02.初仕事は立っているだけ……だよね?

【第46管区、4番ラグランジュポイント、円盤型スペースコロニー5号機、中央都心区】



さあ、今日から早速仕事だ。


というわけでシャトルバスに乗り、到着したのはとあるスペースコロニーの中に立ち並ぶ未来的な街。


そこの係の人間から怪訝な目を向けられながら制服を、サイズが合わないからと女性用の1番小さいものを渡されたのが約1時間前の話だ。


やることはただ銀行関連の綺麗な施設の前で立っているだけ。


お守り程度の伸縮式警棒を持ってはいるが、襲撃者は全く現れないし、まずこんな安全そうな街で襲撃をかけるアホなんか居ない。


楽とはいえ随分と退屈な上に全然傭兵っぽくない、そう思っていた。


千歳から、


『大至急屋内へ入って下さい。敵が来ます。』


……と、言われるまでは。









⬛︎


———パン!パパパパン!パパン!!




絶えず響く悲鳴、鳴り止まぬ銃の雷のような破裂音、アスファルトを削り取る流れ弾、鼻をつく鉄臭い香り。


ここはもう戦場だった。


そんな場所に場違いなガキが1人、俺こと秋月高典である。


今は建物の中の太い柱を背にうずくまり、みっともなくガクブル震えているところだ。


傍では先ほどまで隣に立っていたおじさんが赤黒い液体を垂らしながら物言わぬ肉塊と化している。


「ちっ、千歳っ!これどういうこと!?何が起こってんの!?」


『はいご主人様、現在この銀行は謎の集団によって攻撃を受けています。典型的な銀行強盗ですね。』


「警察は!?」


『既に通報が行っているかと。おそらく到着までは少なくともあと10分ほどかかるでしょう。』


「じゃ、じゃああと最低で10分は耐える必要があると!?」


『はい、踏ん張りどころですね。』


「いやこんなの無理でしょ!?転生3日目で銃撃戦とか!!」


俺は半ばパニックになっていた。


数日前まではか弱い一般人だったのだ。


ならない方がおかしいだろう。


しかしそれに対して千歳は至って冷静に言葉を返してくる。


『ご主人様、落ち着いて下さい。貴方様には誰が居るのかをお忘れになりましたか?この高性能すーぱーAIである千歳がついてます。』


「も、もしかして何か案があるのか?この場を切り抜ける方法が!?」


『…………おそらくは。』


「うん、無いんだな!こんちくしょう!」


相方はもしかするとポンコツなのではないかという疑念を持ちながら駆け出す。


弾倉を交換しているのか銃声が止んだ隙に、少し離れたカウンターの裏側へと。


「は、早く逃げないと!」


『待って下さい。あそこに居る人間、見えますか?』


「えっ……あ、あっち?」


視界の一部に四角い枠が表示され、そこが拡大投影される。


銃撃に巻き込まれた哀れな一般人達がその身を必死に伏せていた。


「ただの民間人がどうかしたのか?」


『ご主人様、これはチャンスです。』


「なんで!?」


「伏せている人間の中に位の高い少女が混じっています。ほら、あの黒服のボディーガードが覆い被さっている黒髪ロングの。』


言われた場所に目を向けると確かに自分と同じくらいの女の子が床に寝そべっていた。


パッと見ただけでも如何にもお嬢様といったいで立ちをしている。


そこで千歳の言いたいことを理解した。


「ま、まさか彼女をナイト様の如く救えってか!?」


『はい、こんなイベントは滅多にありません。早くパッパと敵を倒して財布……ハーレム用員その1をゲットしましょう。』


「お前さんもうちょい言い方考えようね?てかどうやって助けるの?まず俺自身がこの場を打破出来るかすらも怪しいんだけど!」


『ふふ、心配ありません。どうやらこの私の力を見せる時が来たようですね。』


「えっ……それは……?」


いつにもなく得意げな千歳の声につい期待してしまう。


そして直後、身体に何か異変を感じた。


何者かが自分の中に入ってきているような、不思議な感覚だ。


「ちっ……千歳……これは……何だ?」


『サポートモードに移行、ご主人様の身体の一部を私が動かせるようにしました。これからは私の誘導と補助に従って動いてください。』


「ま、まじかよ……それはスゴイな……!」


『ええ、今考えて無理やりご主人様の脳に直接侵にゅ……接続しました。かなりの不快感を感じるかもしれませんが我慢してください。』


「えっ……ぶっ……おえっ……!?だ、だと思ったよ……!!」


やはり予想通りというか期待外れな能力に肩を落としていると、ついに敵がこちらへと近づいてきたのか銃声がやみ、代わりに複数の足音が聞こえてきた。


どうにか動こうとするも、ここで吐き気や眩暈までが発生し、とても立ち上がれない。


焦りが焦りを生み、軽くパニックになる。


だがそこで、こちらを諭すかのような落ち着いた千歳の声がクリアに響いた。


『ご主人様、ご主人様、やはりプラン変更です。落ち着いて聞いてください。』


「あ……ああ……ち、とせ……?」


『私が合図してから5秒後に、少しの間でいいです、その時の姿勢を維持しておいてください。』


「は、はあ……?」


『説明している暇はありません。敵がすぐそこまで来ています。』


確かに耳を傾けてみればゴロツキ共の野太い声がここまでよく聞こえてきた。


もうこうなれば一か八かだ。


相棒を信じることにすると覚悟を決めた。


『ご主人様、準備はよろしいですか?」


「頼んだ。」


『では、あと4……3……2………行きます。』


「うっ!?」


次の瞬間、グン!!と何かによって頭を思いっきり引っ張られる。


自分の身体が勝手に動いたのだと気付いた時には、眼下にゴロツキ共の驚愕に満ちた顔があった。








⬛︎


「うぅ……誰か助けて……!」


「御姫様……げほっ……頭を低く……!」


私は地面に這いつくばりながらわんわんとみっともなく泣いていた。


上には護衛の女性が覆い被さってきており、撃たれたのか床には赤い斑点が幾つも出来ている。


もしかしなくてもこのまま死んでしまうのではないかと、自分も彼女もまとめて殺されてしまうのかと嫌な未来が頭をよぎった。


「よし!警備員はぶっ殺した!」


「行け行け!金だ!」


その時、脅威を全て排除したと判断したのか、弾痕まみれのドアを蹴破って賊がその姿を現す。


手には前時代的な、しかし非常に安価な、無煙火薬式のカービンライフルが握られており、顔には全体を覆うスカーフやバラクラバを纏っている。


軍や警察の最新式のボディーアーマーや光線銃、レールガンの敵ではないが、自分達生身の肉体に対しては十分過ぎる威力を発揮するだろう。


「御姫様……私が防殻を張って時間を稼ぎます。その間に裏口から……!」


「そ、そんなの駄目よ……!このまま大人しくしていれば……!」


「貴方様は高貴な位の人間です……!人質に取られたら大変なことに……!」


「でも……!」


言い合っている間に続々と敵が中に入ってくる。


数はここから見えるだけでも合計で6人。


大事な護衛を見捨てて逃げるしかないのか。


そう思った次の瞬間だった。


「ぐべっ!?」


「なっ!?」


いきなり受付のカウンターの裏側からひとつの黒い影が飛び出した。


それはひらりと宙を舞うと敵のひとりの顔に着地し、更には踏み台にして再度飛び上がる。


賊が反応した時には既に2人目が鼻から血を吹き出しながら壁へと吹き飛ばされるところだった。


「このやろ!」


「ばか!撃つ……ぶはっ!?」


着地と同時にそれは、警備員の制服に身をまとった小柄な少年は横に飛んだ。


そして敵の銃の射線がまた別の敵に重なる位置に移動する。


おそらく碌な訓練を受けていなかったのだろう。


慌てたように敵の2人が撃った弾が向かいに居た別の1人の胴体を切り裂いてしまった。


慌てて銃口を上げる敵だったが、その時には彼はもう1人の背後へと目にも止まらぬ速さで入り込んでいた。


そして手を前方へとかざす。


「魔法……?」


相手が狼狽えた僅かな時間の間に術式のようなものが彼の手のひらに浮かび上がる。


直後だった。




———ゴバアァァァ!!!




放たれたのは真っ赤な炎の束。


ホースでまかれた水のように弧を描きながら長く伸びたそれは彼に背を向けていた敵と、その先の2人にまとわりついた。


たちまち悲痛な絶叫が周囲に響き渡る。


明らかにただの火ではないそれは敵を丸ごと包み込み、黒焦げに加工していく。


少しすれば全員がピクリとも動かなくなっていた。


「あ……た、助かった……の?」


「そ、そのようです……。」


少年が現れてから僅か5秒程度。


あっという間に敵を殲滅してしまったことにポカンと呆けた顔をしてしまう。


「……あっ、御姫様、早く脱出を!裏に車が来ています!」


「えっ、ちょっと、待っ……!?」


有無を言わさずにひょいと俵担ぎにされると、その場から離れさせられた。


あの勇敢な少年にお礼も言えないまま。


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