03.名誉の負傷
さて、一昨日に見事な大立ち回りをした自分なのだが、もちろん身体に秘めたヤバい転生チート能力を発揮したとかそういうのではない。
カラクリは非常に単純。
千歳が極短時間だけこちらの身体を乗っ取り、彼女があのような凄まじい挙動を行っただけだ。
最後の魔法に関しても千歳が発動させたもので『姿勢を維持しておけ』という指示は彼女が魔法を生成して身体の操作権を手放すから腕の照準を固定しておいてほしいというものだった。
そして肝心の戦果に関してだが、敵の6人は全員が再起不能又は死亡のどちらかで、民間人の被害は怪我人が数人居ただけで特に他は何も無いとのこと。
まさにヒーローのような活躍をした自分だったが、今は周りからチヤホヤされて……なんてことは特になく、普通にまた別の警備員をこなしていた。
千歳が見つけた例の少女からお礼が来ることもなく、まったくのアテが外れた感じだ。
まあラノベでもあるまいし、物事はそう簡単に都合良くは行かないのだろう。
「いててて………。」
『ご主人様、気分はどうですか?』
「最悪。」
『でしょうね。知ってます。』
「じゃ聞くなし。」
あれだけの能力を見せた自分だったが、経験が裏付けられていない、まず身体の根本的なスペックに見合っていない挙動を行った結果、酷く損傷していた。
まあ損傷といっても打撲や骨折など深刻なものではなく、よくある筋肉痛の方だ。
あんなに無理に動けば全身の筋繊維がブチブチと切れるのも納得だろう。
また他に魔法を、高度なそれを魔法そのものを全く知らない自分の脳を使って生成した結果、二日酔いのような酷い頭痛に襲われている。
「ああくそ……なぁ……あの魔法って何だったんだ?普通の炎とは違うっぽかったけど。」
『増粘剤とナフサを生成して混ぜ合わせたものを火をつけて放っただけです。』
「それナパームじゃん。水で消えないやつ。」
『ええ、水魔法を使って消火されたら面倒でしたから。もうあれ以上の戦闘挙動は不可能でしたし。』
ちなみにだが界面活性剤を含んだ水や油火災用の消化器なら火が消える。
都合良くそれらを敵が用意していることなんてほとんどないだろうが。
「つまり少なくとも3個同時に魔法を使ったわけ?そりゃ疲れるわな……。」
『増粘剤が3つの物質から構成されているのと射出にも魔法を使ったので正確には6つですね。』
「……次からで良いから何個魔法を使うかは言ってくれ。マジでしんどいから。」
『はい、分かりました。』
それからも警備の仕事を続けて、シフトが終わるとシャトルを使って傭兵センターへと戻った。
元々貯蓄などほぼ無一文の為、月給制ではなく毎回の日当を受け取ることにしているのだ。
「お疲れ様、ヒーロー君♪」
「その呼び方はやめてください……恥ずかしいですよ……。」
「あら、いいじゃない。『民間人を賊の手から護った勇敢な警備員!』って半ばヒーローみたいなものだし。」
「その割には恩寵も何もありませんでしたけどね……。」
目の前のカウンターに立っているのは最初に登録をした時の受付嬢のお姉さん。
彼女に端末を手渡すと電子決済で今日の分を振り込んでもらう。
待っている間に張り出された仕事の一覧表を眺めていると、ふとあるものが目に入ってきた。
「あの、あそこに書いてある仕事って何なんですか?金の支払いが桁違いなんですが。」
「ああ、あれは宙賊や害獣の駆除任務よ。」
「受けることは?」
「ある程度の性能と火力を持つ航宙艦や空間攻撃機を保有していることが必須の条件ね。流石に兵器の貸し出しまでは行っていないから。」
「つまり今の自分じゃ無理と。」
「残念ながらね。まず初心者にはオススメしないわ。あれはかなりハイリスクハイリターンで、下手をすれば普通に死ぬから。」
「おおぅ……じゃあ遠慮しときます。では。」
「はい、また明日。」
センターを後にすると港湾部にある飲食店のひとつに入り、稼いだ金でメニューから格安のを選ぶ。
前世と変わらぬ米と味噌があることに感動しながら定食を頬張っていると、急に千歳が話しかけてきた。
『ご主人様、あの任務を目指しましょう。』
「ぶっ……は、話聞いてたか……?」
『ええ、ですが今ようなただのパートタイムかアルバイトを延々と繰り返すわけにもいきません。』
(宇宙船が必要だって言っていたじゃないか。それもある程度性能と攻撃力があるやつを。そんなの買う金は無いだろうに。)
頭の中で千歳と会話しながら手元の端末で軽く宇宙船の価格について調べてみる。
そしてその価格の桁の多さに目を回した。
ただの民生品の、自分が今持っているようなものなら前世の大型乗用車くらいの感覚で買えるが、もちろん非武装、非防弾仕様で主機の出力も貧弱だ。
対して戦闘用のものは前世で例えると最低限の性能を持った一番安いものでもセスナ機くらい。
今の収入ならその安いのを買うことですら途方もない時間がかかるだろう。
(あと俺戦った経験無いし、まず運転の仕方が……。)
『ご主人様、私が何かをお忘れですか?高性能すーぱーAIです。船の操作など容易いです。戦闘も。』
(あー……だったね。じゃあ何年かかるか分からないけどお金を貯めて船を買う感じ?)
このまま365日働いたとしても1年と半分はかかる。
もっと現実的に考えるなら2年は必要だろう。
まあ、幸いにも自分の人生は残り数百年だ。
不可能ではない。
しかししばらくの間は前世と同じような仕事漬けな日々を送るのかと少し肩を落としていると、千歳の得意げな声が脳内に響く。
『ご主人様、心配はありません。船はありますよ。』
(あれは前世で言うところの乗用車だ。戦車や装甲車じゃない。)
『武装や装甲を後付けすれば良いではありませんか。規約には正規の船だけではなく、宇宙船舶保安基準法に則った改造船なら認められると書いてあります。』
(それにしても金がかかりそうだな。)
『いえいえ、戦う為の武器に関しては出発の日に言いましたよね?』
(……なんと?)
『現地調達をします。』
網膜に新しい仕事に関しての案件が表示される。
そこには『デブリ掃除』の文字があった。
⬛︎
最近、気になる子が出来た。
勘違いしないでほしいが、恋とか好きとかそういうのでは断じて無い。
ただ単に好奇心から来る興味だ。
それでその相手だが、自分と同じか少し歳下の男の子……いや、女の子だろうか。
とにかくまあ綺麗な、整った顔立ちをしていた。
おそらく金持ちのボンボンか華族の出身で、今はお遊びで来ているに違いない。
直ぐに飽きて居なくなるだろう。
そう考えていたが、意外にも彼はそれからもずっと傭兵センターに姿を見せていた。
健気に毎日仕事をこなし、夜になると施設のカウンターに端末を持っていく。
思い切って受け付け嬢にあの子供について話を聞いてみれば、何と書面上は華族の人間とのこと。
私はますます彼に興味を持った。
いつかタイミングを見計らって、声をかけてみるとしよう。
「べ、別に気になってるとか、本当にそういうのじゃないから!?」
「いいから行ってちょうだい。私としてもあの子が毎回帰ってくるかヒヤヒヤしてるの。隣に誰か居てあげると助かるわ。」
「そう……ならしょうがないわね。行ってくるわ。」
「話しかける時はその目付きに気を付けるのよー。」
「う、うっさい!」
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