いて母船から離れる。


指定された区域に到着するとそこには大小様々な部品が浮かんでいた。


小さいものはミリサイズのネジから、大きいのはちぎれ飛んで大破した大型船舶の一部まで。


これは作業のしがいがあるだろう。


「作業開始の指示が出たわ。行きましょ。」


「おうよ。」


機体背面に取り付けられたイオンスラスターが青白い火を吹き始めると、ポッドがデブリ群に向かって前進を始める。


さあ、トレジャーハントの始まりだ。

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