04.新たなる仲間
『デブリ掃除』、それは主に惑星の軌道上に滞留している宇宙ゴミを、特に目に見えるほど大きい危険なものを回収する仕事だ。
ゴミを構成しているものは大半が使い捨てのパーツ、または事故や戦闘で飛び散った破片だ。
千歳の狙いはそこで、そのゴミの中から改造に使えそうな部品や武器が無いか探すのだという。
というわけで早速応募しようとしたのだが……。
「あ〜……ヒーロー君の年齢だと機械を操作出来ないんだよね……。」
「え”っ……。」
毎度のお姉さんから告げられた衝撃の事実に固まる。
どうやらこの世界にもちゃんと年齢規制があったようだ。
「講習を最初に受けるから免許の心配は無いんだけど、ああいう専用の作業機械を動かせる対象年齢は最低でも18からなの。」
「えぇ……警備員は良くてこれはダメなんですか……?」
「流石に人を楽々殺せるものに子供を乗せることは駄目なんでしょうね。」
「なるほど……。」
肩を落とすといつも通りの警備員の仕事を選択して、その場を離れる。
シャトル乗り場に向かっていると千歳が唸るような声をあげた。
『うぅむ……流石に年齢の改ざんは……見た目からして無理そうですね。』
「やっぱりこの歳で色々するのは無理だったかもね。」
『華族ということで無理やり認めさせることは……。』
「ダメ。というかもう忘れかけてたな。その肩書き。」
『もう少しの辛抱です。きっと良い機会が巡ってきますから。』
「そう信じたいね。」
それからも何か出来ることはないのかと仕事をする傍ら、千歳と色々探してみた。
しかし稼ぎが良いものはどれも銃か戦闘艦を要するものばかりで、次に良いのは例のデブリ掃除、他は今の警備の仕事とほとんど変わらないかそれ以下。
もうこうなれば普通に仕事をこなしてお金を貯めつつ、年齢が上がるのを待った方が良いのではないのかと、数日後には思うようになっていた。
寝泊まりに使っている自分の船に備え付けられた簡易ベッドに寝転びながらポツリと呟く。
「なあ千歳。」
『どうしました?』
「やっぱり無理に稼ぐのはやめにしないか?危ないし、今でも十分生活出来ているんだからさ。ある程度この世界に慣れて、しっかりとした新品の船を買って、それで改めて依頼を受けようよ。」
『ご主人様がそう言うのなら良いですが……しばらくの間ずっと働くことになりますよ?それもどちらかと言えば低賃金で。』
「良いよ。どうせやってることは前世とそう変わらないし、むしろ千歳が居るからこっちの方がまだマシとも言える。」
『そう言ってもらえると幸いです。ではご主人様、そろそろ……。』
「うん、おやすみ。」
俺は電気を消すと眠りについた。
⬛︎
あれから2週間が経過した。
警備員、ソーラーパネルの掃除、草むしり、ドブさらいなど、出来る仕事はなんでもした。
もちろん休みなく、毎日。
この世界に来る前の、前世での社畜生活が無ければ到底耐えられなかっただろう。
しかし持ち堪えられたのは精神のみだった。
まだ中学生程度のかよわい身体は大人レベルのハードワークに耐えられなかったらしい。
気付けば軽い熱を出してしまっていた。
前世の癖から仕事に行こうと考えたが、それは彼女によって即座に却下されている。
というわけで今日は久々の休日だ。
「あー……だりー……。」
『もう少しで薬局です。頑張ってください。』
例の傭兵センターのある宇宙ステーションの中を、重い頭を揺らしながら千歳の指示に従って進む。
さっさと薬を買って寝たかったのだが、数分後、自分の目の前にあったのは『臨時休業』の文字が入り口の前に浮かび上がったドラッグストアだった。
「うそやん……。」
『ついていませんね。ここが駄目なら更に歩く必要があります。』
「しゃーない……もう帰ろう……早く寝たい……。」
『ええ、そうすべきですね。薬が無くても多少治りが遅くなる程度でしょうから。』
「うん……。」
来た道を戻り、自前の船がある港湾部へと向かう。
ドックに並んだ大小様々な船の横を通り抜ければ一際小さな宇宙船、この前新しく名付けたのだが、『新生丸』が見えてくる。
しかしそこで急に千歳のいつにもなく冷たい声が聞こえてきた。
『ご主人様、何も言わずに右へ向かってください。そして先にある中型油槽船の降着装置の影に、早く。』
「っ……!?」
いきなりの警告にビクリと肩を跳ねさせながらも言われた通りに身体を動かす。
そして油槽船、いわゆるタンカーの下に身を潜めた。
「どうしたの?」
『ご主人様、例のものを出してください。』
「例のって……これ?」
『はい。弾倉を嵌め込んだら、遊底を引いて初弾を薬室に装填してください。安全装置は内蔵型なので、あとは引き金を引くだけです。』
「わ、分かった。」
ジャケットの懐から取り出したのは前世の映画やアニメでよく見た黒光りする四角い物体。
今までせいぜいがサバゲー専門の店に置いてある遊戯用のものしか見たことのなかった拳銃だ。
これは銀行の一件から千歳の力を使わなくても、最低限の自衛は出来るようにと買ったものである。
ちなみに正式名称を十九式九粍自動拳銃という。
どことなくグロック19に似ているが、銃そのものが強化プラスチックと合成樹脂のみで出来ているようで重さは水鉄砲のように非常に軽い。
子供でも楽々扱えるそれを両手で保持すると、久々の緊張感に胸を押さえ付けられながら周囲を見回す。
しかし特に異変は見られないように思えた。
「うん……?それでどうしたの?」
『新生丸の隣、警備艇付近のコンテナ群を見てください。不審な人物が居ます。』
「ん……?」
見つけられないままキョロキョロとしていると、千歳が視界の一部を強調表示してくれる。
拡大されると、見え辛いが確かにそこには自分の船を監視している、影と一体化した黒いジャケット姿の不審者がいた。
双眼鏡を片手にパンを貪っているその見た目はいつぞやの刑事ドラマを思い出すが、あいにくと警察官などの公職に就いているようには見えない。
何故ならその人物は自分より僅かに年上の、せいぜいが高校生程度の容姿をした少女だったからだ。
16で中学生サイズなら高校生は20程度だろう。
「どうする?やるのか?」
『ええ、危険分子は早急に排除するに限ります。大丈夫です。また私がアシストするので。』
「ああ、パニックになった時はよろしく頼むよ。」
『お任せください。』
千歳を信じるとゆっくりと立ち上がり、船や荷物の影に隠れながら先へと進んでいく。
相手から見て斜め後ろの方へ出るように大回りをすると、上手く背後を取ることに成功した。
そのまま銃を構えつつ、前進を続ける。
『止まって下さい。これ以上は格闘戦の間合いです。このまま警告を。』
「分かっ……た?」
視線を外した僅かコンマ数秒。
しかしその間に少女は居なくなっていた。
慌てて周囲を見回す。
『ご主人様!早く動いて下さい!そこのっ……いえ……動かないで下さい。絶対に。』
「千歳……?」
真逆の指示に混乱していると、自分以外から発せられる気配に気付く。
直後に後頭部へ何か硬いものが当てられ、殺気のこもった声が聞こえてきた。
「……動くな。」
「うっ……いつの間に……。」
「手に持ったものを置きなさい。」
「は、はい……。」
言われた通りにゆっくりと銃を置き、両手を上に上げようとする。
しかし身体はその通りに動かなかった。
言わずもがな、千歳が操作したのだ。
「なっ……!?」
「うおっ!?」
瞬時に姿勢を低くしながら背後を向くと相手の手首を掴んで捻り、地面に引き倒そうとする。
側から見れば見事な動きだったに違いない。
しかしあいにくと自分の身体能力はただの中学生で、対して眼前の奴は異性とはいえ身長と腕力で圧倒的に勝る年上。
もちろん純粋な重さでも負けている。
そんなステータス上位の相手に格闘戦を挑んで勝てる筈もなく、すぐさま反撃を食らい、逆にこちらが床へと組み伏せられてしまった。
「ぶぶっ……ち、ちくしょ……!」
『不覚です……!』
「ふぅ……危ないわね。」
のしかかられながらも何とか上へ目を向けると、短めの黒髪と切れ目が特徴的な少女の素顔が目に入ってくる。
首には傭兵を示す銀色のプレート、ドッグタグが吊り下げられており、同業者だと分かる。
互いの視線が合い、こちらが睨みつければ相手はフッと嘲るような笑みを向けてきた。
「どうかしら?女を背後から襲ったくせにあっさり負けた気分は?」
「ふ、不審者はそっちだろ……人の船を監視しやがって……あいにくと金品は無いぞ……。」
「はぁ?人の船……って……。」
少女はこちらの頭のてっぺんから足先までをじっくりと眺めてくると、途端にその動きを止める。
かと思えば同じことを2回ほど繰り返し、今度は目を見開いて明らかに焦ったような表情を浮かべた。
「あ……いや……これはっ……その……ご、誤解で……そ、そういうわけじゃ……!」
「?な、なら離してくれよ……。」
「ご、ごめんなさいっ……!」
『ご主人様、一旦この場から離れましょう。そして傭兵センターに通報を。』
「ああ……。」
少女が上から退くと、ダルい身体に鞭打って何とか起き上がる。
銀行の一件の時ほどではないが、筋肉痛に悩まされるのは確定だろう。
半ば引き摺るように足を動かし、現場を離脱しようとすると、背後から腕を掴まれた。
後ろを振り向けば少し俯いた少女の姿が。
『まだ何かあるのでしょうか?』
「な……なんだよ……?」
「えっと……こ、これ……あげるわ。」
「ん……?」
『あら。』
突き出されたのは、ごく有りふれた生分解性のビニール袋。
中身を覗いてみると、そこには今の自分が欲しかった物の全てが詰まっていた。
風邪薬や経口補水液、栄養ゼリー、高機密マスク、果ては天然土壌使用の高価なバナナやリンゴまで。
予想外のことに固まっていると、千歳の声で我に返る。
『ご主人様、爆弾や銃器などの危険物は検知されませんでした。安全なものかと。』
「あ、ああ……ありがとう……?」
「うん……それじゃ……。」
さっさと踵を返してスタスタと歩いて行く彼女。
やっていることがあまりにも不可解だったが、少なくとも極悪人には見えない。
こちらの意図を読んだのか千歳が困惑したような声を発する。
『ご主人様?本気ですか?』
「いいんだよ……なあ、おーい!」
「……え?」
⬛︎
「す、すまんな……げほっ……せっかく呼んだってのに……。」
「いいわよ。問題ないわ。」
ここは新生丸の中、毎晩の就寝に使っている操縦席後方の簡易ベッドに自分はマスクを着けて寝ていた。
傍らには例の少女が折りたたみ式の椅子に座っており、ナイフでリンゴの皮を剥いてくれている。
あの後、彼女に上がっていかないかと誘ったのだが、疲れに耐えられず、ダウンしてしまったのだ。
「なあ……名前は……?」
「
「へぇ……カッコいいじゃん……。」
「そうかしら?初めて言われたわね。」
八重と名乗る彼女だったが、その見た目の第一印象はいわゆるクールビューティーという感じだ。
その濡羽色の髪の長さはボブカットくらいで、ぱっつんにした前髪の下からは赤みがかった鋭い双眸が顔を覗かせていた。
今はまだ柔らかいものとなってはいるが、先程は非常に怖かったのをよく覚えている。
まさに強面という感じだ。
「あ、ああ、こっちがまだだったな……俺の名前は秋月高典って……。」
「知ってるわ。秋月高典、西暦1万……いや、新編皇歴3564年11月4日生まれ、出生地は第21管区11番惑星西部都心地帯。家族は両親だけで兄弟は居ない。元々は商人の家系だったが、多大なる功績により勲功華族へと昇格。しかし事業の失敗と船舶事故によって没落……ってとこかしら?」
「……ああ。」
『ご主人様、彼女の危険レベルを上げました。』
何故かいきなり八重の口からスラスラと出てきた自分に関しての情報。
むしろ自分自身すらもまだ知らなかったことを沢山並べ立てられて唖然としてしまう。
こちらの反応に気付いたのか、彼女はまたまた慌てた様子で自身の口を押さえた。
「あっ……ご、ごめんなさい……ついいつもの癖で……。」
「ま、まあ、俺と同じ傭兵なんだろ……相手のことくらい調べるだろうに……。けどひとつ訂正だ……秋月家は没落してない……星系ひとつと領主がまだ残ってる……。」
『あと人工知能1体ですけどね。』
熱で頭が茹っていたおかげか、キメるようなクサイ台詞をつい口走ってしまったが、その割には風邪のおかげで弱々しい声しか出なかった。
対して八重は軽く微笑む。
「……強いのね。私より年下だってのに。」
「そんなことない……ただの子供だよ……。」
「話し方だって随分と大人びてるじゃない。華族の子って皆んなそんな感じなの?」
「それは……よく分からん……会ったことないし……。それよりお前さんはどうして俺の船に張ってたんだ……?」
「えっと……。」
彼女は少しの沈黙の後にポツポツと呟き始めた。
「あ、貴方を見張ってたのは……その……話しかけるタイミングを見計らっていたというか……。」
「いつから……?」
「……2週間前。」
「えっ……。」
『ただのストーカーですね。』
衝撃の事実に目を見開く。
付けられていた心当たりなど全く無かった。
「まさかずっと……?」
「い、いや……仕事の合間に。」
「それで俺に何か用でもあったのか……?」
「えっ……と……。」
再び視線を逸らす八重だったが、恥ずかしそうにチラチラとこちらを見ながら言葉を続ける。
「わ、私と……その……な、仲間というか……友達に……なってほしいかな……って。ここじゃ同年代は……ほとんど居なかったから……。」
「……は?」
思わず変な声が出てしまう。
てっきり何かヤバいことでも頼んでくるのではと邪推していた為、真逆の健全な頼みに呆けた顔をしていると千歳の声が聞こえてきた。
『ご主人様、私は反対です。新人をカモにするルーキー狩りの類いかもしれません。』
(そりゃ考えすぎじゃないか?)
『いいえ、女を舐めると痛い目を見ますよ。この八重という奴、中々の美貌を持っています。きっと今までも数々の男を堕としてきたに違いありません。手を出した瞬間に背後から取り巻きが出てきますよ。』
(偏見が過ぎるぞ。らしくもない。)
何故かいつもより早口でペラペラと話す千歳を怪訝に思いながら身体を起こし、こちらの返答を待っている八重に相対する。
そして自身の右手を差し出した。
「ん……。」
『ごっ、ご主人様!?』
「えっ……これって……。」
「そういうことだよ……ほら早く……。」
「う、うん……。」
恐る恐るといった感じで、ゆっくりと手を伸ばしてくる八重。
まどろっこしいからとこちらからガシリと手を掴めば、ひゃあと小さな悲鳴が聞こえてきた。
どうやら彼女、怖い見た目の割に初心なようだ。
これがギャップ萌えというやつだろうか。
「はは……よろしくな……えっと……沖津風?」
「や、八重でいいわ。呼びにくいだろうし。あと、こちらこそよろしく、高典。」
『むうぅ……。』
掴んだ彼女の手は銃を握っているおかげなのか硬かったが、同時に異性らしく柔らかくもあった。
そしてこちらより大きくて、とても頼り甲斐を感じた。
「じゃあ、まずは貴方の風邪を治さないとね。」
「ああ、そうだな……けどその前に腹減ったし何か軽食を買いに……もがっ……!?」
「駄目に決まってるでしょ?ほら、これでも食べてなさい。軽く卵粥でも作ってあげるから。キッチンと冷蔵庫借りるわね。」
「う、うぉう……。」
こちらの口にリンゴを突っ込むと慣れた手つきで材料と調理器具を準備し始める八重。
その後ろ姿は何というか、良かった。
『随分と家庭的な娘ですね。てっきり硬くて不味い簡易戦闘糧食と苦いだけの合成コーヒーを投げ渡してくると思っていましたが。』
(人は見かけによらず、だな。)
『はい。それはそうと、ご主人様、おめでとうございます。まだ信用し切れませんが、ハーレム要員その一をゲットしましたね。財布ではなかったものの、アクティブ防護システムの代わりくらいにはなるでしょう。』
(だからその言い方やめい。お前さんに発声機能が無くて本当に良かったよ。)
千歳と脳内で会話しながらリンゴの一片を口に含む。
食感はまるで採れたてのように瑞々しく、味も甘くて美味しかった。
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